TANAKA

chillma

写真提供:chillma

 

chillma

写真提供:chillma

 

古宇利島を見渡せる海辺に佇むヴィラ、chillma(チルマ)を最も象徴しているのは、建物に辿り着くまでのアプローチかもしれない。

 

車からカタカタと砂利を踏みしめる音がしたら、chillmaの敷地に入った合図。案内板に導かれて車を止めたところは、何にもない。見渡す限りの原っぱだ。

 

ここなの?と一瞬不安になる。chillmaと書かれたヒンプン(沖縄の古民家によく見られる、外部からの視線を遮る目隠し)の向こう側を覗くまでは…。

 

ブワっと突如目に飛び込んでくるのは、原っぱとのギャップが著しい景色。テラコッタの優しい色の階段を下った先には、こじんまりとかわいらしい建物が並び、その向こうには、セルリアンブルーのプール、そして、それらを包み込む紺碧の海。きっと誰もが声を上げずにいられない。

 

chillmaの主役は、この眺めだ。

 

「一番大事にしてるのは、ここにしかないこの眺めです。この景色をじゃましないよう、外壁の色は、ここの赤土を混ぜて風景に馴染むようにしました。建物が主張しないようにしたんです」

 

何度も塗り直してまでこだわった壁の色の理由を説明してくれたのは、オーナー夫妻の奥様、永田裕子さんだ。

 

chillma

写真提供:chillma

 

chillma

 

建物が主張しないヴィラ。

 

その言葉通り、レセプション棟や宿泊棟の屋根は芝が一面に張られていて、さながら小さな草原のよう。車窓からの風景が見渡す限りの原っぱだったのは、原野と屋根が一続きに見えたから。こんな工夫があったのだ。人工物である建物も自然の一部に見せてしまう。建物までのアプローチが、chillmaの象徴だと思う理由だ。

 

chillma

写真提供:chillma

 

chillmaの主役であるグラデーションの海の景色は、室内からも存分に楽しむことができる。

 

「ここのコンセプトは、滞在型。ここにいる間は、あちこちせわしなく出かけるんじゃなくて、ずっとここにいてのんびりしてほしいですね。日がな一日何もしない。そういうのが本当の旅だと思うんです。特に普段忙しい人は」

 

ずっと部屋にいても飽きはしないだろう。ソファに座っていても、ベッドに寝転んでいても、風呂に浸かっていても、鮮やかな海の景色を堪能できる造りだ。1日中、刻々と変わりゆく海の色、流れ行く雲を見ているだけで、心が静かに満たされていく。この景色があれば、他には何もいらない。持ってきた本を開くのもためらわれるほどだ。

 

chillma

キッチンには冷蔵庫や調理器具、調味料、食器がひと通り揃っていて、自炊もできる。

 

chillma

 

ヴィラの入り口は2つ。プールからあがったら、直接シャワールームへ。洗濯機は各部屋に完備。

 

この海を臨む部屋で、どこで食事をとろうか思わず想像が膨らむ。天気のいい日だったら、風を感じるバルコニーでのんびりとブランチを楽しみたい。

 

「朝の時間もゆっくりして頂きたいので、ブランチというスタイルで9時から11時の間にお部屋にお持ちしています。野菜中心のベジタリアンスタイルのプレートで、パンとドリンク、ホットドリンクをお付けしてます。ベジにしたのは、こちらには珍しいお野菜が多いので。それに外食してるとどうしてもお肉が多くなってしまうでしょう。この辺だと沖縄の銘柄豚あぐーを召し上がることが多かったり。だから朝食はなるべくヘルシーに。ご好評いただいてますよ」

 

chillma

写真提供:chillma

 

chillma

写真提供:chillma

 

chillma

写真提供:chillma

 

夏場であれば、プールを利用しない手はない。

 

chillmaの醍醐味は、なんといってもこのインフィニティプールだ。

 

インフィニティとは、無限の意味。枠の見えないプールは、海と一続きになって無限の広がりを見せる。プールに入っているのに、まるで大海にいるような開放感。プールサイドには、大人2名が入るにちょうどよい大きさの洞窟のような穴がある。そこにはデイベッドが用意されている。

 

ここで、冷たいドリンクを飲み、眠くなったら眠気にまかせてまどろむ。

 

写真提供:chillma

 

chillma

 

chillma

裕子さん自身が、バリや東京、沖縄の店を回って集めた調度品の数々。3棟ある客室でそれぞれ異なる。

 

chillma

 

「滞在型の宿だからこそ、居心地の良さにはすごく気を配りました。バリ風だとか南欧風だとか、とにかく何々風っていうのは避けたかったんです。こちらから、ここはこういうところですって主張するのではなくて、あくまでもお客様自身に感じて欲しい。その人なりの、今まで見てきたものや経験してきたものとリンクさせて、好きなように見ていただきたいんです。こっちのカラーが出過ぎると、お客様にとっては居心地が悪いかなって。実際、『南ヨーロッパのどこどこみたい』とか、『エジプトのなんちゃらっていうリゾートに行ったときとそっくり』とか、お客様によって色んな風に感じていらっしゃいますよ」

 

固定されたイメージを押し付けないのは、ここの唯一無二の景色を大切にしたいから、というのもある。

 

chillma

写真提供:chillma
小規模なホテルには珍しい、chillmaのプライベートビーチ

 

chillma

写真提供:chillma

 

「どこどこ風じゃなくて、あくまでも『ここ』なんですよね。この場所は、東京に住んでいるときに、もっと環境のいい、ゆっくりしたところに越したいと思って見つけた場所なんです。バリ島とか、瀬戸内海の島とか色んな場所を見てたんですけどね。ここを見て、主人共々ひと目で気に入ったんです。全てが東京にないものばかり。海も空も、こういう原野も」

 

住むための土地を探して、この場所にいきついた永田夫妻。しかしこの土地には、インフィニティプールのある滞在型の宿が合っていると、ここの役割をすんなりと変更した。

 

chillma

 

「旅行が好きで、バリやインド、モロッコなど、色んなところへ行きました。旅行してるうちに、住んでみたくなるんですよね。場所にとらわれることなく、自由に行き来できればいいなと思います。海外にいくぞ、とか、国内のどこどこにいくぞって肩肘張らずに、ただ移動するだけ、みたいな」

 

自由に世界を移動している友人も多く、永田夫妻もそのうちの1組。chillmaも、いずれは暮らすように過ごす場所にしたいと言う。chillmaは、裕子さんのライフスタイルを具現化する場所なのかもしれない。

 

「これからのchillmaの姿、うーん、なんだろ。たとえば、1年のうち、半分は東京、半分は沖縄に滞在して、沖縄にいる間は、ここでもの作りをするとかね。ただ住むんじゃなくて、この場所からインスピレーションをもらって、例えば野菜でもいいし、職業的に何かを作るのでもいい。そういう人が集まれる場所になったらいいですね。でもあくまでも私の思いつきですよ。本当のことを言うと、あんまり先のことは考えてないです(笑)」

 

chillmaは、ゆったりと心を開放して、この景色からインスピレーションをもらう場所。ヴィラやプールだけでない、そこに滞在する人、住まう人も、この自然に溶け込み、一体化していく場所だ。

 

文/和氣えり(編集部)

写真/青木 舞子(編集部)

 

chillma

 

今帰仁の隠れ家ヴィラ chillma
国頭郡今帰仁村字運天506-1
http://chillma.jp

 

TANAKA

 

 

初めての人が辿り着くのは難しい。道からは見えないし、場所を示す案内の看板はおろか、店のそれすら一切ない。RE(アール・イー)は、知る人ぞ知る隠れ家的レストランだ。なんとか辿り着くと、オーナーシェフの三沢 賢(まさる)さんが、穏やかな笑顔で、階段を降りて外まで迎えにきてくれた。

 

車を降り、庭の階段を上がる。木々の間から現れた白亜の建物の階段も上がる。すると運転していたときには目にできなかった紺碧の海が、眼下に大きく広がった。

 

 

「レストランに大事なことって、最終的にはトータルバランスだと思うんです。もちろん味も大事なんですけど、居心地、雰囲気、ロケーションもそうですし、『時間』だと思います。せっかくここまで足を運んで頂いたんですから、この海が見える景色や、店の居心地、ここでの時間をじっくり満喫して頂きたいですね。いらっしゃるのは1組のお客様だけですから。ここに座って頂くと、サンゴ礁を境に海の色が変わる景色が広がって、天気が良ければ正面に伊是名島、伊平屋島が見えるんです。波の音や風の音、調理してる音も楽しんでもらいたくて、あえてBGMは流していません」

 

カウンターを挟んだ調理場はオープンキッチンで、テーブルとは程良い距離。調理をしている三沢さんとも会話を交わせる。景色に加え、堅苦しくない雰囲気と他愛もないおしゃべりで、心も緩む。料理を待つ時間も楽しいひとときだ。

 

 

前菜に出てきたのは、県産野菜が10種使われているサラダだ。ローゼルの真紅、クワンソウの花のオレンジが鮮やかな一皿。

 

「上に乗ってるのは自家製ベーコンです。サラダなんですけど、冷たいスープがかかってるんですよ。スープを飲みながら召し上がってください」

 

サラダだけど、スプーンも使う。真っ白なスープからは、ふんわりと優しいチーズの香りが漂う。まろやかなコクがあるけど、さらりとしていて、繊細な野菜そのものの味をじゃましない。

 

「沖縄でも葉物野菜が美味しい季節になったので、野菜を味わえるソースにしました。よくお客様に、冷たいのにどうしてチーズが固まっていないのって質問されるんです。適切な温度帯と水分量の割合で、冷たくしても固まらない、さらりとしたスープになるんです」

 

サラダ一つとっても、その中に高い技術があることに驚く。三沢さんの料理には、決して素人には真似できない、プロならではの技がある。その技はパスタ料理にも遺憾なく発揮されている。

 

 

「今日は手打ちの生麺を使っています。手打ちパスタは、食感とかモチモチ感を味わってもらうためのパスタですね。ラーメンやうどんは、練ってコシを出すじゃないですか。パスタの場合は歯ごたえを出すために、あまり練らずに切った後に乾かすんです。練りすぎると、表面がツルツルになってしまってソースが絡みにくくなるんですね。ザラザラの方がソースと馴染むんです。乾燥もさせすぎるとパキッと折れてしまったり。粉の量や乾かす時間で理想の硬さに持っていくんです。とても微妙な加減ですね」

 

この日のパスタは、島ダコラグーのトマトソーススパゲッティ。海の香りのする島ダコと、セロリなどの香味野菜、少し酸味のあるオリーブ、それぞれの旨味がしっかりと混ざり合って、モチモチのパスタによく絡んでいる。

 

 

メインのもとぶ牛のローストも、技が光る。

 

「もとぶ牛は基本的に脂の多いお肉なんですけど、サシが多いと少ししつこいので、あえて赤身のもも肉を使っています。脂が少ない分、ゆっくり焼かないとぱさついてしまうんです。だから低温の63度で、1時間かけてじっくりと焼いています。低温で焼くと香ばしさが足りないので、最後に網の上で直火で炙って香りを付けるんです。その後アルミホイルに包んで、肉汁が落ち着くのを待ってお出ししています」

 

火がちょうどいい加減で入っているのだろう、これ以上ないほどのきれいなロゼ色に思わず感嘆の声をあげてしまう。脂が少ないのにジューシーで、噛めば噛むほど深い味わいが口いっぱいに広がる。

 

付け合せの玉ねぎのローストもその甘さに驚くばかりだ。

 

「皮つきのまま2時間かけて焼くんですが、皮がついてるので中で蒸された状態になって甘みが引き出されるんです」

 

どの料理も、素材の持つ美味しさが十二分に引き出されている。

 

 

RE

 

「ものの良さを活かす調理は、僕の師匠で尊敬するシェフの影響が大きいと思います。そのシェフ、元々は正統派フレンチのシェフだったんですけど、自分でお店を出すときに店の形態をガラリと変えたんです。栃木にすごくおいしい野菜を作る人がいて、この人達が作った野菜をいかにおいしく食べるかっていうコンセプトの、炭火焼きの店をオープンさせたんです。その野菜を食べさせてもらったとき、『わぁっ』てものすごく感動して。生もそうですけど、かぶを炭火で焼いたものですとか。その店では、お肉もお魚も、その野菜を引き立てるためのもの。シェフの料理に対する考え方にすっかり惚れ込んでしまったんです」

 

惚れ込んだのは、料理だけではない。人との接し方にもだ。

 

「それまで、料理に関してカチッとしてないとダメだと思ってたんですよ。でもそのシェフは、カウンターでお客様とおしゃべりしながら料理する。お客様は、味ももちろんなんですけど、そのシェフに会うためにいらしてましたね。人柄が素晴らしくて芯のある人だったんです。僕、その当時、人の好き嫌いが激しい時期だったんです。苦手な人をある程度外見で判断するところがあって。そしたら『人を判断するなんて30年早いんだ。今は全てを受け入れなさい。そうしないと向こうも心を開いてくれないよ』って。今考えれば当たり前のことなんですけどね。この経験があって、この店もカウンターにしてお客様と会話できるようにしたんです。お陰で苦手だと思うお客様はいらっしゃらないですね」

 

でも話が噛み合わないお客はいるでしょう? ちょっと意地悪な質問をしてみた。

 

「それはありますけど、でも合わせますよ。お客様が1組で楽しいのは、色んな話ができることですね。沖縄っていう場所柄、全国からいらっしゃるので、僕が行ったことない地方の話とか、食べたことない食べ物の話を聞けたり。たまにレストラン慣れしてない方もいらして、ちょっと緊張されてるかなって方には、こちらからどんどん話を振るんです。色んな話をしてると、どれか食いつく話題があるんですよね。その話をしていくと、だんだん場が和んでいくんです。特に沖縄の方の場合、必ず出すのは沖縄そばの話ですね(笑)。『沖縄そば、お好きですか』『好きだ』『どこがお好きですか』って。この辺のおそばだったらだいたいわかりますしね。そのお客様とじっくり向き合えるというのが、1組限定の店にした理由です」

 

 

そのお客だけに自分の100パーセントを注ぎ込む。だからこそ、三沢さんとその料理に惚れ込んだ常連は数多い。

 

「季節ごとに年4回お見えになるお客様がいらっしゃいますね。いらしたときに、次回は何を食べようかって相談します。この週末の予定なんですけど、今回はジビエをお出しするんですよ。マガモやハシビロガモ、キジをご用意しています。1年先の予約をしていかれる方もいらっしゃいますね。毎年カヌチャに宿泊してらして、カヌチャからここまで食べに来てくださるんです。年末は半永久的にその方の予約で埋まってますね。あとお一人で来られるお客様もいらっしゃいますよ。県外の女性の方で。隣の部屋で妻がエステをやってるんですけど、エステを3時間受けて、ここで食事をされて。その時はカウンターに座って頂いていますね」

 

1組限定だからこそ、大切にしているのは、その客の好みだ。

 

「ご予約を頂いたときに、お客様の好き嫌いをお聞きしますね。だいたいのお客様は、おまかせとおっしゃるんですけど、その場合も他の情報から、おおまかな料理のご提案はさせていただきます。まずお名前を伺って、苗字から県内の方か県外の方かわかるじゃないですか。県外の方には、『ご旅行ですか』ってお聞きして、そしたら観光なのか住んでいらしゃるのかわかる。沖縄の方には、ここでは珍しい馬肉なんかをお出ししたりしますね。ご旅行の方だったら、なるべく沖縄のものをお出しします。それに加えて季節感も大事にしています。春だったら京都のたけのことか。ほんとのイタリアンでは使わないんでしょうけど、僕はよく使います」

 

 

三沢さんは、この本部町に店を構えた理由を、修業したイタリアでの経験からと話す。

 

「3年間イタリアで修業したんですけど、イタリアではレストランは街中にはなくて、郊外にしかないんです。レストランはわざわざ食べに出かける場所で、全てを楽しむ場所なんですよね。古いお城を買い取って改築していたり、地下にものすごい広さのワインセラーがあってワインの種類が豊富だったり。シェフが裏山に入って、銃で仕留めたものや、採りたてのきのこを頂けたり。料理はもちろん、全てを楽しむ場所。僕も郊外のレストランで修業していたので、自分の店は今までいた東京じゃなくて、もっと田舎でもいいのかなって思ったんです。それでこの場所を選んだんですよね。イタリアのレストランのように、お客様にはここの全てを楽しんでほしいと思います」

 

帰り際、三沢さんは、また一緒に玄関を出て階段を降り、車が出るまで丁寧に見送りをしてくれた。REに滞在した「時間」がこんなにも心を満たしてくれる理由。手間暇をかけた料理と目を奪われる景色、それだけではない。出迎えに始まり見送りまで、三沢さんの細やかな心配りもあってこそ、と納得した。

 

文/和氣えり(編集部)

写真/青木 舞子(編集部)

 


RE RISTORANTE & ESTHETIQUE
国頭郡本部町具志堅717
0980-48-2558
不定休 完全予約制
http://www.fiori-rossi.com/index.html

 

TANAKA

FOOD FLEA

 

FOOD FLEA

 

薪窯を載せた真っ黒なトラックが大きく目を引くSCARPETTERS(スカルペッターズ)。簡易店舗ながら、ニューヨークにあるかのようなシックな空間は、ATELIER CAFE BAR 誠平。お客の目の前で炭の煙と格闘しながらパテを焼く、そのパフォーマンスはまるで生ライブのようなGORDIE’S…。各店の前には、おしゃれした人たちが列をなす。生ライブの演奏が、心地良い海風に乗って耳をくすぐる。

 

ここには洗練されたスタイルがある。1日だけの、外国の街のような異空間が出現した。

 

FOOD FLEA

 

FOOD FLEA

 

FOOD FLEA

ハンバーガーも看板もアメリカンなGORDIE’S。
http://calend-okinawa.com/food/foodshopnavi/gordies.html

 

FOOD FLEA
FOOD FLEA

会場でひときわ目立ち、開店前から常に行列が絶えなかった、Bacar Pizza/Scarpetters。オムレツは1人前ずつ炭火で調理
http://bacar.ti-da.net
https://www.facebook.com/pages/The-SCARPETTERS/1441727072732688
http://calend-okinawa.com/food/foodshopnavi/bacar.html

 

アットホームでほんわかした空気が流れる女性的な市が多い中、OKINAWA FOOD FLEAは、おしゃれで都会的で、かっこよくて気骨もある、言うなれば男性的な市。

 

これほどまでにかっこいい店が連なっているのは、主催者である石井 雄一郎さんの目にかなった店だけを選んでいるから。

 

「本気で夢を追っかけてるような店がいいんです。その食べ物が心底好きっていう人。その食べ物の文化をちゃんと学ぼう、表現しようって思っていたり、自分の料理をどう極めていくかってことを、いつも考えている志のある人がいいなって」

 

出店者たちのこだわりは、並大抵のものではない。

 

「1日の中で豆の煎り具合を変えるって、びっくりしません? potohotoさんは、それをやってるんですよ。今日だって時間によって、浅煎り、中煎り、深煎りって、1つの豆で3つの味を作ってるんです。店主の山田さんは、焙煎の大きな大会で毎回上位に入るほどの腕前なんですよ。ほんと、すごいですよね。あとね、そこまでするか?ってくらい材料に妥協しない店もあるんです。誠平は、日本にとどまらず、世界中から質の良いものをとことん探して直輸入してるんですよ。フランスのオーガニックチョコとか、イギリスの麻の実ナッツとか、本当にこだわってる。ぶっきらぼうな奴なんですけど、すごいまっすぐで物に対する思いがハンパないんです」

 

他店のことを自慢気に話すが、石井さんだって例外ではない。自身の営む店、“月と器”のこだわりも相当なもの。なんと醤油から自分達で作ってしまう程だ。料理によっては醤油に一手間を加えるし、客の好みによっては塩加減を変えたりもする。100年200年続くような、歴史に残る店を本気で目指している。

 

FOOD FLEA
FOOD FLEA

主催者である石井さんの店、月と器。オーナーに似て、元気一杯のスタッフ。
http://tsukitoutsuwa.com

 

FOOD FLEA

会場で豆の焙煎までしていたCOFEE potohoto。
http://www.potohoto.jp
http://calend-okinawa.com/food/foodshopnavi/potohoto.html

