TANAKA

 

「タイ料理を食べるのが好きなんですよね。…なんか中毒性があるというか…やたらテンション上がるんですよね。…タイ料理のお店に入ったら、独特の匂いがしますよね。…ジャスミンライスの炊けた香りとか、ハーブの香りとか。…何が好きって、香りが好きなのかもしれないです」

 

東北イサーン地方の料理を中心に、30種ものタイ料理を揃えるスパイスハーブホリデー店主の田村健太郎さんは、多くを語らず、ポツリポツリと言葉を選ぶように話す。そんな田村さんが、静かにテンションを上げるのが、タイ料理の香りだ。

 

ここスパイスハーブホリデーでも、独特のエスニックな香りが店内にとどまらず、店の外にまで漂うのだ。パクチーのオリエンタルな香り、ココナッツミルクの甘くて優しい香り、調味料の発酵を極めた奥深い香り…。

 

中でもガイヤーンの香り高さは格別。日本で言う焼き鳥のようなその料理は、日本のそれより複雑で、食欲を究極にまでそそる香りを持つ。鶏皮の脂のこんがりと焼けた香ばしさに、スパイスやハーブの鮮烈な香りが折り重なる。その秘密は、丹念に仕込んだ下味にある。

 

「鶏は生のままで、ほぼ1日調味料に漬けてマリネするんです。マリネ液は、4種類の醤油をブレンドしています。パクチーやにんにくをすりつぶしたペーストもマリネ液に加えていますね」

 

4種もの醤油のブレンドと聞いて、その繊細さに驚く。平坦でない香りの正体だ。

 

「醤油は日本のではなく、タイのもの。ナンプラーじゃなく、大豆から作ったタイの醤油があるんですよ。タイでも日本みたいに、黒醤油や薄口醤油があるんです」

 

スパイスハーブホリデー

 

スパイスハーブホリデー

 

醤油だけでなく、使う調味料は全てタイのもの。日本のもので代用しないのは、田村さんのこだわり。

 

「切らしたことがあって、日本の調味料で代用して作ってみたんですけど、ちょっと違う。代用が効かないんだなってことがわかりましたね。だから注文し忘れたら、その料理は作れなくなってしまうんです。10種類ほど取り寄せてますね」

 

パリパリの皮とジューシーなもも肉を口にする。ここで鼻をつくのは、粗挽きにした黒胡椒の、キリリとした鮮やかな香り。何層にも折り重なった味を、たっぷりのスパイシーな黒胡椒が1つにまとめあげる。

 

スパイスハーブホリデー

 

スパイシーな香りと対比するように、優しい甘やかな香りもある。

 

カオソーイは、小麦麺にココナッツミルクのスープを合わせた、チェンマイスタイルの麺料理。麺をすするたび、ココナッツミルクの甘い香りが鼻を抜く。しかし単に甘ったるいのではなく、ふくよかな甘さの奥にかすかなスパイスの香りが隠れている。

 

「スープには他に、鶏ガラスープ、ナンプラー、パームシュガー、八角、それにゲーンペットというレッドカレーペーストや、ポンカリーというタイのスパイスを加えています」

 

パームシュガーは、ヤシから作られる砂糖で、普通の砂糖より風味が豊か。きゅっとレモンを絞れば、爽やかな酸味が香りの変化をもたらしてくれる。

 

スパイスハーブホリデー

 

発酵した奥深いコクの香りは、タイの味噌を使ったタレから。カオマンガイという茹でた鶏肉料理に添えられたそれは、大豆の香りをしっかりと主張する。

 

「納豆みたいな大豆の粒が残っている豆味噌ですね。タオチオというタイの味噌です。それに、タイの米酢とタイの醤油を加えています」

 

柔らかでジューシーな茹で鶏肉の下には、ふわりと香り漂うジャスミンライス。鶏を茹でたスープで炊きあげられていて、これだけでもスプーンが進む。

 

スパイスハーブホリデーの料理に共通する香り高さは、本場の調味料と、豊富なスパイスとハーブが一役買っていると納得した。

 

スパイスハーブホリデー

具がたっぷりで、春雨の茹で具合も絶妙なヤムウンセン。

 

スパイスハーブホリデー

 

タイの料理や調味料に精通してる田村さんだが、タイ料理について学んだのはたった3年というから驚きだ。

 

「仲の良い先輩に『茅ヶ崎で、一緒にタイ料理の店をやろう』と誘われたのがきっかけですね。最初から3年と決めていたんです。娘が小学校に入るタイミングで沖縄へ行こうと決めていたので」

 

それまでは、アパレル関係や、和食やメキシカン、フュージョン料理店で働いていた。アパレル関係の仕事を辞めた時に、たまたま訪れた沖縄に魅せられ、将来沖縄で自分の店を持とうと目標が定まった。多くを語らない田村さんだが、3年の間、先輩から必死にタイ料理を吸収したであろうことは想像に難くない。3年前にオープンしたスパイスハーブホリデーだが、その人気は圧倒的で、連日満席、予約必至の店に成長しているのだから。

 

スパイスハーブホリデー

 

スパイスハーブホリデー

 

しかし、田村さんは、もっと知りたい、出会いたい、引き出しはいくらでも増やしたいと渇望する。

 

「今自分が思う完璧という状態で料理を出していますけど、他の人のを食べたら、自分のを超えるものがあると思うんですよ。それに自分が食べたことがないものも、いっぱいあると思うんですよね。そういうのにもっと出会っていかないと。沖縄にいると勉強不足になっちゃってるのかなというのがあるんで」

 

田村さんの情熱は、人一倍だ。「沖縄で一番って言われるタイ料理店になりたい」と迷いなく言い切る。

 

「そのために、現地の調味料にこだわりたいですし、仕込みも時間を惜しまず、丁寧にやりたいですね。野菜もたっぷり使いたいですし。今はお魚料理は出せていないんですけど、そのうち例えば、黒板に”今日のお魚”とか書いて、ハーブ蒸しとか出せるといいですよね」

 

田村さんの夢は、自分の店のことだけにとどまらない。沖縄でタイ料理の認知度をもっとあげたいと積極的だ。

 

「今、沖縄でもタイ料理の店がだんだん増えてますけど、もっと増えて、沖縄でタイフェスなんかできたらいいですね」

 

テンションの上がるタイ料理の香りで、沖縄中を満たす。そんな日も遠くないに違いない。

 

写真・文/和氣えり(編集部)

 

スパイスハーブホリデー

 

スパイス ハーブ ホリデー
那覇市牧志1-12-1 屋比久ビル101
098-867-7567
12:00〜14:00
18:00〜24:00
close 日・祝
https://www.facebook.com/Spice-herb-holiday-スパイス-ハーブ-ホリデー-159705940892383/

 

TANAKA

うえのいだ

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

「僕は、うえのいだ自体をアップサイクルしていこうと思ったんですよ」

 

アップサイクルとは、元のものより価値の高いものを生み出すこと。リサイクル(再利用)のアップグレード版だ。農薬を使わない野菜作りや創作活動をしている“うえのいだ”、玉城真さんによると、「一見廃品とか不要品に見えるものでも、逆手に取って、面白いものに変えていくこと」だ。

 

玉城さんがアップサイクルに取り組んだのは、那覇は首里にある一族の土地。公道に通じていない袋地で、この場所へは、隣の建物との境界線上の細い隙間を辿ってくるしかない。畑をするに農作業用の機械の類も入れられないし、収穫した野菜を運び出すのも一苦労なはず。一見不利なことばかりのこの土地を、いかにアップサイクルしたのか?

 

うえのいだ

 

うえのいだ

直接畑に来て、農薬・化学肥料不使用の野菜を購入することもできる

 

うえのいだ

 

その答えが、不定期に開催される“畑のアトリエ”だ。袋地の土地には玉城さん手作りの木のデッキがあり、テーブルが並べられている。畑の隣、青空の下で、自然に親しむ学校が開校される。

 

「土地が狭いし、普通の農家さんと同じことしてたら違うなと。自分のやり方が“畑のアトリエ”。僕、ずっと美術をしてきたんで、畑にあるもので何か作るの得意なんですよ。好きなことをして、人がいっぱい集まってくる畑にしたかったんです」

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

玉城さんの肩書は農家にとどまらない。青空教室の美術の先生でもある。

 

よく晴れた冬の日、畑で採れたレモングラスの葉、月桃やムラサキシキブの実、ハーブなどを使ったしめ縄作りのワークショップが開催された。集まったのは、しょっちゅう畑に遊びに来る近所の親子や、畑の手伝いをよくしている県立芸大の学生、うえのいだのインスタグラムを見て遠方から初参加した家族連れなど、様々。

 

玉城さんの作り方の説明の後、それぞれが好きな材料を選んで創作にとりかかる。夢中で縄を編む人、ふざけあってなかなか進まない家族、創作に飽きて畑のブランコやハンモックに揺られる子供達。ここでは「こうしなきゃいけない」というような決まり事なんて何もない。自分のペースで創作して、遊びたくなったら遊んでいい。それぞれが好きなようにここでの時間を共有していた。建造物に囲まれた中にポッカリとできた、人と自然が交流する暖かい空間。冬の柔らかな陽の光に照らされ、皆の笑い声が響く。ああ、この土地が喜んでいるなと感じた。これがアップサイクルだ。

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

奥様の純さんが、ワークショップを開催するに至った経緯を話してくれる。

 

「ここに来た時に、自然がいっぱいあったから、ここを潰しちゃ勿体無いって思ったし、子供が小さかったから、こういう自然に触れさせたいと思ったんです。木登りしたりとか、土に触れたりとか。自分の子供たちだけでなく、近所の子にもここで遊んで欲しいと思ったし。都会の那覇だからこそ、こういう場所を残さなきゃって」

 

長年放置されていたこの土地は、木々が鬱蒼と生い茂り、瓦礫が散乱していたのだそう。玉城さんは、1年かけて掃除をした。今、畑を囲むように生えている木々は、元々そこにあったもの。1部を畑にしたものの、自然をなるべくそのままの形で残した。“畑のアトリエ”は、子供たちが木や土に触れるきっかけにもなるのだ。

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

“畑のアトリエ”での創作活動には、木や土に触れること以外にも大事な意味がもう1つ。自分自身をありのまま受け入れることに繋がると、玉城さんは考えている。

 

「僕、アートに救われたんですよ。アートって自分を掘り下げていく作業が多くて。自分がなんで表現するのかを掘り下げると、自分を見つめなおす作業に繋がるんです。自分をカウンセリングするじゃないですけど、アートは良し悪しじゃなくて、何でもいいんだよって受け入れてくれる。とりあえずの自己表現ができるんです。受け皿ができて、アートによって自己肯定ができるようになったんですね。だから子供達も、その子がどんなことをしたいのか自由に表現してもらって、それでいいんだよ、大丈夫だよって、全て拾ってあげたいんです」

 

その言葉通り、長女の結々(ゆゆ)ちゃん、次女の翠(すい)ちゃん、三女の明(はる)ちゃんは、畑にあるものでそれぞれの遊びをする。小花を摘んで木箱に綺麗に並べたり、月桃の葉を割いて細くしてみたり、木の積み木を好きように重ねたり。全て、彼女らのしたいことが表現されている“アート”だ。それを暖かく見守り、ときに一緒に遊ぶ玉城夫妻の優しい目配りが印象的だった。

 

ポツリと玉城さんが言う。

 

「幼少の頃に愛ある家庭っていうんですかね、ちゃんと子供のことを親が見てくれたりすると、無条件に自己肯定感が増えていくと思うんですよ。でも、その状況が自分にはなかったんで」

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

「これはちゃんと話したほうがいいかなと思って」と前置きして、自身のお祖父様やお父様のことを話してくれた。

 

「うちはすごいお家だったんですよ。すごいっていうのはある意味、家庭が崩壊してた(笑)。オジイは兵隊だったんですよ。華北からタイのバンコクまでずっと歩いて行軍したような、日本一歩いたと言われる部隊にいて。2年のところ、兵役が伸びて5年も行っているんです。沖縄戦を経験した他の人の話とは、全然内容が違う。負けたことがないとか、特に酔っ払うと兵隊だった頃の自慢ばかり」

 

長く軍人だったお祖父様は、その息子である玉城さんのお父様に対しても、その名残で接してしまったのだろう。

 

「親父はそのオジイから、鉄拳制裁は当たり前のあらゆる暴力を受けて育ったんです。そんな育ち方をしたから親父は萎縮してしまって、今でも人の目を見れなかったりするんですよ。お酒に逃げてばかりで、まったく家庭を顧みなかった。いつも怒ってて、母親と喧嘩してるし、僕達兄弟を放置しっぱなし。今思えば、子供への接し方がわからなかったんでしょうね」

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

お祖父様の戦争の体験が、お父様の人柄に影を落とす。その影響は、玉城さん自身にももちろんあった。

 

「そんな親父だったから、自分も子供との接し方がわからなかったんです。長女の時は抱っこはするけど、どうスキンシップをとっていいかわからなかった。次女のときは、自分の練習で、わざとチュッチュしたり(笑)。三女のときにようやく無理せずスキンシップがとれるようになってきた感じです(笑)」

 

純さんも言葉を続ける。

 

「誰が悪いとかじゃないと思うんです。おじいちゃん自身も戦争で、精神的にダメージを受けてて、PTSD的なところがあるんです。夜中にうなされていたり。戦争が終わっても、戦争の影響が、お義父さん、主人へと、次の世代、その次の世代まで続いちゃうんだなって、すごく怖かった」

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

バラバラの家族。そんな状況に少しずつ光が差したのは、玉城さんが、お祖父様に頼まれ、その所有するアパートをリノベーションしてからだ。リノベーションをきっかけに、お祖父様と玉城さん家族は、そのアパートに住もうと首里に戻った。そして、新しい出発の場所だからと、そのアパートを、一族の屋号である“うえのいだ”と名付けた。

 

「その後、オジイから、この土地で畑をやってみないかって話をもらって。で、畑も“うえのいだ”にしようって。オジイの世話や、“うえのいだ”のアパートとか、“うえのいだ”のこの畑とか、“うえのいだ”をやっていることで、どんどん家族が変わっていくのがわかるんですよ」

 

季節ごとに小さな芽が吹き、新しい命が誕生している畑。お子さん達が作った木の札が、見る者の心を和ませる。「10がつ12にち セルバチコ」。種蒔きをして、水をあげて、札を作り土に立てる。その後も世話をして、その成長を楽しみに待つ。そんな玉城さん一家の様子が畑から見て取れるのだ。仲の良いどこにでもいるであろう“普通”の家族。幸せな日常がまんま反映されている畑だからこそ、お祖父様やお父様にも変化をもたらしたのだろう。

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

うえのいだ

 

「畑に水撒く時間がないから、親父を呼んで水を撒いてもらったりしているんです。なんか家族の問題を家族で解決していこうという形になってきたんですよね」

 

驚いたことに、玉城さんが学生のときに離婚した両親は、昨年よりを戻し再婚をした。

 

「今は自分も親父とちゃんと対峙できるんです。嫌なものは嫌だとちゃんと伝えています。親父は、昔は逃げてたけど、今はちゃんと聞いてくれますよ。小さい頃は甘えられなくて寂しかったけど、ようやく今、親父に甘えて、トラウマを解消している感じです(笑)」

 

うえのいだ

純さんお手製のジューシーとりんごケーキ。畑の月桃を器代わりに

 

うえのいだ

こちらも純さん手作りのレモンスコーン

 

うえのいだ

 

壊れていた家族が一つにまとまりだした、そのことを玉城さんは「第1章が終わった」と表現した。親に甘えられなくて自己肯定ができなかった自分。それをアートで癒やし、自信を取り戻した。一族の再生のきっかけとなったこの畑は、今や近所の人や次世代を担う子供たちの癒やしの場、遊びの場になっている。土地がもたらした和が、どんどん周囲へと波及している。“うえのいだ”の第2章は、既に幕を開けている。

 

文・写真/和氣えり(編集部)

 

うえのいだ

 

うえのいだ
http://uenoida.com
https://www.facebook.com/uenoida

 

 

[うえのいだの野菜を購入できる店]
◆ハッピーモア市場
https://www.facebook.com/happykeiko024

 

◆浮島ガーデンハルサーズマーケット
(毎月第2日曜開催)
http://ukishima-garden.com
https://www.facebook.com/UkishimaGarden/

 

◆ブエノチキン浦添店
 イートインコーナー
http://www.buenourasoe.com

 

TANAKA

 

沖宮

 

「『僕が今こうしていられるのは、沖宮のお陰だから』っておっしゃる方がいるんですよ。ある会社の社長さんで、事業で損失を抱えて倒産寸前だったとき、沖宮へお参りに来て事態が変わったと。それから恩返しがしたいと、何かにつけてお手伝いに来てくださるんです。お正月は、お正月休みにも関わらず、毎年来てくださいますね。この間のお正月は、沖宮の法被を着て、大きな声を出して参拝客を誘導してくださっていました」

 

沖宮(おきのぐう)の女性の神職である、喜久里(きくざと)京子さんは嬉しそうに続ける。

 

「他にも、沖宮にご奉仕したいと、早朝から花の手入れをしてくださる方、お漬物を漬けたから、うちでこんな野菜ができたから、と持ってきてくださる方。みなさん本当に気持よくご奉仕してくださるんです」

 

奥武山公園の東に位置する沖宮。ここは、自然と人が集まり来る神社だ。ランナーがジョギングコースに組み入れていたり、通勤途中のスーツ姿のサラリーマンが立ち寄ったり。皆、足を止め、心を落ち着かせるように参拝していく。早朝から、お参りをする人が途絶えることはない。

 

 

沖宮

 

それもそのはずと思う。パワースポットと言っていいのかわからないけれど、沖宮には、清らかな気が流れていると感じる場所がいくつかある。

 

その代表は、天燈山(てんとうざん)。本殿の裏に小高い丘があるのだ。階段を数十段、軽く息を切らせながら上がると、鳥居の向こうに、ガジュマルの木に見守られるように建つ石碑が。その静かなたたずまいに、上がった息もすっと静かにおさまっていくのがわかる。石碑に刻まれた文字を追う。

 

「天受久女龍宮王御神(てんじゅくめりゅうぐうおおおんかみ)」

 

沖宮が祀る神様だ。ここで、二礼二拍手一礼。「神様のご加護がありますように」と両手の平を合わせて目を瞑る。ここは、優しい空気に包まれた場所。気持ちのいい風が頬を撫でていき、ここにしばらく居たいと思う。眼下には、漫湖公園やモノレールなど那覇の町並みが広がり、眺めもいいのだ。

 

 

沖宮

 

沖宮

 

そして、もう一つ気持ちのいい場所は、権現堂(ごんげんどう)というお堂。ここに入った途端、「何、ここ、気持ちいい〜」と口にする人も多い。

 

「2ヶ月に1度、早朝6時からここで開催される写経や座禅のクラスは、いつもほぼ満席ですね。あまりの評判の良さに、クラスをもう少し増やすか検討中です。写経のクラスだと、まず、般若心経を神職とともに唱え、その後一気に般若心経を書き写します。とても集中できるし、その日は1日清々しい気持ちで過ごせると、何度も参加される方が多いですね」

 

祖親と、窓から差し込む日差し、眩しい緑に見守られてのクラス。心を落ち着かせて書に向かう、はたまた内省するに、これ以上の場所はない。

 

沖宮

 

沖宮

 

 

沖宮にこんなにいい気が流れているのは、神職が年に何十回と祈りを捧げていることと無関係ではないはずだ。

 

「沖宮は琉球古神道ですので、旧暦の行事も行うんですね。カレンダーにある旧暦の行事ほとんどで、神事を行うんです。年間70から80くらいでしょうか。琉球八社であっても、旧暦行事を行う神社は少ないんですよ。神社は基本、日本神道なので、新暦の行事だけを行うんです。新暦だと、こんなに行事はないですよね。沖宮の神事を行う回数は、群を抜いていると思います」

 

琉球八社とは、琉球王国時代、王府から特別な扱いを受けた8つの神社。沖宮はその1つだ。琉球古神道をとる沖宮は、旧暦の1日と15日に行う月次祭(つきなみさい)を始め、これからの時期だと旧正月やトゥシビー(生年祝い)、旧暦3月3日の参天の拝みなど、神事として祈りを捧げる。その神事の日には、神職は明け方4時頃から、沖宮の敷地内と敷地外の拝所を1時間半ほどかけて、10箇所以上を拝んで回るという。

