しぶパン 長い発酵時間をかけてじっくりと小麦の旨味を引き出した、すっぴんパン

 

黄色の可愛らしいドアを開けると、「いらっしゃいませ」と、元気で張りのある声が響く。その声の主は、どれにしようか迷っているお客に、「ご質問があれば何でも聞いてくださいね」と優しく声を掛けた。レジの後ろには、色とりどりのおもちゃを柵で囲んだスペースがあり、小さな男の子が、人懐っこく店主の膝にまとわりつく。奥の厨房では、手慣れた手つきの職人が、湯気立ち上る釜から次々と、焼きたてのパンを取り出していた。

 

街の小さなパン屋 “しぶパン”は、ご主人の三浦雄一郎さんと、奥様、志文(しふみ)さんの営む、家族の飾らない温かみに溢れているパン屋だ。

 

ーしぶパンお勧めの山食パンは、噛めば噛むほど小麦の甘みがじんわりと広がって、ほっと安心する味です。とてもシンプルで余計な味が一切しないですね。

 

志文さん(以下敬称略) 材料をなるべく少なく、と心がけています。山食パンであれば、小麦粉と天然酵母、洗双糖、塩だけです。他のパンも含めて、添加物は一切使っていませんし、バターも100パーセントバターで、マーガリンは使っていません。ショートニングも使いませんね。そういうのを使わないほうが美味しくできますし、必要ないですよね。家庭の台所にあるものだけで作ろうと。台所に保存料ってないじゃないですか。

 

ーそれに食パンの耳がこんなに美味しいなんて。カリッと香ばしくって、あえて端っこの耳が多いところを食べたくなります。外はカリッなのに、中は、こんなにフワッフワ。どんな酵母を使っているのですか?

 

雄一郎さん(以下敬称略) “あこ酵母”という天然酵母を使っています。天然酵母のパンって固いというイメージがありませんか? “あこ酵母”の社長は、酵母の職人で、天然酵母なのに、柔らかくてフワフワの食パンになる方法を考えついた人なんです。元々は、ホシノ酵母という天然酵母の草分け的会社にいた人なんですけど、もっとあっさりとクセのない酵母を作りたいと、あこ酵母を開発したんです。麹と小麦とお米を使った酵母なんですよ。

 

しぶパン

 

 

ー麹とお米の酵母なんて、だから日本人の口に合う、ほっとする味なんですね。白いご飯のように、毎日食べても飽きのこない味です。旨味もしっかりあるので満足感を得られますね。

 

雄一郎 小麦の旨味を充分に引き出すために、10時間くらいかけてゆっくりゆっくり1次発酵させるんです。“あこ酵母”は発酵の力が強くないので、時間をかけることで、酵母が作り出す旨味を引き出すんです。長く発酵させるとグルテンがつながって、香りもよくなるんですよ。“あこ酵母”の社長が言うには、「発泡パンと、発酵パンは違う」と。「ただ泡がたって膨れただけの発泡パンと、うまいこと発酵して、色んな旨味だったり食感だったり香りを引き出した発酵パンは違う」と言ってますね。

 

ーなるほど、時間をかけてゆっくり発酵させているから、旨味があって香りのいいパンになるんですね。袋を開けたとき、小麦のいい香りが立ちのぼってきます。見た目も美しいですね。気泡がパンの上下で偏りなく入っています。普通、食パンって上の方がよく膨らんでいて、気泡に偏りがありますよね。このクロワッサンも形がとても美しいです。 

 

雄一郎 ゆっくり発酵させた生地は成形にもコツがあるんです。強引な力は加えないんです。よくテレビで、生地をダッパーンダッパーンって叩きつけるようなところを見るじゃないですか。ああいうのは一切やらないです。優しく扱うので、静かなもんですよ。強引な力を加えたパンは、成形したときにはきれいな形になっていても、焼いてる途中で生地が暴れてしまうんです。真ん中にくるはずのところが、突然端っこに寄っちゃったり。焼きあがったときに暴れないパンに成形していくのが、一番楽しい工程ですね。うちのクロワッサンは、三つ折を3回くり返して54層になっているんですけど、バターを生地に折り込む作業が、集中できて楽しいです。逆にその時に集中できない状況でやってしまうと、あまりいいものができないですね。この折込の作業で、8割9割がた出来が決まってしまいます。

 

しぶパン

 

ー溶き卵を表面に塗っていないのも特徴ですね。

 

志文 うちのパンは塗り卵をしない、素肌のすっぴんパンなんです! 塗り卵をしておくとパンの乾燥が防げていいんですけど、卵はアレルギーがありますし、食中毒の原因にもなりますからね。それに塗り卵をすると、パンが卵の味になってしまうんです。

 

ーもっちりサクサクしていますね。それにあっさりしてる。フランスのクロワッサンて、噛むとバターがじゅわっと滲みでてきて、それも美味しいんですけど、あっさりクロワッサンもいいですね。しつこくなくて、いくつでも食べられそう!