 

FOOD FLEA
FOOD FLEA
FOOD FLEA
FOOD FLEA

大人の色気を感じさせるATELIER CAFE BAR 誠平。
https://www.facebook.com/seihei.okinawa

 

FOOD FLEA

ジュージューと美味しそうな音と香りを漂わせてロールポークを焼く、ごはん屋de su-su-soon。唐揚げ、blackセサ麺と食欲をそそるメニューが勢揃い。
http://sususoon.ti-da.net
http://calend-okinawa.com/food/foodshopnavi/sususoon.html

 

FOOD FLEA

那覇のイタリアン・バール、EN-YA 座・バルの完全無添加手作りソーセージ。
http://enya.ti-da.net

 

FOOD FLEA

cactus eatripのザックザクのチョコチップが入ったクッキーや、食べ応えのあるおかずパンたち。
http://cactus-eatrip.jp

 

FOOD FLEAのすごいところはまだある。“居酒屋松っさん”や、“加藤食堂”など、普段イベントには参加しないような店も数多く並んでいること。これらの店が出店を決めたのは、石井さんの持つ夢に共感したからに他ならない。

 

「僕、夢を売りたいんですよ。『飲食店で働く人ってかっこいいんだ』って。特にこれから育っていく子供たちに、夢を持ってもらいたい。『このお兄さん、すごくかっこいい! 飲食業ってかっこ良くできるんだ』って。テレビに出てくるような、アーティストだったり、ミュージシャンだったり、映画撮る人だったり、もう単純にかっこいいって人。その位置に、料理人を入れたいんです。飲食店って営業時間は長いわ、仕込み時間も長いわ、家族といる時間もないわって、『大変』、『なり手がいない』、そういう飲食店のイメージを全部取っ払いたいんですよ。飲食業の置かれてるレベルを上げたいし、生活と家族も大事にできるようにしていきたい。これはもう日本に必要な夢ですよ」

 


FOOD FLEA

宜野湾の人気店、加藤食堂の海老のソテー。海老の旨味がぎゅっと詰まったアメリケーヌソースが絶品。
https://www.facebook.com/katoshokudo

 

 

この夢を共有したくて、石井さんは1人で1軒1軒店を回って、出店者を口説き落とした。

 

「一緒にお酒飲んでお話させてもらったんです。自分が好きな店に飲みに行って、しゃべることでコミュニケーションが生まれて。そしたら一気に距離が近づくんです。そこで心を込めて、自分の思いを伝えました。話し込んでいくうちにお互いの考えに感動して、『うわ〜、サイコーや。また飲みに行こー!』って男臭い感じになって、僕の夢にも賛同してくれた。『じゃあ君が言うんだったら、出るよ』ってみんな言ってくれて。1回めなんて、人が来るかもわからないじゃないですか。ほとんどイベントに出ないお店も、『出る』って言ってくれたんです」

 

FOOD FLEA

カーニバルパーク・ミハマにオープンしたビーガン料理の店、Tamie’s KITCHEN。魚を使っていないのにフィッシュバーガーまんまの味に感激。
http://tamies.net

 

FOOD FLEA

オーガニックベジ料理の福豆。
https://www.facebook.com/fukumame06

 

FOOD FLEA

那覇楚辺の洋食の名店、ぬーじボンボンZの黒カレー。コクと深みのある味わい。
https://www.facebook.com/nujibonbon?rf=151322168222608

 

FOOD FLEA

タイカレーに麺が入ったカオソーイ。揚げた沖縄そばがトッピングされ、歯ごたえのアクセントに。Asian Food Fuuten。
https://www.facebook.com/asianfoodfuuten

 

FOOD FLEA

プラザハウス1Fのガレットの店、LE VILLAGE。そば粉100%の生地に、ラタトゥイユと半熟卵を絡めて。
http://village.ti-da.net
http://calend-okinawa.com/food/foodshopnavi/le-village.html

 

FOOD FLEA
FOOD FLEA

この日のために、ローストビーフの塊肉を10本以上用意してきた、港町食堂。1人前170グラムと大盤振る舞い。
https://twitter.com/minato_diner

 

石井さんは、夢を叶えるはじめの一歩に、北谷を選んだ。北谷のカルチャーが好きだけど、自分が行きたいと思う店が少なかったから、というのがその理由だ。

 

「僕、北谷がすごく好きなんですよ。この場所って赤レンガがあって、外国っぽいでしょ。ここができたときに、外国に似てるなって思ったんです。19から24まで住んでたカナダにちょっと似てる。北谷って特別な場所だと思うんですよ。サーファーがいて、スケーターがいて、外人さんや、僕みたいな移住者、ウチナンチュがいる。これだけでもいくつもカルチャーがある場所。でも、僕らが遊ぶ場所ってあんまりないなって。自分が飲みに行って、刺激を受けるような店、すごく頑張ってるとか、楽しそうとか、夢があるなって店、そんなに多くないんですよ。だったらそういうお店をここに集めちゃえって。あの人がここに来てくれたらサイコーやなって。僕もそういう友達が欲しいし、自分の遊び場を作りたかったんで(笑)」

 

FOOD FLEA

 

しかし今後は北谷にこだわることなく、色々なところで開催したいとも。

 

「ロケーションはすごく大事。だけど、ロケーションさえよかったら、このイベントって移動できるなって。宜野湾とか那覇、名護、どこへでも行ってこの街を作れる。けど沖縄だけにとどまらず、いずれは世界へ出したいと思ってるんです。沖縄から東京や大阪じゃなくて、沖縄からニューヨーク、パリとか。近いところだったら、台湾、ハワイ。OKINAWA FOOD FLEAのみんなでばーっと行ってね。沖縄のすごいところは、世界中にウチナンチュが沢山いるってこと。そういう強みがありますからね。足がかりに、ここに出したお店が世界に出店してくれたら嬉しいですね。もちろん自分も出れるんだったら、世界に出たい!」

 

 

FOOD FLEA
FOOD FLEA

 

みんなの力を結集すれば、大きな波になって変化を起こせる。石井さんはそう信じて疑わない。

 

「自分の力は小さくても、みんなの力が集まれば、政治家や役人たちができないことを僕たちはできるんですよ。自分たちができる範囲の、ちっちゃいところから始めて、その力をいっぱい集めて、おっきい力にしていく。それを食を通じてやりたいんですよ。食事って誰でもがするでしょ、子供から大人、お年寄りまで。辛いことがあっても絶対人って食べる。食べることによって力が湧くからね」

 

文/和氣えり(編集部)

 

FOOD FLEA
OKINAWA FOOD FLEA
https://www.facebook.com/okinawafoodflea

 

TANAKA

きっと屋

 

「面白ければいいんじゃない」

 

何事においても「面白いかどうか」が、きっと屋kitchen店主、テンコさんこと村松 典子(のりこ)さんには重要な基準。メニューを決める基準もそうだ。テンコさんにとって、「面白い」ってどういうこと?

 

「え、面白いっていうのは、面白いでしかないから…。えっと〜、例えば、『食べたことがない』とか、『なんだこりゃ』とか、『何が入ってるの?』とかは、面白いですよね。『だいたいこういう味だよね〜』ていうのは、慣れてて面白くない。『えっ、何これ?』ってなったときに面白いんですよ〜」

 

「面白い」基準をクリアしたメニューの1つが、インドカレーだ。

 

「1つのお皿の上にいくつかのカレーやご飯、おかず、デザートなどがついてるスタイルを、インドではターリーって言うんです。今日のは、チキン、野菜、豆のカレーで、全てベースが違うんです。チキンが入ってるのが、チキンビンダルーと言って、ワインとお酢のカレーです。野菜が入ってるのは、ココナッツをベースにしたカレー。その隣が、緑豆みたいな豆を使ったサンバルっていうカレーで、トマトベースです。ご飯の上で混ぜて食べたほうがおいしいですよ」

 

1つのトレーにいくつかのカレーが乗っているスタイルは、見たことも食べたこともある。その見た目から、無意識に味を想像する。が、その想像は見事に裏切られた。初めての味だったのだ。言われた通り、3つのカレーをご飯の上で混ぜて口にしたときだ。思わず「何っ、これっ?」と本当に口走ってしまった。これがテンコさんの言う「面白い」ということか。

 

 

ワインとお酢の入ったカレーは、ワインが味に深みを出していて、お酢のキリリとした旨味が全体を引き締めている。初めて食べる味だ。ココナッツベースのカレーはまろやかで、トマトベースのカレーは、豆とトマトの旨味がたっぷりだ。それぞれ美味しいのだけど、3つのカレーがごはんの上で混ざり合ったとき、まるで違ったものになる。深みと旨味が増して、複雑なようでいて、なぜかまとまっているのだ。どのカレーをどんな割合で混ぜても、不思議なことにしっかりと調和している。ちょっとずつ変化する味が面白くて、色んな混ぜ方を試したくなる。

 

「ベースが違うから、混ぜると楽しいでしょ。インドってカレーを混ぜて食べるんですよね。混ぜることによって味の幅が広がって飽きないんだはず。ご飯の上で何種類か混ぜて、どのカレーをどれだけ混ぜるかで辛さを調節できる。それでも辛いときは、そのヨーグルトのサラダも混ぜるとまろやかになりますよ。ヨーグルトはデザートじゃなくて、サラダ。塩とスパイスとショウガ、きゅうりと玉ねぎも入ってる。名前あるんですけど、なんだっけ、忘れちゃった(笑)」

 

驚きを生むカレーの味は、インドまで行って学んできたもの。テンコさんがその腕に覚えた味は、50種類にも及ぶ。

 

「お店をオープンして間もなく、東京でスパイス料理のカフェをやってる友人が、スパイスを大量に持ってやってきたんですよ。『面白いぜ、スパイス』って。多分20種類くらい持ってきたんじゃないかな。ほとんど知らないスパイスで、使い方のさわりだけ教えてもらったんだけど、やっぱりよくわからない。これってもしかして、インドに呼ばれてる?って、素直にインドへ行くことにしました。お店を思い切って2週間休んで、あ、研修ってことで(笑)、向こうでみっちり習ってきたんです〜」

 

きっと屋

インドの旅、報告ノート。お客に「どうだった?」と聞かれることが多いので、作ってしまった。

 

きっと屋

ナスのインドピックル。酢漬けの西洋ピクルスではなく、スパイスオイルに漬けたピクルス。ご飯に乗せるのはもちろん、ラーメンにトッピングしたり、鍋料理の薬味にも。

 

きっと屋

 

きっと屋

テンコさん手作りのチーズケーキタルトと、米麹で作った甘酒の豆乳割り。

 

カレーの面白さはスパイスと言い切る。扱いが一筋縄ではいかないところがいいのだ。

 

「カレーはね、ちょっと猫みたいな、『今日の私はわからなくてよ』って感じなんですよ。う〜ん、なんて言えばいいのかな〜。インドカレーを作るのにハマる男子って多いでしょ。そういう男子はね〜、私が思うに、ちょっとわがままな女が好きなんです(笑)。昨日は大さじ1でよかったけど、今日は小さじじゃないとだめじゃない、みたいな。同じようなんだけど、毎回違うのがカレーなんです」

 

スパイスの奥深さも、テンコさんがハマった理由の1つだ。

 

「スパイスって、中国もインドも同じですよね。スターアニスが八角、クローブが丁字とか。同じなのに、使い方が違うし、出来上がった料理の味も全然違う。中華系は、醤油とかと合わせるけど、インドで醤油は使わないし。それにスパイスって、入れるタイミングだったり、鮮度だったり、ものによってはほんのちょっとで、全然違った仕上がりになるんです。ヒングっていうスパイスなんか、2、30人分の鍋に対して、耳かき1杯くらいのほんのちょっこっと、それ入れなくてもいいんじゃない、くらいしか入れないんですよ〜。でもそのちょこっとに意味があって、入れるのと入れないのとでは違ったりするんです〜。それ自体は臭いのに、入れるとおいしくなる。でも全部のカレーに入れるべきじゃないんですよね。すごくないですか。面白い〜。日本にスパイスが入ってきたときは、カレー粉になって入ってきちゃったらしいんですよ。だから、インドでもない、中華でもない、日本風のスパイス料理が発達しなかったんですって。もし日本にもカレー粉としてじゃなく、個別にスパイスが入ってきてたら、違ったかもね〜」

 

きっと屋

テンコさんの作品

 

きっと屋

テンコさんが、文章、表紙のイラスト、印刷、装丁まで全部1人でコツコツ作り上げた本。なんと100冊も! 命があと2年しかないとして、やりたいことをやり尽くしたテンコさんの2年間の記録。出来上がった本は、人に譲るなどしてほとんどを手放したそう

 

テンコさんはもちろん、「面白さ」だけを追求しているわけではない。心を平穏に保ち、料理にはしっかりと魂を込める。

 

「店をオープンする前に、友人にメニューのプレゼンをしたんです。そのときは、小鉢がいっぱいついてる定食みたいなのを出したんですよ。そしたら友人に『小鉢、みんな大好きだよね。でもさ、これ1皿1皿に魂入ってる?』って言われて〜。『魂がちゃんと入ってれば、おむすび1個でもええと思うんやん』って。まさしく絶対そうだなって思って、その時のことが根っこにありますね。どれだけ魂を込めた仕事ができるか。だからご飯は魂を込めて作ってますよ。それが大事よね。オープンしたての頃には、お客さんに『ご飯を作るのは、気を入れることだから、怒っても焦ってもイライラしてもダメなんだよ』って言われて。それもすごく素直に聞いてます」

 

オープン当初は2つのメニューを用意していたが、1人で切り盛りしているため、慌ててしまうことがあった。慌てちゃいけない、自分のできる範囲でやらないとと、1日に出すメニューを潔く1品に絞った。現在は、インドカレー、重ね煮の味噌汁の和定食、ベトナムの麺料理フォー、シンガポールの汁料理バクテーと、ほぼ週替りだ。

 

きっと屋

 

きっと屋

 

「この店のコンセプトは『昔、疲れきっていた私に贈る店』なんです。私、前に勤めてたとき、疲れきっててご飯作れなかったんです〜。ひどかったですよ。芋1本だけとか(笑)。今来てくれるお客さん、イメージとしては、みんな昔の私なんです(笑)。だから、どのメニューも野菜が多めで、体に良さげなご飯。それに遅くまで仕事してても来れるように、夜は10時まで。けど私ほど働いてる人いなかったみたいで(笑)、10時なんて誰も来ないから、今は9時までですけど」

 

店名の「きっと」は、その当時テンコさんが創りだした架空の動物の名前だ。

 

「勤めていた時に、すごいパワハラにあってて、ぎゅうぎゅうされすぎて、ちょっとファンタジーだったんでしょうね、私。心にきっとちゃんが出てきて、毎朝粘土できっとちゃんを作ってたんです、『きっときっと』って言いながら。朝起きて歯も磨かず、顔も洗わずに。この子ね、背中にカゴを背負って生まれてきてて、有袋動物ならぬ、有かご動物(笑)。このかごに、ちょっとだけなら自分の荷物を下ろしていいよって、でも全部は無理だからねっていうスタンス。で、なんできっとちゃんかっていうと、『きっときっと』って鳴くから。私の話を聞いてくれるんだけど、相槌が全部『きっときっと』なんですよ。だから、マイナスな発言はタブーで、『私、大丈夫だよね、生きていけるよね』って言うと、『きっときっと』って言ってくれる(笑)。このきっとちゃんにずいぶん助けらました〜。なんとかパワハラを乗り越えられたんです」

 

テンコさんが作ったきっとちゃん。「その数100は越えてましたね。窓際がきっとファームみたいになってた(笑)」

 

きっと屋

 

そんな辛い経験も、笑えるエピソードに変えてしまうテンコさん。楽しいことや辛いこと、これまでの色んな経験が、テンコさんの「面白さ」を作り出している。先月は1ヶ月間、シンガポールとマレーシアへ行ってきた。スパイシーで真っ黒な汁料理バクテーを、更に極めてきたのだ。来年からは、そこで出会った海老系ヌードルもメニューに加える予定だ。旅をしてきたことで、アイデアがムクムクと湧いて、パワーアップしていると感じるという。

 

きっと屋とテンコさんは、これからも益々「面白く」なる。私達はまた、まんまと「えっ、何これ!?」と言わされてしまうに違いない。

 

文/和氣えり(編集部)

写真/青木 舞子(編集部)

 

きっと屋

 

きっと屋kitchen
名護市大南4-5-14
0980-52-7599
11:30~14:30 18:00~21:00
close 木曜・第3日曜・第3月曜
http://kittoya.ti-da.net

 

TANAKA

島豚家

 

「沖縄そばの原形に戻りたいんです。沖縄そばって昔に遡ると宮廷料理だったんですよね。沖縄の食材を使った沖縄そばは、首里城の偉い人とか中国から来た人をもてなす、超高級料理だったんですよ」

 

沖縄そばのイメージといえば、早くて安くて美味しい、そんなファストフード的なものを抱いてる人が大半ではないだろうか。でも本部町にある沖縄そばの店 島豚家オーナーの、金子亮さんの話は、そのイメージを覆す。

 

「俺は沖縄そばってごちそうだと思ってるんです。島にある食材を使った最高の料理。言ってみたら、特別の記念日とか、自分へのご褒美に食べに行くもの。お客さんに言われたんですけど、一杯のそばだけど、日本料理のフルコースを食べてる感じだって。実際僕も、島豚料理だと思ってます。汁物があって、前菜の味玉とかかまぼこがあって、メインのお肉、シメの麺がある、みたいなね」

 

特別な日の食べ物、ごちそうだから、妥協することなくとことん味を追求する。

 

「1000円で食べられる最高のものを出したい。お金持ちでも普通の人でも、1000円だったら出せる金額じゃないですか。1000円でここに来たら満足できる、そういうものを作りたいなって。東京でも1000円以上するラーメンって普通ですけど、東京だと家賃とか経費がかさむでしょ。一杯にかけられる値段が違うんですよ。東京だとできない、沖縄だからできた味だと思ってます」

 

島豚家

炙り本ソーキそば

 

金子さんの思いが最も強く現れているのは、看板メニュー、特製炙り島豚そばのどんぶりからはみ出ている三枚肉ではないだろうか。

 

「僕、ずっと和食の料理人をやってきたんです。中華料理とか洋食は足し算なんですよ。香辛料とかを足して臭みを消すんです。けど日本料理は引き算。臭いのあるものは手間暇かけて徹底的に引いて、いいものだけを残すんです」

 

炙り島豚も、日本料理の手法で臭いを徹底的に抜き、仕込みだけに3日をかける。

 

「この三枚肉、130グラムですけど、生肉の状態だと200グラム使ってるんです。70グラム分の脂を抜いてるんですよ。だから脂身なんですけど、脂っぽくないでしょ。カロリーももちろん減ってます」

 

島豚家

 

手間暇かけて丁寧に臭みと脂を抜いたあと、味付けのために煮るが、調理はそこで終わらない。最後は、炭火で炙るのだ。タレを刷毛で塗りながら。

 

「炭火で焼くのはやっぱり香りですよね。遠赤外線なので、ガスとか電気とは違う。バーナーで焼く方法もあるんですけど、それでは焦げ目、焼き目をつけるだけ。炭火だと肉の脂が炭に落ちて、その煙でまた肉を炙る。最後の脂をまた肉に戻す。スモークされてる状態ですよね。そこが炭火の最大の特徴ですね」

 

その三枚肉の柔らかさは、箸でいとも簡単に切れてしまうほど。

 

「ボリュームや見た目のインパクトだけでなく、食べても『えっ』って驚いてほしいんです。『すげえすげえ』って楽しんでもらいたいですね。普通三枚肉って、切ったものが2,3枚入ってるでしょ。あれを切らずに繋げて出して、あえて箸で切らせたい(笑)。歯もいらない、唇で切れるくらいでしょ」

 

金子さんのこだわりは、もちろん麺にも。店の入り口近くに製麺室があり、金子さん自ら麺を打つ。

 