 

沖宮

 

そもそも喜久里さんが神職の道に入ったのも、沖宮に集まり来る人と同様、自分が何か役に立てるのであれば、という奉仕の気持ちからだった。

 

「『神職として面接を受けませんか?』と言われたときは、『神職ってなんですか?』と聞き返したくらい、なんの知識もなかったんです(笑)。でも、私でも何かお手伝いができるのであればと思い、今に至ります。沖宮へは、それまでもちょこちょこお参りに来ていましたね。家族と一緒の時は他の神社にも行っていたんです。けれど1人の時はなぜかいつも沖宮。手水の場所が変わっていたり、花や緑が増えて、神社がどんどん綺麗になっていったり。そういう変化を見てきていたし、自分に馴染みのある神社ではありましたね」

 

沖宮

 

沖宮

沖宮鳥居前に移転された、空手の聖地であることを示す石碑

 

神職である喜久里さんの仕事は、神事で祈りを捧げることの他に、外祭と言って、個人や企業の希望を受けて、現地に出張してまつりごとを行うこともある。その1つである地鎮祭では、奉仕の喜びがあるという。

 

「施主様にとっては、一生に一度あるかないかの行事ですもんね。プレッシャーもありますけど、ご奉仕をさせていただいた充実感ややりがいがあります。施主様や業者様の『ほっとしました、無事に地鎮祭が終わって。これで工事が始められますね』と安心したお顔を拝見すると、ああ、よかったなって思います。私は地鎮祭は、郵便屋さんみたいなお仕事だと思っているんです。施主様の言葉や思いを、施主様に代わって私が神様にお届けする、ご報告させていただくみたいな。『いついつから誰々さんがここでおうちを建てますよ。無事に誰ひとり怪我することなく、滞りなく工事をさせてくださいね』って。だからいつも『ちゃんと届いたかな』って気になりますよ」

 

沖宮

 

沖宮で、みんなとご奉仕できるのがとても楽しいと、喜久里さん。他の神職や職員の人柄に恵まれているのも理由の1つだ。

 

「沖宮に入ってから、神職の研修で1ヶ月間、山口の神社庁に行ったんです。逆にそこが苦痛で仕方なかった(笑)。1ヶ月間もったのは、ここの神職や職員が、忙しい仕事の合間を縫って、LINEをくれたから。研修でピリピリしてる私をなんとか笑わそうと、凝った動画を作って送ってくれたり。特に神職はみんな研修を経験してるので、『試験にはこんなこと出るよ』とか自分の経験を伝えてくれたり」

 

沖宮に人が集まるのは、神職らの人柄も要因なのかもしれない。いつも気さくに挨拶してくれる様は、神職というちょっと近寄りがたいイメージを親しみやすいものにしてくれる。それもあってか、沖宮のいわばファンクラブである奉賛会の会員は、現在600人余りと多い。今後はもっと幅広い年代の人にも沖宮に足を運んでほしいと、神社境内でのイベントを企画中だ。

 

「イベントを主催してくれたり、必要な方が、必要なタイミングで集まってきてくれているなと感じます。イベントに来てくださるお客様が、ここが沖宮だって知らなくても、この場所で楽しい思いをしたり、笑顔になってもらえたら嬉しいですね。『イベントやってたあの場所って、沖宮だったんだ』と最終的に沖宮を知ってもらえれば、なお嬉しいです(笑)」

 

沖宮は、人が集まり来る神社。神職らによる幾度となく重ねられる祈り、優しさ、ご奉仕したいと集まってくる人々の気持ち。これらと場所のエネルギーも相まって、清らかで柔和な気に溢れた場所。四季折々の花が咲き乱れ、緑も多い沖宮は、いつでも参拝者を癒やし、穏やかに、優しい笑顔にしてくれる。

 

写真・文/和氣えり(編集部)

 


沖宮
那覇市奥武山町44番地(奥武山公園内)
098-857-3293
http://okinogu.or.jp
https://www.facebook.com/okinogu/

 

[沖宮での開催イベント]

おうのやまHappy♪マルシェ
おきなわ花と食のフェスティバル2016同時開催
2月6日(土)7日(日)
10:00〜18:00
https://www.facebook.com/OnoyamaHappyMarche/

 

TANAKA

 

みんなの喜びをみんなで分かち合う、花と食の感謝祭!

 

奥武山公園内沖宮(おきのぐう)で、第1回「おうのやまHappy♪マルシェ」が開催されます。

 

会場となる沖宮は、琉球八社であり由緒正しき神社。その本殿で、盆栽の育て方ワークショップ(6日7日両日とも10:00~)、野菜や植物を描くチョークアートワークショップ(同14:00~)、フラワーデモンストレーション(同16:00~)などが実施されます。

 

うさんでーガーデンでは、県内の人気ベジ料理店が軒を連ねます。全て主催者が実際に足を運び、これはと思う店に出店していただきました。

 

Happy♪マルシェブースで販売する、もだま工房ハーブティや、はなふる和菓子は、沖縄本島ではなかなか手に入らないもの。その他、那覇壺屋の雑貨店GARB DOMINGOセレクトの雑貨や、マルシェオリジナル月のアロマなど、選りすぐりのものを販売致します。

 

植物を愛でる、美味しいものをいただく。誰かさんの喜びをみんなで分かち合う豊かな1日を、沖宮でお過ごし下さい。

 

おうのやまHappy♪マルシェ
2016年2月6日(土)7日(日)
10:00〜18:00
沖宮境内(奥武山公園内)

 

https://www.facebook.com/OnoyamaHappyMarche/

 

 

TANAKA

 

「祖母がよく言ってたのよ、『優(まさるぅ)、ターンムがわらと〜み〜(笑っているねぇ)?』って。正月とか田芋を家で蒸す時はいつも、僕が火の番をしてた。すると隣からこの声が聞こえてくるの」

 

幼い頃の思い出を懐かしそうに話すのは、田芋を自然栽培で育てる農家、サンキューファームの宮城優さんだ。田芋は収穫後、一度蒸す。蒸された田芋の皮にはヒビが入り、その裂け目からは薄い藤色の実が顔を出す。その様子を「ターンムが笑う」というのだ。収穫時期真っ只中のこの日も、宮城さんは、田んぼに併設されている小屋で黙々と田芋を蒸す。

 

「こうして蒸してるといい香りがしてきてさ、蓋を開けると真っ白な湯気が上がって、その向こうで田芋が笑ってるわけよ。それ見たらさ、自分の顔もほころぶの。この1年が報われたなあって、もう農家である喜びだよね。ああ、祖母が言ってたのは、この意味だったんだって。田芋だけじゃなく、自分も笑うってこと。35年経ってようやくわかったんだよね(笑)」

 

後継者の古勝アンドリュー直次郎君。「本土から帰ってきて、直感的に田んぼへ行かなきゃと思った。地元大山の伝統と関われるのが楽しいです」

 

 

その笑顔が見たくて、手塩にかけて育てた田芋。宮城さんには、オススメの食べ方がある。

 

「僕のイチオシは素揚げ。ここの湧き水は琉球石灰岩を通っているから、カルシウムとかミネラルが多いんだよね。だからかわからないけど、大山の田芋は味がぎゅっと濃いの。素揚げは、その味を活かせる一番の食べ方だと思う」

 

農薬も肥料も使わずに育てているからこそできる、皮のついたままの素揚げ。蒸した小芋を縦に4等分して、油の中に放り込む。一度蒸されているから、中まで火を通す心配は無用。高温で皮がパリッときつね色になるまで揚げたら取り出して、塩をパラパラと振って出来上がり。この上なく簡単な一品。

 

このシンプルさが、宮城さんの田芋の美味しさを十二分に引き出す。その味は、まさに絶品。ホクホクと混じり気のない素直な味で、淡白であるはずの田芋の味がしっかりと濃い。そして目を見張る美味しさがあるのは、皮の部分。パリパリとクリスピーで、大地の香りを閉じ込めたような滋味深さがある。通常、皮と一緒に除いてしまうヒゲの部分も、パリッ、サクッとして、ヒゲってこんなに美味しいんだと驚かずにはいられない。皮とヒゲの部分だけの素揚げも食べたいくらいなのだ。

 

 

こんなに滋味深さを蓄えているのは、余計なものが加わっていないから。農薬や肥料にも頼らない栽培方法のおかげだ。

 

「はっきり言って、農薬やらを使う慣行農法と比べたら、手間は3倍から5倍はかかるね。成長が違うわけ。化学肥料を入れると成長が早いのよね。うちはゆっくり成長するから、その分雑草が多くて草取りの手間が増える。通常は収穫まで3回くらい田んぼに入ればいいのを、5回くらいは入るね」

 

慣行農法だと8ヶ月から10ヶ月で収穫できるところを、宮城さんの田芋は、田植えから収穫まで丸1年かかる。宮城さんは、「別に苦労とは思ってないけど、楽しくてしょうがないってわけでもない。ただあるからやってる」と淡々とした様子。

 

自然のままの状態で「ただやる」理由。それは、宮城さんの幼い頃の思い出にある。

 

 

「田んぼは、僕の遊び場だったの。縦横無尽に駆けずり回って、魚とか追いかけてた。秘密の場所があってさ、こっちに行ったら、夏は冷たくて、冬はちょっと温かい場所があるとか。そっちに行ったら、こんな生き物がいるとかさ。カエルとかグッピーとか台湾金魚とか、もう色々な生き物がいて。嫌なことがあったら、いつも一人でここに来てた。秘密の場所だから、誰にも教えないで(笑)」

 

幼い宮城少年にとって、特別な場所だった田芋畑。大人になって再び訪れた時には、その姿はすっかり様変わりしていた。

 

「その後本土に出て、34歳で帰ってきたんだよね。で、久しぶりに田んぼに来たら、生き物が全然いなくなってたの。それまでに使っていた農薬のせいで、全部いなくなっちゃってたんだよね。生き物を殺してまで、人の食べるものを作るのってどうなんだろうって」

 

よほどショックだったのだろう、田芋畑を継いだ宮城さんは、再び生き物の棲む田んぼにしたいと奮闘を始めた。

 

「最初は、有機栽培から始めたんだよね。人と同じことをするのが嫌な性格だから、みんながしている慣行農法はしたくないっていうのもあった(笑)。その時は知らなかったんだけど、土の状態をちゃんと作ってないのに、有機栽培とかに走ってもダメというか。もう植えたとこ植えたとこ、全部パーで。草に勝てなくて、全然実が入らないし、成長しない。もうこれじゃあ生活していけない、どうしたらいいんだろうって。でもその時、農薬だけは絶対に使わないと決めたんだよね。農薬を使うと生き物って絶対死ぬから」

 

 

 

農薬を使わず、けれども生活のために、化学肥料を慣行農法の3分の1だけ使う方法に切り替えた。栽培がようやく軌道に乗った頃、大山の田芋畑一帯を襲う試練が訪れた。

 

「軟腐病という病気が蔓延したわけ。僕が思うに、これまでの栽培方法に問題があって、農薬と化学肥料の多用で、土の力が極端に落ちていたんだと思う。茎の部分は元気で、見た目ではわからないわけ。収穫しようと思って抜いたら、芋がソフトクリーム状に柔らかくなって腐ってる。回復させる技術もなかったもんだから、そういう状態が2年3年と続いて。60代70代の農家の人には特にきつかったんだろうね。難儀するだけだからって、だんだんみんな畑を放棄するようになって。もちろんうちも少なからず影響がありました。今はもう解決策ができたんだけどね」

 

 

 

軟腐病の影響で、大山の田芋農家の数はガクンと減ってしまった。地権者の相続も重なり、放置されたままの田んぼも増えた。大山全体の元気がなくなっていたちょうどその頃、宮城さんは、大きな影響を受けた人物に出会う。

 

「りんごで無農薬栽培に成功した木村秋則さんの本を読んで、こんな人いるんだ、この人すごいなって。タイミングよく沖縄で講演会があって、偶然にもチケットが手に入ったんで、聞きに行ったんです。木村さんは、9年もの間家族を露頭に迷わせて、最後には死まで考えて。それでも難しいりんごで無農薬栽培を成し遂げた。ある意味、気がおかしい(笑)。話を聞いて、『やらんといかん、これでやらんと』と思った。あれが本当にきっかけだった」

 

講演の翌日から、少量使っていた化学肥料もすっぱりやめ、自然栽培に切り替えた。

 

「これ以上、田んぼに棲む生き物を減らしたくないから。田んぼには、何も入れないし、何も足さないってことを徹底して。入れるのは僕の愛情だけ(笑)。朝来たら『おはよう』って声かける。『美味しくなってね』とか『虫に食べられてごめんね』とか。効果あるんじゃないかと思う。一人で喋って危ないけどね(笑)」

 

成長段階で、光合成をたっぷりしている大きな葉。木が低くなり、葉が小さく黄色くなると、収穫時期の合図。

 

「田芋は、正月やシーミーに欠かせないもの。先祖崇拝とか沖縄の根底にあるものと繋がる、ありがたい食べ物だよね。『ありがた〜いも』を定着させるか(笑)」

 

宮城さんが、これほどまでに田んぼに棲む生き物にこだわるのは、自分が経験してきたことを、子供たちにも経験してほしいからだ。

 

「なんとかここを子供たちの遊び場というか、フィールドにしたかったの。自分がずっとここで遊んで、生き物に触れ合えたからね。例えばこんな思い出があってさ。僕は、ここでいっぱい取った生き物30匹くらいを、こんな小さい水槽に入れて、見て笑ってたわけ。そしたら、翌日全部死んでるわけよ。『ああ、こんなしたら生き物って死ぬんだ』とかさ。まあいっぱい殺生もしてきた(笑)。子供って、そういう経験を通して学んでいくんじゃない?」

 

サンキューファームの一番手前の田んぼは、何も植えられていない。子供たちが裸足で入って遊ぶためにだ。子供たちが田んぼに入ることで、思わぬ効果もあるという。

 

 

「そっちの田んぼは田芋を植える前に、子供たちに入ってもらって遊んでもらったの。そしたら、田芋の成長が早い。子供達は大地とエネルギーの交換をするんだよね。だから子供のエネルギーをもらって大きく成長する。大丈夫、邪気のある大人が入っても、田んぼからエネルギーをもらってきれいになるよ(笑)」

 

自然栽培に成功した宮城さんの次のテーマは、子供たちと繋がること。ここで子供たちが生き物と戯れ、どろんこになって遊ぶ。ここでカフェや食堂を開き、皆で田芋料理を味わう。都市化された中にあって、皆が集まるオアシスのような場所にしたいと宮城さん。田芋は、宮城さんだけでなく、子供たちをも笑顔へと導いていくのだ。

 

 

沖縄で田芋は、親芋に小芋、孫芋が数珠繋ぎのようにできることから子孫繁栄を願う縁起物と言われる。そんな田芋の様子が、宮城さんを慕って集う人々の姿と重なる。親芋である宮城さんから、小芋である後継者の直次郎君、そして孫芋である子供たちへ。田芋が繋ぐ笑顔が、数珠繋ぎのように、この場所から永遠に続いていくように感じた。

 

写真・文/和氣えり(編集部)

 

 

サンキューファーム
宜野湾市大山5-34
070-5538-8965
https://www.facebook.com/39famu/

 

[2016年2月6日 ターンムの日のイベントのお知らせ]

2はウチナーグチでター、それに6(ム)で、2月6日は、ターンムの日。
サンキューファームは、イベントに参加します。ぜひご来場ください。

 

おうのやまHappy♪マルシェ
 日時 2016年2月6日(土)7日(日)
 時間 10:00~18:00
 場所 沖宮(奥武山公園内)
 内容 素揚げやムジ汁の販売
 https://www.facebook.com/おうのやまハッピーマルシェ-1524433831187976/?fref=ts

 

「タイモの夢 ~影絵の夜~」
 日時 2016年2月6日(土)
 時間 17:00開場 18:00開演
 場所 普天間神宮寺
 内容 太古からの水脈を流れた水が注がれる大山田いも畑。
    大きな葉っぱを広げ、土の中で田いもはどんな夢を見てるのかな。
    田いも畑の未来に想いをはせ、親子で楽しむ影絵の夜。
    参加費 大人:1,500円 親子:2,000円(きょうだい何人でも)  
    田いもの素揚げプレゼントつき
    お問い合わせ先 08043660780(古勝直次郎)

 

TANAKA

むい自然農園

 

むい自然農園

 

「日々思いますね、『ああ、生きてるな』って。畑で、夜明けの太陽の光を浴びて、地面から、土から、ワーッとエネルギーがあがってきて。『おおー、来てんなー!!』って(笑)。畑にいると毎日、『いいなー、楽しいなー』って思いますね」

 

むい自然農園の益田航さんは、夜明け前から夕方まで1人っきりで畑作業をしていても、全然寂しくないと言う。大自然の中でそのエネルギーを余すところなく全身で受け取っているからだ。沖縄に来てから始めたという自然栽培は、もう8年に。最近は、畑仕事以外でもやりたいことが明確になった。

 

「結局自分は何がしたいんだろうって思うと、自然栽培の素晴らしさを伝えたいって思うようになって。こんなに楽しいってことを、もっとみんなに広げていきたいっていう」

 

農薬や化学肥料を使わなければ、それだけ労力が増えて大変なのでは?と単純に思っていた。けれど、益田さんの生き生きと輝いた目を見れば、苦労だけではないことは明らか。その自然栽培の素晴らしさ、聞かずにはいられない。

 

むい自然農園

 

むい自然農園

 

そもそも自然栽培って、不耕起であったり、農薬や肥料を一切使わない農法、ということですか?

 

益田さん(以下略):これが自然栽培だよって言うんじゃなくて、人によっても違うだろうし、多分土地によっても違うのが自然栽培だと思うんです。色んなやり方があっていいと思うんですね。

 

ただ「自然をお手本にする」っていうのが自然栽培だと思います。自然をお手本にすると、なんで土を耕すんだろうってところから入るんですよね、自分なんかは。自然に生えてる木とか草ボーボーのところとか、誰も耕してないのに、あんなに元気に健康に育ってる。なんで肥料あげるんだろう、農薬かけるんだろうって。誰も肥料や農薬をあげていないのに、あんなに立派に育ってるし、虫食いだらけになってない。

 

どうも自然をお手本にしてるとわかってくるのは、人間が余計なことをしているんじゃないかって。土が固いところに根を伸ばすから、丈夫に育つのに、耕して甘やかしすぎるから、作物がひ弱になってしまう。そうすると肥料をあげないと育たないから、肥料をあげる。すると肥料に寄せられて虫がいっぱいやってくるから、農薬かけないといけない。農薬かけるから、更にひ弱になってって、全部悪循環になってしまうんです。

 

自然栽培って結局先生は、自然しかないというか。作物と会話して初めて自然栽培かなって。

 

むい自然農園

 

なぜ益田さんは、自然栽培を? 自然栽培を始めたきっかけは?

 

自然農法の提唱者である福岡正信さんの「わら一本の革命」っていう本に出会ったのが衝撃的で。直感で「ああ、これだな、自分のやりたかったのは」って。それまで農業関係の本を読んだり、畑にバイトに行ったりしてたんですけど、これだっていうのを感じたことはなかったんです。

 

例えば、バイトでオクラ農家に行ったときは、朝から晩まで、オクラ。そこに石灰やら肥料を担いで撒いて。これだったら工場で働いてるみたいだなって。自分が思い描いてた、自然と調和したいという仕事ではないような気がして。そんな時に福岡さんの本を読んで、もう目からウロコというか。この本を読む前に、仏教や禅を学び、インドを放浪していたんです。そういう経験から自分が考えていたことが、そのまま仕事に結びつくんだと思って感動しました。自然農法って、仕事というより、生き方だったんだなと思って。

 

自然農法って、農業の一つのやり方にとどまらず、”自然と調和する生き方”なんですね。太陽や土のエネルギーを感じる以外に、何がそんなに楽しいんですか?