 

雄一郎 一般的にクロワッサンって生地に油を入れるんですけど、うちは入れていないんです。油を入れずに生地を作って、バターを織り込みます。それにバター自体の油脂量も少ないですね。宮崎の高千穂バターで、無塩バターです。発酵バターも好きなんですけど、独特の臭みと塩っぱさがあるので、苦手な人には辛いかなと思って。クセのない無塩バターにしました。

 

しぶパン

 

 

しぶパン

 

志文 お客様にも「しつこくない」とよく言っていただきます。菓子パンも「甘さ控えめで、食べやすくてよかったわ」って言ってもらいますね。クリームパンのカスタードも、うちで手作りしてるんですよ。うちで作れるものは、だいたい作っていますね。

 

ークリームパン、控えめなのに満足できる、ちょうどいい甘さですね。甘ったるさが口に残らないです。「菓子パンを食べてしまった」という罪悪感を感じないで済みます(笑)。しぶパンのパンは、どれも美味しいし、毎日食べたくなる飽きのこないものばかりです。

 

志文 美味しくて体に良いものを届けたいですね。体にいいけど、美味しくないとか、美味しいけど、体によくないとか、どちらかだけじゃ嫌なんです。ちびっ子からお年寄りまで、みんなが美味しく食べられるものを届けたいと思っていますね。

 

雄一郎 以前ごまアレルギーのお子さんが来店されたことがあったんです。うちのパンは、オリーブオイルより香りの強くない太白ごま油を使っていて。どのパンにも原材料を全て表示しているんですけど、表示を見てお母さんがごま油が入っていることに気づかれて。お子さんが喜んでパンを選ぼうとしているときに、お母さんがその手を止めたんですね。その光景を見て、とてもいたたまれなかったです。そのお子さんが食べられるものがうちには一切ない。それがすごくショックでした。この一件があってから、油を変えようかとも考えました。でも油を変えて、機械を洗浄しただけではすまないですもんね。少しでも残っていたら、アナフィラキシーショックを起こしかねないですから。

 

しぶパン

 

 

しぶパンのパンが大好きで、特に固いパンが好きという、2歳の息子さん、銀剛君

 

ー安全安心にとてもこだわりがあることがわかります。その考えは修業時代から?

 

雄一郎 東京の、当時多摩市にあった“あこ庵”で修業しました。“あこ酵母”を開発している会社のパン屋さんです。もちろん、食の安全にはこだわっている会社です。パン作りを学びたいと思っていたときに、“あこ庵”の山食パンを食べたんですね。その山食パンが美味しくて、その味に惚れて、“あこ庵”に就職しました。そこで社長の酵母作り、パン作りの理念に直に触れましたね。沖縄に来てからも、“あこ庵”のパンに近づきたいと思って作っています。“あこ庵”でやってきてたようにやっても、同じにできないんですよね。パン作りってその場所の温度とか湿度にすごく影響されますから。機械との兼ね合いもありますし。何かうまくいかないと、ここならではの方法を考えて、工夫ができてきましたね。例えば、クロワッサンは織り込む作業の途中で生地を冷やすんです。ここの温度と機械の具合からちょうどいい硬さになるよう、冷やす時間を編み出しました。冷凍庫と冷蔵庫の両方を駆使するんです(笑)。だいぶ“あこ庵”の味に近づいてきたかなと思っています。

 

しぶパン

 

 

 

ーお二人は“あこ庵”で出会ったのですか? どのような経緯で沖縄に?

 

志文 私は、“あこ庵”の社長の娘と友達で、「人出が足りないから、バイトしない?」って誘われたのがきっかけです。販売の仕事に就いて、そこでおとーちゃんと出会いました。最初は「ひげの人」くらいにしか思ってなかったんですけどね(笑)。震災が起きる前、その年の1月に、おとーちゃんと沖縄に遊びに来て、久高島へ行ったんですね。そしたら、浜辺に缶がいっぱい落ちてたんです。「神様の島なのに、これはひどい。拾わなきゃ」って。普段はあまり積極的にゴミを拾うことはしないんですけど、その時は、自分の持っていたゴミ袋でゴミを拾いました。そしたら、流れで沖縄に来ることになったので、私は勝手に「沖縄に呼ばれた」と思っているんです(笑)。

 

雄一郎 “あこ庵”がちょうど転換期だったというのもありますね。パン部門を縮小することになって、私たちは他のパン屋に勤めだしたんです。同じ“あこ酵母”を使ってるパン屋だったんですけど、やっぱり自分のパンを作りたいなと思って。「だったら独立しちゃう?」って言ってたときに、ちょうど震災が起きたんです。それまで東京でも居抜きのパン屋の空き物件を探していたんですけど、なかなかなくて。たまたまネットで、沖縄のこの空き物件を見つけて、「行っちゃおうか」「行っちゃいましょう」って来たんです。

 

 

ー独立するときって、修業元とは違う、オリジナリティのあるものを出したいと考える人が多いと思うんですけど、お二人は愛する“あこ庵”の味を届けたいというお考えなんですね。

 

雄一郎 他の店を知りませんし、“あこ庵”のパンが好きなんで、あそこのパンから採用したいものがいっぱいありました。でも、しぶパンっていう店名は、“しぶちゃんの好きなパン”っていう意味なんですよ。あ、しぶちゃんって、おかーちゃんのアダ名ですね。僕が作って、しぶちゃんが「美味しい!」って言ったら採用、みたいな。

 

志文 パンの名前も私が付けてます。“ぐるっちょ”とか “くりむっちょ”とか、“クリメロ”とか変な名前が多いんですけど、変な名前ほど愛着のあるパンだったりしますね。“あこ庵”に勤めていた時、ひゃっほーってパンを食べまくっていて、他の店のパンを食べたとき、「あれ、なんか全然違うぞ」って気づいたんです。それまであんまりこだわりとかなかったんですけど、それからは他の店のパンは食べられなくなりました。2人とも、あそこのパンが大好きなんです。しぶパンも、“あこ庵”のように長く愛されて、将来は「あのパン屋さん、昔からあるパン屋さんだよね」って言われたいですね。

 

インタビュー/和氣えり(編集部)

写真/金城夕奈(編集部)

 

しぶパン

 

天然酵母のパン しぶパン
那覇市松尾2-6-18
098-867-4848
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