「一晩寝かせた方がいいので、麺は前日に打つんです。日本そばは打ちたてがいいんですけどね。沖縄そばは、小麦粉100パーセントで、あとは塩と、昔は木灰ですけど、かんすい。言ってみたらラーメンと同じ材料なんですよ。沖縄そばって、たどっていくと100年くらい前の明治時代に、中国人のコックを沖縄に連れてきて始まったものなんです。おそらく沖縄の食材を使った、ラーメンに近いものだったはず。昔は生麺だし、こういう形が原形じゃないかと思うんです。うちも生麺なんで、ラーメンっぽいって言われるんですけど、それでいいと思ってるんです。原形に近くしたかったんです」

 

金子さんが原形の沖縄そばに近づけたかったのには理由がある。最近の沖縄そばの多くは進化でなく退化していると感じるからだ。

 

「昔は宮廷料理で、沖縄にある材料で手間暇かけて最高のものを作っていたと思うんですよね。でも最近の沖縄そば屋は、だしをちゃんと取らなかったり、外国産の豚肉を使ってるところが多いでしょ。どんどん安いものの寄せ集めになって、手抜きをしていく。悪い方へいってしまった。それに最近、若い人はあんまり沖縄そばを食べなくなったって言うじゃないですか。ラーメンのほうが美味しいって。本当の美味しい沖縄そばを食べてないからだと思うんですよね。だからこそ沖縄の食材を使った、本物の沖縄そばを出したかったんです」

 

島豚家

 

島豚家

炙りあぐーつけ麺。麺にはとろとろ軟骨、つけダレには骨付きソーキが入り、ボリューム満点

 

昔ながらの製法にこだわって、生麺は、オーダーが入ってから茹で始める。茹でたてを提供するのだ。あらかじめ茹でておいて油をコーティングさせるやり方はしない。

 

「油をコーティングするのは、酸化しないように、くっつかないようにって意味でやってるんです。あれは冷蔵庫がない時代の知恵で、常温で流通させるためにそういう風に変わってきちゃったんですよね。戦後生まれの人は、茹でておいて油をコーティングさせるのが昔からの味って思うんでしょうけど、もっと昔は違ったんですよ。うちは油をコーティングさせない分ヘルシーでもありますね」

 

島豚家

大きめにカットされた具がたっぷり入った、こだわりあぐーじゅーしー

 

メニューには、「ご注文いただいてから茹でますので、少々時間がかかります」との注意書きが。

 

「生麺は5分茹でます。前は7分かかってたんですけど、軟水に変えたんで茹で時間が短くなったんです。沖縄の硬水のままよりも、軟水にしたほうがスープも美味しくなるから。だから業務用の軟水器、高いのを入れたんですよ〜(笑)」

 

島豚家

 

心血注いだスープは、美しく澄んでいて、カツオの香り高さが際立つ。

 

「本部はカツオの町なんで、カツオをたっぷり使ってます。でもカツオだけだと単調な味になってしまうんで、オーケストラじゃないですけど、色んな味を重ねますね。あぐーや、やんばる地鶏、島野菜など、15種類くらい使ってます。あぐーとやんばる地鶏の動物系のだしは前日にとるんですよ。一晩寝かすと脂が固まるので、それを丁寧に取り除いて。魚介系は香りが命なので、当日に取りますね。味付けには醤油は一切使わず、本部のあっちゃんの塩を使います。食材はほとんど地元のものですね。地元のものを使って最高の味を作りたかったんで」

 

島豚家

 

金子さんは16歳から料理一筋。これまで東京、北海道、オーストラリアやハワイの一流店で、寿司やフグ、はも、すっぽん、手打ちうどんに十割そば、地鶏地魚の炭火炙り焼など、あらゆる技術を身につけ腕を磨いてきた。もう調理の仕方がわからないものはないと言うほどだ。だからこそ金子さんの話は、プロの料理人としての誇りや自信をそこかしこに感じさせる。

 

「今、この島に王様みたいな人がいたとしたら、その人に出しても恥ずかしくないものを作ってるって自負してます。『今、この島のものを使って、とにかくうまいものを作れる者はいないか』って王様が言ったら、俺は手を挙げられる自信がありますね。『はいっ! 私がやります』って(笑)」

 

世が世なら、王様が食べたかもしれない沖縄そば。そんな贅沢なそばの炙り島豚は、肉自体の旨味と炭火の香ばしさがたまらなく、麺は食べたことがないほどにツルツルでシコシコだ。香り高く深みのあるスープには、炙り島豚の旨味や香ばしさがどんどん滲みでて味が変化していく。食べ進めるごとに、折り重なった深みを感じさせるのだ。

 

地元の最高の材料で作る、最高の沖縄そば。

 

このそばを食した王は、スープを一滴残らず飲み干して、満足そうな笑みを浮かべるに違いない。

 

文/和氣えり(編集部)

写真/青木 舞子(編集部)

 


本格炭火炙り沖縄そば 島豚家
本部町字東500-4
0980-47-7222
11:00~16:00(売り切れ次第終了)
close 日・木・祝
http://shimabutaya.com/index.html

 

TANAKA

haberu

 

haberu

 

「ありがちは嫌なんですよね。同じようなものを作っても同じ提案にしかならないでしょ。今までとちょっと違ったことをするのが面白いと思っていて」

 

沖縄が誇る伝統工芸、紅型を、なんと蝶ネクタイに仕立ててしまったのは、HABERU代表の金江幸一さんだ。

 

蝶ネクタイは、確かにこれまでの紅型雑貨とは違っているし、インパクトも十分だ。でも蝶ネクタイってわりとコアなアイテムで、おしゃれ上級者でない限り使いこなすのは至難の業ではないか。

 

「僕もそう思ってました。実際、蝶ネクタイなんて付けたことないし、持ってもなかったですからね(笑)。でも何か新しいことをしなければ、若い人に響かないでしょう。紅型に普段触れることがない人、県外や海外の人だったり、若い人たちにもっと広く知ってもらうためには、キャッチーなアイテム、しかもファッションアイテムにしたらどうかなって思ったんです。紅型の蝶ネクタイがあったら面白いんじゃないかって。まあ、ちょっと見て下さい」

 

そう言って金江さんは、着用しているシャツの首元にさらりと付けてみせてくれた。

 

haberu

 

あれっ? なんだ、違和感がない。思ったより馴染んでいる。悪目立ちすることなく、けれど目を惹きつける、さりげないポイントになり得ているのだ。

 

「質感だと思いますよ。フォーマルなものは光沢があるでしょう。スーツに合わせるならそれくらいの存在感があっていいと思うんですけど、普段使いならこれくらいがちょうどいい。身に付ける人それぞれの遊び心で、気軽に使ってほしいんです。これ、首に巻く紐の部分は取り外しができて、クリップにも付けられるんですよ。クリップは同梱されています。だから、ブローチみたいにカーディガンや鞄につけたり。女性は、ヘアアクセサリーやペンダントにする人もいますよ。特に若い人は攻めてますね(笑)」

 

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全て沖縄モチーフの柄。上から、Boreboshi(群星)、KIkkou(亀甲)、Bougainvillea(ブーゲンビリア)。それぞれチェーンタイプとレザータイプがある。

 

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アイディア次第でおしゃれの幅が広がるピンブローチ。スーツの襟やTシャツにも。

 

haberu

 

金江さんがHABERUを立ち上げた理由は、沖縄のものづくりを手助けしたかったから。

 

「僕、ものづくりをしている友人が沢山いるんです。せっかく面白いものを作っていても、販売までなかなか手が回らない。だいたい1人でやってますからね。自分はものづくりに憧れがあって、でもそこにはいないから、せめてそういう人たちの応援ができないかって。だからHABERUのコンセプトは、沖縄のものづくりの素晴らしさを多くの人に知ってもらうことなんです」

 

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沖縄の深く青い海を思わせるホタルガラスがポイントに。

 

haberu

 

沖縄の伝統工芸を身近に感じてもらうためのブランドだから、ブランド名も沖縄の言葉にこだわって、思いを込めた。

 

「HABERUって沖縄の言葉で“蝶”という意味なんです。蝶々が花から花へ飛び回っていくように、色々なものをつないでいきたいと、この名にしました。何をつなぎたいかというと、沖縄のものづくりを、全国の人、海外の人へつなげる。あと、ギフトに使ってほしいから、贈る人から贈られる人へつなげる。最後に、手にした人が、沖縄のものづくりに興味を持って、再び沖縄へ戻ってくる、みたいな。蝶々ってね、最後に戻ってくる習性があるんですよ」

 

HABERUの特徴は、HABERUと作家がお互いの意見を出し合って一緒に作り上げていくということ。第1弾は、カタチキという姉妹ユニットの紅型を使った作品だが、これから他の作家ともタッグを組んでいく。第2弾として、知花花織という織物を使った蝶ネクタイを現在制作中だ。

 

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用意されているゴールドのシールをボックスに貼れば、そのままギフトに。ラッピングの必要がなくプレゼントしやすい。

 

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作家はただ作りたいものを作るのではなく、販売のことも視野に入れなければならない。作りたいものと、販売するためのものとのすり合わせに、カタチキと金江さんの話し合いは何度となく重ねられた。カタチキの當眞 裕子さんは、最も苦労したのは、色味や柄を、ある程度均一に仕上げなければならなかったことだと言う。

 

「金江さんから、『インターネットでも販売するので、ネット上の実物の写真と、実際に送られてきたものの色味や柄が大きく異なると、全然違うものが届いたとなりかねない。それぞれの蝶ネクタイで色や柄をある程度そろえて欲しい』との要望があったんです。紅型は、全て手染めなので、染める度に微妙に色合いが異なるんですよね。これまでは、実際に目で見て、その微妙な色合いを楽しんで購入してもらうことがほとんどで…。色だけじゃなく、柄もある程度は揃えなければと、型取りするための型も何度も作り直しました」

 

生地が完成してからも、次は大きさ、形について何度も話し合い、何度も縫製し直した。これ以上ないというものにたどりつくまで、準備を始めてから1年以上が経過していた。

 

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ようやく完成したものの、販売を担当する金江さんも、この商品の見せ方に頭を悩ませた。ファッションアイテムとしてだけでなく、伝統工芸の面にもしっかりと目を向けて欲しいからだ。

 

「ファッションに寄り過ぎると、紅型という工芸を伝えきれないし、逆に工芸寄りになると、今まで同様敷居が高いままで、若い人たちに面白いと思ってもらえない。伝統工芸を、これまでと違う切り口で、これまでと違う人に見てもらうためには、どう見せればいいか。あまり手本になるものがなかったので難しかったですね。東京でバイヤーさんが集まる展示会に出品したんですが、どうやったら興味を持ってもらって足を止めてもらえるか、友人にも協力してもらい色々考えました。HABERUって蝶だから、蝶ネクタイを、蝶の標本に見立てて額に入れて展示したんですよ。もちろん、紅型の説明や、実際の生地、作業工程がわかるPVも並べて展示して。これもフレームをつけて、標本っぽくして。その結果、多くのバイヤーさんに興味を持ってもらえたんです」

 

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展示会でHABERUの魅力を伝えるのに一役買ったPV。その中にも、紅型を知ってもらいたいということと、遊び心で使いこなしてほしいという2つの思いが詰まっている。遊び心いっぱいのスタイリングは、友人たちがモデルとなって表現してくれた。

 

「『自分が蝶ネクタイを付けるならどんな格好で付けたい? 普段のおしゃれで来て』って言って軽いノリで、30人くらいに集まってもらったんです。スタジオでプロのカメラマンに撮ってもらったんですけど、これ言うと作りこんでくるから、わざと伝えなかった(笑)。みんなスナップ写真くらいの感覚で来て、スタジオと本格的な機材見て、『マジやし』って。『ちゃんと言え』って後で怒られましたよ。その上、カメラの前でみんなに踊ってもらったんです(笑)。蝶ネクタイって、いくらカジュアルって言っても、普段はそんなつけないでしょ。ちょっとお出かけとか、ちょっとだけ特別な時。だから、お出かけするときのウキウキな気分で踊ってもらったんです。緊張してる人とか、照れてる感じの人とか、その感じもあえて残しました。工芸だけだと固くなりがちだから、あえて崩して、みんなの自由なおしゃれやダンスで、楽しいPVになったと思います」

 

 

モデルをした友人たちは、ボランティアで協力してくれた。HABERUという蝶は、金江さんと作家、友人たちをも、さらに固くつなげたようだ。金江さんはものづくりをしている友人の手助けをしたいとブランドを立ち上げ、その立ち上げに、金江さんの思いに共感した多くの友人が協力を惜しまなかったのだから。

 

つながった皆の思いを乗せて、その蝶は、海を越え内地へ世界へ、遠く、高く、羽ばたいていく。

 

文/和氣えり(編集部)

写真/青木 舞子(編集部)

 

HABERU
有限会社ホーセル
豊見城市豊崎1-328
098-987-1591
http://haberu.co

 

haberu

 

HABERUの商品を購入できる店

 

カタチキ
那覇市首里儀保町2-4 1F
098-911-8604
木〜土 10:00~16:00
http://katachiki.com

 

VIVACE
那覇市首里石嶺町4-318
098-887-6600
11:30~20:00
close 月
http://www.vivace-life.jp/#id101

 

gallery shop kufuu
宜野湾市大山2-22-18 1F
098-890-4095
10:00~18:00
close 水・木
http://kufuu.jp/gallery

 

GARB DOMINGO
那覇市壷屋1-6-3
098-988-0244
9:30~13:00 15:00~19:00
close 月・水
http://www.garbdomingo.com

 

TANAKA

 

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(左)コールドプレスジュース・Gold(右)コールドプレスジュース・Magenta

 

真っ白なキャンバスのような空間に、絵の具のような鮮やかなジュースが並ぶ。そのコントラストがなんとも印象的。誰もが目を奪われるに違いない。自然が生み出す野菜の色が、こんなにも豊かで、活き活きとして、優しいなんて。

 

「単純に色が面白くって。どんな味がするんだろうって想像を掻き立てる色もあれば、すごく落ち着いてて、可能性を感じる色もあって。クレヨンみたいに楽しくて。初めてこのジュースを知った時、なんかこう、すごくワクワクしたんですよね」

 

やはり色の豊かさに魅了されたのは、那覇農連市場近くのON OFF YES NOオーナー、小田切夫妻の奥様、文代さんだ。

 

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1ショット200円で、コールドプレスジュースのお試しができる

 

一方、ご主人の崇(たかし)さんは、その歴史の重みに惹かれたと言う。

 

「コールドプレスジュースって、最近はテレビなんかでも取り上げられるようになって、ぽっと出のブームのようにも見えるけど、かなり歴史が古いんですよ。コールドプレスって非加熱で圧搾するっていう意味で、食材の水分だけを搾り出したジュースなんです。このマシーン、1900年代前半からあってノーウォークジューサーっていうんですけど、ノーマンウォーカーさんて人が作ったんです。ローフード文化を定着させようとした走りみたいな人ですね。色々と知れば知るほど面白くって」

 

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ピカピカのそのマシンに、沖縄発祥のEMで育てられたビーツを入れて、まずは細かく砕く。それを専用のクロスに包んでセットし、静かに圧力をかける。するとビーツそのものというような濃い紫色の滑らかなジュースが流れ出た。

 

「2トンの圧力をかけてるんですよ。砕いて圧力かけて、搾りだす。昔からあるだけあって、とってもシンプルな仕組みですよね。このクロス、すごく目が細かくて、野菜の雑味も通さないんです。クロスの中のこの白く残ってるの、アクかな、多分(笑)」と崇さん。

 

「だからかもしれませんが、搾り汁が服についても結構簡単に落ちるんです」と文代さんは楽しそうにエプロンを広げる。

 

搾りたてのジュースを口に含むと、それ特有の土の香りはするが、気になるようなクセとは感じない。何の抵抗もなく、スルリと喉を通り過ぎていく。ビーツってこんなにまろやかだっけと、混じり気のない素直な味に、小さな驚きがあった。

 

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「このこぶし大のビーツから、1人分が取れるか取れないかくらいですね。これにモウイや人参、りんご、ショウガをブレンドするので、野菜がたっぷりです」

 

ビーツは、食べる血液とも言われるほど栄養価の高い食材。ビーツをベースにした“Magenta(マゼンタ)”は、特に貧血気味の女性にお勧めと言う。近くのOLさんもサラダ代わりに買っていくのだそう。

 

「スムージーは、野菜丸ごとジューサーにかけるので、消化しにくい繊維なんかも入るんですけど、コールドプレスジュースの場合は、そういうものが全て取り除かれているんです。だから、消化器官に負担をかけず、体の浄化、クレンズやデトックスに効果的と言われています。私もちょくちょく飲んでますけど、体調いいですよ。こんなに忙しいといつもならニキビとか出るのに、出ないし(笑)。気づくと、あれ、全然しんどくないなって」

 

2人とも特に手入れはしていないと言うが、肌はピカピカと輝いている。

 

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(左)コールドプレスジュース・Light Green(右)スムージー・Sweet Cloud

 

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スムージー・Veggie Rainbow
新鮮な果物にコールドプレスジュースを加える。
水、氷は一切使用していない。

 

正直に販売して、必要な人に届けたい。コールドプレスジュースに対する2人の思いは、これに尽きる。

 

「何の混じり気もないし、素材の力を信じて最小限しか手を加えない。そういうものを売ってるから、僕達も、何も嘘をつかないでやっていこうって話してます。野菜は県産で、新鮮で、無農薬であることを心がけてますが、それが外れるときもあります。どうしても県外から取り寄せることもありますし。その場合はちゃんと伝えていこうねって」

 

そう崇さんが言えば、文代さんも小さく頷き、言葉を続ける。

 

「このジュース、自分たちが本当にいいと思えるものだから、どうしたら届くかなって、そればかり考えてます」

 

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2人の思いは、“ON OFF YES NO”という一見変わった店名にも現れている。崇さんは言う。

 

「ニュートラルな名前がいいねって言ってて。ハッピーとかグッドとかポジティブなときだけじゃなく、たとえOFFやNOのときでも、栄養はとらないと。ジュースでだったら取れるでしょ」

 

それに、と文代さんが付け加える。

 

「ヘルシー志向の方もそうじゃない方も、大人も子供も、みんなが来れるように」

 

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壁には“Authentic Experience”の文字が。“混じり気なしの体験”

 

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店名同様、店の内装のコンセプトもニュートラル。色を廃し、何色にも染まりうる白を基調としている。そして店を切り盛りする2人自身も、何に対してもオープンでありたいと願っている。

 

「僕達、大学で知り合ったんですけど、2人ともぶっちゃけ友達少ない系です(笑)。僕は音楽をやってて、すごいマニアックで人を選ぶような。彼女は絵を描いてるし。2人とも自分の世界があって、それをわかってくれる人がいればいいや、みたいな。ある意味ひとりよがりで、思い上がってて。でも何かをちゃんと伝えたいと思ったら、そんな思い上がりは捨てないと」

 

今までの考え方を変えてまでチャレンジしたいのは、どうしても沖縄で新しい生活を始めたかったから、と崇さんは迷いなく言う。

 

「僕、東京で大学出てからずっと、バリバリのコンサルタントだったんです。ほとんど休みがなくて、毎日終電で帰れればいいほう。それこそONの状態が10年くらい続いたんですよね。気をつけてはいたんだけど、体調を悪くして。自分はストレスをコントロールできる人間だと思ってたのに、できてなかったことにショックで、なんか変えなきゃなって。ちょっと都会から離れたかった時期だったのかもしれません。そんな折に3.11が起こったりして。自分の中のカッコイイと思ってたキーマンが、外国へ行っちゃったり。東京に元気がなくなった、なんて大きなこと言うつもりはないけど、そこで生活を続ける自分に違和感が出てきたのは事実。そんなのもあって、2人で話し合って沖縄へ行こうと決めました」

 

当初は、沖縄でもこれまでの職業を続けようと思っていたそうだ。崇さんは、経営コンサルタントで、文代さんは、言語聴覚士。それが共通の沖縄の友人の一言でガラリと変わった。

 

「『内地と同じことを沖縄でやっても意味ないよ』って言われたんです。『2人ともおしゃれだし、清潔感あるし、お店でもやれば』って。その言葉が2人に刺さっちゃった。その友人、ベロベロに酔っ払ってたんですけどね(笑)。帰り道、その言葉に騙されてみっかって」

 

それから、何の店をするかを探し始めた。文代さんは色に、崇さんは歴史に、それぞれが惹かれてコールドプレスジュースに辿り着いたときは、ストンと腑に落ちたという。

 