 

畑からも、そこでできた作物からもエネルギーをもらえるし、何より野菜が美味しい! 単純に美味しいってことが一番。自分で食べてみて、全然違う、美味しいってこういうことだったんだって、初めてわかりましたね。

 

ただ甘いとか、単純な味ではなくて。トマトだったら、甘くしたいんだったら自然栽培じゃなく、違う方法のほうが甘くなったりするんです。自然栽培の甘さっていうのは、甘さの中に酸っぱさもあって、ちょっと渋みもあったり、色んな味が交じり合って、そのハーモニーで美味しいというか。味も濃くて、これがトマトの味なんだっていう感じがする。そのものの味としか最後は言いようがないかな。

 

今、ゴーヤーだったら、苦くないほうがいいとか、そういう風に改良されたり、そういうのの人気が出たりするけど、でもやっぱり苦くて美味しいゴーヤーを食べると、やっぱりこれがゴーヤーの味だよなって思うんですよ。だいたいうちは夏の間4,5ヶ月は毎日ゴーヤーを食べるけど、全然飽きないですよ。旬のものってこんなに飽きないんだっていうくらい(笑)。

 

むい自然農園

黒くなった四角豆は、来年に向けての種採り用だ。

 

むい自然農園

 

でも自然栽培をしている農家さんはとても少ないですよね。やっぱり自然栽培を始めるのは難しいのではないですか?

 

周りからある意味、プレッシャーがかかるっていうのはあるかもしれないです。自分なんかは、わざと草を生やすんだけど、特に田舎では畑に草を生やしてるのは恥ずかしいことと見られがちなんです。きれい〜に草を刈って、もしくは除草剤をかけてやってるほうが、立派な仕事をしてるって。草を生やしてるのは、仕事をさぼってるんじゃないかって(笑)。「沖縄はこんなに雑草が生えるし、虫が多いんだから、除草剤や農薬使わないと無理だよ」って言う農家さんもいっぱいいます。

 

確かに沖縄は雑草や虫が多くて、そういう面は否めないんだけど、そう言ってしまうと沖縄で自然栽培やる人が出てこないから(笑)、自分はなるべくポジティブなことを言いたくて。沖縄は冬でも栽培できるし、なんといっても、エネルギーがすごいですよね。太陽のエネルギーにしろ、雨のエネルギーにしろ。だから木でも草でも育ち方がすごいじゃないですか。だからやり方によっては、沖縄でもできるのは確かだと思うんですよ。

 

あと「形が悪いと売れないさ〜ね〜。農協も買ってくれないし、市場にも出せないし、そしたら生活できないし、借金も返せない」ってね。うちは作物の種も自家採種してるけど、最近はF1の種が大半じゃないですか。1世代だけで子孫を残さない種ですね。笑っちゃうのは、トマトとかのF1の種って、決まった大きさになるよう、そういう計算のもとに作られているんです。それは箱詰めしたときに、ぴったり収まるように。いかに流通させるかが大事で、味は二の次。普通に考えたら、味が美味しい方が売れるから、そういう風に改良すると思うんだけど、そうじゃないんですね。子供心で素直に考えたら、その野菜の種を蒔いても芽が出なくて子孫が残せないものを人間が食べるって、なんかおかしいって思います。

 

むい自然農園

 

むい自然農園

 

自然栽培は、始められたとしても、続けていくのも難しそうです。

 

福岡正信さんとか、りんごで無農薬栽培に成功した木村秋則さんの本とか出てるし、マニュアルもあって、講演でいらして、やり方も教えてくれる。でもその通りに沖縄でやっても失敗すると思うんです。皆さんの失敗している例を聞くと、そのまま当てはめてしまっていることが多いですね。やっぱり北国でやってる方のやり方を、沖縄でやったって、自然の環境は全く違うし、土の質は違うし、気候も違うし、種蒔く時期も全然違う。マニュアルをそのままここで当てはめると失敗して、ああ沖縄は難しんだっていう結論にすぐいってしまう。沖縄では沖縄のやり方でやればきっとできるはずって、自分もそれを試行錯誤しながらやっているんです。自然栽培の本は参考にしつつ、でも究極は自然と向き合わないと、必ずどこかで失敗してしまう。自分も失敗しながら、はっと思い出して自然に戻るってことを繰り返しています。

 

むい自然農園

 

むい自然農園

 

沖縄でのやり方は自分で試行錯誤しないと? 何かヒントにしたりするんですか?

 

身近なところでは、地域のオジイとかオバアのやり方が一番参考になります。農薬を沢山使う人がほとんどなんだけど、その中でもちょっとしたやり方とか。例えば、ゴーヤーとか棚作りでやっているのしか見たことない人もいると思うんだけど、オバアとかはあたいぐゎーで、地這いでやってる人がちらほらいるんです。昔のやり方はそうだったんですね。やっぱり参考にするのは、沖縄で昔からやってるやり方。だって昔は肥料も農薬もなかったわけだし。うちも地這いでやってて、その方が自然の理に適ってるかなと思うんです。垂直に登らせて、途中の横に伸びる葉っぱとか脇芽を切ってって人間がやって、上に来たときだけ脇芽を伸ばす。ゴーヤーは好きなように伸びたいのに、横を切られてしまって、真っすぐ上にだけに登れっていうのは、あまりのもゴーヤーのエネルギーをムダにしてると思うんですよ。肥料をいっぱい入れないとそういう風に育たないし。それに垂直に育ててると、台風が来た時に全滅してしまう。地這いだと、台風の後でも実が取れますよ。その代わり、収穫が大変ですけど。草をかき分けて実を探さなきゃなんない(笑)。

 

むい自然農園

 

むい自然農園

 

自然栽培をしてみて、益田さん自身はどんな変化がありましたか?

 

作物と同じで、自分も余計なことをしないほうが楽しいんだって、気づかせてもらいました。今までは、何か余計なことやって問題が出てきて、さらに余計なことやってまた問題がややこしくなってって、次から次へと問題だらけで、問題をいつも抱えてた。そうやって生きていく、人生ってそういうもんだっていう感じがしてたんだけど。でももっとシンプルに余計なことさえしなければ問題自体も起こらないっていう考え方に変わったかな。例えば、なんだろうな。わざわざ塩っぱいもの食べて、お酒飲んで、今度は甘いものが欲しくなって。それで食べ過ぎて具合悪くなって、病院行って薬もらって、更に悪くなってしまう。そんなののくり返し。最初から旬の地の野菜を食べれば、余計なものがなくても満足できて、病気にもならないから病院に行かなくていいし、イライラすることもない。

 

むい自然農園

 

むい自然農園

 

シンプルな状態で充分足りていて、もう何も足さなくていいと?

 

例えば、土には土着の微生物がいて、全部繋がり合って、完璧なんですよね。完璧なハーモニーがあるから、自然の木とか森って美しいし、人間が感動する。「土作り」ってよく言うけど、土こそ人間の作れないものだと思うんですよ。土は作るんじゃなくて、いかにそこを活かすか、恵みをもらうか。いかに余計なことをしないか、じゃましないか。足し算じゃなくて、全部引き算なんですよね。足していくと次から次へと必要なものが増えて、問題がどんどんややこしくなる。

 

土を見てると人間も同じかなって。人間の体だって、自分の細胞より多くの微生物が住んでいて、それで成り立ってる。自分のものであっても、自分のものじゃない、微生物だらけで、生かされているんですよ。大地の全部が土なのに、ここだけ作って、「土を作りました」っていうのはおかしいじゃないですか。それと同じように、人間の内臓を見て、「ここが悪いからここを切ったら治ります」っていうのもおかしい。全部がつながっていて、全部が影響しあっているのに、ここだけ切れば治るっていうのは人間の傲慢さというか。土と同じように、人間もそのまんまで完璧なんですよ。

 

むい自然農園

益田さんの畑の100種以上の野菜、野草を細かくして煮詰めたコンフィテューレ。新月の日に仕込んだ「新月仕込み」の他に、満月の日の「満月仕込み」も。

 

むい自然農園

 

そうすると自分はありのままでいいんだって自分を肯定できるし、世界もこのままでいいんだって。足していくと、足した分だけ争いが起きたり、ややこしい問題が起きたりするけど、自分がこのままでいいんだったら、他人もそのままでいいんだし、認めないといけない。「そう言ったってお互いの利害があるんだから、こっちがいい、そっちがいいって言ったら戦争になるでしょう」って人は言うんだけど、自分はそうはならないって信じられるようになってて。本当にお互いを認め合っていたら、お互いが「自分はこれがいい」って言っても争いは起きないはず。そういう世界になったらいいなって、自然を見ていると思いますね。

 

でもね、そんな大袈裟なことじゃなくても、自然栽培の美味しい野菜を届けて、「美味しいね」って。自分が楽しそうにやってたら、相手も楽しそうになってって、そういう身近なところを自分はやりたいなって思うんですよ。

 

インタビュー・写真/和氣えり(編集部)

 

むい自然農園
むい自然農園
http://mui.ti-da.net
https://www.facebook.com/mui.shizen.nouen

 

むい自然農園の野菜を食べられるお店
浮島ガーデン(那覇) 
 (ハルサーズマーケット(毎月第二日曜日開催)にも出店)
カフェこくう(今帰仁)
◆sanctuary-void(名護)

※こちらの3店舗で薬膳コンフィテューレの販売もしています。

 

 

新規のご注文、ご予約の受付につきまして
「現在、新規のご注文、ご予約の受付は休止中です。長くお待ちいただいている方に空きができ次第ご連絡させていただいているところで、ご予約もお受けすることができません。せっかく当農園をみつけてくださった方、ごめんなさい。また受付再開できるときには、お知らせしますので、そのときにご縁がありましたらご連絡いただけたら幸いです。」

 

 

TANAKA

福豆

 

福豆

 

「堅苦しいことはせず、家庭料理のベジごはんを目指したくて。誰でも作れて、気軽で、変わったこともなく、すっと受け入れてもらえるような感じ。身の丈に合っているので、作りやすいんですよね」

 

福豆は、お弁当販売やイベント出店等を活動の中心としているごはん屋だ。使うのは、植物性の素材だけ。主宰の若林史子さんの肩肘張らない料理は、やはり背伸びをしていない場所から生まれる。人ひとりが動けるくらいの、こじんまりとしたキッチンがその場所だ。

 

「この台所の大きさ、気に入っているんです。あまり広すぎないこれくらい。販売するお弁当を作るのでも、これで充分です」

 

普通の2口のガスコンロ、その上の棚に並ぶのは、実家から持ってきたという、ホーローの懐かしい雰囲気の鍋。揚げ物用の鍋も、コロッケを4つ揚げるのが精一杯という大きさ。どこにでもある普通のキッチン。

 

福豆

 

史子さんは、おしゃべりしながらも、軽快に手を動かす。ふいに「もう1品作ってもいいですか?」と、冷蔵庫を覗き、食材を確認。そしてプレートに乗った料理とのバランスの確認…。考えること数秒、メニューを決めるや、また迷いなく、素早く手を動かす。とっさに作った付け合せは、農薬を使わずに育てられたシャキシャキのカブに、ドラゴンフルーツを合わせ、味付けはなんと自家製の梅ジャム。斬新!

 

「合いそうな気がして。食べてみないとわからないですけど(笑)。梅のジャムは、梅ジュースを作っていて、残った梅を潰してジャムにしてゴマとかを混ぜているんです」

 

カブがドラゴンフルーツの色に染まり、皿にピンク色の彩りを添えることも計算ずく。カブの優しい甘みと、ドラゴンフルーツの甘酸っぱさを、梅ジャムのコクが繋いでいた。どれも主張しすぎないけれど、それぞれの素材の味を殺さずまとまっていて、ちょうどいい優しい味。全くの違和感のなさに、少々驚いてしまった。1度の味付けで味をバシリと決めるあたり、史子さんの腕の確かさを感じずにいられない。

 

福豆

 

福豆

 

福豆

 

福豆

おからのサラダコロッケ豆乳バジルマヨネーズソースのプレート。付け合せは、オクラの天ぷら、パパイヤのシークヮーサー和え、凍り厚揚げとえのきの炒め煮、じゃがいも人参玉ねぎのトマト煮、カブとドラゴンフルーツの梅ジャムドレッシング和え。

 

「いつもこんな感じで、その時の気分で作るんです。何が作りたくなるか、その時にならないと私もわからないですね。前日に『明日のお弁当は何ですか?』とお客さんに聞かれても、いつも『うーん、食材見てみないとわからないです〜』って感じです(笑)」

 

気分で作るから、レシピの数は無限大…いや、その存在はないに等しい。驚いたことに、史子さんは、同じ料理をほとんど出さない。

 

「気温や季節その時その時で、自分が食べたいものが違いますもんね。自分の感覚も違いますし。例えば冬だったら体を温める生姜を多めにしようとか、秋は香ばしさが欲しいから、にんにくや焦がし醤油を使ったり、蒸し暑いなと思ったら、酸味を入れたり。自分の食べたいものと、食材と、その食材に合う調理法の組み合わせですかね。同じ食材で同じ味付けだけど、作り方を変えてみたり。もちろん似たような料理はいっぱいありますよ(笑)」

 

今日出された料理は、今の史子さんの気分を反映したもの。その料理は、史子さん自身そのものだ。その時の気分を大事にすること以外にも、人のマネはしたくないと、オリジナリティを大切にする思いもあるからだ。

 

福豆

グルテンミートと野菜のバルサミコ照り焼きどんぶり。バルサミコと醤油の香りが食欲をそそる。フライパンに残ったソースに粒マスタードを加え、最後に回しかける。

 

「私、人のマネをするのが嫌で。イベント出店とかで、バーガーが他の店と被るとか、避けたいんです。バーガーとかカレーが被りそうと思うと、作らないですね。作りたくなくなっちゃう。だからなるべく他の店と被らなそうなものを出します。メニューが重なっていない方が、お客さんにも楽しんでもらえると思いますし。この前の出店では、マカロニグラタンコロッケとか、その前はミートパイとか。ミートパイは、お豆腐と大豆ミートでミートソースみたいなの作って、オーブンで重ね焼きして。お豆でミートローフを作ったこともありましたね。他には、ライスコロッケとかシチューとか。お店では出しているかもしれないけれど、出店ではあまりなさなそうな、ちょっと変わったメニューを作るようにしています」

 

ちょっと変わったベジ料理。その言葉を裏付けるように、史子さんの作る料理は幅広い。純和食から、洋食やイタリアン、ガパオのようなタイ料理の風味を加えたものまで実に多彩だ。それもそのはず、史子さんはこれまで、料理のジャンルにとらわれず9店舗もの飲食店を渡り歩いてきた。和食の小料理屋や、創作洋食店にタイ料理店、はたまた沖縄そばを使ったパスタ屋まで。しかしどんな料理を作ろうとも、史子さんの料理の原点は、そのお母様にある。

 

福豆

 

「お母さんは、例えば鰯を沢山買ってきて、骨を自分で丁寧に取って、つみれにしたりとか。お菓子もほぼ手作りで、焼きリンゴとかクッキー作ってくれたり。仕事もしていて忙しかったのに、休みの日におやつを沢山作ってくれて。仕事へ行くときに、そのおやつを置いていってくれていましたね。お母さんが作った煮豆と里芋の煮っころがしが今でも大好きで、実家に帰ると必ず作ってもらうんです。私の煮物は、お母さんの味に近いかな」

 

だからか、と合点がいった。史子さんの作るどんな料理も、お母さんのように優しいのだ。「ベジじゃない人にも食べやすいように、味付けはしっかりしている」と言うが、しつこかったり、食べ飽きたりすることはない。お腹にすーっと収まって、もっと食べたいと思う。そう思うのは、料理に愛情を込めるお母様をいつも見て、それを食べてきたから。史子さんの料理もしかりなのだ。

 

「いつも台所でお母さんの横に立って、お母さんの手伝いをしていましたね。小学生の頃から、自分で望んで料理教室に通っていましたし、その頃から家族6人分のご飯を作ったりしていました。昔から好きだったんですよね、料理が」

 

しみじみと振り返る史子さん。しかし意外なことに、これまで調理一筋ではなかった。料理を面白いと感じられなくなった時期があるという。

 

福豆

那覇新都心メディアビル前で、お弁当を販売

 

「調理師の専門学校を卒業して仕事として料理をするようになったら、全然面白くなくなってしまったんです。それは、自分がやっていることだけで精一杯で、料理をする自分の手元だけしか見ていなかったから。周りを一切見られてなかったんですね。面白くないから、接客に回ったんです」

 

大阪という土地柄もあって、接客は「お客を笑かす」ことに情熱を傾けていたという。お客と会話を交わすことが面白くなりすぎてしまって、長年接客に携わることに。しかし、接客を経験したからこそ見えた世界があった。

 

「接客って全体を見渡さないとダメなんですよね。お客さんを見て、キッチンを見て、スタッフの動きを見て。そういうのを見ながら、自分も動く。全体を見られるようになったら、見え方が変わったんですよ。世界が違うというか。それからキッチンに入ったら、すっごく楽しかったんですよね。こんなに違うんや、見える世界が、と思って」

 

キッチンに戻ったのは、偶然だった。接客で店に入ったつもりが、キッチン担当のスタッフの合流が遅れてしまったため、調理師免許を持っていた史子さんが調理を担当することに。接客を経て遠回りしたようにも思えるけれど、史子さんにとっては、料理の楽しさを再確認する大切な期間だった。

 

福豆

 

本格的に調理を再開したのは、沖縄に居を構えた約8年前のこと。東日本大震災の際、ゲストハウスの食堂で腕を奮っていた史子さんは、避難者に出す料理の食材選びに苦心した。心身共に疲れた頃、ネパールへ渡る。ネパールでは、肉は平飼いされ捌きたての新鮮なものばかり。3ヶ月の滞在を終えて日本に帰ってくると、日本の食肉の匂いが気になり、肉は食べられなくなった。それからベジ料理のお弁当、ケータリングとして、福豆を立ち上げた。

 

平日にはほぼ毎日作る30個ほどのお弁当は、1時間もしないうちに完売、イベントに出店すると、その前に長い行列ができることもしばしばだ。今後、店舗を持つ予定はないのだろうか。

 

「一度はお店を持ちたいと思いますね。でもその流れがいつ来るか。場所も、ここって所がそのうち入ってくるかなと思っているんです。でもお店を持つと、お店に縛られますよね。それはどうかなーと思っちゃいます。沖縄にずっといるかもわからないですしね(笑)」

 

史子さんは、気ままに吹く風のよう。流れに身を任せ、逆らわない。福豆の明日のメニューがわからないのと同じように、史子さんの今後のこともわからない。形に縛られない福豆の料理のように、史子さんは自由で、身構えることはない。背伸びもしない。だから客も気軽に、福豆の料理を楽しめる。この心地よい力の抜き加減が福豆最大の魅力、と納得した。

 

文/和氣えり(編集部)

写真/金城夕奈(編集部)

 

福豆

 

福豆
07058107325
https://www.facebook.com/fukumame06/
※お弁当販売、イベント出店等の情報はFBをご確認ください。

 

2019年3月より、以下の店舗でお弁当やお惣菜を購入できるようになりました。
わが家のハルラボ商店

那覇市銘苅3-4-1(駐車場4台有)
098-943-9575
open 11:00~18:00
close 日曜・祝祭日
http://hallab.pecori.jp

http://calend-okinawa.com/event/info/harurabo-syoten-iten.html

 

TANAKA

金川製茶

 

「日本の紅茶ってまだまだなんですけど、日本人が本気で作ったら、日本の紅茶は世界三大紅茶に入ってもおかしくない。そういう気質が日本人には備わっています。日本で紅茶作りのプロが出てきて、世界の紅茶品評会みたいなのがあったら、間違いなく上位に日本人の名が連なりますよ。もちろんそこを目指しています」

 

迷いなく、力強く話してくれたのは、沖縄で紅茶作りをリードする金川(かにがわ)製茶代表、比嘉猛さんだ。

 

「日本人の気質に合うというのは、紅茶作りにはコツコツと研究を続ける真面目さと、香りや味を敏感に感じ取れる繊細さが必要ということです。うちの子でそんな繊細さを持ち合わせてるのは、長男。だから、うちを継げるのは長男しかいなかった。幼い頃は活発な娘が『お兄ちゃんがやらないなら、私がやるよ』って言ってたんですけどね」

 

比嘉さんは現在研修中の息子さんと二人三脚で、日本人の好む紅茶を目指し日々挑戦を続けている。

 

「香りと旨味がよりたおやかなものですね。渋さや苦味だけとか香りだけだと皆さん喜んでくれない。お客さんの声を聞きながら、他にはないものを目指しています。お客さんのアドバイスがあって今がある。皆さんのおかげなの(笑)」

 

金川製茶

暑さが和らいだある日、茶摘みの体験会が行われた。

 

にこやかに話してくれる様は、これまでの苦労を微塵も感じさせない。しかしその口から何度も繰り返される「手を抜かない」という言葉が、これまでコツコツと積み重ねてきた努力のほどを伺わせる。

 

「いいものをつくるためには、とにかく手を抜かないこと。基礎となるところをしっかりやらないと、いいものは生まれませんよ。基本は土です。うちは、不耕起栽培で全く耕さない。機械でいじると表層が流れていって河川の汚染につながる。環境を守れるのは、こういう自然農法です。土を作るというより、自然を守る、自然と共存するということ。うちの土は、保水性がいいけど、土砂降りのときには水が浸透して洪水にはならない。不要なものは流すけど、必要なものは確保する。土が自然にそういうふうになるんですよ」

 

比嘉さんの紅茶畑は、緑豊かな山間にある。畑の表面は藁のようなもので覆われていて、足を踏み入れると、ふかふかとした土の柔らかさを感じる。

 

「ある日ね、いらしたお客さんと畑を散歩してたら、一人の女性の姿が見えなくなったの。どこに行ったんだろうって思ったら、畑に寝っ転がってる(笑)。不思議なことするなと思ってたら、『土自体が気持ちいい』って。『土が生きてる、癒される』って。そういうお客さん、たまにいるんですよ。本物を見る目があるんですよね。そういう人は『畑が違う』と言って、誰よりも先に生葉を摘み取って、口にするんですよ。自分で、“農薬を使っていない、安心、自然、いいもの”ってことが、ちゃんとわかっているから。だから、絶対にウソはつけない。農薬使ってるのに、使っていないってウソをついたら、そういう人はすぐに気づきますよ」

 

金川製茶

 

最近こそ農薬を使わない栽培は増えている。しかし比嘉さんの茶園が農薬や化学肥料を使わなくなったのは、なんと比嘉さんのお祖父様の代からだ。

 

「僕は3代目なんですけど、初代のじいちゃんは肺がんで。それが農薬や化学肥料が原因かどうかはわからないけど。昔は、農薬を袋に入れて、その袋を棒でたたいて農薬をかけてた。それをマスクをしないでやるから吸ってしまったり。沖縄は元々そういう農業だったんですよ。じいちゃんは、自分の子や孫にはそんな農業をしてほしくないと、農薬を使うのをやめたんですね。自分達の健康を守るため、自分に害になるようなものは使うなよと言っていましたね」

 

紅茶専用品種で、やんばるの土“国頭マージ”と相性のいい“べにふうき”の畑。農薬を使わずに育てられたその木には、力強い新芽が数多く芽吹いている。

 

「土には微生物がいっぱいいて養分がたっぷりだから、しっかりした芽が出るんです。しっかりした芽、“芯”があるということは、そこからまた伸びていく力があるということ。養分がたっぷりだから、害虫があまり寄り付かないし、寄り付いたとしても木はへっちゃらなんです。土に力がなくて、化学肥料でやっていくと、養分のない力のない木になってしまって、害虫が発生する。そうすると味が落ちるから、高く売れない。悪循環ですね」

 

金川製茶

 

金川製茶「一芯二葉はありきたりなので、今日は一芯一葉だけにしましょう」と比嘉さん。先のこの部分だけを摘み取る。

 

比嘉さんはおしゃべりしながらも、両手を使ってリズムよく、一芯一葉を摘み取っていく。紅茶の味をよくするため、手摘みの際には葉を選ぶコツがある。

 

「ツヤツヤとした赤い芽が健康な芽なんですけど、必ずしも赤い芽だけがいいというわけではないんです。紅茶にしたとき、味は健康な芽のほうがいいんですけど、香りの面からすると、ちょっと虫にやられてしわしわで不格好な芽もいいんです。健康な芽と虫にやられた芽、両方入れると味も香りもよくなるんですよ」

 

虫にやられた芽は、香りを高める傾向にある。けれどそんな葉はあまり見当たらない。ツヤツヤと光り輝く赤い芽は、見た目だけでなく、香りも忘れ難いものだった。

 

「カゴに顔を突っ込んでごらん。花の香りがするでしょ。さっきから風に乗って、ふわっといい香りがしてたでしょ。それ、カゴの中からきてるの。これは茶摘みをした人しか経験できないよ」

 

一芯一葉しか入っていないはずなのに、不思議なことに華やいだ花の香りをしっかりと感じ取れる。体験者たちは一様に驚きの表情を浮かべ、次々と笑顔の花を咲かせていた。

 

金川製茶

この日集まった、お茶を愛してやまないメンバー。左から、ティーショップニモレの伊禮さん、福原さん、TEA&STYLEの茶園さん、美ら花紅茶の上地さん。

 

摘んだ茶葉は、頃合いを見計らって製茶作業へ。作業に入るタイミングはその日の気象条件に左右され、微妙な判断が必要だ。

 

「時間が経ってくると香りが変わってくるように、茶葉は摘んだそばから、刻一刻と状況が変わっていくんですよ。いつ作業に入るか、その日の天候や湿度に大きく影響されますね。例えば萎凋(いちょう)という葉を萎れさせる工程があるんですけど、湿度が高い日に葉を長く置いていたら、萎凋が進まない。逆に晴れてカラッとしている日は、湿度が低いけど、時間を置き過ぎると萎れ過ぎてしまう。萎れすぎるのもよくないんです。その日の自然の条件などで、製茶のやり方を変えるんですよ」

 

作業工程を調整するため、金川製茶では様々なパターンに対応した製茶マニュアルが存在するという。細かくマニュアルを作成するのには、過去の苦い経験があるからだ。

 

「10年くらい前になるかな。製茶工程で失敗したことがあって。失敗というのは、自分が飲んでみて『飲めないな』と思ったとき。それで大量に捨てたことがあるんですよ。まあ捨てるというか畑に持っていって、肥料にしました。金額にすると結構な額の量。みんなは『捨てるなんて勿体無い』って言うんだけどね」

 

金川製茶

体験会で摘んだ茶葉。その日のうちの製茶して翌日には届けてくれた。

 

金川製茶

 

それを売って信用を失うほうがマイナスが大きい。なぜなら、お客は二度と来なくなるから。捨てる勇気を持てたことはよかった、と言い切る。この経験から、二度と失敗はしないと、常に“試験”を繰り返すようになった。手で茶葉を摘んでは、どんな製茶工程が適しているか実験を繰り返すのだ。この結果を踏まえ出来上がったものが、製茶マニュアルだ。

 

「紅茶は茶葉を摘むチャンスが年に2,3回しかないでしょ。でもその時だけしか試験できないんじゃ全然足りないんですよ。だからその間にも、試験を繰り返すんです。多いときには、毎週やっていますね」

 

収穫時期が限られている紅茶だが、比嘉さんに休む暇はない。しかも数多くの試験を、ただこなすようなことはしない。毎回テーマをしっかり決めて試験に臨むのだ。

 

「試験のときは、一つひとつ作るお茶に意味を持たせるんですね。例えば『今回は香りのこういう部分を出してみよう』とか、『葉の水分を飛ばす割合を1パーセント刻みで試してみよう、今回は30パーセントでやってみよう』とか。今までは作ったら売れる時代だったけど、今はそうじゃない。それにテーマを決めた方が作っていて面白いし、販売するときに自信を持って販売できる。『商品の特徴は?』と聞かれて、『品種はこうで、真面目に作りました』だけだったら、教科書通りで面白くないでしょう」

 

比嘉さんは、製茶試験に取り組むと同時に、次の試験のマニュアルを頭の中で組み立てる。

 

「今回のマニュアルの良し悪しを確かめながら、次回のマニュアルを作るんです。製茶していると、次の課題が簡単に見つかるんです。作りながらだから、味見して、渋いと思ったら単純に『次回はもっと渋みを抑えよう』とか、香りが弱かったら、『香りを強く出すために、萎凋の送風を強くしてみよう』とか。作りながらだと、葉っぱから色んな情報を受け取れるし、香りも立ち上ってくるんで、イメージが湧きやすいんですよね」

 

マニュアルは、芽の状態や気候、季節ごとに作られ、それぞれが最良なものへと更新を重ねている。こうして父から息子へ、一子相伝の技術は日々生まれているのだ。

 

金川製茶

 

金川製茶

茶摘みの後、振る舞ってくれた紅茶。「乾燥機の間から漏れた茶葉を集めた自家消費用です(笑)。芽はとてもいいものですよ」

 

「今回のような一芯一葉で100芽摘んでも、製茶したら2グラムにしかならない。1杯分にもならないですよ。基本的な日本茶より若い芽で摘採するため、製茶すると4分の1から5分の1くらい大幅に量が減ってしまうんです。紅茶の木は、植えて茶葉を摘み取れるようになるまで、早くても3年はかかりますしね。紅茶作りは甘くないし、根性が要りますよ」

 

そうこぼす比嘉さんだが、妥協することなく、とことん追求するのは、喜んでくれる人がいるからだ。

 

「教科書通りにやるより、これだけ細かく設定してやったものの方が確実に品質が高くなるんです。手をかけた分だけ、結果が出ます。そういう楽しみももちろんありますが、一番は、皆さんの『美味しい』の言葉があるからですね。今日のお茶会のときのようなね」

 

金川製茶

 

金川製茶

 

金川製茶

 

この日、茶摘みを終えた後、そのまま製茶工場内で、即席のお茶会が開かれた。集まったメンバーは、茶葉の販売店やティーサロンの主宰、お茶の講師など、その道の専門家ばかり。比嘉さんは、この日のために特別なお茶を用意しておいてくれた。やぶきた種の釜炒り日本茶なのだが、葉の部分が入っておらず、なんと一芯の部分だけ。お茶の世界では、芯の部分が多く含まれているほど高級茶と言われている。そんなお茶を知り尽くしたメンバーの1人が、「芯しか入っていないお茶なんて飲んだことがない!」と舌を巻くほどのものだった。

 

「息子が、『今日のために皆さんにサービスしようよ』と言い出して。『手摘みで一芯だけを摘むって、お前そんな大変なことするの?』って聞き返したくらい(笑)。でも皆さんの『美味しい、美味しい』って心から喜んでくれている表情を見たらね、よかったなって。お客さんから直接、目の前で、『美味しい』って言われるのが一番の喜び。やる気出ますよ(笑)」

 

シルバーに輝く一芯だけの日本茶は、旨味たっぷりで、まるで上品な出汁のよう。あまりの美味しさ、珍しさに、「ぜひイベントで提供したい、1回分だけでいい、こんな特別なお茶をお出ししたい」と懇願するメンバーが。こんなお茶は二度と作れないと思っていた比嘉さんだったが、提供することを快諾した。その喜ぶ顔を見て、「その喜びを次のお客さんに繋げられるのであれば」とのことだった。

 

金川製茶

 

金川製茶

 

金川製茶

銘茶茶館カメリア・シネンシスの大津さんが、茶器を持参して、丁寧に淹れてくれた。「ペットボトルもいいけど、こうやって急須で淹れた日本茶をもっと楽しんでほしい」と比嘉さん。

 

金川製茶

背の高い器、聞香杯で立ち上る香りも楽しんだ。

 

比嘉さんは、息子さんと二人きりで、根を詰めて紅茶作りに没頭しているわけではない。楽しさ、喜びをみんなで分かち合いたい気持ちが根本にある。この日みんなで摘んだ茶葉は、名古屋で開催される紅茶フェスティバルのグランプリ部門に出品する大切なものだった。それを「皆さんで楽しく摘んだ方が、皆さんの思いも一緒に出品できる」と貴重な機会を分けてくれた。そんなおおらかさをも持ち合わせているのだ。

 

「僕らの紅茶作りは完成しないですよ。完成したら終わりですから。だからお客様には『来年はもっと美味しくなります』って毎年言っています(笑)。欲張らずに1歩ずつ。お客様にいい喜びを与えられたらと思っています」

 

金川製茶

 

昨日よりも今日の紅茶。世界の高みへの階段を、1歩ずつ確かな歩みで登っていく。香りとともに、皆の思いをも紅茶のリーフに閉じ込めて。

 

写真・文/和氣えり(編集部)

 

金川製茶

 

金川製茶
名護市字伊差川494-1
0980-53-2063
https://www.facebook.com/金川製茶紅茶緑茶-106914796327903/timeline/

 

沖縄が誇る、一期一会の紅茶 【ティーサロン編】
美ら花紅茶 沖縄生まれの紅茶を沖縄らしく気軽に楽しむ

http://calend-okinawa.com/food/foodshopnavi/churabanakoucha2015-9.html

 

TANAKA

 

黄色の可愛らしいドアを開けると、「いらっしゃいませ」と、元気で張りのある声が響く。その声の主は、どれにしようか迷っているお客に、「ご質問があれば何でも聞いてくださいね」と優しく声を掛けた。レジの後ろには、色とりどりのおもちゃを柵で囲んだスペースがあり、小さな男の子が、人懐っこく店主の膝にまとわりつく。奥の厨房では、手慣れた手つきの職人が、湯気立ち上る釜から次々と、焼きたてのパンを取り出していた。

 

街の小さなパン屋 “しぶパン”は、ご主人の三浦雄一郎さんと、奥様、志文(しふみ)さんの営む、家族の飾らない温かみに溢れているパン屋だ。

 

ーしぶパンお勧めの山食パンは、噛めば噛むほど小麦の甘みがじんわりと広がって、ほっと安心する味です。とてもシンプルで余計な味が一切しないですね。

 

志文さん(以下敬称略) 材料をなるべく少なく、と心がけています。山食パンであれば、小麦粉と天然酵母、洗双糖、塩だけです。他のパンも含めて、添加物は一切使っていませんし、バターも100パーセントバターで、マーガリンは使っていません。ショートニングも使いませんね。そういうのを使わないほうが美味しくできますし、必要ないですよね。家庭の台所にあるものだけで作ろうと。台所に保存料ってないじゃないですか。

 

ーそれに食パンの耳がこんなに美味しいなんて。カリッと香ばしくって、あえて端っこの耳が多いところを食べたくなります。外はカリッなのに、中は、こんなにフワッフワ。どんな酵母を使っているのですか?

 

雄一郎さん(以下敬称略) “あこ酵母”という天然酵母を使っています。天然酵母のパンって固いというイメージがありませんか? “あこ酵母”の社長は、酵母の職人で、天然酵母なのに、柔らかくてフワフワの食パンになる方法を考えついた人なんです。元々は、ホシノ酵母という天然酵母の草分け的会社にいた人なんですけど、もっとあっさりとクセのない酵母を作りたいと、あこ酵母を開発したんです。麹と小麦とお米を使った酵母なんですよ。

 

しぶパン

 

 

ー麹とお米の酵母なんて、だから日本人の口に合う、ほっとする味なんですね。白いご飯のように、毎日食べても飽きのこない味です。旨味もしっかりあるので満足感を得られますね。

 

雄一郎 小麦の旨味を充分に引き出すために、10時間くらいかけてゆっくりゆっくり1次発酵させるんです。“あこ酵母”は発酵の力が強くないので、時間をかけることで、酵母が作り出す旨味を引き出すんです。長く発酵させるとグルテンがつながって、香りもよくなるんですよ。“あこ酵母”の社長が言うには、「発泡パンと、発酵パンは違う」と。「ただ泡がたって膨れただけの発泡パンと、うまいこと発酵して、色んな旨味だったり食感だったり香りを引き出した発酵パンは違う」と言ってますね。

 

ーなるほど、時間をかけてゆっくり発酵させているから、旨味があって香りのいいパンになるんですね。袋を開けたとき、小麦のいい香りが立ちのぼってきます。見た目も美しいですね。気泡がパンの上下で偏りなく入っています。普通、食パンって上の方がよく膨らんでいて、気泡に偏りがありますよね。このクロワッサンも形がとても美しいです。 

 

雄一郎 ゆっくり発酵させた生地は成形にもコツがあるんです。強引な力は加えないんです。よくテレビで、生地をダッパーンダッパーンって叩きつけるようなところを見るじゃないですか。ああいうのは一切やらないです。優しく扱うので、静かなもんですよ。強引な力を加えたパンは、成形したときにはきれいな形になっていても、焼いてる途中で生地が暴れてしまうんです。真ん中にくるはずのところが、突然端っこに寄っちゃったり。焼きあがったときに暴れないパンに成形していくのが、一番楽しい工程ですね。うちのクロワッサンは、三つ折を3回くり返して54層になっているんですけど、バターを生地に折り込む作業が、集中できて楽しいです。逆にその時に集中できない状況でやってしまうと、あまりいいものができないですね。この折込の作業で、8割9割がた出来が決まってしまいます。

 

しぶパン

 

ー溶き卵を表面に塗っていないのも特徴ですね。

 

志文 うちのパンは塗り卵をしない、素肌のすっぴんパンなんです! 塗り卵をしておくとパンの乾燥が防げていいんですけど、卵はアレルギーがありますし、食中毒の原因にもなりますからね。それに塗り卵をすると、パンが卵の味になってしまうんです。

 

ーもっちりサクサクしていますね。それにあっさりしてる。フランスのクロワッサンて、噛むとバターがじゅわっと滲みでてきて、それも美味しいんですけど、あっさりクロワッサンもいいですね。しつこくなくて、いくつでも食べられそう!

 

雄一郎 一般的にクロワッサンって生地に油を入れるんですけど、うちは入れていないんです。油を入れずに生地を作って、バターを織り込みます。それにバター自体の油脂量も少ないですね。宮崎の高千穂バターで、無塩バターです。発酵バターも好きなんですけど、独特の臭みと塩っぱさがあるので、苦手な人には辛いかなと思って。クセのない無塩バターにしました。

 

しぶパン

 

 

しぶパン

 

志文 お客様にも「しつこくない」とよく言っていただきます。菓子パンも「甘さ控えめで、食べやすくてよかったわ」って言ってもらいますね。クリームパンのカスタードも、うちで手作りしてるんですよ。うちで作れるものは、だいたい作っていますね。

 

ークリームパン、控えめなのに満足できる、ちょうどいい甘さですね。甘ったるさが口に残らないです。「菓子パンを食べてしまった」という罪悪感を感じないで済みます(笑)。しぶパンのパンは、どれも美味しいし、毎日食べたくなる飽きのこないものばかりです。

 

志文 美味しくて体に良いものを届けたいですね。体にいいけど、美味しくないとか、美味しいけど、体によくないとか、どちらかだけじゃ嫌なんです。ちびっ子からお年寄りまで、みんなが美味しく食べられるものを届けたいと思っていますね。

 

雄一郎 以前ごまアレルギーのお子さんが来店されたことがあったんです。うちのパンは、オリーブオイルより香りの強くない太白ごま油を使っていて。どのパンにも原材料を全て表示しているんですけど、表示を見てお母さんがごま油が入っていることに気づかれて。お子さんが喜んでパンを選ぼうとしているときに、お母さんがその手を止めたんですね。その光景を見て、とてもいたたまれなかったです。そのお子さんが食べられるものがうちには一切ない。それがすごくショックでした。この一件があってから、油を変えようかとも考えました。でも油を変えて、機械を洗浄しただけではすまないですもんね。少しでも残っていたら、アナフィラキシーショックを起こしかねないですから。

 

しぶパン

 

 

しぶパンのパンが大好きで、特に固いパンが好きという、2歳の息子さん、銀剛君

 

ー安全安心にとてもこだわりがあることがわかります。その考えは修業時代から?

 

雄一郎 東京の、当時多摩市にあった“あこ庵”で修業しました。“あこ酵母”を開発している会社のパン屋さんです。もちろん、食の安全にはこだわっている会社です。パン作りを学びたいと思っていたときに、“あこ庵”の山食パンを食べたんですね。その山食パンが美味しくて、その味に惚れて、“あこ庵”に就職しました。そこで社長の酵母作り、パン作りの理念に直に触れましたね。沖縄に来てからも、“あこ庵”のパンに近づきたいと思って作っています。“あこ庵”でやってきてたようにやっても、同じにできないんですよね。パン作りってその場所の温度とか湿度にすごく影響されますから。機械との兼ね合いもありますし。何かうまくいかないと、ここならではの方法を考えて、工夫ができてきましたね。例えば、クロワッサンは織り込む作業の途中で生地を冷やすんです。ここの温度と機械の具合からちょうどいい硬さになるよう、冷やす時間を編み出しました。冷凍庫と冷蔵庫の両方を駆使するんです(笑)。だいぶ“あこ庵”の味に近づいてきたかなと思っています。

 

しぶパン

 

 

 

ーお二人は“あこ庵”で出会ったのですか? どのような経緯で沖縄に?