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農連市場近くに店を構えたのも、長年に渡り積み重なったものに強く惹かれたからというのだから、崇さんらしい。

 

「『こんなとこにお店出しても誰も来ないよ〜』って、市場のオバアにめちゃくちゃ言われるんですよ。多分今日もこれから言われます(笑)。みんな『40年前はすごく活気があったんだけどね』って。けど別に活気があるところでお店をしたかったわけじゃない。東京モンの目から見たら、これがすごくいいものなんですよ。1953年のままを今に伝えてる。長く続いてるところって本物の中の本物で、文化としてすごく強い感じがするんです。こういう強いところで、混じりっ気なしのシンプルなものを提供したかったんです」

 

昭和初期の風情が残る、木造の建物の横に、ニューヨークにあるかのような洗練された真っ白な店が佇む。その対比が面白い。古と新、無色と色。真逆に位置するものが、ここでは調和しつつ、それぞれの個性をより際立たせている。

 

文/和氣えり(編集部)

写真/青木 舞子(編集部)

 

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ON OFF YES NO(オン・オフ・イエス・ノー)
那覇市樋川2-1-23(農連市場近く。農連市場は2018年めどに再開発が予定されている)
098-987-4143
7:00〜17:00
close 月曜・第4火曜

 

http://onoffyesno.jp

 

TANAKA

やんばる畑人プロジェクト

 

 

「最初、邪(よこしま)な気持ちだったんですよ。『やんばるには、海があって、山がある。美味しい豚肉や海産物があって、野菜もある。それに塩だって砂糖だってある。これに例えば、やんばるでスパイスを栽培できれば、オールやんばるでお客様をもてなすことができる』って飲食店を経営する友人が言ったときは」

 

少し恥ずかしそうに言うのは、沖縄畑人くらぶ代表、芳野 幸雄さんだ。

 

友人のこの何気ない一言に、芳野さんが「よこしまな気持ち」になったのは、これは東京でイケる!、と思ったから(笑)。

 

「ちょうど“沖縄畑人くらぶ”っていう専業農家の集団を立ち上げて3年めくらいだったんです。取引先が少なくて、せっかく作った野菜が余ってしまう状況で。何か新しい方策を考えなくちゃって時だったんです。その時は、作った野菜を東京へ売ることばかり考えてた。常に僕の頭の中には、東京への輸送コストを抑えるため、軽くて単価が高いものっていうのがあって。『スパイス』って聞いて、それならって色めきだったんです(笑)。僕は、地域貢献と言いながら、実はそれまであまり地域貢献してなかった。友人の、『オールやんばるでお客様をもてなしたい』という気持ちとは裏腹に、国産スパイスって東京でも面白いんじゃないかって、外に販売して外貨を稼ぐことしか考えてなかったんです」

 

やんばる畑人プロジェクト

プロジェクトの応援店、“Cookhal”の一番人気メニュー、“Special Plate”につく野菜のデリ。皿に好きなだけ盛っておかわりも自由。新鮮な野菜がたっぷり。

 

やんばる畑人プロジェクト

この日のデリメニュー。オクラのフワフワ揚げや、ゴーヤー・りゅうきゅう・花ニラのおひたし、くんせい豆腐のマリネ、うりずん豆と自家製ベーコンのニンニクソテー、オムレツなど。りゅうきゅうなど珍しい野菜の味を知ることができ、料理法も学べる。気に入れば野菜コーナーで購入もできる。

 

やんばる畑人プロジェクト

この日の“Special Plate”は、やんばる若鶏の唐揚げ紅麹仕立て、本部の黒米入ご飯。スープとサラダ、野菜デリ、ドリンク、デザートがついて1200円

 

やんばる畑人プロジェクト

“YAKI-Panino”。山原豚の自家製ソーセージに、やんばる産からし菜とターメリックから作られた自家製マスタード、やんばる産キャベツで作られた自家製ザワークラウトなど、オールやんばる産で。洗練された大人の味

 

それが変わるきっかけを作ったのは、仲間。大切な仲間と話し合ううちに、芳野さんの考えは変わった。

 

「それから“やんばるスパイス”を作ろうってなって、開発していく過程で、とことん地元の飲食店さん達と話をして。それで気づいたんです、ああ間違ってたなって。外にばかり目を向けるんじゃなくて、地元の飲食店さんとかに使ってもらうことこそが、新しい販路になるんじゃないかって。自分のよこしまな考えがどんどん削ぎ落とされていって、もっとやんばるに貢献しようと変わりました」

 

地域の活性化に役立てたいと、地元の農家や飲食店、スパイスの専門家などが集まって、4ヶ月がかりでできたのが、この“やんばるスパイス”だ。

 

やんばる畑人プロジェクト

ガラムマサラのようなカレー風味のスパイス。煮込み料理や炒めもの、ドレッシングにも。醤油や味噌のような和の調味料とも相性がいい。

 

このスパイス、9種類のスパイスミックスで、そのうちの4種類、ウコン2種とショウガ、島唐辛子がやんばる産だ。配合率では58パーセント。最終的には、100パーセントやんばる産のスパイスミックスを作ることが目標と言う。このスパイスで、やんばるを元気にしていこうと始まったのが、“やんばる畑人プロジェクト”だ。現在“沖縄畑人くらぶ”の農家15戸と、プラス5戸の農家、38の飲食店やホテルなどの宿泊施設、加工企業やコンサルタント、陶芸家などからなる、食を通じてやんばるを元気にしていこうという、一大プロジェクトになっている。

 

やんばる畑人プロジェクト

 

やんばる畑人プロジェクト

 

この“やんばるスパイス”には、人を集める仕組みがある。

 

「このスパイス、やんばるでしか買えないんです。これが欲しかったら、是非やんばるまで足を運んでください(笑)。プロジェクトの応援店に置いてますが、飲食店さんでは、このスパイスを使ったメニューを出してもらってます。このスパイスを求めてやってきたお客さんが、飲食店で食事をし、また逆に、飲食店で食事したお客さんが、スパイスを気に入ってくれて買ってくれる。このスパイスが、お客さんをやんばるまで呼んで、循環させてくれるんです」

 

スパイスを作る農家も、それを使う飲食店も、みんなが笑顔になるいいアイディアですね、と話を向けると、「みんなで考えたんです」と芳野さんは胸を張った。

 

「この間も、これを買いに那覇から往復3時間かけて、まとめ買いしてくれたお客さんがいたんですよ」

 

やんばる畑人プロジェクト

 

やんばる畑人プロジェクト

 

やんばる畑人プロジェクト

 

“やんばるスパイス”が完成して、地域貢献に役立てようという時、芳野さんは、“沖縄畑人くらぶ”の目的に、地域貢献を明記した。“沖縄畑人くらぶ”は、“やんばる畑人プロジェクト”の母体となった団体で、新規就農者で作る農家団体。発足したのは、2009年2月で、プロジェクト発足の約3年前だ。

 

この“沖縄畑人くらぶ”の目標は、地域貢献以外にも、食える農家を目指すこと、新規就農者を支援することにある。芳野さんの話を聞いていると、農家の置かれている現状が見えてくる。

 

「農家というのは、作った農作物を市場で売ってもらうことを人に委ねてそこで完結する職業だったんですけど、そうじゃなくて、自分達で作ったものを自分達で値段を付けて、自分達で売っていく。直接取引先と契約して、直接流通をメインでやっていこうっていうのが、この団体を立ち上げた1番の目的なんです。よく中間マージンを取られて、農家の手取りが残らないって話を聞くと思うんですけど、中間の利益も自分達のものにして収益性の高い農業ができたら、と思っています」

 

15戸の農家が作った野菜は、プロジェクトに加盟している応援店にも直接卸す。私達一般消費者は、恩納村にある沖縄科学技術大学院大学内のカフェテリア、“kaito +”や、“YANBARU HARUSAA’S TABLE Cookhal”で、購入できる。

 

やんばる畑人プロジェクト

 

やんばる畑人プロジェクト

 

プロジェクトの一応援店である“Cookhal”には、その日の朝採れた新鮮な野菜が並ぶ。ポップには、生産者名、おすすめの食べ方と共に、“防除 特栽レベル”との記載が。

 

「“沖縄畑人くらぶ”としては、特別栽培農産物という基準を守っていきます。特別栽培農産物というのは、各都道府県で決められている慣行、この野菜なら農薬は何回まで使用できるなどの基準があるんですが、その使用を2分の1以下にしたものです。例えばオクラは15回農薬が使用できるという慣行があれば、その半分の7回以下しか使ってないものです。けど2分の1まで使っていいから、とその基準いっぱいに農薬を使うわけじゃないですよ。もちろん、完全に農薬不使用でやってるメンバーもいます。僕は、さやいんげんを育ててるんですけど、一番適した12月や3月は、農薬は使いません。中間の1月2月は、日照不足だったり寒さだったりで、どうしても病気が発生するので、1,2回使うことがあります。使った場合のものに関してはしっかり表示してお客さんに知ってもらう。本来は第三者機関が認定するものなんだけど、そのお金を負担するのは大変だから、認定は受けずに自分達でしっかり管理していこうと。栽培管理表を作成して、僕がメンバーからしっかり聞き取りをしてますね。直接農家と取引してくれる方たちって何を求めているかというと、やっぱりどんな風に作られたかという情報公開なんですよ。だから農薬の使用状況等はしっかりお伝えする必要があるんです」

 

やんばる畑人プロジェクト

 

やんばる畑人プロジェクト

 

やんばる畑人プロジェクト

 

やんばる畑人プロジェクト

 

もう1つの大きな目標、新規就農者支援は、芳野さん自身が土地を見つける苦労を重ねた経験から掲げられた。

 

「新しく就農する人たちの就農する苦労を減らしてあげたいんです。飛ばなくていいハードルは飛ばなくていいようにしてあげたい。新規での就農ってすごく大変で。親から土地を引き継いで農業やるわけじゃない。地域の人に認められて初めて、土地を借りられる。僕も東京から移住してきて、研修させてくれるところはすぐ見つかったけど、いざ自分で農業を始めようとすると根を張る土地がなかなか見つからなかった。やっぱりよそ者っていうのもあるし、先祖代々の土地を見ず知らずの人に貸すってなかなか。たまたま土地が空いても、地元の先輩農家さんに土地が回って、僕に回ってくるのは、水はけが悪い土地だったりね。ほんと北から南まで沖縄中を転々としました。8年くらいは鳴かず飛ばずだったかな。ようやく名護で根を張れる土地が見つかって。だから今この土地で農業をさせてもらえてる感謝を込めて、地域の役に立ちたいと思うんです」

 

やんばる畑人プロジェクト

バリスタの丹羽 智子さんが淹れるカプチーノは、深い味わいでほっとできる。絶品だ。

 

やんばる畑人プロジェクト

 

新しく農業に従事する人を手助けし、作った農作物は直接流通で収益性を高め、得られた利益は地元に還元する。農家という職業を、やりがいがあって、しかもやりがいに見合った収入が得られるものにする。芳野さんは、まだ不十分と言う。

 

「農家がどうやったら飯を食えるか、今正解が見つからなくて、手当たり次第やってるんだけど。わかってるのは、生産だけではダメだということ。“沖縄畑人くらぶ”では、生産、流通までを担ってきた。でもこれでもまだまだ。例えば規格外のものをどうやって流通に乗せるか。キズがついたかぼちゃをペースト状にして一次加工品にするよりは、プリンという最終的な商品にする。規格外のものを自分達で責任を持って最終的な商品にするまでが必要かなと思っています」

 

これからは自分達で生産して、自分達で製品に加工して、自分達で売る、6次産業を活発化させていく。頼りになるのは、やはりプロジェクトの仲間だ。

 

「例えば飲食店さんのシェフが、“Cookhal”に併設されてる加工所でベーコンを作って、その飲食店さんとやんばる畑人プロジェクトのダブルネームのものにする。ベーコンは、ここでも販売するし、飲食店さんでも販売して。飲食店さんではそれを使った料理を出してもらったりね。そしたらお互いに客の行き来が生まれるでしょう。それから“やんばるスパイス”も、もっと万能で使いやすいもの、一振りでバシッと味がきまるような第2弾も開発中です」

 

プロジェクトのアイディアは尽きない。月に1回定例会を開催し、仲間と膝を突き合わせてああでもないこうでもないと話し合いを重ねた賜物なのだろう。

 

やんばる畑人プロジェクト

 

芳野さんは、辛さを吐露しながらも、前向きに力強く言う。

 

「今プロジェクトが大きくなりすぎちゃって、スタッフがちゃんと食べていけるようにするのが大変。今が一番苦労してるかな。農業する土地が見つからなくて年収50万くらいで貧乏してたときも辛かったですけど、自分が食えないだけだったし、迷惑をかける人もいなかったからね。今は、家族がいるスタッフもいるし、色んな人に迷惑がかかっちゃう。辛いな(笑)。でも苦しむために集まった組織じゃないから、商品開発とかイベントとか楽しいことやって資金を調達していこうよって言ってます。楽しみながら、組織をしっかり継続させて仲間も増やして。そうすることで、必ず地域も元気になりますから」

 

仲間ととことん話し合い、仲間と協力して、少しずつアイディアを形にしていく。そうしたら、大きな力が生まれて、みんなが笑顔になって、やんばるが元気になる。かつて根を張る場所を探して沖縄中をさまよった芳野さんだったが、今や芳野さん率いる“やんばる畑人プロジェクト”や“沖縄畑人くらぶ”は、やんばるになくてはならない存在であることに間違いない。

 

文 和氣えり(編集部)

写真 青木舞子(編集部)

 

やんばる畑人プロジェクト

 

やんばる畑人プロジェクト
http://haruser.jp
やんばる畑人プロジェクトFBページ

 

農業生産法人クックソニア
http://cooksonia.net

 

YANBARU HARUSAA’S TABLE Cookhal
名護市字名護4607-1 ネオパークオキナワ駐車場奥
0980-43-7170
9:00~17:00
close 日
Cookhal FBページ

 

TANAKA

 

「5,6年前にこの家に引っ越してきたときに、庭もこんだけ広いし、駐車場にトタンの屋根ついてるし、なんかすごい色々やりたい!、家族で楽しむためにって思って。で、裕二さんに『石窯が欲しい』って言ったんです」

 

石窯は、お店のためでなく、家族のためが始まりだった。こう話すのは、古民家カフェ、ヤソウカフェやぁまちゃ店主、加藤律子さんだ。

 

律子さんの突拍子もないお願いに、旦那様の裕二さんは、もちろん戸惑った。

 

「石窯って言われても、最初さっぱりわけわかんなくて。僕は、石窯に全然思い入れないし。ネットで調べたら、安くても10万円はして。これ買ったら借家だし引っ越しできないし、どうしようって。でも、律は欲しいって言ってるし…」

 

ヤソウカフェ

 

ヤソウカフェ

 

「裕二さん、色々考えてくれたんです。元々大工やってたんで、構造とか自分の頭で組み立てたんでしょうね。ああやったら作れるかなって。で、できたのがこの移動できる石窯だったんです」

 

庭先の石窯は、裕二さんの、律子さんに対する愛情の現れだ。見ると、ブロックを積んで、その中でただ薪を燃やす、とてもシンプルな造りの石窯。

 

「このブロックをここに置く意味っていうのがそれぞれあって。組み方が悪いと、火がうまくつかないし、熱がちゃんと回らないんですよ。この石窯のいいところは、自分のしたいスタイルにどんどん形を変えられるところ。組み方で全然味が違うんです」

 

裕二さんは、しゃべりながら途中、手袋をした手を窯の中に突っ込み、皿を回して向きを変える。その手つきはためらいがない。1分経過しただろうか、あっという間にグラタンが焼きあがった。窯から出すとまだ薄かった焼き目が、余熱でみるみるうちに美味しそうなきつね色に色づいた。グツグツと沸き立つような音とともに、チーズのこんがり焼けた香りが、辺り一面にぶわっと漂う。

 

ヤソウカフェ

いい色の焦げ目は無添加チーズならでは。普通のチーズだと真っ黒になってしまうそう。ホワイトソースは小麦粉、バターは使わず、県産もちきびとオリーブオイルと豆乳で。「アレルギーのお子さん連れもいらっしゃるので」

 

グツグツのアツアツを頬張ると、これが石窯の威力なのかと、うならずにいられない。グラタンの芯、具のチンヌクの芯までじんわりと、そしてふっくらと火が入っている。表面のチーズはカリッカリで香ばしいことこの上ない。改めて火の力に驚かされる。

 

じんわりふっくらと火が入っているのは、石窯パンも同じ。噛めば噛む程甘みが感じられて、小麦の香り高さも存分に味わえる。外側の少し焦げたところが、また香ばしくってたまらない。お焦げの香ばしさは、オーブンでは決して味わえない、石窯ならではの醍醐味だ。

 

ヤソウカフェ

石窯料理のレパートリーはどんどん増え、今はガトーショコラやベイクドチーズケーキ、焼きプリンなどのデザートや、コーヒー豆の焙煎までやってしまう

 

「家族で楽しむため、が基本だから、材料はちょっといいものを使うんです。子供にちゃんとしたものを食べさせたいし、自分も美味しいもの食べたいし。自分たちが食べないものはお客さんにも出さないです」

 

律子さんの言う“ちょっといい材料”は、“週替りごはんプレート”にももちろん満載だ。

 

「野菜や果物は、沖縄産の無農薬で、旬のものしか使わないです。わざわざハウスで作ったような県外のものは買わないの。そのもやし、シャキシャキでパリパリでしょう。うちの近所の小さな八百屋さんので。その八百屋さん、県産無農薬の野菜を沢山扱ってて、もやしはいつも採りたてですっごい新鮮なの! もやしと和えてるカンダバーは、庭の畑に勝手に生えてたのね。それからこのスープの紅芋、無農薬で栽培してる農家さんから直接分けてもらって。芋自体がすごく甘いの〜。お米は石垣の無農薬米で。麦も一緒に炊いてるんだけど、麦は、粉を分けてもらってるオジイから、丸のまんまも分けてもらってて。炊いたらこんなに丸くなって、プチッとして甘いでしょう?」

 

ヤソウカフェ

 

良質な食材で料理するだけでなく、目の前にあるものを大切にしたいと言う。

 

「なるべく身近にある、生産者さんの顔の見えるものを使いたいんです。だから、パンやピザ生地に使っている小麦粉も、主に沖縄のものなんですよ。たまたま知り合った、うるま市の小麦農家さんの。その農家さん、小麦をほとんど市場に出してないんだけど、特別に分けてもらってるんです。殻は農薬を吸収するらしいんですけど、無農薬だから、殻ごと食べても安心。ふすまも全部混ぜ込んだ全粒粉を、荒くつぶつぶが残る状態に挽いてもらってます。だから香りもいいし、甘みも出るし、美味しいの! うち、パンはイースト使ってるんですけど、みんな天然酵母だと思うみたいで、『何の酵母使ってますか』ってよく聞かれる。みんなオジイの全粒粉のおかげなんです」

 

律子さんは、農薬を使わずに手間暇かけて育てられた食べ物を敬まっている。作った人を知っているからなのかもしれない。全ての食材に対して愛情を注ぎ、大事に大事に調理しているのだ。

 

「チキンカツのソースは手作りで、今日のはマンゴーがたっぷり入ってますよ。それから、自家製の梅干し、今帰仁村で採れた梅なんだけど、ちょっと破れちゃったのを酸味代わりに入れて。自家製の醤油や醤油味噌も隠し味で入れてるかな。調味料はね、醤油や味噌、お酢なんかも手作りしてるの。発酵に必要な麹は毎年冬に立ててます」

 

ヤソウカフェ

チキンカツは衣まで美味しい。
「自分のところで焼いた石窯パンを細かくして使ってるの」

 

石窯も、かなりいい材料も、元々家庭で使っていたもの。まるで家庭に友人を招くように始まったのが、ヤソウカフェやぁまちゃだ。

 

「暖かいところで子育てしたいねって埼玉から移住してきて、この家で裕二さんが石窯作ってくれて。週末ごとに、子供と一緒に朝食のパンを焼いたり、おやつにピザを焼いたり、すごく楽しくって。3年くらいたって、石窯にもだいぶ慣れてきた頃に、お店を始めるタイミングがそろって、せっかくあるから使おうって」