 

志文 私は、“あこ庵”の社長の娘と友達で、「人出が足りないから、バイトしない?」って誘われたのがきっかけです。販売の仕事に就いて、そこでおとーちゃんと出会いました。最初は「ひげの人」くらいにしか思ってなかったんですけどね(笑)。震災が起きる前、その年の1月に、おとーちゃんと沖縄に遊びに来て、久高島へ行ったんですね。そしたら、浜辺に缶がいっぱい落ちてたんです。「神様の島なのに、これはひどい。拾わなきゃ」って。普段はあまり積極的にゴミを拾うことはしないんですけど、その時は、自分の持っていたゴミ袋でゴミを拾いました。そしたら、流れで沖縄に来ることになったので、私は勝手に「沖縄に呼ばれた」と思っているんです(笑)。

 

雄一郎 “あこ庵”がちょうど転換期だったというのもありますね。パン部門を縮小することになって、私たちは他のパン屋に勤めだしたんです。同じ“あこ酵母”を使ってるパン屋だったんですけど、やっぱり自分のパンを作りたいなと思って。「だったら独立しちゃう?」って言ってたときに、ちょうど震災が起きたんです。それまで東京でも居抜きのパン屋の空き物件を探していたんですけど、なかなかなくて。たまたまネットで、沖縄のこの空き物件を見つけて、「行っちゃおうか」「行っちゃいましょう」って来たんです。

 

 

ー独立するときって、修業元とは違う、オリジナリティのあるものを出したいと考える人が多いと思うんですけど、お二人は愛する“あこ庵”の味を届けたいというお考えなんですね。

 

雄一郎 他の店を知りませんし、“あこ庵”のパンが好きなんで、あそこのパンから採用したいものがいっぱいありました。でも、しぶパンっていう店名は、“しぶちゃんの好きなパン”っていう意味なんですよ。あ、しぶちゃんって、おかーちゃんのアダ名ですね。僕が作って、しぶちゃんが「美味しい!」って言ったら採用、みたいな。

 

志文 パンの名前も私が付けてます。“ぐるっちょ”とか “くりむっちょ”とか、“クリメロ”とか変な名前が多いんですけど、変な名前ほど愛着のあるパンだったりしますね。“あこ庵”に勤めていた時、ひゃっほーってパンを食べまくっていて、他の店のパンを食べたとき、「あれ、なんか全然違うぞ」って気づいたんです。それまであんまりこだわりとかなかったんですけど、それからは他の店のパンは食べられなくなりました。2人とも、あそこのパンが大好きなんです。しぶパンも、“あこ庵”のように長く愛されて、将来は「あのパン屋さん、昔からあるパン屋さんだよね」って言われたいですね。

 

インタビュー/和氣えり(編集部)

写真/金城夕奈(編集部)

 

しぶパン

 

天然酵母のパン しぶパン
那覇市松尾2-6-18
098-867-4848
open 10:00〜20:00
close 日・月
http://civpan.ti-da.net
https://twitter.com/civpan
https://www.facebook.com/pages/しぶパン/121162501375999

 

TANAKA

宮古日記後編

 

こんにちは。同じ沖縄でも島によってこんなに雰囲気が違うんだと感動中のスタッフ、和氣です。宮古、来間、伊良部島の3島をまたぐ旅。初日の宮古島では、”キッチンじゃからんだ”の、色彩と生命力に溢れたアートのような島野菜料理を堪能しました。

 

前編 宮古島キッチンじゃからんだ 小原千嘉子さん
http://calend-okinawa.com/staffdiary/miyakodiary2015-5.html

 

この後編では、小学校の校長先生を定年退職されてから、小麦栽培に挑戦されている、来間島の国仲富美男さん、そしてスパイラルハーブベラ畑でハーブとアロエを育て、その隣でこれらを使ったランチを提供している、伊良部島の近角敏通さんをご紹介しますね。

 

宮古日記後編

国仲さん(中央)。キッチンじゃからんだの千嘉子さん(右)、食と農のプロデューサー糸洲正子さんと

 

まずは、来間島代表、小麦農家の国仲富美男さんです。

 

国仲さんの夢は、来間島を無農薬の島にすること。最近はモチキビの栽培にも挑戦されていて、小麦やモチキビは当然無農薬でと、栽培方法にこだわっていらっしゃいます。小麦収穫祭にお誘いいただき、私たち一行は喜んで出かけました。

 

宮古日記後編/

 

宮古日記後編

 

「収穫祭って何するんだろ?」と、ワクワクしながら会場へ。到着すると、コスモス畑の隣に一面の小麦畑、収穫祭を告げるのぼりが見えます。国仲さんが満面の笑みで迎えてくれました。

 

「どうぞゆっくりしていって。食べていってね!」

 

わーい! 何が食べられるんだろ? ほどなくして、国仲さんの挨拶が始まり、地元ミュージシャンの演奏等が続きます。皆で賑やかに小麦の収穫を喜び合い、ほどなくして運ばれてきたものは…

 

宮古日記後編

 

小麦のミキです。玄米を発酵させたミキという飲み物が沖縄にありますが、その小麦版です。発酵の優しい酸味と小麦のまろやかさが感じられる、飲むヨーグルトに似た味わいです。

 

宮古日記後編

 

次に運ばれてきたのは、来間小麦で作ったすいとん。むんぎゅっという歯ごたえがあって、これも小麦の優しい甘みがほんのりと感じられます。

 

「しっかり捏ねないとこの歯ごたえは出ないんだよ。美味しさの秘訣は、たっぷりのカツオ節でとっただしだね」

 

調理を担当したお母さんが教えてくれました。濃い目のかつおだしがすいとんにしっかり染みて、他の具がなくても充分満足な美味しさ。溶け出した小麦でとろみがついていて、すいとんと汁の相性もバッチリです。食べ進めていると、ちくわぶが頭に浮かびました。関東ではおでんの具としてお馴染みの、弾力ある歯ごたえがたまらない、”ちくわぶ”。大好きなんです、私。

 

「この小麦でちくわぶを作って、ぜひ沖縄おでんに入れてほしい〜〜! 力強い小麦は、豚のだしとも絶対合うはず〜」

 

心の中の叫びです。最近では本島でも小麦の栽培が始まっていますが、来間島小麦で作る、来間ならではの特産品ができたらいいなと願わずにはいられません。私の好みはさておいても、です。

 

宮古日記後編

 

料理上手な友人が是非買って帰りたいと、国仲さんに直談判。しかし収穫できた分はもうないとのこと。次回の収穫は数ヶ月先になるそう。まだ販売できるほどの充分な量を収穫できないのだとか。にもかかわらず、見ず知らずの私達にまで、無料でミキやすいとんを惜しみなくたっぷりと振る舞ってくれるなんて…。

 

国仲さんの心意気に痛く感動した私たち。次の予定があるからと、後ろ髪を引かれる思いで島を後にしたのでした。

 

宮古日記後編

伊良部大橋からの眺め

 

少し早めに来間島を後にしたのは、伊良部島の近角敏通さんご夫妻のハーブベラランチを食べに行くため。小麦収穫祭に続き、この日のハイライトの1つです!

 

真新しい伊良部大橋を渡って伊良部島へ。近角さんは、かつて公民館だった場所を利用して、1組限定のレストランを営まれています。そのすぐ隣に、近角さんらが丹精込めて育てているハーブベラの畑が広がっています。

 

近角さんが、畑を案内してくださいます。1歩足を踏み入れた瞬間、ここだけ空気が違うと感じました。らせんを描くスパイラルのハーブ畑は、エネルギーが集まりやすいのでしょうか? ハーブが元々持っている力と、慈しみ育てている近角さんの愛情が重なって、パワースポットのようなのです。蝶が連れ立って、踊るように軽やかに舞っています。

 

宮古日記後編

 

「好きなだけ摘んで、匂いを嗅いでみて」

 

ディル、コリアンダー、ホーリーバジル(サンスクリット語でトゥルシー)…、思い切り鼻から香りを取り込んで、体中に行き渡らせます。香りを嗅ぐだけじゃなく、葉をつまんで口に含ませたり。特にディルは、普段私が使っているものと全く違う味がしてびっくりしました。ディルの味はもちろんしっかりとするのだけど、味が尖っていないのです。独特のクセは、ほとんど感じられません。

 

スパイラル畑にはところどころに腰掛けが置いてあります。ある椅子を指し、近角さんが穏やかな口調で教えてくれました。

 

「この椅子の向いている方角は西。この先にあるインドを思いながらここに座ってるの、楽しいよ」

 

宮古日記後編

ビニールハウス内には、一面にトゥルシーが

 

宮古日記後編

 

宮古日記後編

 

トゥルシーの原産国であるインドに思いを馳せながら、焦ることなく丁寧に畑作業をされている姿が目に浮かびます。彼の地では奇跡のハーブと呼ばれるホーリーバジル、その香りを逃すまいと手に軽く握り、匂いを吸い込む近角さん。毎日しているであろうその行為を、飽きることなく今日も繰り返します。匂いを嗅ぐことが初めてかのように、「いい香りだね〜」と感動されているのです。

 

清らかで優しいホーリーバジルの香り。今後、この香りを嗅ぐたびに、近角さんを思い出しそうです。

 

宮古日記後編

 

宮古日記後編

 

宮古日記後編

 

宮古日記後編

 

「準備ができましたよ」との声に、待ってましたとばかりにレストランに移動する、妙齢(?)の女子6人(笑)。

 

テーブルには、”春のヴィーガンハーブランチ・小原さま御一行様”と銘打った、この日のお品書きが置かれています。前菜3品から始まり、スープ、パン、サラダ、メイン、デザート、ドリンクまで、初体験のハーブのコース料理です! お品書きには材料も記されているので、どの料理にどのハーブが使われているのか一目瞭然。期待で胸が高鳴ります。

 

前菜。左から、わさび味のじゃがいもソテー、塩麹豆腐ローゼルソルト、パパイヤ・ラペ

 

宮古日記後編

豆乳ヴィシソワーズ

 

宮古日記後編

自家製ハーブペーストをディルシードのパンに載せて

 

どれも、奥様みどりさんの心尽くしの優しい味がします。1品1品が丁寧に作られていることは、見た目にも口にしてもよくわかります。特に目を引くような高価な食材が使われているわけではありません。けれど、”おいしい料理”というのは、こういう心のこもった料理だと、しみじみと感じるのです。

 

近角さんのハーブは、優しくて尖っていない味だから、料理にすうっと溶け込んでいます。けれど味わったことのない新鮮さも与えてくれるのです。例えば、前菜のじゃがいものソテーに添えられているのは、ナスタチウムの実。普段道端でよく目にするそれは、なんとわさびに似た味がするのです。醤油味の気取りのないソテーが、ナスタチウムの実でピリリとしたアクセントを纏い、食べる者を楽しませてくれます。

 

宮古日記後編

アロエベラの入ったアボカド・ポケ・サラダ

 

宮古日記後編

メイン。上から時計周りに、ゴーヤの島豆腐キッシュ、茄子バーグ、ラタトゥイユ、雑穀ごはん

 

パンプキンムース・ローゼルコンフィチュール添え、ローゼルティー

 

いつもは姦しい6人が皆、言葉少なにじっくりと味わっていました。近角さんが手塩にかけて育てたハーブを、採りたて新鮮のまま、みどりさんが心を込めて料理し、それを口に運べるシアワセ。ありがたくて大切に箸を進めました。味覚だけでなく五感全てをフル稼働させて味わい尽くした、春のハーブ料理の数々でした。

 

宮古日記後編

 

この旅を通して、気がついたんです。美味しい料理を作る人って、農と食の距離が近いって。自ら野菜を生産している農家さんでなくても、ちゃんと野菜の栽培や生産のことまでを目配りできている人。じゃからんだの千嘉子さんだって、ハルサーさんではないけれど、普段から地元のハルサーさんと頻繁に交流されています。農と食の距離が近い人は、野菜1つとっても、ただの材料と思っていなくて、生き物のように思ってるんですよね。友人が目撃したそうです。千嘉子さんが、「かわいい〜〜」と言いながら野菜を撫でていたと。野菜を慈しむ思いがあると、野菜の扱い方や切り方が変わってきます。野菜の気持ちになって、素材を丁寧に扱うようになると思うんです。料理に愛情を込めるって、食べる人を思ってその人に対する愛情を注ぐだけではないんですね。素材に対する愛情も込めるということ。宮古、来間、伊良部の島々をまたぐ旅は、そんなことを感じた旅でした。

 

写真・文/和氣えり(編集部)

 

宮古日記後編

 

 

近角さんのハーブベラランチ
NPO法人いらうゆう
宮古島士体験滞在交流施設
宮古島市伊良部長浜1657
0980-78-5150
要予約
http://www2.bbweb-arena.com/herbvera/

 

TANAKA

 

 

「ガテン系男メシって感じです!」

 

第一声で元気よく、こう告げてくれたのは、ぬーじボンボンZ 串カツ☆黒カレー部店主、奥間朝樹さんだ。店のメニューをめくってみると、カレーやハンバーグ、串カツ、メンチカツに牛皿と、いかにも男性の好むものが多く並ぶ。期待に違わず、ボリュームも申し分ない。しかし、ただ量さえあれば満足という男メシとは、全く違う。

 

 

真っ黒な色が印象的な“チーズ黒焼きカレー”は、一口食べれば、そのコクの深さに思わず唸る。「昔ながらの洋食屋さんに憧れて」と言うが、気軽な街の洋食屋というより、高級ビストロを思わせる奥行きのある味わいだ。

 

「コクの秘密は、牛バラからじっくりだしをとってるからですかね。塊肉のまま炊いて、だしをとった後は、それを刻んでカレーに入れています。あ、カレーにゴロンと入ってるのは、また別の牛バラです。刻んだ分はほとんど溶けてしまっていますね。じっくりと3,4時間は煮込んでいますので。それとたっぷりの玉ねぎですね。刻んで、飴色になるまで炒めてから加えています。それにフォンドボーやワインなんかも入れてます。その黒い色もコクの秘密ですけど、これはちょっと教えられないです(笑)」

 

深い深いコクは、牛バラ肉を余すことなく使い、たっぷり玉ねぎの甘みを充分に引き出しているから。奥間さんは、じっくりと時間をかけて丁寧に手作りする。

 

カレーはルウだけでなく、トッピングにも手を抜かない。チーズ黒焼きカレーには、半熟の卵とチーズ、フライドオニオンがトッピングされている。ナイフを入れるとトロリと溶け出る卵、よく伸びるチーズが、スパイスの効いたカレーをまろやかにしてくれる。そこにサクサクのフライドオニオンの香ばしさが加わる。スプーンですくう場所によって、トロリ、サクサクと歯ごたえが異なる。たっぷりのコクとボリュームだけど、歯ごたえに変化があるから、最後まで飽きずにペロリとたいらげてしまう。

 

上から時計回りに、アスパラ、山原豚ロース、マッシュルーム、かぼちゃ、レンコン、エビ、じゃがバター酒盗添え

 

店の看板メニュー、串カツも、沢山食べられるよう衣にこだわった。

 

「串カツは、軽さを出すようにしました。メンチカツとはまた違う衣で、細かくて薄い衣にしています。まず素材に粉をつけて、次に“ねりや”という、小麦粉や溶き卵なんかが入った液体にくぐらせるんです。“ねりや”の配合は、試行錯誤しましたね」

 

薄い衣からはサクッと軽い音がする。ほんのり甘みを感じる衣は優しくて、油を吸ったようなギトギト感はまるでない。

 

 

そもそもカレーに、とんかつではなく串カツを合わせたのも、最後まで美味しく食べてもらいたいとの配慮から。男メシならば、カレーにはとんかつを合わせてカツカレー、となりそうなものだが。

 

「元々カレーに揚げ物って、鉄板的に大好きなんです(笑)。でも、どんなに旨いとんかつでも、でかくて途中で飽きちゃうんですよね、僕。カレーに、サイズの小さい、味の違う揚げ物がトッピングできたら面白いかなと思って」

 

お店で一番人気の、“お好み串カツ黒カレー”は、プレーンカレーに好きな串カツ3本を選べる、お得なセットだ。選べる串カツは20種類以上。レンコンやかぼちゃなどの野菜から、豚ロース、エビなどの定番もの、シウマイ、ハムカツ、ラフテーの変わり種まで、バラエティー豊か。単品で追加もできる。好きなソースで食べられるのが、また嬉しい。

 

「カレーと串カツのセットであれば、カレーにトッピングしてもらうのもいいですし、串カツ単品の場合でも、カレーソースで召し上がって頂けます。友人を集めた試食会で、『カレーで食べたほうが旨いじゃん』て言われたのがきっかけで、黒カレーをそのまま小皿で出すことにしたんです。レモンだけ絞ってとか、塩だけでとか、シンプルに楽しんでもいただけます。手作りのソースも2種類付けています。バーベキューソースと、和風ソースですね。それからホタテや牡蠣などの串によっては、タルタルソースもお付けしています」

 

バーベキューは、バルサミコ酢やウスターソース、マスタードやケチャップの入った、食欲をそそる組み合わせ。和風は、和風だしに大根おろし、お酢の入った、さっぱり醤油ベースだ。奥間さんは、「種類があったほうが、単純に飽きがこないでしょ」と朗らかに笑った。

 

 

「僕、こう見えて、心は乙女なんです。自称ポップな乙女(笑)」

 

最後までおいしく食べてもらいたいとの繊細な配慮は、奥間さんが女心をわかっているから。なるほどガテン系男メシというが、男臭い感じがしない理由は、ここにある。奥間さんの乙女心は、そこかしこにチラリと見え隠れする。

 

長年憧れていたというシャンデリアは、店の内装に取り入れた。スタッフTシャツは、店名のロゴにハートの飛んだデザイン。奥間さんがデザイナーに「ハートマークを飛ばして」とオーダーを出したそう。さらに店名の意味もかわいらしい。“ぬーじ”は沖縄の言葉で“虹”、“ボンボン”は“てんとう虫”で、“虹色のてんとう虫”だ。

 

ただ料理に繊細な配慮があるのは、奥間さんの乙女心によるものだけではない。“人が喜んでいる姿を見るのが好き”という思いが根底にある。奥間さんが料理人で居続けるのは、この思いがあるからに他ならない。思い通りにいかないことがあったとしても、ブレることなく飲食業だけを目指してきた。

 

 

 

「立ち上げから関わっていた飲食店のオープンが、直前になって流れてしまったことがありましたね。仕方なく、本土へ行って飲食店に入ろうと思ったんですけど、貯金がなくて。お金を貯めるために、名古屋で液晶パネルを磨く季節労働をやりました。半年間やってお金が貯まったので、住む家を借りて、ようやくレストランに入ったんです(笑)。季節労働をしてる間は、結構楽しかったんですけど、やっぱり飲食店で早く働きたいなという思いはありましたね。接客してお客さんに喜んでもらえるっていうのが、嬉しいから」

 

飲食店で働くも、最初は料理人ではなくホールで接客を担当していた。料理人に転向したのは、ちょっと意外なきっかけだった。

 

「ある日、常連さんに『君の笑顔、ほんと営業スマイルだよね』って言われて。当時まだ若かったから、すっごいショックだったんですよ。打たれ弱いので、『もうホールに出るの、ちょっと怖いわ』みたいになって(笑)。でもこの仕事好きだし、辞めたくないなと思って。それで調理場に入ることにしたんです。これがきっかけで、それから料理をやっていきたいと思うようになりましたね。自分の料理という表現で、お客さんに喜んでもらえるのが嬉しかったです。その店、オープンキッチンだったから、お客さんの様子をほどよく見れました(笑)」

 

 

ぬーじボンボンは、泉崎にある本店と、公設市場近くのここ2号店がある。本店では叶わなかったが、ここでは、調理しながらもお客の様子がわかる造りにした。そんな奥間さんだから、お客の要望は積極的に取り入れる。

 

「2号店は、カレーと串カツに特化した店にしようと思っていて。本店では人気のハンバーグですけど、ここでは当初ハンバーグを置く予定はなかったんですよ。でもやっぱり本店のイメージが強いみたいで、『本店の泉崎は遠くて、こっちは近いから来たのに、ハンバーグないんですか?』って言われると(笑)」