 

近くにあって、せっかくあるもの。それは庭に自然に生えている野草もだ。

 

「野草はね、私が元々興味があって。 当時沖縄の野草の本ってあんまりなかったんだけど、古本屋さんで“沖縄の野草辞典”っていう古ーい本を見つけてね。それと、たまたま知り合った野草の先生に、食べ方や使い方なんか教えてもらって。へーっ、これ、食べられるんだ、ってうちで使い始めて。沖縄の野草は体にもいいし、みんなにも知ってもらいたいなって、野草も出すことにしたんです。それでうちは石窯料理と野草のお店になったんです」

 

ヤソウカフェ

 

自宅をお店にしたのは、空いている部屋を使わない手はなかったから。

 

「最初この家に引っ越してきた時はね、台所で作ったご飯を、表の一番座に一生懸命運んで食べてたんですよ。でもだんだん難儀〜になって、裏の部屋しか使わなくなって。家族4人だと裏だけで生活できちゃうの。表の1番座とか友達が来たときしか使わないし。じゃ、こっち空いてるから、こっちをお店にしちゃえって。大家さんに、ここでお店をしたいって言ったら、快諾してくれて。近所のオバアとかが、ここ空いてるから駐車場にしなって貸してくれたりしてね」

 

ヤソウカフェ

 

 

自然の成り行きとでもいうように、トントン拍子で自宅の一角がお店になった。律子さん家族がこの地域に愛されていることも、手伝っているのかもしれない。

 

「ここの地域ね、ほんとにいいんですよ。オジイオバアがいっぱいいて、『コウタとゲンタ置いて、遊びに行っておいで』とか言ってくれるの。ここに来たのが、下の子が生まれてまだ1ヶ月しか経ってないときで、みんな赤ちゃんの頃を知ってるから、『ゲンタ、大きくなったね、ああ、走ってる〜〜』って、子供の成長を喜んでくれる。親兄弟とか知り合いとか1人もいなかったけど、子育てが全然大変じゃなかった。もうここから離れたくないですね」

 

屈託のない明るさのせいだろう、律子さんは沢山の友人に囲まれている。ママ友始め、こんなの作ってって言える農家さん、いつも買い出しする八百屋さん、野草を教えてくれるおばさま、子供の面倒をみてくれて、畑でできたものを分けてくれるオジイオバア、果ては青年会のメンバーまで。老若男女問わず幅広いのだ。沖縄市久保田という伝統ある町に、地元の人のように溶け込んでいる。

 

ヤソウカフェ

コーヒー豆はタイやペルーのオーガニックのものを。焙煎して1週間以内のものしか使わない。「ちょっとずつ焙煎して新鮮なものをお出ししたいので」と裕二さん

 

「将来はね、民宿とか民泊やりたい! お客さんに手伝ってもらって一緒にできるさ〜。お客さん体験型、そんなのがいいな。いずれヤギ飼って、ヤギチーズ作りたいし、ニワトリも飼って卵取ったりね」

 

目に浮かぶのは、ちょっとない特別な体験ができる民宿や民泊の様子。庭の野草を摘み、麹を立て、作れるものは自分達で作る。窯に火を起こし、自分で捏ねたパンを焼く。律子さんは、お客と一緒に丁寧にご飯を作り、教え、自分も楽しむ。いずれこの地域の頼もしいオバアになりそうだ。「そんなオバアになりたいかも〜」と律子さんの笑顔がはじけた。

 

ヤソウカフェ

 

「お客さんは、ベジタリアンの人とかがいっぱい来てくれるのかなって思ってたらそうでもなくて。一番多いのは、ベジタリアンでも観光客でもなく、地元の沖縄の人。みんな、子連れでも気を使わないでゆっくりできるからって」

 

律子さんは、料理をしつつ、時にはお客の輪に入って楽しそうにおしゃべりをし、裕二さんは、台所と窯のある庭をひたすら往復し、黙々と料理を焼き上げる。育ち盛りの2人の息子さんは、外へ遊びに行き、お腹が空いたら帰ってきて、自分で生地を伸ばしてピザを焼く。

 

律子さん一家の日常の生活が溶け込んでいるカフェだから、地元の人は気を使うことなくゆっくりと食事やおしゃべりを楽しめる。客に温かな空気が伝わっているのは、“ヤソウカフェやぁまちゃ”に、家族への、食材への、地域への愛情が、溢れているからに違いない。

 

                     

文/和氣えり(CALEND OKINAWA)

    

 

ヤソウカフェ
ヤソウカフェyamacha(やぁまちゃ)
沖縄市久保田1-21-12
0989270554
11:00~16:00
close 水・木

 

http://yamacha.ti-da.net

 

TANAKA

C&C BREAKFAST

 

第一印象は、まるで”さんさんと降り注ぐ朝日”。

 

それは、那覇公設市場近くに店を構える“C&C BREAKFAST OKINAWA”の看板メニュー、オリジナルスフレパンケーキ・フルーツスペシャルのこと。ビタミンカラーに溢れていて、太陽のようなパンケーキなのである。見ているだけで元気が湧いてくる。

 

「パンケーキ好きのかわいらしい女の子が、見て食べてキュンキュンするようなパンケーキをイメージして作りました」

 

そう言うのは、オーナーでフードディレクターの山之内裕子さんだ。

 

生地は甘さ控えめでさっぱりしている分、甘みや酸味のあるリリコイソースやリリコイバター、柑橘系の爽やかさを感じる生クリームを、たっぷりつけてちょうどいい。とてもバランスがいいのだ。見た目のボリュームに反して、ペロリと平らげてしまう。

 

このパンケーキの特徴は、“スフレパンケーキ”の名の通り、ふわっふわで柔らかい生地にある。

 

「小麦粉の割合がすごく少ないんです。普通のパンケーキの半分も入っていないくらい。このフワフワ感を出してそれを持続させるのが難しくって。自分がイメージしたフワフワにたどり着くのに、どうすればそうなるのか、何がだめなのかわからなくて、足し算引き算の試行錯誤を繰り返して、オープン2日前にようやく完成したんです。実は一番苦労したメニューです」

 

裕子さんがそこまで苦労したのは、“オリジナリティー”にこだわるから。

 

「パンケーキって流行ってるでしょう。でも流行るものはいつか必ず廃れてしまうわけで。だから流行りじゃない、ここにしかないうちオリジナルのパンケーキを作りたかったんです。自分が納得する看板メニューができてほんとよかった」

 

C&C BREAKFAST

 

オリジナリティーにこだわる裕子さんが作るとサンドイッチもやはりひと味違う。この“フレンチディップ”は、自家製パストラミビーフを挟んだサンドイッチを、肉汁のソースにディップして(浸けて)食べる面白いメニューだ。ソースに浸けながら食べるから、肉もパンもしっとりして食べやすいし、コクが増して更に肉の味を感じられる。ハマる人が続出しそうな一品だ。

 

一番印象に残るのは、食欲をそそるスパイシーな香り。

 

「塊肉をスパイスやハーブなんかで下味を付けて、じっくりグリルするの。添えたフライドポテトもオリジナルのハーブとスパイスと塩で味付けしてます。私はもうね、スパイスとハーブが大好きなの! スパイスからカレー作るのも好きで家でよく作るくらい。ここに来てじゃないと食べられない味を出すのに、スパイスとハーブは一役買ってるかな」

 

C&C BREAKFAST

 

パストラミビーフもフライドポテトも馴染みのあるものなのに、特徴的なスパイスとハーブ使いでC&Cオリジナルの味になっている。もう一つ、食べたことがない味だったのは、なんといってもこのスープ。一口飲んでみても何のスープかわからないほどなのである。

 

「レンズ豆と玄米のスープです。チキンからだしをとってるけど入ってるのはほんのちょっとで、レンズ豆からいいだしが出るし、玄米の甘みも出てる。トマトピューレで色味と酸味を少し足して。スパイスは色々入ってるけど、上に浮いてるのはミントかな。こんなにスパイシーなのに、子供も結構ズルズル飲んでますよ(笑)」

 

C&C BREAKFAST

 

オリジナリティーにこだわる裕子さんだが、こだわりはこれだけではない。裕子さんは料理研究家だけあって、食べる人それぞれの嗜好まで考えてメニュー構成をしている。

 

「朝ごはんって、しっかり食べたい人もいれば、ちょっとだけでいい人もいるでしょ。だからどの人にとっても朝ごはんになるようにメニューを考えてます。しっかり食べたい人には、エッグベネディクトやサンドイッチやオムレツ、朝から甘いものが食べたい人には、パンケーキやフレンチトースト。ちょっとでいい人は、アサイーボウルやスムージー、スープをね。スープはサイズが大小あるから、大きい方でスープだけというのも可能です」

 

料理の内容や飲み物の味についても、どうしてそうしたのか明確な理由がある。

 

「スープに玄米を入れたのは、スープだけを飲む人にも腹持ちがいいように食べ応えを出したかったからなんです。それからアイスコーヒー。アイスコーヒーはご飯と一緒に飲むことを考えて、コーヒーがご飯に勝ってしまわないよう、ご飯を引き立てる味にしました。薄いんじゃなくて香りが良くて飲みやすいもの。セラードコーヒーさんに何度も試作してもらいました。普段コーヒーにミルクやシロップを入れる人でも、これだったら割りとストレートでガブガブ飲めるんですよ」

 

C&C BREAKFAST

 

では、ハワイの朝ごはんのお店にしたのは、どんな理由からだろう?

 

「ハワイに行ったら、朝ってすごく大事なんだなってことを思い知らされて。みんな早朝からサーフィンしたり、ヨガやったり、朝を有意義に過ごしてる。朝ごはんを食べに行ったら、ローカルの人がいっぱいパンケーキ食べに来てたり、がっつりステーキ食べてる人もいて。みんな食べたいものを自由に食べて、心の底から楽しそうにしてて、素敵だなって。

 

それにハワイと沖縄は食材がすごく似てるんです。フーローマメとかはんだまとかハワイで普通に売ってるし。でも食材の見せ方が上手なんだよね。ハワイの人は、ローカルの野菜や果物をすごく誇りに思ってて、お店でもスーパーでも、魅力的な打ち出し方をしてる。沖縄でも沖縄の人がもっとローカルのものを買うようになってほしい。だからハワイのメニューを沖縄のものを使って出して、こんな風にして食べられるんだよってことを提案したいんです。ハワイと風土が似てる沖縄だから、真似できることがいっぱいあるんじゃないかって」

 

例えばリリコイバター。リリコイとは、パッションフルーツのこと。裕子さんが言うには、甘みや酸味、香りのバランスがよく、調理しやすいポテンシャルの高いフルーツなんだとか。バターと合わせることでパンケーキのソースとして、また肉のソースとしても合うそうだ。

 

「パンケーキ食べたお客さんが、『家でリリコイバターに挑戦しよう』ってなったら嬉しい。それにはまず店で食べて感動してもらわないとね」

 

C&C BREAKFAST

 

C&C BREAKFAST

 

裕子さんは、“繋ぐこと”が好きだと言う。沖縄とハワイを、料理研究家の裕子さんらしく繋げて見せてくれた。ハワイの料理を沖縄食材を使って提案することで、「家で作ってみよう」とか「今度はこうして食べてみよう」などと、お店と家庭をも繋げている。

 

お店での提案を家庭に持ち帰ってもらいたいと思うのは、生徒である主婦の状況を近くで聞いていたから。裕子さんは、料理教室の先生という顔も持つ。

 

「料理教室でお母さんがよく言うのは、『面倒くさい』って、結構それ一辺倒(笑)。『面倒だからチャンプルーでいいさ〜』みたいな。私の仕事は家庭の食を豊かにするってことも一つなの。食べ物って食べたらすぐになくなっちゃっうからこそ、作ること自体がすごくクリエイティブ。だから主婦の人ももっと誇りを持って、3食作るのが億劫って言うんじゃなくて、クリエイティブな仕事と捉えて楽しくご飯を作ってほしい。

 

うちの店では作れるものは全部作ってて、例えばパストラミビーフやコンビーフ。こんなのも家で作れるんだよって教えてあげたい。ホームメイドが一番安心でしょ。グラノーラも自家製だけど、アサイーボウルやサラダ、フレンチトーストのトッピングにして、こんな風に食べたらいいんだよって教えてあげたいし。このドレッシングは玉ねぎと人参とりんごを使った自家製のドレッシングで。これだったらサラダの野菜の種類が少なくても、野菜をいっぱい食べられるでしょ」

 

逆に、料理教室の生徒さんから教わることもあるという。こういう年代はこんなことも知ってるんだ、とか、こういうのは食べないんだ、とか、この食材をこんな風に食べてるんだ、とか。

 

「お店一つしかやってなかったら、ご飯を食べてもらってせいぜい提案しかできないけど、料理教室とか他の仕事をすることで、その人の作る料理を知れたり、レシピを教えてあげられたり、またお店で学んでもらったり、色々と繋がってお互いがいい方向になる。だからすごく楽しいんです」

 

裕子さんの食にまつわる幅広い仕事が、お店や教室など相互に影響を与え、いい循環が生まれている。沖縄とハワイ、お店と家庭。繋いだ先には、沖縄の豊かで楽しい食生活が見える。

 

C&C BREAKFAST

 

店の前の通りは広くないながらも、多くの人がせわしなく行き交う。裕子さんがこの場所を選んだのは、市場が近くて、地元の人や観光客が入り交じる活気のある場所だったから。

 

「この店は、ゆっくりしてほしいというより、市場の雰囲気そのままに活気のある店にしたいんです。朝だからね、ばっと食べてさあ行くぞ、いってらっしゃい!みたいな。皆さん滞在時間は短いですよ」

 

奥のキッチンを見ると、お揃いのエプロンを付けた女性スタッフがとびきりの笑顔でキビキビと働いている。まるで旅先で朝市を訪れたかのような、爽やかで活気のある朝の風景。この風景を味わいながら、活力みなぎる一日のスタートをここで切る。ハワイでの朝のように。

 

文 和氣えり

 

C&C BREAKFAST

 

C&C BREAKFAST OKINAWA(シーアンドシー ブレックファスト オキナワ)
那覇市松尾2-9-6 タカミネビル1F
098-927-9295
9:00~17:00 (平日)
8:00~17:00 (休日)
close 火

 

http://www.ccbokinawa.com

 

TANAKA

su su soon

 

su su soon

この日のランチブッフェメニュー 変わり巻き寿司3種

 

「うちね、『何屋やねん』って近所のおばあに聞かれて、『お寿司と和食の定食がメインで、パンケーキもありますよ』って。そしたら『今は何がええの』って聞くから、『この季節のイチオシは、セサ麺っていう沖縄そばです』って言うたら、『そばもあるわけ〜?』って。色々ありすぎて、半分呆れられてます(笑)」

 

大阪弁の歯切れがよくユーモアたっぷりなのが、北谷のごはん屋さんSU-SU-SO0N店主、吉田理恵さんだ。

 

近所のおばあが呆れるように、ランチバッフェには、ひじきの煮物やゴーヤーチャンプルーなどの定番といえるものから、カラフルなロール寿司に黒米のココナツミルクデザートなどのアイディア料理まで。国籍にとらわれない、SU-SU-SOONオリジナルの創作料理の数々がカウンターに並ぶ。

 

su su soon

 

su su soon

blackセサ麺

 

理恵さんがイチオシだと言う“blackセサ麺”は、ひんやり冷たい沖縄そば。自家製の生姜オイルとたっぷりの黒すりゴマを混ぜたタレをトッピングして、豆乳の優しいスープを注ぐ。生姜のさっぱり感と黒ゴマのコク、豆乳のまろやかさが相まった、これまでにない新しい沖縄そばだ。

 

優しい薄緑色のスープは、なんとゴーヤーのポタージュ。玉ねぎとじゃがいも、ゴーヤーを火にかけ、柔らかくなるまで茹でたら丁寧に裏ごしする。ゴーヤーの苦味が和らぐように、ゆし豆腐とチーズを浮かべる。そのおかげで苦みはほとんどないが、ゴーヤーの味はしっかり感じる。これまた食べたことがないゴーヤー料理だ。

 

su su soon

ゴーヤーのポタージュ

 

su su soon

ゴーヤチャンプルー

 

初めての味なのに、どれも不思議と舌に馴染む。どの料理にも共通していえるのは、気持ちが和む優しい味だということ。

 

「うちの料理を食べたお客さんに言われて一番嬉しいのは、『なんかほっとする』って。それが一番ええかな。毎日食べても飽きないご飯で、おうちご飯の延長にあるような。でもうちでお母さんがこんなに品数作るの大変でしょ」

 

su su soon

二色人参のサラダ 生姜とクミンのドレッシング

 

su su soon

与那原ひじきと大豆の煮物

 

理恵さんは、何でも美味しく作れる、いわば料理上手なお母さんだ。普通のお母さんと違うのは、作る料理の幅がとにかく広いこと。こんなにバラエティ豊かだけど、一体どこからアイディアが浮かぶのだろう。

 

「例えばこのデザートは、物産展で持っていった黒米が大量に余ったから、苦し紛れに作ったんです。こんなに余ってどうしよってなったときに、そや”ソムチャイ”でこんなデザートを作ってたなって、思い出すんです。よく行くタイ料理屋さんなんですけどね。食べるのが好きで色々食べに行ってるから、頭に残ってるんでしょうね。パクリがうまいんです(笑)」

 

su su soon

黒米のココナッツしるこ

 

su su soon

 

理恵さんの創作料理は、こんな風に必要に迫られて生まれることが多い。必死に考えた結果、余りものが、ちょっと斬新で見たことのない料理に変身する。理恵さんは、食材のやりくりが上手なのだ。勿体無い精神で、材料はしっかりと使い切る。

 

「うち、ジンジャーシロップを作って売ってるんですけど、シロップ作った後の生姜、刻んだのとすりおろしたのがあるんですけど、それを捨てるのが勿体無くて。なんかに使えんかなって考えて、それで、刻んだのはジャムや生姜オイルに、すりおろしたのは生姜焼きのタレにして。だから生姜製品ばっかり(笑)」

 

つい最近も駐車場のバナナの木が沢山実をつけたので、勿体無いから何かにするかとバナナケーキにしてお店で出したという。

 

理恵さんは食材を無駄にしない賢いお母さんだ。普通のお母さんと違うところは、ただ皿にどかっと盛るのではなく、とても丁寧に綺麗に仕上げること。料理に合わせて食器を選び、どれも品よく美しく盛りつけられている。

 

それもそのはず、理恵さんは寿司や和食の修業をきっちりとしてきたのだ。それを外国でしてきたというのが、また少し変わってはいるのだが。

 

su su soon

冬瓜の炊いたん ピリ辛昆布のせ

 

su su soon

 

「カナダへワーキングホリデーで行ったんですよ。お菓子の専門学校を出て、帰ってきたらまたお菓子屋さんで働くつもりで、ちょっと1,2ヶ月気分転換しようと思って。で向こうでお金がなくなって帰れなくなった時に、知り合った人がお寿司屋さんの大将を紹介してくれて。『お前見た目もこんなんだし、愛想もないし、男か女かわからんし(笑)、寿司教えてあげるから、やるか?』って。それでカナダで寿司を握ることになったんです」

 

成り行きで握ることになった寿司だったが、その面白さに夢中になった。「寿司って、仕込みは魚を捌いて一回寝かしてって色々あるんだけど、いざお客さんと対するときは瞬間の勝負でしょ。マグロって言われて、マグロを切って握って出すってそれだけ。で、すぐにお客さんの反応がパンって帰ってくる。それが楽しくてハマってしまって」

 

1,2ヶ月のつもりが3年後にようやく帰国した。帰ってきてからは和食屋で修業をし、お菓子には戻らなかった。「ケーキは向いてなかったかな。あれは計量が命で、自分は大雑把だから(笑)」と言う。

 

寿司にハマりつつもカナダから帰国したのは、また他の場所へ行きたくなったから。

 

「行きたい国のビザが降りなくて不貞腐れて家でぶらぶらしてたら、うちの親がたまたま新聞でドイツの日本食レストランの求人見つけて。『あんた、ドイツ菓子好きだから行ったら?』って。何にも知らんと面接行って受かったから、そのまま」

 

自分の働く場所、住む場所にはこだわりがない。理恵さんは自分を根無し草だと言う。外国が好きだとか、あんまり深い考えは持ってなくて、いつも行き当たりばったりなのだとか。こんな経緯でドイツへ渡り、帰国したら、今度は友人が沖縄市パークアベニューの空き店舗対策事業、ドリームショップの話を持ってきた。理恵さんは根無し草だからどこかに根を張らせないとと、店が持てる沖縄行きを勧めてきたのだ。

 

パークアベニューは色んな国の人が住む多国籍の町とガイドブックで読んだ。それで逆輸入寿司と食べるスープとパンの店に決めた。アメリカ人にはカナダで学んだ寿司を、その他の国の人で寿司が苦手の人には、ドイツで学んできた具だくさんスープとパンを。これがSU-SU-SOONの始まりで、今から13年前のことである。

 

su su soon

モウイともずくの酢の物

 

「最初の頃は外人相手ということもあって、盛り付けを凝ってもっと華やかにしてたんですよ。ロール寿司にフルーツのソースかけたりね。でもセンスよくおしゃれにっていうのにちょっと疲れてきて。なんか普通がええなって。どうせ根無し草で、大きな家に住みたいとかないし、普通にやれたらいいんです。普通に暮らせたら。だから料理も特別じゃなくて普通の料理」

 

店の場所を北谷に移し、心機一転、毎日食べても飽きのこないご飯をコンセプトに据えた。とはいえ、寿司を捨てるのは勿体無いからそのまま続け、自分が好きだからとパンケーキを新たにメニューに加えた。

 

su su soon

 

su su soon

 

北谷に店を構えてからもSU-SU-SOONは、少しずつ変化している。ランチが定食スタイルからバッフェになったり、料理教室を始めたり、生姜製品の販売をしたり。全てのきっかけは、お客の要望からだった。

 

「イベント的に、1週間くらいお昼をバッフェスタイルにしたんです。そしたら今までは来てくれることのなかった近所のおばちゃん達が来てくれて。1週間のつもりだったんだけど、次の週来たおばちゃんが『あんた、友達に紹介したのに止められたら困るさ』みたいな感じになって、じゃこのスタイルがいいなと」

 

料理教室は、「ここのパンケーキの作り方を教えてほしい」との客のたっての希望から。「『うち人集められんから』ってやんわり断ったら『じゃ何人集めたらやってくれます?』って。『最低5人かな』って言ったらすぐ電話がかかってきて、『7人集めました!』って。うわー、じゃ、やらなしゃーないって(笑)」

 

瓶詰めのジンジャーシロップも。「東京の物産展でジンジャーエールを出していたら、毎日それを飲みに来てくれるお客さんがいて。そのお客さんがどうしてもシロップを売ってくれって。そんなに言ってくれるんやったらって、デパートの人と相談して急遽販売したのが始まりなんです」

 

理恵さんは、頼まれたら嫌と言えない性格なのだろう。

 

「今まで何でも『やりましょか』って言ってきて、少し広くやりすぎたかな。最近はちょっと専門店みたいなのしたいなって。一坪くらいのとこでスープだけ売ってます、みたいなの。なんか専門店ってかっこいいじゃないですか。俺は手羽先一本で勝負してるぜ、とか(笑)。でもまあこういう何でもありなのも、お客さんが楽しんでくれたら、それはそれでいいかな」

 

su su soon

冷やしトマトのざくろ酢マリネ

 

su su soon

ジャガイモの素朴なコロッケと県産鶏のアーサー衣揚げ

 

もうおわかりだろうが、理恵さんが普通のお母さんと一番違うのは、“大阪のおもろいおかん”だということだ。

 

店名の由来を聞くと「寿司の“す”とスープの“す”で、それが早いで、SU-SU-SOONですわ」と真面目に言ったり。メニューには、“カリフォルニアロール”などと並んで“コレステロール”なんて寿司もあったり。思わずクスっと笑ってしまうのだ。

 

ほっこりして、ちょっと可笑しい店、SU-SU-SOON。今日もふらっと、“ふつうの美味しい”を食べに行こう。

 

文 和氣えり

 

su su soon
ごはん屋 de SU-SU-SOON(スー・スー・スーン)
中頭郡北谷町浜川208-8
tel&fax 098-936-6237
11:00~15:00(LO14:30)
17:00~22:00(LO21:00)
close 火曜
blog http://sususoon.ti-da.net

 

TANAKA

ゴーディーズ

 

「店名は、僕の大好きな映画の主人公からとったんです」

 

アメリカ人も多く訪れる北谷のハンバーガーショップ“ゴーディーズ”のオーナー、小林瞬治さんは、少年のように目を輝かせる。

 

ピンときた人もいるだろう。そう、映画“スタンド・バイ・ミー”の主人公ゴーディが、店名の由来だ。“ゴーディの店”、“ゴーディのハンバーガー”。

 

店内は、その映画の時代を彷彿とさせるアメリカのアンティークに溢れている。

 

タイムスリップしたような空間で食べるハンバーガーは、まさに“肉肉しい”という表現がぴったり。牛肉そのものの、しっかりとした味わいだ。パテ以外に、パンやBBQソースやチーズも一緒に口に入るのだが、まずまず際立っているのが、肉の味。ぷっくりとまん丸で、噛めば肉汁じゅわ〜のハンバーグもいいけれど、ゴーディーズのパテはそれとは異なる。肉を噛んでいるぞという歯ごたえがしっかりあって力強い。脂もあまり感じない肉そのものの味を楽しめるハンバーガーだ。

 

ゴーディーズ

 

ゴーディーズ

 

おいしさのヒミツはその作り方にある。

 

「粗挽きなんですよ、すごく。普通の牛ミンチって2ミリくらいのちっちゃいのなんですけど、うちは9ミリ。通常ミンチって粘りが出るまで混ぜるじゃないですか。うちはほとんど混ぜないで、ポロポロ〜みたいな。だから成形するときは、ポロポロこぼれるくらいの感じ。つなぎは入れてないですね。味付けで炒めた玉ねぎを少し入れてるんですけど、卵とかパン粉は一切入れてないです。それを網で焼いて、余分な脂は落としてます」

 

オリジナルなのは、パテだけじゃない。パンも自家製だ。

 

「最初パン屋さんに注文して作ってもらうつもりでいたんですけど、作ってもらったものがイメージに合わなくて。もうちょっとこうしてくれと注文すると、値段が跳ね上がったり。じゃあ、自分たちで作ってみるかって話になって。そこで初めてパンの本買ってきて、自分達で作ったんです。そしたら、頼んで作ってもらったのより美味しくできて、じゃあ、これでいく?って(笑)」

 

パンは柔らかくてふんわり。ものすごくボリュームのあるハンバーガーだが、思いっきり口を開ければなんとか入るのは、パンの柔らかさのおかげ。柔らかいから肉にも難なく到達できて、そして肉の味をじゃましない、いい引き立て役だ。

 

パンだけでなく、手作りのBBQソースも、炭火で焼かれた香ばしい肉の味を引き立てていて、「すごく美味しいです!」と思わず小林さんにそう伝えると、「こんなのは普通です」とちょっと拍子抜けするような言葉が。

 

小林さんは、他店にはないオリジナルなものをと、炭火で網焼きにしたり、ひき肉の大きさやパテの配合や捏ね方を工夫したり、パンやBBQソースも自家製だったりと、こだわりを持って美味しさを追求している。

 

なのに「普通」って?

 

「 パテを炭火で焼いているのは、こだわりってほどのもんじゃないんです。キャンプが好きなんで焚き火してる感覚で仕事できたら楽しいかなって(笑)よくある鉄板でグリルするんじゃ面白くないじゃないですか。僕達が提供したいのは、アメリカの本物というか、向こうのリアルな食文化。和風なんとかバーガーとか、創作のハンバーガーはやらないんです。パフェじゃなくてサンデー、スムージーじゃなくてシェイクね。うちは朝ご飯で、パンケーキも出しているんですけど、いま流行りのフルーツや生クリームが乗ってるようなハワイアンパンケーキはやらないんです。ニューヨークとかで朝ご飯食べたら、出されるパンケーキってちょっと素っ気ないくらいの、普通のやつなんですよ」

 

ゴーディーズ

 

予想に反したのは“普通”発言だけではなかった。小林さんはこうも言う。

 

「実は僕、ハンバーガーにそんなにこだわりがあるわけじゃないんです。ハンバーガー屋やってると、ハンバーガーマニアみたいに思われるじゃないですか。全然全然。僕、ラーメン大好きだし(笑)」

 

え? ハンバーガー専門店なのにハンバーガーにこだわりがない?では、小林さんがお店で一番大切にしているものは、何なのだろう。

 

ゴーディーズ

 

ゴーディーズ

 

「本当にこだわってるのは、この雰囲気なんです。昔のアメリカの田舎にあるドライブインのイメージ。このイメージに合う食べ物がハンバーガーだったってだけで、イメージの方が先なんです。もちろん味も落とせないけど、ただ美味しいというだけじゃなくて、この雰囲気を楽しんでほしいんです。ここに置いてある雑貨見て、このランプ面白いなーとか、ここ日本なのにアメリカっぽいねーなんて思いながら、ハンバーガーを食べてくれたらいいなって」

 

一番大切にしてるのは、“アメリカの雰囲気や気分”。そのイメージは、店を始める何年も前から温め続けていた。

 

「あの椅子とか、お店オープンの3年前から買っちゃったり。あのランプはお店始める2年前に安く見つけて、ずっと新聞紙にくるまれてた。お店やろうって決めた時から、これ、将来店で使おうってグラス1個でも何でもお店につなげて買い込んじゃって。どんどん物が増えて、当時の1DKのちっちゃい家が倉庫みたいになっちゃったんです(笑)オープンしてからも、内装はしょっちゅう自分達で変えてますよ。もう趣味です、趣味」

 

そう言うほど、お店の空間や雰囲気作りに余年がない。その理由は、何を隠そう、小林さんは小さい頃から家族に「アメリカかぶれ」といわれるほど、アメリカに心惹かれているからなのだ。

 

ゴーディーズ

 

ゴーディーズ

 

「最初のきっかけは、父親に買ってもらった本なんです。僕がまだ小学校1年か2年の時、本屋に連れていってもらって、『何でも好きな本買っていいぞ』って言われて。普通はマンガとか買うんでしょうけど、僕はアメリカのカタログ。これがいいって言って。アメリカの模型とか家具とか車、バイクなんかが載ってる本。その本をそれからずっと愛読してました」

 

小さい頃から古いもの、アンティークが好きだった小林さん。それは大人になった今も全く変わらない。驚いたことに、小林さんは、中学生の頃に買ったものをまだ大切にとっている。それは、カウンター奥の棚の片隅に飾られて、インテリアの一部に収まっていた。まだ開けられていない、黄色いパッケージに入った小さなレーシングカーセットだ。

 

「普通だったら買ったら開けて遊ぶんでしょうけど、家に飾ろうと思ったから開けてないんです。遊ぶ用と飾る用、2つ買うお金もなかったですしね」

 

「それで、小学生の時に、“スタンド・バイ・ミー”の映画観て。僕の好きなものがいっぱい詰まっていて、ものすごく影響を受けました。大人になってから、バックパック背負ってアメリカの西海岸を放浪したんですけど、映画の舞台になったオレゴン州ももちろん見てきましたよ」

 

アメリカの話になると、途端に目を輝かせて饒舌になる。そして次から次へと楽しい話がポンポン出てくる。その様子は、”スタンド・バイ・ミー”で夢中に冒険を続ける4人の姿と重なる。

 

ゴーディーズ

 

ゴーディーズ

 

昔からある、古くて変わらないもの。この店にはそれが沢山ある。アメリカのスタンダードなハンバーガー。1950年代のアメリカ西海岸の風情。そしてオーナーの、子供の頃から持ち続けている思い…。

 

「お前、アメリカにかぶれやがって」と小林さんを小バカにしてた8歳年上のお兄さんは、当時特攻服にハチマキがお気に入りの生活(笑)。そのお兄さんは、小学生の小林さんに勝手に剃りこみを入れた。

 

その写真が、彼のスマートフォンに大切に収まっていた。

 

剃りこみが入った髪型で、ヤンキー座りをしている12歳の小林さん。大人ぶって背伸びをしているけれど、顔にはまだあどけなさが残る。その姿は、まるで秘密のツリーハウスでタバコをふかしていた、スクリーンの中の少年達だ。

 

大人になったゴーディが、12歳の頃の親友を今でも一番大事に思っているように、小林さんはその頃の自分や自身の思いを今でも大切に持ち続け、店に出ている。

 

文 和氣えり

 

ゴーディーズ
GORDIE’S(ゴーディーズ)
中頭郡北谷町字砂辺100-530
098-926-0234
BREAKFAST 8:00~11:00(土・日のみ)
LUNCH・DINNER 11:00~21:30

 

TANAKA

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

幾種ものパンに色とりどりのお惣菜、ワインや調味料、生き生きとした野菜があるかと思えば、インテリアグッズまで。ベーカリーだと聞いていたのだけど、一体ここは何屋さん?

 

「食と住のコンセプトショップなんです。DIYを通して、自分の生活を豊かで楽しいものにしてほしい。そんな提案ができるお店を目指しています」

 

そう話すのは、キュートな笑顔が印象的なオハコルテアートディレクターの豊田里絵子さんだ。

 

DIY =Do it yourself.

 

本来の意味は、”自分で作ろう”。ただ、オハコルテベーカリーにかかると、この言葉が広がりを持つように感じられる。”自分で生活を楽しく彩ろう”。そんな風に聞こえるのだ。

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

DIYって日曜大工のことと思いがち。だけど暮らしをより楽しく工夫することもDIYなんだよと、気づかせてくれる。

 

例えば毎日の食事。適当にすますのではなく、自分で丁寧に作れば、それもDIYだ。オハコルテベーカリーでは、お店のメニューを家でも作ってほしいとレシピを公開している。人気メニューの”たっぷり野菜のもちもち生パスタ”は、野菜を炒めてペペロンアンチョビオイルを加え、茹でたパスタと絡めて味を整えるというシンプルな作り方。本格的な味なのに、自分にも作れそうと思わせてくれる手軽さが、このレシピのいいところ。レシピが掲載されている小さなブックは自由に持ち帰ることができるし、主な材料をお店で買うこともできる。

 

また、早起きして出社前にここでおいしいコーヒーとサンドイッチをのんびり味わう。そんな風に1日を気持ちよくスタートさせるのも、DIYと言えるかもしれない。

 

お店には、食事をしている人だけでなく、ワインとオリーブマリネをテイクアウトする人、植木鉢のサイズを比べている人、ランプシェードについて質問している人も。

 

こんな風に、暮らしにちょっとした楽しさを持って帰りたくなるのが、オハコルテベーカリーだ。

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

「ほんのちょっとしたことで、生活が豊かになると思うんです。そのヒントをここで見つけてほしい」そう言うのは、里絵子さんの旦那様の規秀(のりひで)さんだ。

 

2人は、2008年にフルーツタルト専門店オハコルテをオープンさせ、沖縄の洋菓子界に新風を吹き込んだ。今回はなぜ、専門店とは反対の店にしたのだろう?

 

「僕、街を変えたかったんです。街って色々な選択肢があるべきだと思うんです。このあたりは、オフィス街であり、住宅街でもあるのに、居酒屋とか夜の店ばかりで、選択肢が少ないでしょう。みんなもっと毎日の暮らしを楽しみたいと思ってるんじゃないかって。だから暮らしを楽しむヒントを提供できる店にしたんです」

 

規秀さんの言う暮らしの楽しみとは、例えば、朝の時間を充実させるというのがある。

 

「僕の実家がある名古屋は朝からやってる喫茶店が沢山あって、みんなそこで朝ごはんを食べて、朝から元気いっぱいだった。この辺は朝から人がたくさん動いている地域なのに、朝ごはんが食べられるお店がないでしょう。だから店名にベーカリーをつけて、朝ごはんを食べられるお店にして、この店を皮切りに朝から活気のある街にしたかったんです」

 

お店を出すとき、先に業種を決め、それから場所を探すのが一般的だろう。しかし規秀さんの場合は、先に場所ありきで、”そこにあったらもっといい街になるのに”と思う店を出す。普通と順番が逆で、面白い。

 

「潜在的なニーズがなければ街は変わらないと思います。僕は、朝の時間をもっと充実させたいと思っている人が沢山いて、街が変わりたがっていると感じたんです。でも絶対的な確信があったわけではなかったですよ。実際やってみないとわからないですし。どっちだろどっちだろって、51パーセントと49パーセントのものがあって、自分の考えが正しいという自信が51パーセントの方だったら、やる。結構ギャンブルなんです(笑)」

 

規秀さんの”ギャンブル”は、大当たり。まだ開店して1ヶ月程だというのに、朝から客はひっきりなしに訪れ、途切れる気配はまるでない。

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

2人は、この新しいお店を街の人に楽しんでほしいと思っているが、自分達の“楽しい”を押し付けるようなことはしない。里絵子さんは言葉を続ける。

 

「自分たちがいいと思っていても、それをお客様が欲しがっていなかったら、それはただの自己満足だと思うんです。そこはお客様の顔を見ながら、お客様が求めていること、潜在的なニーズを汲み取って、それをお店作りに反映させなくちゃね」

 

里絵子さんがこう考えるのは、手痛い経験をしていたからだ。

 

「僕達、一度店を潰してるんです。自分たちが思う“新しくてかっこいい”カフェを、みんなに求められているかを考えずに、自分たちのやりたいようにやっていたから。そしたら周りに受け入れられなくて、お客さんが全然来なかった。色々試行錯誤して店を変えていってはいたんだけど、どうしたって数字がついてこなくて。しまいには従業員のお給料の支払いが半月くらい遅れてしまって。『自分たちのエゴのために、この子達の生活を脅かしちゃいけない』と、店を畳む決意をしました」

 

最初に出したカフェは、2年しか続かなかったのだ。フルーツタルト専門店オハコルテは、今や本土や海外からも多くの客が訪れる沖縄を代表する店に成長した。そして立て続けにこのベーカリーカフェもオープン。2人は順風満帆な人生を歩んでいると思っていたけれど…。

 

店を潰した後は住む家も失い友人宅に居候をし、多額の借金を抱えて自販機のジュースを買うことすらためらったという。そんな苦労話を、今では笑い話であるかのように明るく豪快に話してくれた。辛酸を舐めた経験をしていることを意外に思う反面、だから2人の発する言葉一つ一つに揺るぎがないのかと、納得もする。

 

規秀さんは、この苦い経験を今のお店作りに活かしている。

 

「最初の店をしていた時、僕の120パーセントの力を出して、すごい一生懸命頑張ってたんです。でも潰れたことで、人1人の力ってなんて小さいんだろうって。それがわかったから、今は周りの人の力を借りて、みんなで一緒にやってるんです」

 

そういえば、規秀さんも里絵子さんも、経営者でありながら、経営者然としていない。上に立つものの権威的なオーラが全くないのだ。肩の力が程よく抜けていて、堅苦しくなくて、なんだか自由。机を並べて仕事をしている従業員とは楽しそうに笑いあい、まるで同士のようなのである。

 

オハコルテベーカリー

 

規秀さんは、生活でも仕事でもなんでも楽しまなくちゃと考えている。

 

「だって、そうじゃないと勿体無いって思うんです。沖縄に来て初めて、仕事って楽しめるんだと知ってしまったから、というのもあります。僕の両親はいつもひたむきに仕事をしていて、そんな2人を見て育ったから、昔は僕も仕事は辛くて当たり前だと思っていたんです。まわりの友人たちも、皆歯を食いしばりながら仕事をしてた。でもね、沖縄に来てカフェに勤めていたとき、オーナーの友人はいっぱい遊びにくるし、お客さんたちとカウンター越しにおしゃべりしながら仕事をして、すごく楽しかった。こんなに楽しいのにお金もらっていいんだって、ちょっと衝撃的で。そしたら上司のイジメに耐えながら仕事をしてたのが、バカバカしくなって。みんなに『何でも楽しくやっていいんだよ』って教えたくなっちゃったんです(笑)」

 

里絵子さんが言葉を継ぐ。

 

「だから、うちのスタッフの仕事は、パンを焼くこと、料理を作ること、接客をすることじゃなく、ズバリ“お客様を楽しませること”。楽しい気って伝わるから、スタッフ自体も仕事を楽しんで、お客様にもその楽しさが伝わればいいなと思っています」