 

旨味たっぷりの、もとぶ牛ハンバーグ。デミグラスソースも絶品

 

 

定食につくサラダには、すりおろし野菜たっぷりの手作りドレッシングがかかる

 

この調子でどんどん新しいメニューが増えている。昼間からお酒を楽しめる店にしたいと、酒の肴になるメニューを考えていたが、飲まない人のために、定食スタイルも取り入れた。カレーには、サラダ、ゆし豆腐、あまがしが付く。ハンバーグやメンチカツ、牛皿には、これにライスも加わる。カレーの種類は、厚切り牛バラカレーや、メンチカツ黒カレーなど5種に増やした。辛さを10段階から選べるようにもした。

 

「僕、東村出身で、田舎育ちなんです。幼稚園から小学校、中学校まで同級生が5名くらいの世界で育ってる。だからか、ビビリなんですよ。いつも『大丈夫かな、大丈夫かな』と思ってる(笑)」

 

心配そうな表情を浮かべる奥間さんだが、お客の要望に応えることに嬉しそうだ。串カツに添えたカレーの小皿を差し出して、「ここにごはん、ちょっと入れて〜」とお客に言われれば、ごはんをよそう。近所であれば、1食からでも出前をする。サービス精神が旺盛なのだ。

 

 

 

「普段使いの気軽な店にしたいんです。だから価格も極力抑えています。みんなが来やすいように」

 

その言葉通り、公設市場近くの雑多な雰囲気に馴染み、市場で働く人達の憩いの店になっている。市場で働く人以外にも、中年男性のグループだったり、若いカップルや、1人でふらりと立ち寄る女性もいる。“ガテン系男メシ”というが、ガテン系男性だけに愛されているのではない。奥間さんの「喜んでいる姿を見たい」とのシンプルな思いと、繊細な心遣いが、老若男女問わず惹きつけてやまないのだ。

 

文/和氣えり(編集部)

写真/青木舞子(編集部)

 

 

ぬーじボンボンZ 串カツ☆黒カレー部
那覇市松尾2-9-6 タカミネビル1F
098-943-7814
open 12:00〜21:00 (LO 20:00)
close 木
http://nuzibonbonwakaokami.ti-da.net
https://www.facebook.com/nujibonbon

 

食堂ぬーじボンボンZ 本店営業部
那覇市楚辺276
098-832-8415
open 12:00〜14:30(月〜日)
    18:00〜21:00(日〜木)
    18:00〜23:00(金・土)
close 火(ディナータイム)

 

TANAKA

宮古

 

みなさま、はじめまして! カレンド1のがちまや〜、スタッフの和氣です。普段カレンドでもなかなか紹介できない離島のこと。今回は、プライベート旅行で共に時間を過ごした素敵な人達をご紹介しちゃいます。

 

宮古

 

まずは、宮古島代表、“キッチンじゃからんだ&島野菜デリじゃからんだ”の小原千嘉子さん。

 

千嘉子さんは、宮古島の豊かな島野菜などを使って、カラフルで元気いっぱいの料理を作り出すナチュラルフードクリエイター。料理教室の主宰や、サンセットクルーズディナーやウエディングのケータリングの他、加工品を作ったりしています。5月からは、金曜土曜限定でカフェの営業も再開されています。

 

話は遡りますが、千嘉子さんとの出会いは、桜坂劇場内ふくら舎で、千嘉子さんのレシピ本「宮古島のがちまや〜」を見つけたのがきっかけ。イラストのかわいさもさることながら、野菜の生命力溢れる色や、そのものの形をそのまんま活かした料理写真に、目が釘付けになりました。迷わず本を購入し、帰宅してすぐにじゃからんだのHPを検索。命が輝いているような料理の数々を目にした時の衝撃は忘れられません。「ねえ、見て見て、このHP! すごい店があるよ〜」と、友人にURLを送りつけたほどでした(笑)。

 

あっという間に、会ったこともない千嘉子さんのファンになってしまった私。いつか宮古島の千嘉子さんの料理教室に参加したいと、切に思い続けていました。そうこうしているうちに本島でも千嘉子さんの教室に参加する機会を得て、友人を通じて親しくさせてもらうことに。そんなこんなで、この2泊3日の宮古島の旅では、憧れの千嘉子さんに島を案内してもらい、夢のような時間を過ごすことができました。

 

宮古

右上から時計回りに、「エンダイブ・オークリーフレタス・厚揚げのサラダ麦麹醤油ソース」「完熟トマトと島豆腐のティラミス」「赤ピーマンと島人参と島ごぼうのグリル宮古味噌黒糖マリネ」「宮古島産そばの実ときくらげのガレット」「オオタニワタリ・宮古ぜんまい・紫インゲン・ゴーヤのブーケ宮古味噌薬膳ディップ」「ビーツと人参芋・ディルの塩麹ソース」「島黒小豆の酵素玄米ごはん」

 

宮古

島うずら豆と新玉ねぎとキャベツの重ね煮スープ

 

この日頂いた、じゃからんだのランチプレートです。この日はじゃからんだでシードマイスター協会の講習があり、宮古島のハルサーさんや、本島や本土からの受講生十数人で、ワイワイと頂きました。

 

これまでも何度か千嘉子さんのお料理を頂いていますが、食べる度に新しい発見があります。

 

「野菜をブーケに見立てるなんて。輪切りのゴーヤでまとめてる〜。なんて新鮮な盛り付け! ナスタチウムの花もかわいい〜」
「この鮮やかな黄色いの、人参芋っていうんだ〜。こんなに甘みがあるなんて。ホクホクしてすごく美味しい!」
「こんな紫のインゲンがあるんだ。生だけど、全然青臭さがなくて、シャキシャキ感が残って美味しい。余計な手をかけて調理しなくても、生のままで充分美味しいんだ」
「ピーマンは、ヘタや種を取ることなく、丸ごとグリルしてる。ヘタまで全然抵抗なく食べられちゃう」
「スープに入ってるつぶつぶ、小麦の粒なんだ! プチプチして歯ごたえがいい〜」

 

目で見ても、舌で感じても、最初にやってくるのは驚き。驚きのあるご飯って、自然と笑顔がこぼれるし、一緒にテーブルを囲む人との会話も弾みますね。驚きのある美味しさって、人間の本能的な喜びですね。ただただものすごーーーーく幸せな気持ちにしてくれます。

 

宮古

 

miyako

 

驚きがあること以外にも、千嘉子さんの料理にはまだまだ、これぞ千嘉子ディッシュ!という(私が思う)特徴があるんです。

 

調味料は最小限。他の料理本のレシピって、分量通りに作ると味が濃いなと感じることはありませんか。でも千嘉子さんのレシピの調味料の量は、ちょうどいいんです。味付けをしすぎない、素材そのものの味を活かしたお料理なんです。

 

調味料は最小限といっても、味がよくって、野菜はびっくりするくらいの量を食べられてしまいます。素材の美味しさを引き出す野菜ディップの数々は、千嘉子さんの真骨頂。そのレシピはいくつあるんでしょう? 千嘉子さんは会う度に、ディップを2,3種類教えてくれます。しかし今まで重複していることがない。多分、無限のアイディアの持ち主です(笑)。調味料は、思ったよりシンプルで、どこの家にもあるようなものばかり。これも嬉しいポイントです。普通の調味料なのに、組み合わせの妙で、おおっ!となる味にしてしまうんですよ。例えば味噌とバルサミコ酢を合わせたり。味噌なのに、これが味噌?という新鮮な味になります。そう、味噌とか麦麹とか塩麹という和の調味料を使うことも多いです。なので、口馴染みはいいのに、その中に新しい味の発見がある。慣れ親しんだ味+20パーセントの革新的部分=美味しいって聞いたことがありますが、まさにこの方程式通りです。

 

味付けがいくら素晴らしくても、元となる素材が良くないと元も子もありません。千嘉子さんは、素材を見る目ももちろん肥えています。旅の最終日に、宮古野菜を買って帰ろうと市場へ立ち寄りました。そしたら「この〇〇さんのトマト、すごくおいしいの。無農薬で土からすごくこだわってる」なんて情報をいっぱいくれるんですよ。どの農家さんがどの野菜を作っていて、どんな栽培方法をしているかって、宮古中のハルサーさんを把握してるんですか?ってほど詳しいです。おいしい野菜を沢山紹介してもらいました。思えば、生の紫インゲンも、グリルしただけで食べれるピーマンのヘタも、口に筋が残らないのは、農薬を使っていなくて柔らかいからですね。本当に美味しい野菜だけを厳選しているんです。だからこそ、千嘉子さんのシンプルな味付けが活きるんでしょうね。

 

宮古

 

宮古

 

miyako

 

宮古

 

料理同様、千嘉子さんは生き方もシンプルです。「全ての答えは自然の中にある」と言います。宮古島の自然が、気づきを与えてくれる。これは、千嘉子さんが自らの人生で得た実感なのだと思います。

 

千嘉子さんの活動は、宮古の島野菜の美味しさや料理の仕方、食の安全を伝えるだけにとどまりません。食はもちろん、暮らしや身に付けるもの、使うもの、土地も環境も自然も全ては繋がっている。宮古島の自然とともにある生き方を伝えていきたいのだと言います。

 

両脇にフクギ並木が続く道をドライブ中、千嘉子さんはそっと教えてくれました。

 

「この道がすごく好きなの。落ち込んだ時にここを走ってたら、フクギが話しかけてきてくれたの、『大丈夫だよ』って。木ってしゃべるんだよね」

 

千嘉子さんは、全てを受け入れるような優しい笑顔の持ち主。優しい心を持った人は、自然と呼応して、自然に助けられることがあるのかもしれません。一見うっそ〜と思えることも、「うん、あるだろうな」って素直に思えてしまいます。宮古島には不思議なパワーが宿っているのでしょうね。

 

宮古

この日のスイーツ 黒豆とそば粉の和菓子

 

宮古

県産ウコン、島唐辛子、旬のハーブ、島蕎麦の実などが入ったじゃからんだ特製ミックススパイス

 

宮古

“じゃからんだ”の小原千嘉子さん

 

思えば、千嘉子さんと共に過ごして強く印象に残っているのは、自然とともに過ごした時間ばかりです。

 

太陽が登り初めた早朝に、千嘉子さんとその愛犬たちと海辺へ続く道を散歩したこと。平安名埼灯台の麓で、千嘉子さんが淹れてくれた温かいコーヒーをすすったこと。その後、大地の力を感じながらヨガをしたこと。若きハルサーさんの畑で、人参を間引きしようと土を掘って掘って、爪の間まで土まみれになったこと。千嘉子さん宅の屋上で大の字に寝そべって、真っ赤な夕日を体全体に浴びたこと。皆既月食の柔らかい月の光に包まれて、皆で作った料理とお酒、おしゃべりを心ゆくまで楽しんだこと。

 

早朝の輝く太陽、緑のむせたような匂い、南国の空気、どこででも包んでくれた風、涙が出そうな夕日、柔らかい満月。自然を体いっぱいに感じ、自然と一体になった感覚が味わえました。それはとても豊かで、感謝に溢れて、幸せだとしみじみ感じられた時間でした。

 

写真・文/和氣えり(編集部)

 

宮古

 

キッチンじゃからんだ&島野菜デリじゃからんだ
宮古島市平良字下里517-2
090-1943-7941
lunch 11:30〜15:00(金・土限定)
kitchen-jacaranda.com
https://www.facebook.com/shimayasaidelijacaranda

 

次回は、来間、伊良部島編をお送りします。

 

TANAKA

 

 

“「とと」は、古い日本語で「お父さん」、「べべ」は、フランス語で「赤ちゃん」。親が子を育てるように、愛を込めてハンバーガーを作る。そういう気合いを店名に込めました。”

 

インパクトある店名について、聞かれることがよほど多いのだろう。店の柱には小さく、ととらべべハンバーガーの由来を説明する掲示がある。

 

“とと”である店主、佐藤健太さんは、“べべ”であるハンバーガーを、その由来通り、手間暇かけて大切に育てる。

 

「ベーコンは、塩とスパイスに5日間以上浸けて、丸1日塩出しして、6時間かけて燻します。八重岳の緋寒桜のチップで燻してます。台風で倒れた桜の片付けを手伝ったりして、桜の木をもらってくるんですよ。最近、ベーコンと言っても、ちゃんと燻さず液に浸けるだけとか、塩漬けも注射で済ませるとかあるじゃないですか。そういう手抜きをせずに、ちゃんと作るってことにこだわっています」

 

手間暇をかけるのは、ベーコンだけでない。バンズは毎朝その日の分を手作りする。

 

「他へ委託して作ってもらうことも考えたんです。でも原価の関係で、バターがマーガリンになってしまったり、ランクの低いものにならざるをえない。そういうの嫌なんですよ。パン屋さんが毎日パンを焼くように、バーガー屋もバンズを自分で作らなかったら、何を作るんだってことにもなるし。だからバンズは自分で作って焼くって決めてしまったんです。すごく大変で、途中後悔した時期もありましたけど(笑)」

 

パティの味を引き立てるソースも手作りだ。

 

「もとぶ牛でだしをとって、国産の玉ねぎ、りんご、人参、大根、にんにくのすりおろしとブレンドしています。自家製マスタードも加えてます。化学調味料は一切使ってないですね」

 

佐藤さんは、まっとうにハンバーガーを作る。ごまかすようなことはしないのだ。

 

スペシャルバーガー

 

ととらべべハンバーガーの大本命、パティとベーコン、シャキシャキレタスに厚切りトマトが挟まったスペシャルバーガーは、圧倒されるド迫力。一番主張するのは、やはりベーコンとパティの肉の味。ベーコンからは、燻された肉の脂のスモーキーな香りが口いっぱいに広がる。粗挽き肉を使ったパティは、ステーキを噛んでいるような歯ごたえがしっかりあって、肉々しさがこの上ない。よくよく味わうと、パティからも、燻製のいい香りが漂う。

 

「パティにもベーコンを大きめにカットして入れてるんですよ。パティは9,6ミリ角の粗挽き肉を使っていて、そこに角切りベーコンと和牛の牛脂を入れてるんです。お肉は150グラムありますね」

 

スペシャルバーガーと人気の双璧をなす、もとぶ牛バーガーのパティは、和牛の美味しさを十分に味わえるよう、シンプルに。

 

もとぶ牛バーガー

 

「もとぶ牛バーガーのパティには、ベーコンは入れてません。味付けも塩だけで、肉自体の美味しさを存分に味わってほしいですね。もとぶ牛の霜降りの部分とスネの部分をブレンドして、やはり9,6ミリの粗いミンチにしています。一番美味しいのは、脂の乗ってる霜降り部分。でもそれだけだと歯ごたえがないので、すね肉を混ぜることで、肉々しさも出してます。見た目にインパクトがあるよう分厚く成形しているんですが、お客様を待たせないよう火を通しやすくもしています。成形の仕方に秘密があるんですよ。成形が大変なのと、もとぶ牛自体の供給がそんなに多くないのとで、毎日10食の限定メニューです」

 

 

 

スペシャルバーガーも、もとぶ牛バーガーも、バンズに肉の乗った部分と野菜の乗った部分、2つに分けて供される。お客自身が最後の仕上げをするためだ。

 

「うちはトッピングビュッフェをやってるんですよ。ゴーヤのピクルスと、茹で卵スライス、オニオンフライを、パティの上に、好きなだけトッピングしてほしくて。タバスコやワインビネガーなどの調味料も置いてますので、好きな味にしてください。ここで食べるのが2回め3回めの人も、楽しんでもらいたいんです。あ、でもパティにケチャップは禁止です。ケチャップをつけると、せっかくの肉の味がチープな感じになってしまうんで(笑)」

 

トッピングビュッフェは、実は、スタッフの作業効率化の過程で生まれたもの。

 

「スタッフが独立したり、突然いなくなったり(笑)、立て続けに減ってしまったんですよね。新たに雇うことも考えたんですけど、せっかくだから残ったスタッフだけでやっていける仕組みを考えようと。券売機を入れて、ドリンクもセルフにしたんです。ハンバーガーも、お客様に取りにきて頂くスタイルにして。その代わりに、トッピングビュッフェコーナーを作ったんです。取りにきたついでに、そばのテーブルでトッピングして頂いてます」

 

佐藤さんは、スタッフが減るというピンチを、お客に協力してもらう形で乗り越えた。ただ、協力してもらうだけでなく、新たな楽しみを付け加えることも忘れなかった。

 


 

佐藤さんは、変化を恐れない。むしろ楽しんでいる節さえある。それは、これまで歩んできた人生もしかりで、自ら変化の大波に飛び込んでいるように見えるのだ。

 

「僕、出身は北海道の興部町(おこっぺちょう)というところなんですよ。オホーツク海に面した、ものすごい寒いところです(笑)。そこで獣医師をやっていたんです。乳牛をメインにやってました。かみさんと、寒いところはもうやだね、暖かいところへ引っ越すかって、沖縄へ来たんです。名護の家畜保健衛生所で半年間臨時職員として働きました。引越し代を出してくれるって言うんで(笑)」

 

沖縄でもそのまま獣医として働くのかと思いきや…。

 

「今一番やりたいことが獣医じゃなかったら、獣医にこだわる必要ないのかなって。興部町っていう限られたところでは、それなりに活躍していたと思うんですけど、言い方悪いですけど、親に買ってもらった免許じゃないですか(笑)。勉強したのは僕なんですけど、大学6年間の学費は親が出してる。自分がどれくらい社会に通用するのか、自分に免許もなくてゼロになったとき、自分は何かできるのかなって。当時はそういう思いが強かったんです」

 

獣医という仕事に、少なからず虚しさも感じていた。

 

「獣医はなりたくてなった職業だし、仕事自体も楽しかったし、僕に合ってるのかなとも思ってました。乳牛って産業動物だから経済の効率を真っ先に考えるってわかってはいたんです。でも、牛を飼うっていうのはそうじゃないだろっていう思いがありましたね。何回も何回も子供を産ませては乳を絞るんですけど、おっぱいの出がよくなるように、濃い餌をあげるんです。牧草はあんまりエネルギーなくて、とうもろこしって人間も食べるくらいだから、エネルギーが高い。そういう穀類をいっぱいあげるんですよ。でも穀類をいっぱいあげるとすぐ病気になっちゃうんですよね。食べるもののバランスがすごく大事なんです。だけど、これだけの牛が病気になっても仕方がないってサバサバした感じで。規模が大きい酪農家だと500頭とか一気に買ってくる。そうすると牛1頭死ぬことの価値がとても小さいんですよね。一生懸命治療しても、どうせまたっていうのがありました。そういう不満がなかったわけではないです。そういうところから逃げてきたっていうのもありますね」

 

 

 

「牛を救う側から、食べる側になったってよく言われるんですけど(笑)、繋がってますよね。獣医師は食を確保するのが目的なんだし。沖縄に来たときは何も決めてなかったんです。名護で半年間働いてる間も、ハンバーガー屋をやろうって決まってなかったです。北海道にいたときから趣味で燻製をやってたので、ベーコンは作れる。これでパンも作れるようになって、この2つが美味しかったらバーガー屋でなんとかやっていけるんじゃないかって」

 

27歳で飛び込んだ飲食業界。それまで飲食店でアルバイトをした経験もなかったのだから、苦労がなかったはずはない。

 

「最初、パンは全然うまくできませんでしたね。パン職人のなんちゃらって本を買ってきて、本に書いてある通りやってもうまくいかなかったです。焼いてみたら、全然膨らんでなくて真っ黒焦げで、チョコレートみたいになってしまったり。でも趣味でパンを焼いてる人もいるくらいなんだから、練習すれば絶対できるようになるって信じてました。1ヶ月くらい練習してようやく納得できるものが作れましたね」

 

アボカドチーズバーガー

 

 

自分がどれだけできるのか、自分の挑戦のために始めたととらべべハンバーガーだが、始めてみて、1人の力の小ささに気がつく。

 

「自分1人じゃできない、結局、人に頼らないと何もやっていけないってことがわかったんですよ。人にいかに頼れるかってことが、その人の力なのかもしれないなって思いますね。仮に100人の人に頼れたら100倍の力になるけど、誰にも頼れなかったら、その人自身がどんなに優秀でも結局2倍3倍が関の山じゃないですか。かみさんやスタッフがいなかったら、ここまで店を続けてこれなかったですね」