 

楽しむ秘訣として、規秀さんは、嫌なことはやめ好きなことだけをすることだ、ときっぱり言い切る。

 

「例えば、横柄なお客様がいらしたとしても、無理にへりくだる必要はない。僕達は僕達ができることを提供するし、お客さんはそれを気に入ってくれたら求めてくれればいい。対等な関係だと思うんです。だから無理に接客して、嫌なことをする必要はない。仕事に限らず、みんなもっと心に正直に生きたらいいし、やりたくないことはやりたくないっておっきな声で言ったらいい。みんな色々と我慢しすぎだなって思うんです」

 

一方、里絵子さんの楽しむ秘訣は、何でも1人で抱え込まないことという。

 

「1人で作り上げるより、チームで作りあげる! 例えば、単純作業を1人で10時間続けるより、2人でおしゃべりしながら5時間でやるほうが、絶対楽しい! 私は器用だけど、頭で考えるのは苦手とか、頭で想像するのはすごい楽しいんだけど、それをどう形にすればいいかわからないとか、苦手なことは、みんなで知恵を出して補え合えばいい。1人で全て抱え込まないで、みんなでワイワイやるの。みんなと一緒だったらできないことなんてないように思うの」

 

2人とも、仕事もとことん楽しんでいるのが伝わってくる。そんな中、最後の言葉は、確固たる自信が満ち溢れているように聞こえた。

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

オハコルテベーカリー

 

「僕ね、街並みを作りたいんです。色んな国の街作りを見てきて、みんなが好きな街というのは、日本であれば、京都だったり、鎌倉だったり。そういうところに共通しているのは、街並みが統一されているということだと思うんです。でも沖縄には揃った街並みがないでしょう。だから沖縄に、統一された街並みを作りたいんです。その街には、リアルに人が生活していて、自分の理想とするお店が並んでいて。お店っていうのは三次産業だけど、その店の背後に、二次産業や一次産業もある、地場産業を持っている街作り。今僕がやっているタルトショップやベーカリーは、その街の中に作りたい店の1つで、実はそこへ向けてのステップなんです」

 

なんと、オハコルテも、このオハコルテベーカリーも、2人にとって夢の入り口の店にすぎなかったとは。夢のあまりの大きさに驚いていると、里絵子さんがそっと教えてくれた。

 

「この人、食と住は得意なんだけど、衣はあんまり得意じゃなくて。でも、その街では食と住だけでなく衣もやりたいって。それは、自分が着る洋服を選ぶの面倒臭いから、誰かに自分の好きなテイストの服屋をやってもらって、自分はそこで買うからって(笑)」

 

規秀さんの頭の中には、沖縄の新しい街並みの具体的な青写真がすでにできているようだった。彼の頭の中は、こんなのがあったらいいな、あんなのがあったら楽しいな、と”楽しい”がいっぱい詰まっている。なんだか聞いているこちらもつられて楽しくなってしまう。

 

そんな新しい街を想像していたら、ふと、オハコルテベーカリーのコンセプトである、”DIY”の本当の意味がわかった気がした。

 

”DIY” 本来の意味は、”自分で作ろう”

 

でもオハコルテベーカリーの”DIY”は、”自分の思うがままに、自由に、人生を楽しんで”。そんな意味に感じた。

 

文 和氣えり

 

オハコルテベーカリー
oHacorté bakery(オハコルテベーカリー)
那覇市泉崎1-4-10
098−869−1830
open 7:30〜22:00
close 水
http://ohacorte-bakery.com

 

お知らせ
oHacorté、oHacorté bakeryではスタッフを募集しています。
詳しくはこちらを御覧ください。
関連記事:oHacorté Bakery(オハコルテベーカリー)暮らし全部をDIY! 食と住のコンセプトカフェ

 

TANAKA

めえみち

 

「私ね、かごの中の鳥なんですよ。1日中ずっとここにいるの」 

 

控えめな笑顔が印象的な“めぇみち”の店主、池 博美さんが笑う。

 

博美さんが言う“かごの中”とは、2メートル四方程度の、カウンターの中のことだ。店に入ってすぐ視界に入り、博美さんが笑顔で「いらっしゃいませ」と迎えてくれる場所である。そのこじんまりとした“かごの中”には、博美さんがおむすびをむすぶ台や飯釜、食材が入ったタッパーなどが、整然と並んでいる。

 

手を伸ばせば全てに届くスペース。そんな狭い場所に1日中いて、ストレスが溜まらないのだろうか?

 

「私ね、おむすびをむすぶのが楽しくて楽しくてしょうがないの。だから1日中ここでおむすびをむすんでいたら、とても幸せなのよ。だってお客様は、今日会ったばかりの私が素手でむすんだおむすびを、なんの躊躇もなく口に運んでくれた上に、おいしいって言って下さるのよ。こんなありがたいことはないわ」

 

めえみち

 

そう言いながら、手際良く、そして何より美しく、おむすびをむすんでくれる。玄米ご飯をお茶碗に一度取り量を確認したら、大きなまな板の上で軽く成形する。そして、手のひらで優しくリズミカルに、むすぶ。その後、ご飯が隠れるよう全体に、2枚の海苔を丁寧に貼り合わせた。

 

めえみち
めえみち

 

「ゴーヤー味噌のおむすびは、どこを食べてもゴーヤー味噌を味わえるように広げて具を載せるの。にがなと麹漬グルクンのおむすびは、ご飯に混ぜ込むのね。混ぜ込むタイプのおむすびは、具が混ざる分、海苔が剥がれやすくなってしまうの」

 

そう言って博美さんは、継ぎ足し用の小さくカットした海苔を、丁寧に隙間に貼りつけた。

 

出来上がったおむすびは、海苔でくるまれ真っ黒で、コロンとして、かわいらしい。こんなに美しく作られたおむすびは、見たことがない。

 

めえみち

玄米おむすび2個と、カチュー湯、丸干しイワシ、モズク納豆、香の物、季節の野菜、デザート、お番茶のセットで1050円

 

食べ物を口にした時、その食べ物のパワーを感じたことがある。「んんっ? 何これ?」と驚くのだけど、“味のおいしさ”に驚くのとは違う。“食べ物に力が宿っていることを感じて”驚くのだ。めぇみちのおむすびに感じるのは、まさにその力だ。

 

お米の一粒一粒がバラバラにならず、かといって潰れておらず、口のなかでほろっとほどける。ご飯の味も、具の味も、海苔の味も、それぞれ全てがおいしい。3つが合わさると、もっとおいしい。ずっとずっと噛んでいたくなるほど、ほんのりと甘みがあって、優しくて、じんわりとする。温かくてほっとするというのもあるけれど、腹の底から静かに力が湧いてくるというのも、ある。

 

めえみち

 

シンプルな料理ほど、本当においしく作るのは難しい。その最たるものが、おむすびではないだろうか。むすぶ手の動かし方、力の入れ具合、ご飯と具のバランス、海苔とのバランスなど、一つ違えば、うーんとなるのがおむすびだ。

 

どうすれば、博美さんのように何もかも完璧にむすべるの? むすび方のコツは何なのだろう。

 

「えー、わからない」「うーん、何て言ったらいいんだろ」

 

博美さんは、言葉に詰まった。なかなか次の言葉が出てこない。やっと出てきた言葉は、こうだった。

 

「私にむすび方を教えてくれた人がいてね、初女さんっていうんだけど、『これくらいよ』って私の手を上から握って、力加減を伝えてくれたの。『たなごころでむすびなさい。そこにおむすびがあることを考えてあげてむすびなさい。ご飯の一粒一粒が呼吸できるように』って」

 

博美さんは肌で、むすび方を伝えられた。感覚で体得しているから、それを言葉で表現するのは難しかったのだ。それにしても、そんな優しい伝え方をする初女さんって、いったいどんな女性なのだろう。

 

めえみち

 

”初女さん”とは、青森の岩木山の麓で、憩いと安らぎの家”森のイスキア”を主宰する福祉活動家の佐藤初女さんのことだ。”森のイスキア”には、悩みや病を抱えた人が全国からやってくる。そこで一緒に食事を作り、食べる。初女さんが、心を込めておむすびをむすんでくれるのだ。

 

博美さんが、おむすびの店をすることになったのは、初女さんとの出会いがあったからだ。

 

最初に初女さんを知ったのは、ラジオだった。流れてきた「自殺を思いとどまるおむすび」というフレーズが、心に残った。しかしその後すっかり忘れていたそうだ。あのフレーズを再び思い出すのは、半年後、博美さんが体調を崩して入院した時だった。

 

「私も健康なときなら、そんなことあるかしらね?ぐらいに思ってたんだろうけど、入院してね、心細くなったんでしょうね。あの元気になるおむすびのことをふと思い出して。こんな時に食べたら、本当に元気になるのかなあって」

 

退院後、どうしても気になる博美さんは、あのラジオの声の主が誰だったのか探り始めた。半年間も尋ね続け、諦めかけていた時、ようやくあの声の主は”佐藤初女さん”だと知った。早速”森のイスキア”と連絡を取り、青森まで出かけることに。

 

「行ってくるから、母さん」「どこに?」「青森へ」「何しに?」「おむすびを食べに」

 

意気揚々としてこんな会話を、娘さんとしたそうだ。

 

しかし、出発の日に台風が沖縄を襲う。搭乗予定便がキャンセルになるなどしたが、諦めることなく根気強く待って待って、なんとか青森まで辿り着いた。

 

めえみち

 

”森のイスキア”へは、リンゴ畑を抜けて行くのだそうだ。タクシーで向かう道すがら、運転手さんの「なんでこんなところに、あんなに人が集まるんだろうねえ。とにかく沢山人が来るんだよ。普通のおばちゃんなんだよ」と言った言葉が忘れられない、と博美さんはくすくすと笑った。

 

満月の月明かりにぼうっと照らしだされた”森のイスキア”に到着すると、初女さんが出迎えてくれた。第一印象はどうだったのだろう。普通のおばちゃんだったのだろうか?

 

「普通のおばちゃんというより、自分の本当のおばあちゃんみたいだった。初めて来たのに、自分の実家に帰ったみたいでね、『遠くからよく来たわね』『お腹すいたでしょ』『お風呂にお入んなさい』ってね。すごく人のことを包み込んでくれる感じなのよ」

 

とても温かな空気が流れていたんだろうなと想像がつく。夕飯をごちそうになり、初女さんのおむすびを食べたとき、博美さんは、自分でも意外に思う言葉を口にした。

 

「このおむすびを仕事にしたいです」

 

博美さんは、おむすび屋を営もうなんてことは、初女さんのおむすびを口にするまで全く思ってなかったという。そればかりか、飲食店をしようなんてことすら思っていなかった。なのになぜ、そんな言葉を?

 

「なんででしょうね。自分でもよくわからないわ。もう自然に、自分の気持ちのまんまに、湧いてきた気持ちをぽって言ってしまったの」

 

初女さんのおむすびには、不思議な力が宿っているようだ。この突拍子もない申し出に対し、初女さんは、何ら戸惑うことなく二つ返事で「おやんなさい」と言ってくれたそうだ。

 

「『じゃあ、明日教えてあげるわね』って。その翌日はね、本当は初女さんは取材で県外へお出かけになる予定だったの。けど直前にキャンセルになったんですって。スタッフの方がね、『キャンセルになるなんて初めてよ。きっとあなたのために先生の体が空いたのね』って」

 

起きることは全て偶然ではなく必然…そんな言葉が頭に浮かぶ。翌日の3回の食事は3回とも、初女さんとともに梅干しのおむすびをむすび、食べる。ただそれだけだったそうだが、「今までにない大事な大事な時間だった」と、愛おしそうに博美さんは言った。

 

めえみち

 

このおむすびを仕事にする。そう思って沖縄に帰ってきた博美さんだったが、なかなか実現に至らなかった。お店をするといっても経営のことはわからなかったし、子育て真っ最中で経済的な不安もあった。

 

「その間、何回か初女さん、沖縄に講演でいらしてね、初女さんにお会いする度に心苦しかったの、お店をできていないことが。でもね、そのことを初女さんに詫びるといつも『大丈夫よ。気持ちはあるんでしょう? 変わらないんでしょう? それなら大丈夫、道は開けるから。焦らなくていいのよ』と言ってくださったの」

 

初女さんが、博美さんの背中をそっと押してくれたのは、これだけではない。

 

いざお店をオープンさせたものの、博美さんはこれでいいのかと不安で悩み続けていた。娘さんからは「母さん、おむすびなんかで食べていけるの」と言われていたし、お客には「おむすびが大きすぎる」やら「おむすび1個が250円なんて高すぎる」やら「玄米はまずい」やらと言われていたからだ。

 

「不安がなくなったのは、初女さんが私のお店に食べに来てくださってからよ。初女さんが、私のおむすびを食べて一言『うん、これなら大丈夫』と言ってくださったの。これが免許皆伝じゃないけど、私のなかで全てが腑に落ちた瞬間だった。ああ、わたしはこれで生きていくんだなって」

 

初女さんと博美さんの縁は、青森でだけじゃなく、その後もずっと続いていたということだ。博美さんが不安を抱えるたび、初女さんが現れ、初女さんの言葉で、勇気づけられ救われていたのだから。

 

めえみち

 

博美さんは、初女さんから教わったおむすびの基本は踏まえつつ、博美さんらしいオリジナリティを加えている。例えばお米。初女さんのは白米だが、めぇみちのおむすびは、2分搗きの玄米だ。

 

「玄米にしたのはね、他店ではあまりないということもあるけれど、自分が普段おいしいと思って食べているものじゃないと、これからずっとお客様にお出しできないと思ったからよ。最初はね、玄米に小豆を混ぜていたの。でも小豆が主張しすぎて具をじゃましちゃうから、今は具のじゃまをしない、もちきびとキヌアとレンズ豆を混ぜてます。なぜ入れるのかというと、おむすび1個で食事になるよう、栄養面を考えてね」

 

めえみち

 

博美さんのオリジナルはお米だけにとどまらない。バジルやミントなど、少しびっくりするようなものも具にしてしまうのだ。

 

「バジルはバジル味噌にするの。どうしてこんな具が生まれたかというと、お客様から沢山のバジルを頂いたから! バジルと味噌って意外と合うし、評判いいの。お客様から『バジル味噌作っておいてね』っていつもリクエストされてしまうもの。で同じようにミント味噌も作ったら、こっちはスッとする清涼感があってね、これもいいのよ」

 

上等な有精卵を頂いたときには黄身の醤油漬けや味噌漬けけなど、頂いたものを無駄にすることなくおむすびの具として成立させ、おむすびの可能性を広げてしまう。それほど博美さんの腕が素晴らしいということだ。

 

めえみち

ローストしたビーツにオレンジ、ブルーチーズ、ざくろを合わせためぇみちサラダ(季節によって野菜は変わります)。光り輝く宝石のような、美しい一品。

 

めえみち

鯖のパンロースト。いつもの鯖が垢抜けたおしゃれな料理に。めぇみちのおむすびとも相性がよい。

 

めえみち

ベリーソースのパンナコッタ

 

めぇみちは、2012年に那覇市泊から宜野湾市大山に移転し、それをきっかけにイタリア料理を中心とした洋食ともコラボレート、益々その料理に広がりを見せている。

 

「私はおむすびで、シェフは洋食って、それぞれ担当はあるんですけどね。こんな材料あるよ使ってみたらとか、これと合わせてみたら、というようなヒントをもらうことは多いです。あ、これとか、ぬか漬けのズッキーニね。ズッキーニはぬか漬けにしたことはなかったんですけどね、シェフに言われて、そういえばウリみたいだしおいしいはずって。それからキャベツに栗を合わせたのも。キャベツはお漬物にしようと思ってたんですけど、たまたま栗があって、シェフが栗と合わせてみたらって。あと、おむすびの中のレンズ豆も、シェフがレンズ豆のカレーを作ってたところからヒントをもらったんですよ」

 

めえみち

 

めぇみちのおむすびは”出会いが生んだおむすび”だと、つくづく思う。佐藤初女さんとの出会いはもちろん、バジルをくれたお客との出会い、イタリア料理を作るシェフとの出会いがあって、今のめぇみちがある。そんな出会いを呼ぶのは、ひとえに博美さんの人柄のなせる技だと思うのだ。

 

博美さんの周りには、博美さんの力になりたいと思っている人がいっぱいいる。

 

「本当に困っていたときにね、お店の前に”今、扇風機とオーブンが必要です。余分にありましたらお譲りください”と書いておいたの。そしたら店の前にそっと置いておいてくださる方がいらして。それも箱に入ったままの新品を。本当にありがたい」

 

これだけでなく、博美さんは普段から色々なものをもらっている(笑)。「こんなものあるけどお店で使う?」「博美さんならもらってくれると思って」などと言いながら、いつも何かを手にして訪れる客が多いのだ。

 

博美さんに何かをあげたくなってしまうのは、普段から博美さんが周りの人に色々なものを与えているからだと思うのだ。博美さんとの他愛もない会話を通じて、なんだか気持ちが温かくなったり、穏やかになれたり。博美さんのむすんだおむすびを食べて、思いやりを感じたり、ほっとして元気になれたり。博美さんの優しさが周りに伝染して、みんなが優しくなる。そこからかけがえのない出会いが生まれていく。

 

博美さんは言う。

 

「初女さんがむすんでくれたおむすびを食べたら、やっぱりね、元気が出るんですよ。それってね、おむすびプラス初女さんだから。初女さんは、100パーセント200パーセント目の前の人を受け入れてくれる愛情がある。だからだと思うんです」

 

そのまま”初女さん”は”博美さん”に置き換えられると思った。

 

現に多くの客は、”初女さんのおむすび”ではなく、”めぇみちのおむすび”を食べに、足繁く通っているのだから。

 

文 和氣えり

 

めえみち
イスキアのおむすび めぇみち
宜野湾市大山2-6-5
090-8292-7168
open 12:00~22:00 (日曜 ~17:00)
close 月・火
http://mehmichi.ti-da.net

 

TANAKA

イタリアンハウス

 

「沖縄でいう『味くーたー』てね、素材の味をしっかり味わえるということだと思うのよ。今の若い人は、化学調味料の味かなんかと勘違いしているみたいだけどね」

 

昭和51年オープンの老舗、イタリアンハウスのオーナーの玉城万敬さんの言葉からは、確固たる自信がうかがえる。

 

「素材の味をしっかり味わえる料理」

 

その言葉には、字面以上の意味があった。

 

イタリアンハウス

 

イタリアンハウスの料理は、出てきたらすぐにありつきたくなる。グツグツと音がしたり、チーズがとろ~りとろけだしていたり、ふわっと食欲をくすぐるにおいがしたり。まるでどの料理も「早く食べて~」と言っているかのようなのだ。

 

グラタンはホワイトソースがクツクツと踊った状態で出てきて、思わず「わあっ」と歓声をあげてしまう。フォークを入れると、ソースのきめ細やかさ滑らかさをまず感じる。さらりとしているが、ちゃんと具に絡みつく絶妙な濃度だ。具をフォークで持ち上げると、適度にソースが絡み、余分なソースは皿に滴り落ちる。

 

聞くとミルクとブイヨンの割合は半々なのだそう。そして2種類のチーズがソースにコクを与えている。具は、エビ、ホタテ、マッシュルーム、シメジ、玉ねぎ、マカロニがたっぷりと入っている。

 

「うちはボイルしたものは使わないよ。だからエビもホタテも生」

 

玉城さんの言葉にハッとした。ああ、そうか。ホワイトソースが美味しいのは、具材の出汁が入っているからなのだ。それに、具材自身にも、噛むとじゅわっとエキスが滲み出る本物の美味しさがある。

 

イタリアンハウス

 

ピザには、ポテっと分厚くチーズが乗っている。そのチーズのこってり味に負けない具材は、もちろん素材の味が生きているものを。ビーフミートは手作りだし、ハムなどの加工食品も、噛むほどに味が出てくる本物を選んでいるという。

 

メニューに多いのは食べ慣れている家庭的なものながら、家庭では決して真似できない味わいがある。それは、「素材の味をしっかり出す」という玉城さんの信念から生まれていた。

 

玉城さんは、素材を生で仕入れることに強くこだわる。茹でたものと比べてそんなに変わるものなのか。

 

「ボイルしたものは、安いしね、手間も少なくなるからねそれはいいかもしれん。でもね、ボイルした時点で、おいしい部分は、茹で汁に逃げ出して行ってしまうわけよ。で、そのゆで汁は、工場では捨てられて商品にはパックされないさーね。茹でられた半製品っていうのはね、ダシがらみたいなもんよ」

 

なるほど、生を使うことで素材の旨みを茹で汁にではなく、料理自体に染み出させているということだ。だからグラタンのエビは、旨みたっぷりで、ホワイトソースにも海鮮の味を感じることができたのだ。

 

イタリアンハウス

 

玉城さんの素材選びのこだわりは、海鮮だけにとどまらない。当然肉を選ぶ目も厳しい。

 

「ピカピカしている豚肉は、夏バテしている豚のだから固くておいしくないよ。もともと合挽きになっている肉も買わないね。何がどれだけ入っているか分からないからね。仕入れて肉質の悪いものは、納得するまで返品するよ」

 

すると横で聞いていた奥様の直子さんが、すかさず続ける。

 

「この人、業者さんには厳しいのよ。文句が言えるのは長年の付き合いで信頼があるからなんだけどね(笑)」

 

長年付き合いのある業者さんが相手でも、馴れ合いになることは決してない。

 

「だってお客さんの舌はごまかせないよ。お客さんも長年うちに通っているから、味が変わるとすぐにわかって指摘されちゃうからね。『今日の肉は固いね』って」

 

そういえば、肉にも旬があると聞いたことがある。肉の旬は冬なのだそうだ。「動物は、冬のほうが脂肪を溜めているから、いい質の脂でおいしい」のだそう。旬でない夏場でも年中変わらない味を提供するため、長年の経験で培った眼で、厳しく肉を選択する。

 

素材の味をしっかり出す料理の秘訣は、もちろん調理にも。

 

「ミートソースは、豚のだし骨からとった豚骨スープで伸ばしているよ。うちのミートソースは合挽きでなくて、牛のみ。牛肉から出る旨みに豚骨スープを加えることで、鍋の中で合挽き状態になるわけさ」

 

家庭では、炒めた牛肉と野菜からいいだしが出るから、水で伸ばすのが普通だろう。しかし玉城さんは、具の牛肉の旨みだけでなく豚骨の旨みもプラスして、より深い味わいを作り出す。

 

その豚骨スープの取り方にも玉城さんのこだわりがある。豚骨は1度オーブンで焼くというひと手間をかける。臭みを抜いておくのだ。その後おいしい旨みだけを引き出すよう、6,7時間かけてじっくり煮込む。

 

イタリアンハウス

 

玉城さんの実践する、素材の旨みを逃がさない調理法の原点は、直子さんのお母様の料理法にある。

 

「お義母さんが作る料理はいつもおいしいのに、僕が作ったのはね、なんか違うわけよ。なんで違うのかねーと考えていたら、かあちゃん(直子さん)が言うわけよ。『あんた、茹で汁捨ててるんじゃない?』って。それでピンときたわけさ。肉でも野菜でもだしがあるのに、ボイルしたら茹で汁を捨てちゃうでしょ。その汁がおいしいのに!ってね。お肉の脂とかアクを取るとか言って、2回も3回も茹で汁を捨てるのはね、あれはカッコつけてるだけ(笑)。残ったガラを食べてもおいしいはずないわけさ。臭みやなんかは、灰汁としてしっかりすくいとればいいの。三枚肉を茹でるとき、お義母さんは何時間も鍋の前に座って、丁寧に丁寧に灰汁をすくってたの。それがいいのよ」

 

玉城さんは、この一件があってから、素材の旨みを活かすことの大切さを考えるようになった。

 

プロの目で厳選した素材を使い、その素材の持つ旨みを逃がさず最大限に使いきる。料理の表に出てこないところに、玉城さんは最も手間暇をかけるのだ。

 

イタリアンハウス

 

玉城さんは高校卒業後、すぐ料理の道に入った。東京へも修業に行きイタリア料理を覚え、沖縄海洋博覧会を機に帰沖する。海洋博が終わった頃に念願だった店をオープンさせた。玉城さん26歳の時である。

 

「僕はね、ピザとスパゲッティは絶対売れると思って、ピザとスパゲッティのお店にしたの。でもその当時はやっぱりまだ珍しくて、皆食べ慣れてないものだったみたい。他に比べて値段が高かったのかねー。全然お客が入らなくてね……」

 

そう言って、少し遠い目をする玉城さんに対し、直子さんはその頃のことをにこやかに話す。

 

「結婚して間もなくて、長男がまだ1歳そこらだった。大変な時だったけど、店を持つのが主人の長年の夢と知っていたからね。主人はお店を持つ話しかしないのだもの。もし借金まみれになったら、東京へ出稼ぎに行こうと話してたのよ(笑)」

 

オープン当初の辛かったはずの経験も、今となっては笑い話とばかりに、次から次へと出てくる。

 

「売れるために何でもしたさー。月に1回『ピザの日』というのを作ってね、割引して大判振る舞いしたり。沖縄そばを出したりもしたよ。でもそばはやっぱりそば専門店じゃないとやりきれんさーと止めてみたり(笑)」

 

試行錯誤を繰り返す玉城さん夫婦の努力の甲斐あって、イタリアンハウスのピザとスパゲッティは徐々に人気を集めていく。オープンから約10年後には「豚生姜焼き定食」などの定食メニューが加わり、そして「かつ餃子」というオリジナルメニューが生まれ、と現在の洋食と定食の食堂スタイルに落ち着いた。今では、県外からもお客が訪れる人気の店だ。

 

「最近では、親子2代3代で来てくれるお客さんも増えてるねー。昔から来てくれるお客さんのためにも、あえて昔からの味を変えずに守ってやっているのは、それが嬉しいっていうのもあるね。やんばるからわざわざ食べにきてくれるお客さんがいたり、ガイドブックや誰かのブログを見て空港から直行してくれる観光客がいたり。近所のおじいちゃんが年金からお金を出して、孫がピザを持ち帰りしてくれることもよくあるよ」

 

イタリアンハウス

 

こんなに人気の店だが、息子さんに継がせたいという気持ちは特に強くはないという。

 

「息子らには、好きなことをしてもらえたらそれで満足さ。僕たちの仕事を小さい時から見て知っているから、大変すぎるって分かってるしね」

 

「大変すぎる」のは、玉城さんは何でも手作りしているから。

 

「最近はよく業者が、『これ、使って』と半分作ってあるようなソースを持ってくる。でもね、あんなの使っちゃだめだよ。防腐剤やら何やら色々入っているからね。味をよくするためには、手作りすること、これに限る」

 

例えばビーフミートピザ一つとってみても、ビーフミートは、ハンバーグから手作りしてそれを崩して乗せている。もちろん、ピザ生地も、ピザソースも、タバスコの代わりのタコスソースも手作りだ。

 

メニュー数が多いのに、ほとんどのものをきちんと手作りしているなんて、仕込みに費やす時間は、一体どれほどになるのだろう。そのことを考えると、息子さんたちへの気持ちも残念ながら、うなずけてしまう。

 

イタリアンハウス

 

イタリアンハウス

 

それにしても仲のいい夫婦だ。二人ともとびっきりの笑顔で、互いにツッコミを入れながら、楽しそうに色々な話をしてくれる。お店オープンから約37年、家でも仕事場でも一緒で、けんかになることはないのだろうか。

 

「そりゃ、ケンカするに決まってるさー。でもお互いに必要だから、仲良くするしかない」と羨ましくなるような玉城さんのお答え。

 

そして「必要ってほら、色々愚痴や文句を言えるのは、お母さんしかいないって意味よ」とすかさず照れ隠し。

 

けんかの理由は、やはり料理にあることが多いという。

 

「お客さんの要望にどこまで応えるかでいつもケンカよー。お客さんは、ピーマン抜いてくれとかケチャップくれとか言うさーね。お父さんは料理人だから、自分が決めた組み合わせが一番と思っていて、そういうの嫌がるわけさ。私はお客さんが好きなように食べてくれたらいいと言うんだけどね。それでいつもケンカ」

 

だが最近は少し変わってきた様子。

 

「昔は、他店との競争とか頭にあったけど、今はお客さんの『おいしい』が何よりの励み! だから、お客さんから『ピーマン抜いてもらえる?』と言われたら『いいよ』と快く応える。でもいつものクセでつい間違って入れちゃうことがあるけどね。その時は勘弁ね」

 

玉城さんは、素材の味を引き出して引き出して、しっかりとした旨みを作り出す。それが「おいしい」につながっている。素材の味をこんなに引き出せるのは、プロとしての長年の経験はもちろんのこと、お義母さんからのヒントがあったから。

 

イタリアンハウスが、37年という長きに渡りお客さんに愛され続けている理由。それは、玉城さんの作る料理に、プロが作った完璧さだけでなく、沖縄らしい「あんまーの温かさ」があるからに違いない。

 

文 和氣えり

 

 

イタリアンハウス
イタリアンハウス
那覇市首里石嶺町2-115(JA首里石嶺店の向かい)
098-885-6401
Open 12:00〜23:00
不定休

 

TANAKA

KRAMP

 

「最近は、酸味の強いコーヒーが人気なんです。でも僕はどうしても飲み疲れてしまって。最後まで飲みきれないことが多いんですよね。なので、疲れずに飲み干せる味を目指しました。すっきりしているけど、豆の味はしっかり残っているというバランスで淹れてます。すっきりしている分、量は多めにしてるんですよ」

 

そう言いながら、KRAMP COFFEE STOREの久高哲哉さんは、慣れた手つきでコーヒーをドリップしてくれた。

 

味はたしかに苦すぎないが決して物足りないわけでなく、コーヒー豆本来のコクを感じる。その上で、口あたりはすっきりしているというバランス。なるほど、この味ならこの量をなんなく飲み干せる。「疲れない」とはこのことか。

 

哲哉さんの理想とするコーヒーは、確かに美味しく飲みやすい。だが、自分のこだわりをお客に押し付けたりはしない。

 

「もちろん常連のお客様で、好みを把握している場合は、その味でお淹れしますよ。僕のこだわりよりもお客様の好みが一番ですから」

 

KRAMP

 

エスプレッソの淹れ方には特にこだわりがあるという。酸味を出さないよう、深煎り豆をブレンドする。毎朝一番にその日の温度や湿度を考慮して、豆の挽き目や湯温を調節する。さらに、一般的なエスプレッソ一杯の量に対し、豆を多く使う。などなど。

 

「酸味を出さないようにするのは、やっぱり僕が酸味ない方が好きだから(笑)。豆を多く使う理由は、最初の方で抽出されるスペシャルに美味しい部分だけを味わってほしいからなんです。後半には、あまり味の良くない成分も出てきちゃう。それを混ぜたくなくて。味が落ちる直前を見極めて、パッとカップを引くんです」

 

豆はふつうより多く使うのに、抽出量は少なめ。お店としてこれを続けるのは、きっと容易なことではない。

 

「どれだけ豆を使っても、値段はもちろん同じです……。一律380円(笑)。量はシングルとダブルの中間の、20〜30mlくらいです。僕の淹れ方だと一杯の量にばらつきが出るんですけど、やっぱり美味しいところだけを飲んでほしいから。量ではなく、あくまでも味にこだわっているのでそうしています」

 

KRAMP

 

哲哉さんのこだわりは、コーヒーだけに収まらない。カフェラテ用のミルクも然り。エスプレッソで淹れるカフェラテは、ミルクたっぷりにもかかわらず、一番に感じるのはほろ苦くすっきりとした豆の味。もちろんエスプレッソは、それだけで飲むのと同じく「美味しい部分」だけを使っている。そしてその次に、主張しすぎないミルクの自然な甘みを感じる。

 

「カフェラテ用のミルクもすごく探しました。あれこれ買い集めて、スチームさせて、全部を味見。牛乳として飲むと乳臭さが美味しさになるものでも、スチームしてコーヒーと合わせた時にはその個性が立ちすぎてしまうことがあるんです。コーヒーの味をじゃませず引き立ててくれるものという観点で選んでいます」

 

KRAMP

 

主役はあくまでもコーヒー。これがKRAMP COFFEE STOREのコンセプト。だから他の全ては、自然とコーヒーに合わせることになる。

 

コーヒー以外のメニューを引き受ける奥さまの由衣(ゆき)さんは、コーヒーと同じく「疲れない」ケーキを目指した。

 

「チーズケーキを重すぎず口の中で軽くほどけていく感じにしたのは、やっぱりすっきりしたコーヒーと合うことを一番に考えてのことです。チーズの味はしっかり感じたいので、3種のチーズをブレンドし、ベイクドにすることでコクを出しています。食べ終わってももっと食べたいって思ってくれるケーキにしたくて、『濃いのだけど、濃くない』というのが理想です」

 

チーズケーキだけでなく、上にこんもり載った生クリームもこれまた「疲れない」。

 

「泡立て具合を工夫しているので、見た目ほど重くないのも一因だと思います。重く感じるようになるすんでの絶妙なタイミングで止めています」

 

KRAMP

 

その、由衣さん自慢の生クリームをたっぷり使ったショートケーキは、意外な人気を呼んでいる。

 

「生クリームが苦手な人も、うちのショートケーキなら食べられると言ってくれるんです。ショートケーキが苦手という方が、ホールケーキを注文して下さったこともあるんですよ。食べられなかった人に、美味しいと言ってもらえるのが一番嬉しいです」

 

フォークを刺すと、中からオレンジの果肉がごろっと出てきた。ショートケーキはイチゴのみと知らず知らずのうちに思い込んでいたけれど、嬉しい発見をして思わず頬が緩んでしまう。常時4種のフルーツが挟まっていて、今の季節はイチゴ、オレンジ、キウイ、ブルーベリーが。

 

「フォークでどこを刺しても、その一口の中にフルーツが入るようにしています。スポンジ生地もふわふわにしてありますが、フルーツが一緒になればさらに軽さを感じられるので。これは軽さとはあまり関係ないかもしれませんが、切り分けた一人分に、必ず4種のフルーツが入るように並べているんですよ」

 

 

哲哉さんは、自分の店を持つため、22歳の時に名古屋へ修業に出た。とはいっても、明確なイメージはまだ持っていなかったという。カフェで働き始めたことで、飲食店にしようと決めたものの、コーヒー店にするかフードにも力を入れたカフェにするかは、これまた決めかねていた。

 

コーヒー店にしようと決意したのは、今からさかのぼること3年、ある店との出会いだった。

 

「東京の下北沢に、伝説と言っていいお店があるんです。その店で飲んだエスプレッソの衝撃が、僕の進む道を決めてくれたんです。そのお店のエスプレッソはカップの底に舐めるくらいの量しか入っていなくて……。多分5mlくらい……。一口分にも満たない量なのに、飲んだ途端バンッ!ときて。スパイシーな、ダークチョコのような、パンチの効いた味がしてとても驚いてしまったんです。後味も印象深いものでした。口の中がすごく爽やかでさらっとして重さが残らなくて。その店でエスプレッソを飲んでから、もうコーヒーのことしか考えられなくなってしまったんです」

 

 

KRAMP

 

「そのお店、14時以降はエスプレッソを出さないんですよ。理由は、14時に電気の供給量の関係で電圧が下げられちゃうからなんだそうです。そのお店はエスプレッソマシーンの圧力を独自にカスタマイズして、すごい圧力をかけて抽出するんですけど、小さな電圧の差で味が変わってしまうということなんですよね。そのオーナーさんと話をしたかったんですけど、行く前からすごい頑固親父だとか、同業者が行ってカウンターの中を覗こうものなら『帰れ』と怒鳴られるとか、写真も撮ったらダメだとか色々聞いてたんで、僕、ビビって声掛けられなかったんです」

 

その店のこだわり、そのオーナーのことや、そのオーナーが書いた本のことなど、とめどなく饒舌に語る哲哉さんの様子から、この店が彼へ与えた影響の大きさがうかがえる。

 

最後には、表情をキリリと引き締めてこう言った。

 

「そのお店が、僕の目指すお手本なんです」

 

KRAMP

 

それから哲哉さんの、コーヒーの研究が始まった。有名なバリスタが開くセミナーへ行き、定期的にトレーニングを受けた後は独学で学んだ。同時に、名古屋で出会い当時恋人だった由衣さんと共に、東京のコーヒー店巡りも。

 

「東京は広いから一日に3、4店しか回れないんですけど、気になるお店を全部回りました」と哲哉さんが言えば、「毎回コーヒーを飲んでいたら、夜眠れなくなってしまって」と由衣さんが笑う。

 

美容師だった由衣(ゆき)さんも、それまで特に製菓の勉強をしたことはなかったという。

 

「主人にお店で出すケーキを作ってほしいと言われて、そこから頑張りました。主人が働いていたカフェのパティシエさんに、頼み込んで教えてもらいました。それまでは料理はよく作っていたのですが、ケーキは、家に大きなオーブンがなかったこともあってあまり作ったことがなかったんです」

 

 

その努力の甲斐あって、腕前はケーキがホールで注文が入るまでに。ケーキ以外にもすっかり人気メニューとなったものがある。レシピ作りに苦戦したというレモンスカッシュだ。

 

「レモンスライスの幅や、材料を漬け込む順番で、全く味が変わってしまうんです。失敗作はものすごく苦かった〜。レモンの皮の苦みが前面に出てしまったんです。あと砂糖が全く溶けなかったり。ああでもないこうでもないと試作を重ね、3か月かかってようやく納得できるものに辿り着きました」

 

KRAMP

 

KRAMP

 

カフェの運営について、長年どこかのお店で修業を重ねたというわけではない。それ故か、妥協なく美味しさを追求するという姿勢を強く感じる。

 

「2人がおいしいって思ったものだけをお出ししようと、試行錯誤しながらレシピを決めていきました。私たち、お店の営業が終わって家に帰ってからも、どうしたらよりおいしいものができるか、ずっと調べ物ばかりしています。そしてまた試作が始まるんです(笑)」

 

KRAMP

 

KRAMP

 

味づくりに熱心な2人のお店は、オープンからまだ3ヶ月ながら、すっかり街に溶け込み、近隣の人たちの日常の一部となっている。

 

午前10時、遅い出勤前の一杯をゴクゴクっと飲み干し、颯爽と出て行く自営業の男性。慌ただしいはずの朝をあえてゆっくり、ブレイクファストでリッチに過ごすOLさん。コーヒー好きの老年客も多く訪れる。中には3日連続でやってきた人もいるそうだ。

 

「ある日、ダンディなおじ様が一人でふらっとコーヒーを飲みに来て、次の日には、前日に隣の人が食べていたランチが気になったようで、同じものを頼まれたんです。そしてその次の日には、奥様を誘ってまたいらしてくださった。そして僕達の動きをじーっと見ていて、『君たちのやっていることには、どれも心がこもっている。とても素晴らしいことだね』としみじみ褒めてくださったんです。涙が出るほど嬉しかったです」

 

 

KRAMP COFFEE STOREの魅力は美味しさだけじゃない。新しいライフスタイルの提案があるのだ。

 

「修業をしていた名古屋ではモーニングの文化が発達していて、喫茶店がこぞって朝食メニューを競っているんです。その朝の活気ある雰囲気がとても好きで。沖縄の夜型生活の人にも、朝型生活の清々しさを体感してほしいなと思って。それで朝7時からオープンすることにしたんです」

 

確かに沖縄のお店はオープンが遅く、1日のスタートに出かけたくなるお店はなかなか探せない。そんな朝のお店らしい、2人の好きな挨拶があるという。

 

「店をやってて何が楽しいかってね。お客様たちを送りだすときに、『いってらっしゃい』と声を掛けられることなんです。これがとても僕達には心地よくて。お客様方にも喜んでもらえてるといいのですが(笑)」

 

このお店が近所なら朝寝も減るに違いない。とっておきのコーヒーとケーキ、それに2人の「いってらっしゃい」のエールを思い描けば、布団から元気に飛び出せるから。

 

文 和氣えり

 

 

KRAMP
KRAMP COFFEE STORE
沖縄市泡瀬5-32-2
098-938-0833
open 7:00~18:00
close 金曜
FB www.facebook.com/krampcoffeestore