 

この気づきがあって、お店で一番大事にしてるのは、味でもお客でもなく、スタッフと言い切る。

 

「お客さんが『美味しい』って笑顔になってくれるのが、もちろん一番励みになるのは間違いないです。でも自分の中で何が一番大事かって言ったら、スタッフですね。100人のお客様より、1人のスタッフのほうが、絶対大事です。僕達が気持よく働けているかってことを大切にしています。だって、辛くて影で必死になって作ってる料理なんて、食べたくないでしょう? 気持よく働けて初めて、心から笑顔で提供できますもんね」

 

 

佐藤さんの、変化を恐れずチャレンジする姿は、遊び心を伴って、“今月のバーガー”メニューに反映されている。“今月のバーガー”とは、月替りのお楽しみバーガーだ。

 

「去年の12月は、クリスマスジャークチキンバーガー。燻製が得意なんで、チキンをちょっと燻製にしたバーガーです。1月は、もちチーズ明太バーガーです。普通の切り餅をバーガーに挟みました(笑)。2月は、バレンタインチョコレートバーガーでした。パティをハート型にして、そんなに甘くないビターなチョコをソースに混ぜて。これ、全然出なかったんですけど(笑)、美味しかったんですよ。3月は、UFOバーガーです。ブロッコリーとミニトマトを側面に、温泉卵を真ん中に乗っけて、見た目をUFOっぽくしようと思っているんです」

 

誰も思いつかないような奇想天外のバーガー。佐藤さんは面白いことを常に考えている。3日に1度、女の子から電話がかかってきて、ニュースを聞けるサービスはどうだろう?とか、フマキラーのノズルに水鉄砲みたいなのを付けて、虫をポインターで捉えて銃みたいに殺虫剤が飛んだら面白いんじゃないかとか…。そんなことがしょっちゅう頭の中を駆け巡っているのだ。

 

「面白いことをしたいんですよね。なかなか形にならないんですけど、形になったら、それに吸い寄せられて、面白い人が集まってくるんじゃないかなって。そしたらもっと面白いことができるじゃないですか」

 

佐藤さんの名刺には、「すごいことになりそうだ」との文字。その文字には、自分への期待と励ましが滲む。ハンバーガーは、ごまかすことなく、丁寧にちゃんと作る。だけど、面白いことがしたくって、ユーモアたっぷりに楽しみながら、挑戦もしていく。

 

“ととらべべ”という、“父と子”という名のハンバーガー。幼い息子さんから“とと”と呼ばれている佐藤さんは、“べべ”である息子さんに、自分の生き様を見せているようにも思う。“ちゃんと作る。でも楽しく面白く”だ。

 

文/和氣えり(編集部)

写真/青木舞子(編集部)

 

 

ととらべべハンバーガー
国頭郡本部町崎本部16
0980-47-5400
11:00〜15:00
close 木・金
http://totolabebehamburger.com

 

TANAKA

 

「うちのコンセプトはね、“農家さんの顔が見える野菜”にしていこうってことなんですよ。農家さんはね、うちのスタッフに、こうしてるんだよ、ああしてるんだよって栽培方法について、すごく話をするのね。例えば『虫がついたら一つひとつ手でとってるんだよ』とか『EMの肥料をいつも研究してるんだよ』とか。野菜をただ売るだけじゃ勿体無いでしょ。聞いたことを、スタッフの口を通してお客様に伝える。その農家さんの栽培方法だったり、農家さんのカラーだったり。野菜の説明付きの販売よ。お客さんも、農家さんの声を一番聞きたいでしょ。だから、その声をしっかりお客さんに伝えられるよう、うちは、農家さんお客さんとのコミュニケーションをすごく大事にしているの。それには女性のほうが絶対いいでしょ」

 

茶目っ気たっぷりに話すのは、オーナーの多和田敬子さんだ。野菜同様、フレッシュな女性スタッフの元気な声が、いつも店内に響いている。ここは女性だけで運営する野菜直売所だ。

 

栽培方法や料理の仕方だけではない。例えばトマトなら、甘さを重視しているのか、料理に使いたいのか、ニーズに合ったトマトをスタッフが教えてくれる。野菜について何でも気軽に聞けるから、スタッフとお客との距離も自然と縮まる。スタッフは馴染みのお客に対して名前で声をかけるし、お客もスタッフを名前で呼びかける。大型スーパーにはない、昔ながらの八百屋さんでのやりとりを彷彿とさせるのだ。

 

ハッピーモア

 

 

多和田さんは言う。

 

「スタッフに言ってるのはね、『みんなね、こんなに奥まってるところまで来てくれるお客さんのことを考えないとダメよ。人参一つだったら、近くのスーパーのほうが便利よ。人参がおいしいのは当たり前で、その上で、プラスアルファを提供しないとね』って。『お客さんはね、ここのスタッフの本気だったり、農家さんのストーリーだったり、そういうのに会いに来てるのよ』って。だからお客さんも、『ここで野菜を買うのが好き』って言ってくれるんですよ」

 

多和田さんが絶大な信頼を寄せている、店長の大湾絵梨子さんは、その期待にしっかりと応える。
「最近は、バーコードがなくても、これがどの農家さんの野菜かわかるようになってきました。野菜の色だったり、袋の詰め方だったり。あ、これは誰々さんの大根だなって」

 

そう言うほど、野菜としっかり向き合っている。500軒もの契約農家がいるのにだ。

 

大湾さん含め、スタッフは現在5名。スタッフは、積極的に農家さんと会話を交わし、スタッフ同士で農家さんの情報交換をする。お客は、どんな生産者がどんな風に野菜を育てているのか、スタッフに聞けば答えてもらえる。そうやって生産者の顔が見えるのだ。生産者の顔が見えると、それぞれの農家さんにファンがつく。「誰々さんのトマト買いに来た〜」というお客が多いというのも頷ける。ここでは、スタッフとお客の距離だけでなく、農家とお客の距離も近いのだ。

 

 

 

ハッピーモア市場の一角では、販売している野菜を使った料理を食べることができる。見るからに葉がピンとして新鮮さが一目瞭然の生野菜サラダは、その食べやすさに驚く。生では敬遠されがちなハンダマや春菊が、スルスルと喉を通っていく。嫌な雑味や苦味が全くない。少し感じられる苦味でさえ、ほんのりと甘みをまとっている。その味は野菜の持つ鮮やかな個性として、喉が自然と受け入れる。

 

「お客さんもうちのスタッフもなんですけど、もうみんなよその野菜は食べられないって言うくらい。味自体は、もしかしたら微妙な違いかもしれない。だけどね、作った人を知ってるから、その思いが伝わってくるのよ。だから、と〜ってもおいしく感じるわけ」

 

そう言いながら、多和田さんは胸を張る。料理は、作った人によって美味しさが異なる。それと同じ、もしくはそれ以上に、野菜も作った人の思いがこもっていれば、美味しくなるに違いない。

 

ハッピーモア

 

 

多和田さんがコミュニケーションにこだわるのには、理由がある。オープン当初、なかなか野菜を持ってきてくれなかった農家を翻意させたきっかけが、“コミュニケーション”だったのだ。

 

「野菜を持ってきてくれる農家さんを集めるのに一番苦労しましたね。うちは元々農家じゃないからね、新参者なんですよ。農家の気持ちの何がわかる?って、みんなガードが固いわけですよ。大手の農家さんに声かけたけど、こんなところに持ってきても残ったら困るって。それは当然なんだけど、そういう方たちはどんどんいなくなってしまって。どんどん逃げていくわけですよ。そしたらね、ある農家さんが教えてくれたの。『農家は心で動くから、1軒1軒電話をかけてごらん。少しでもいいから持ってきてもらえませんかって頼んでごらん』って。それで家庭菜園レベルでやってる小規模の農家さんを中心に、電話し始めたんです。『助けてください。食べきれなくて余ってる野菜があったら、少しでもいいから持ってきてもらえませんか』って。それで少しずつ野菜が集まったのね」

 

結果的には、農家さんにも喜んでもらえることに。小規模の農家だから、JAへ卸すほどでもないが、かといって家族だけで消費するには残ってしまう。これまで余った分は、隣近所へ配っていたが、しょっちゅうのことだから、もらう方も遠慮してしまっていたのだそうだ。

 

 

 

無(減)農薬野菜なのに、お手頃価格なのは、自宅消費用の野菜だから。自分や家族が食べるために作った野菜だから、農薬はほとんど使わずに育てる。そして多和田さん曰く「商売っ気がない農家さんがほとんど」。だから嬉しい価格なのだ。

 

 

驚いたことに、農家さんに電話をかけることはオープン当初だけでなく、今でも続けている。

 

「農家さんはね、お年寄りが多いからか、電話すると喜んでくださるのよ。だからスタッフは毎日電話かけてますね。1日50軒くらいかな。『何々さんの玉ねぎ、今日は何個売れたよ〜。明日もお願いね、何々さん』って」

 

毎日スタッフが電話をすることで、農家さんは、だから心を開いて、スタッフと沢山話をするんだなと納得した。

 

 

 

農家さんとの信頼関係を地道に築いてきたからこそ、ハッピーモア市場には、新鮮で安心な野菜が沢山ある。ハッピーモアでは、栽培方法を示すマークを色別に、それぞれの野菜に付している。金色は、自然の状態で育った薬効の高いもの。赤は、農薬、化学肥料を使っていないもの。黄色は農薬は使っていないもの。緑は、少しだけ農薬をつかっているものだ。このマークは、農家さんの自己申告に任せている。農家さんを信用しているからだ。

 

「震災が起こって、お客さんがピリピリしたときがあってね。敏感な人たちが『あのマークは本当ですか? 農家さんの土壌チェックはしてるんですか?』っていっぱい来たのね。私達は、あえて、土壌チェックだのなんだのって、農家さんを回ることはしなかったの。『肥料にセシウム入ってませんか、測らせてください』なんて言ったら、農家さんとの信頼関係が崩れるじゃないですか。『私達は、農家さんの栽培方法でおいしく頂いてます。だからそれ以上のことはできません。それでもやっぱり心配でしたら、お売りすることはできません』って言ってから。だけどね、最初そんな風に言ってきたお客さんも、しばらくしたら買いに来てくださるようになりましたね」

 

 

 

農家さんが手塩にかけて育てた大切な野菜だから、多和田さんは無駄にはしない。野菜の活用にも力を入れている。

 

「農家さんがせっかく持ってきてくれた野菜だから、余らせないようにって、スムージーやカレーの販売はそれで始めたんですね。大量にシークワーサーやタンカンが出たときに、酵素シロップにするんです。シロップにするともつでしょう。それを使ってスムージーにしてるんですよ。隣に小さい畑があって、そこでスムージー用の野菜を私達で育ててるんです。毎朝、畑で野菜や薬草を収穫して、酵素とブレンドして作ってますね。サラダは、農家さんのおいしい野菜をそのまま沢山食べてもらおうと、ビュッフェ形式にして。ドレッシングはうちのスタッフの手作りよ。今日は人参ドレッシングと、豆乳ドレッシング。美味しいでしょう? 両方とも野菜がたっぷり入ってるからね〜。カレーは、野菜カレーとグリーンカレーの2種類ね。両方とも30種類以上の野菜が入ってるのよ〜。人気でね、特に土曜は家族連れが、ここで買い物して、カレー食べて、スムージー飲んでいくのよ」

 

5種類あるスムージーはどれも、野菜が苦手な人や小さな子供でも、抵抗なくゴクゴクいけるほど飲みやすい。自家製酵素と新鮮でおいしい野菜のおかげだ。飲んだそばから、お腹の底から元気が湧いてくる。野菜たっぷりのカレーも、色んな野菜の旨味が凝縮していて深みのある、本格的な味だ。

 

工夫して野菜を活用するが、それでも捌ききれなかった野菜は、農家さんが回収して肥料にする。
「野菜を肥料にして、それでまた野菜を作って持ってきてくれたり、放し飼いでニワトリを育てて、有精卵としてまたこっちに出してくれたり。ちゃんと循環してるんですよ」

 

 

 

野菜は残さず使い切る。主婦でもある多和田さんは、何でも活用するのが上手だ。

 

「この場所、元々トマトのハウスだったんですよ。義父がここでトマトを栽培してて。高齢になって縮小しようってなって。ここは農地で宅地の運用ができないけど、せっかくあるから活かそうって、野菜直売所にしたのね」

 

場所だけではない、人材の活用もしかり。

 

「野菜を持ってきてくれる農家さんの中には、元サラリーマンとか学校の先生とか、リタイアされた方も多いのね。その中に、私が学生時代にお世話になった恩師もいるんです。小学校で食育のプロジェクトがあってから、その先生もお連れしたのね。農家として先生が野菜嫌いの子に、野菜はこうなんだよああなんだよって説明してさ。元先生だから、生徒にお話するのが上手なわけですよ。それだけじゃないのよ。これからは福祉の方と組んで、障害者の方の就労トレーニングにここを使ってもらおうと思ってね。畑に入ってもらったり、バックヤードで袋詰めしてもらったり。手が足りない農家さんのお手伝いもできるでしょう。うちも手が足りないから助かるのよ」

 

 

多和田さんの、あるものを活用する精神は、スタッフにしっかり受け継がれている。野菜のディスプレイに、販売したお米が入っていた米袋を使ったり、野菜の説明書きのポップは、ダンボールの切れ端を使ったり。それをおしゃれにさえ見せてしまうから、多和田さんは、「若い子は、ほんとセンスがいいのよ〜」と、とても嬉しそうなのだ。

 

ハッピーモア市場に来ると、なぜかテンションがあがってしまう。種類豊富な安心野菜が所狭しと並んでいるから。買い物ついでに、美味しい野菜やスムージー、カレーを食べられるから。スタッフが生き生きと気持よく働いているから。理由をいくつも挙げることができる。でも一番の理由は、農家さんの思いをお客に届けたいという、スタッフの志をひしひしと感じるから。そのスタッフを通じて、農家さんまで身近に感じることができるからだ。

 

文/和氣えり(編集部)

写真/青木舞子(編集部)

 

ハッピーモア
ハッピーモア市場
宜野湾市志真志1-247-1
098-896-0657
close 日
http://happymore.ti-da.net

 

TANAKA

mana

 

噛むと音が聞こえるほどサックサクの、“人参葉とセロリのかき揚げ”。フワッフワですぐに口の中で溶けてしまいそうな、“おからのフワフワ揚げ”。ムチッと弾力と噛みごたえのある、“ソイミートの唐揚げ”。

 

サクサク、フワフワ、ムチッ。manaのベジプレートの中には、色んな歯ごたえが揃っている。店主の尾崎夏代さんと吉田万美さんは、嬉しそうに言う。

 

「かき揚げは、2枚乗せしたいって人がいるくらい大人気です。特にフーチバー(よもぎ)のかき揚げの日は、その声が多いですね(笑)。帰り際に、『どうやって作るの』、『どうしたらこんなにサクサクになるの』ってよく聞かれます。何も特別なことはしていないんですよ。衣は小麦粉と水だけです。緩めにするのがポイントかな。おからのフワフワ揚げは、おからだけではボソボソしちゃうので、つなぎに島豆腐を入れてます。豆腐の水分量によっては米粉をプラスしますね」

 

mana

 

バラエティに富んでいるのは、歯ごたえだけでない。万美さんは、「味付けにメリハリをつけています」と言う。

 

「ソイミートの唐揚げは、玄米ご飯に合うように、ショウガと醤油の味をしっかりと効かせてます。付け合せの野菜は、素材の甘さが引き立つよう、サッパリとした味付けにしていますね」

 

味のメリハリのための工夫は、注意深く味わわないと見逃してしまうようなものもある。かき揚げの衣にはほんのりスパイスが効いているし、キャベツの豆乳ポタージュはちょっと意外なものでコクを出す。

 

mana

 

夏代さんが、ポタージュの隠し味を明かしてくれる。

 

「このキャベツ、自然農法で育てられたキャベツなんですけど、すごく甘くて。キャベツとほんの少しの玉ねぎで、だしも入れてないんです。だしを入れてない分、ほんのちょっとだけ、ココナッツミルクを入れてるんです」

 

ビーガン料理なので、動物性のだしは使わない。ココナッツミルク以外にも、一手間かけた調味料や木の実を使って自然のコクをプラスする。

 

「ブロッコリーとひよこ豆のトマト煮には塩麹を入れてます。トマトに酸味があるので、塩で味付けするとどうしても塩味だけが強くなってしまうんです。それからこの3色人参の和えものは、くるみをたっぷり擦ったもので和えてます。くるみはペーストにするとマヨネーズみたいになるんですよね」

 

mana

 

mana

 

どの料理も、手が込んでいて丁寧に作られている。優しい美味しさの秘密は、県産無農薬野菜の素材の良さや、工夫された味付けだけでない。仕込み時にいつもかける音楽にもある。

 

「朝お店に来たら、手を合わせて全てのことに感謝することから1日を始めるんです。仕込みの時には、インドの有名なマントラ、ガヤトリーマントラをかけるんですよ。『生きとし生けるものが全て幸せでありますように』というマントラです。この曲を聴くと、日常で忘れてしまいがちな大切なことを思い出させてくれるんですよね。心地よくて幸せな気分になれるんで、その気持ちが料理に入るよう、心を込めて仕込みをしています」

 

夏代さんも万美さんも、旅行で訪れたインドにすっかり魅了された。「なんかクセになる(笑)」と、インドが大好きなのだ。2人の大好きな気持ちが形になったメニューが、インドカレープレートと、ベジタコスチャパティロールだ。

 

mana

 

mana

 

夏代さんが、料理の説明をしてくれる。

 

「カレーは、インドに行ったときにインド人から教わった、ダルカレー、豆のカレーです。インドの人が日常的に食べるカレーですね。今日はオーガニックのレンズ豆と緑豆が入ってます。その時にある豆で作るので、ひよこ豆の時もありますね。豆のゆで汁がちょこっと入ってますが、ほぼトマトと玉ねぎの水分だけで煮込むんです。あとはクミンとターメリックをしっかり効かせてますね。それからチャパティもインド人が普段食べている主食です。私達も好きで、家でもよく捏ねて焼くんですよ。店ではオーダーが入ってから、生地を捏ねて伸ばすところから始めるんです。インドではアタっていう粉を使うんですけど、ここでは手に入らないので、全粒粉と小麦粉をブレンドして、あとは塩だけ。ソイミートを使ったベジタコスを巻いているんですけど、ベジのタコライスは他の店でもメニューにあるので、私達らしくチャパティに巻いてお出しすることにしたんです」

 

本場仕込みのカレーは、野菜と豆の旨味がしっかり馴染んでいて、そこに爽やかなスパイスがよく効いている。辛くなくさっぱりとしていて、飽きのこないカレーだ。そしてチャパティロールも、タコスの具がずっしりと入っているのに、全然重くはない。たっぷり入った葉野菜と、レモンの効いたトマトのサルサソースが、サッパリ感を押し出している。シンプルなチャパティとの相性もバッチリだ。具のタコスが重くない分、チャパティが食べ応えを出してくれている。

 

mana

 

mana

 

mana

 

そもそも夏代さんが菜食料理に傾倒したのは、インドの影響が大きかった。

 

「インドは、長く滞在すると必然的にベジ料理を食べることが増えますね。ヒンドゥー教では基本的にお肉を食べないんで。元々料理が好きで仕事にもしていたんです。日本で野草料理に出会って、食べ物を見直したら、体調がよくなって。食の大切さを実感し始めていた頃に、インドへ行ったんです。インドで、『あなたは、あなたの食べたものそのものです』というブッタの教えを知って、まさしくそうだなって納得しました。食べ物が溢れてる日本と違って、インドは食材が貴重で、少ない食材でもすごく感謝して頂くんですよね。そんなこともあって、日本へ帰ったら、菜食料理とか、食についてもっと勉強をしたいなって思ってたんです。1年ぶりに沖縄に帰ってきて、まーみー(万美さん)と久しぶりに会おうってなったとき、まーみーが、『なっちゃん(夏代さん)の好きそうなお店見つけたよ』って。連れて行ってくれたのが、首里にあるNoahstyle(ノアスタイル)だったんです」

 

再会の場所に選んだノアスタイルは、沖縄でオーガニックやビーガンの先駆け的な店。そこでスタッフ募集の掲示を見た夏代さんは、その場で応募を決め、採用がすぐに決まった。

 

一方、万美さんも、食を見直すきっかけになったのは、やはり20代前半の頃に訪れたインドだった。

 

「インドで印象的だったのは、農薬の怖さですね。政府から安価で購入できる毒性の強い農薬を、字を読めない農民が、適正量をわからないまま使っていたりするんです。自分の口に入れるものは、自分でしっかり責任を持とうという意識が生まれましたね。帰国してから、食べるものはできるだけ自分の手で作ることを目標にして。元々お菓子が好きだったんで、添加物や動物性食材や白砂糖を使わない、自然おやつ作りにハマりました。それまではケーキ屋さんでケーキを買うことが多かったんですけど、どうしても吹き出物が出たりしていたんです。でも自然おやつは、そんなことないし、体調もいい。それでまずは、台所で家族の食を預かるお母さんや女性から、食の意識を変えていけたらいいなっていう思いが募ったんですよ。勉強も兼ねて、なっちゃんとともにノアスタイルで働くことにしたんです」

 

mana

 

mana

 

以前から2人とも、「いつかは自分の店を持ちたい」という夢を抱いていた。しかし1人ではとても無理と、なかなか踏み出すことができなかった。

 

「まーみーは、仕事でもプラーベートでも気が合うし、沖縄の家族みたいなものだから、狙ってたんです(笑)。いつかお店を2人でできたらいいねって軽い感じでは話してたんですよね。でも実際、お店をやるとなったら生活も変わってしまうし、どうなんだろって、1人で悶々としていました。でも悶々としていても仕方ないと、ある日、意を決して、まーみーに言うことにしたんです。『あのさ、前から2人でお店やりたいって言ってたじゃん。あれ、本気なんだよね』って。もう告白ですよ(笑)」

 

その告白に対する万美さんの答えは?

 

「『そうそう、やりたい』って、即答でした。待ってた、じゃないですけど、私もずっとそう思ってたんで。両思いだったんです(笑)」

 

mana

 

店で使用しているこだわりのやちむんや、職人手製の竹箸の販売も

 

時をほぼ同じくして、ノアスタイルの閉店が決まる。

 

「閉店はすごくショッキングだったんですけど、お陰で背中を押してもらえました。閉店してからは、もう急ピッチでmanaの開店準備にとりかかりました。場所を探して、大工さんとお店の左官作業をしたり、名護のリサイクルショップまで足を運んで家具を揃えたり。忙しかったけど、楽しかった。ノアスタイルのオーナーには、店のオープンにできる限り協力すると言っていただいて」

 

manaのショップカードには、“produced by Noahstyle”の文字。2人は、感謝の気持ちを込めて声を揃える。

 

「ノアスタイルでは、ソイミートの唐揚げだったり、卵やケーキを使わない焼き菓子だったり、基本をしっかり学ばせてもらいました。ショップカードに店名を入れることで、ノアスタイルの想いを引き継ぐ気持ちも表しています。“美味しくて安心できるものを食べて、心から笑顔になってもらいたい”という想いですね」

 

お陰で、ノアスタイル時代のお客さんも、足繁く通ってくる。かつてノアスタイルで販売していた、自家製ドレッシングの復活を望む声もある。ゴマとアーモンドで作る、抗酸化作用のあるアンチエイジングドレッシングだ。準備ができ次第、持ち帰りのできるドレッシングや、manaのオリジナルであるヘンプシードの入った豆乳マヨネーズなどの瓶ものも、充実させていきたいそうだ。

 

mana

 

mana

小麦アレルギーでも安心。米粉のブラウニー豆乳ホイップ添え

 

mana

ネパールで仕入れてきた茶葉とスパイス、自家製ジンジャーシロップで淹れたソイチャイ

 

mana

県産さつまいもプリンと黒ゴマプリン

 

夏代さんは、2人で店を切り盛りする良さを繰り返す。

 

「『似てる』とか、『双子みたい』ってよく言われます。2人でいると、1人の時よりお客さんの印象に残るみたいで、2人だからこその効果みたいなのがありますね。それに、2人でやってるとお互いに心強いです。すごく助かってる」

 

と言えば、万美さんも「ねっ」と同意する。お互いに足りないところを補い合う。衝突することもないのだという。

 

mana

 

万美さんが、近い将来の夢を話す。

 

「お店にスタッフが増えて、どちらか1人でもできるようになったら、そのうち1人は、また外の世界を見に出たいんですよね。旅先で調味料などを新たに仕入れて、刺激をもらってきたいですね」

 

夏代さんには、新たなメニューの構想がすでにあるよう。

 

「前にタイへ行ったとき、知り合いのおばちゃんが、買い付けから料理まで全て教えてくれたんです。ソムタムとか習いました。夏になったら、ここでも出したいですね。タイ料理は、カピっていう海老のペーストだったり、ナンプラーだったり、動物性のものを多く使うんですけど、植物性のものでも代用できるんですよ。海老のペーストの代わりに大豆を発酵させたペーストがあったり、魚醤の代わりに醤油を使ったり。これからどんどんメニューを増やしていきたいですね」

 

ノアスタイルで学んだことをベースに、旅の途中で出会った美味しいものをプラスして、2人の好きが詰まったお店にしていきたいと言う。

 

夏代さんと万美さん。お互いを家族のように思う2人。1人よりも2人。そのほうが、しっくりとくる。manaはまだ産声をあげたばかりだが、この2人だからこそ出せる色が少しずつ色づき始めている。大好きなアジアへの尽きない好奇心で、その色は、深く濃く色味を増していくことだろう。

 

文/和氣えり(編集部)

写真/金城夕奈(編集部)

 

mana

 

自然食とおやつの店 mana
那覇市壷屋1-6-9
098-943-1487
11:00〜18:00
close 火・水
http://okinawamana.ti-da.net

 

TANAKA

PLANTADOR

 

PLANTADOR

 

「植物に関することは何でもやらせていただきます」。PLANTADORホームページでこう宣言するのは、オーナーの新城圭吾さんだ。新城さんは、観葉植物の販売やイベント会場などのプランツコーディネート、リース、また店舗や個人宅の植栽、予算に合わせてのオーダーメイドプランツの調達など、いわば植物の何でも屋さん。店舗の入り口前には、屋内に入りきらないような背の高い植物が所狭しと並べられ、圧倒的な迫力を持って客を迎え入れる。店内にも個性のある植物が目白押しだ。植物だけじゃなく、それにまつわる小物、例えば鉢や部屋に飾るための小道具も豊富。植物って、こんなにもかっこいいんだ、こんなにもわくわくさせてくれるんだ、と驚きとともに植物に対する考えを一変させてくれるのが、ここPLANTADORだ。

 

PLANTADOR

 

PLANTADOR

 

ー店に一歩入ったとき、本当に驚きました。まるで亜熱帯の森にいるかのように感じますね。緑が目に鮮やかで、圧倒されます。

 

新城:お客さんがお店に入ってきたときに、「わぁっ」って言ってもらえるような空間にしたいって思っています。この前も、「うわっ、すごい」って言いながら入ってきたお客さんが、ここにテーブルがあるもんだから、「ここでコーヒー飲めない?」って。「こんだけグリーンがあって気持ちのいい空間なんだから、コーヒーが飲めたらすごくいいのに」って。

 

僕にしてみれば、この空間が当たり前になっちゃってるんだけど、それ聞いて、ああそうかって。ここ、カフェと間違えて入ってくるお客さんもいるしなって。真に受けて、隣の土地借りて、お茶できるスペース作ろうかなと、早速大家さんに問い合わせたんです。そしたら、経理してる嫁にめっちゃ怒られました。「あなた、お金があるように思ってるみたいだけど、どんなことになってるかわかってないでしょう?」って(笑)。 

 

PLANTADOR

 

PLANTADOR

 

ーオブジェのような、かっこよくてサマになる植物が多いですね。同じサボテンでも、荒野にありそうなワイルドなものから、小さくてかわいいものまで種類が豊富です。

 

新城:「ここ、男向けの植物しか揃えてないね」って近所のおばちゃんたちに言われたんですよ。どうしても僕の好きなものが集まっちゃう(笑)。僕、個人的にはツンツンしたものとか、刺があるもの、サボテンとか、インパクトの強いものが好きなんです。

 

でもお店持つんだったら、色んな人、これから植物始める人たちにも興味を持ってもらえるような空間にしたいって思ってたんですよね。だから、お客さんが自分の部屋に持ち帰った時に、イメージしやすい植物も置こうと意識してます。自分が欲しいものだけを集めると、限られた人にしか発信できないんで。学生さんでも買える1000円代のものからありますよ。

 

扱う植物は一般受けするものだとしても、PLANTADORらしさは出したいと思ってます。例えば、樹形が面白いものだったり、品種がちょっと違うものだったり。必ずしも珍しいものだけじゃなく、一般的に見たことある植物だけど、なんかちょっと違うよねっていうの。そういうのを意識して仕入れてますね。特に若い人に、植物っていいねとか、かっこいいねって思ってもらえたらいいですね。

 

PLANTADOR

 

ー最近は雑貨店でも観葉植物が多く取り扱われていますね。

 

新城:雑貨屋さんが、植物の取り扱いを始めたって聞くと、「ナニクソ」って思うんですよ(笑)。どっかで植物って簡単って思われてるんじゃないかって。ましてや、そういう雑貨屋さんが、「植物ってすごい売れるんですよね」とか言ってたら、キーッてなりますね(笑)。だから、そういう雑貨屋さんとは全然違うね、みたいな、圧倒的な違いを見せつけたいなって思っています。

 

 

ー専門店ならではの違いというのは、どういうところにあるのでしょう? 

 

新城:例えば、生産者から仕入れた植物をそのまま店に出すってことはないんです。不要な枝をカットして、葉っぱを掃除して。それは最低限、絶対やります。その次に、仕入れたときのプラスティック鉢から抜いて、グリーンのちょっといい鉢に入れ替えます。その際、自分が培養した培養土に植え替えるんです。もちろん、水はけがよい土がいいのか、保湿が必要なのか、植物によって培養土は違います。そこから水やりして、1日2日様子を見て、それで初めて店頭に出すんです。

 

PLANTADOR

 

PLANTADOR

 

ー目を引くものばかりで一つひとつを見てたんですが、どれも名前が書かれてないんですね。

 

新城:あえて表示してないんですよ。それはお客さんと話をしながら説明したいっていうのがあって。購入される時に、植物の名前と、育て方のポイントやコツなんかを書いたプレートを添えてお渡しするんです。

 

 

ー私、植物を何度かダメにしたことがあって、その度に植物はもういいやって思ってしまうんです。こんな人でも植物を楽しめる方法ってないですかね…?

 

新城:購入された後、お客さんから、「植物の葉っぱが急に落ちだしたんですけど、なぜですか」っていう電話やメールを頂くことがあるんです。その際、説明はするんですけど、お客さんとしては、実際に見てもらいたいっていうのが一番だと思うんですよね。特に初心者の方だったら、僕が行くことによって安心できるだろうし、見ながら説明したら、より納得して頂けると思うんです。なので、日程調整して伺いますねって必ず言うんですよ。伺って植物見て、考えられる原因を説明して。で、明らかにこの状態で置いておくのはかわいそうだなって思ったら、一旦うちでお預かりするんです。養生しますねって。念のため、代わりの植物を持って行ってるんで、代わりにこの植物置いておきますねって。昨日も、養生したのが元気になったんで、納品しますって持って行ったところです。もちろんこれに関して、料金は発生しないですよ。アフターケアを見込んで、最初の値段に織り込むなんてことも、してません(笑)。PLANTADORにしてよかったなって思ってもらえることが一番なんで。

 

PLANTADOR

 

PLANTADOR

 

ー手厚いアフターケアがあるなら、また植物を部屋に置こうって気になります! どうしてここまで親切に?

 

新城:その場限りの販売にしないのは、Ru-gaでの修業時代の影響が大きいですね。お客さんに対して何か言うとき、言う前に、もし自分がお客さんの立場でこれを言われたらどうだろうか、とか、こういう対応したらお客さんは嬉しいんじゃないか、とか、常にお客さんの立場になって考えろ、と教え込まれました。花屋である前に、一社会人として、たとえお前がこの仕事をやらなくなったとしても、別の花屋に行ったとしても、社会人として通用する常識だったり礼儀だったりをしっかり学んで欲しいって。「沖縄一厳しい花屋へようこそ」と迎えられたんですけど、本当に厳しかった。そのことに嘘はなかったですね(笑)。だけども言われたことに納得いかないことがないというか。

 

Ru-gaに入ってなかったら、今の自分はないですね。Ru-gaで修業させてもらえたから、独立してこの仕事をずっとやっていこうって思えたんです。

 

 

PLANTADOR

 

ー面白い樹形だったり、植物と鉢とのバランスも新鮮だったり、どれも驚きがある。新城さんのセンスのが出てるんだなって感じます。こういう植物が前から好きだったんですか? 

 

新城:僕、元々植物に全然興味なかったんです(笑)。親父とお袋が庭いじりが好きで、手伝って、とか言われたら、あからさまに嫌な顔してたくらい。高校生くらいのときかな。面倒くさいとか、汚れるとかって(笑)。なのにお袋が、熊本に1年だけの造園の専門学校あるから、行ってみたらって。これからは手に職つけないとって。何言ってんだって思ったんですけど、まあ1年くらいならいいかなって。

 

卒業して沖縄に戻ってきたら、当時沖縄には造園の文化がほとんどなくて。観葉植物のリース会社に就職したんです。リースした植物は2週間毎に取り替えるんです。そのお客さんありきの、空間に合わせた植物じゃなくて、この環境で2週間もつ植物かどうかが1番大事で。それに植物が枯れていても、新しいのに替わっていても、お客さんに全く気にかけてもらえない。全然充実感なくて。自分がやりたいの、これじゃないけどなみたいな。

 

転職しようと、花屋さん中心に問い合わせたんです。花屋の経験はなかったから、未経験者はお断りって、電話の時点で断られてたんですよね。最後にRu-gaに問い合わせて。偶然か必然か、Ru-gaの前を車で通ったことがあって、かっこいい花屋さんだなって、ずっと頭にあったんです。でも、はなからムリだろうって思ってた。最後にダメ元で電話したら、未経験者は大歓迎だって、面接して、僕を拾ってくれたんです。

 

 

 

 

ーRu-gaで6年も修業されてたんですよね。Ru-gaで学んだことで印象的だったのは、どんなことですか?

 

新城:植物を見せる技術をしっかり教わりました。「枝や葉っぱを切る勇気を持て」って言われたんですよ。ここに枝があることによって、この植物がきれいに見えてない。この1本を落とすだけで、この植物の価値が倍になる。切ることが勿体無いじゃなくて、切ることによってその植物の良さをさらに活かすことができるんだよって。

 

生産者の農家さんを訪ねるときも連れていってもらいました。そこにしかない樹形のものとか、それを見極めるやり方とか、鉢と植物の合わせ方のバランスとか、全て教えてもらったんですよ。

 

 

ー生産者さんの元に足を運ぶことで、学ぶことも多いと。

 

新城:生産者を回るってことは、生産者の生の情報を聞ける。それに、市場に出回らないような、樹形がちょっといびつなものを発見したり。あ、市場に出回るのは、扱い易いスタンダードな形のものが多いんですよ。生産者のところには、たまにとんでもないのが眠ってるんですよね。

 

今も週に最低1回は生産者さんのところへ行きますよ。北は東村から、南は糸満の端のほうまで。直接農家さんから買い付けることが多いですね。ちょっとハウスが見えたら、飛び込みで行って、ちょっと見させてくださいっていうこともありますね。そこから始まったお付き合いも多いですよ。マメに足を運んで色々開拓しないといけないですからね。

 

PLANTADOR

 

ー市場からに限らず、新城さん独自の仕入れルートが沢山あるんですね。そういうルートは仕入れ以外にも役に立つ?

 

新城:生産者のところで見つけた植物で、これは沖縄では扱えないけど、本土でだったら買う人いるだろうなっていうのは、写真に撮って、仲の良い本土の同業者に送ったりするんです。これいいねってなったら、僕が配送の手配して。ここに置いとくのは勿体無いですしね。

 

僕が、沖縄の生産者さんと、本土の業者さんを仲介すること、多いですよ。沖縄から植物の発送って、色々と細かくて面倒なことが多いんです。生産者さんは、高齢な方も多いですし、沖縄のおじちゃんって、ちょっとなあなあなところがあるでしょ(笑)。本土の人が直接コンタクト取ると、言葉が通じないこともあるし(笑)、トラブルになってしまったこともあるんです。だから僕が間に入ることで、生産者も同業者も喜んでくれてます。

 

最近は、本土からの問い合わせが、生産者にじゃなくて、僕に来ますね。こういうの探してるんだけど、ないかなって。じゃ近日中に生産者さんのところへ行く予定があるんで、写真撮って送りますねって。

 

沖縄って観葉植物のメッカなんですよ。ちょうどこの時期、12月から1月2月くらいにかけて、全国からバイヤーさんが来るんです。沖縄でも人気の生産者さんがいて、その人の作る商品は、葉っぱが出る前、樹形が出る前に、先物買いされるんです。そのバイヤーさんのツアーも僕がアテンドしますよ。生産者さんの数が多いので、最低丸々3日はかけますね。

 

PLANTADOR

 

ー沖縄が観葉植物のメッカだなんて知りませんでした。でも、どうして直接新城さんの利益にならないことまで?

 

新城:そのお陰で、僕が本土へ行ったときは、とてもよくしてもらってます。本土の生産者さんのところへ連れていってくれたり。何より情報ですね。新しい情報は、東京から沖縄に入ってくるまで、タイムラグがありますからね。鉢のメーカーさんを紹介してくれたのもありますね。沖縄ではここにしかないメーカーの鉢も結構あるんですよ。

 

PLANTADOR

 

 

ー店の運営から同業者のアテンド、その他に造園もされてるんですよね。大変なのはどんなこと?

 

新城:一番大変なのは、考えることですね。お客さんから頂いた依頼に対して、どう応えるかっていう提案です。お客さんの要望を取り入れつつ、自分たちのブランドの色をどう出そうかとか、どうすれば喜んでもらえるかなとか、頭を悩ませます。個人宅の庭作りでは、家族構成なんかも気にかけますね。小さいお子さんがいたら、ツンツンしたのはアブナイなとか、樹液がかぶれやすいものも嫌だなとか。

 

お客さんがこの植物をここに植えたいって言った時、どうしても日当たりが悪くて、この場所に合わないと思っても、すぐに「ムリです」って言いたくないんです。「この品種は厳しいけど、この品種に似た、こういうものがありますけど、どうですか」って必ず提案できるように、引き出しを多く用意しておきたいんです。

 

 

ーひとつひとつ異なる条件で、考えて提案するというのが一番のお仕事なんですね。そのやりがいは、どんなところに?

 

新城:僕の提案がガチっとハマったときは嬉しいですね。「この植物が入ると、住宅がより映えますね」とか、「この植物があるのとないのとでは、全然変わりますね」とか。ベタな言葉ではあるんですけど、そういう言葉をかけてもらったときが、一番嬉しいですね。

 

PRANTADOR

 

ー植物って見ていて癒やされるだけじゃなく、かっこいいんだってことは新たな発見でした。知ってると思ってた沖縄の植物でも、まだこんなに新鮮に映るものがあったんだ!って。

 

新城:お店のオープン当初は、「沖縄で植物だけ扱うって勇気ありますね」とか、「沖縄には常に周りに木や草がいくらでもあるじゃない」ってよく言われました(笑)。でも最近は、こういうインドアグリーンにこだわりのある人が増えてるって実感してます。それにこの業界はこれからもっと必要とされるだろうなって、なんかわからないけど、そんな風に思います。今のストレス社会に一番癒やしの効果があるのは、やっぱりこういうグリーンだなって思うんですよ。沖縄にも色々な造園屋さんがあるけど、「これ、PLANTADORがやったんじゃない」って、ひと目でわかるような、自分たちのスタイルを確立していけたらいいですね。

 

インタビュー/和氣えり(編集部)

写真/青木 舞子(編集部)

 

 

 

PLANTADOR Segundo
浦添市大平2-7-13 A-7
098-917-2834
月〜土 10:00~19:00
日   10:00~18:00
close  水
http://www.plantador-okinawa.com