「お店を作る時、発想の拠り所にしたのは、自分の生れ育った場所の空気感でした。赤瓦の家のような沖縄らしい雰囲気にも憧れがあったのですが、嘘がないようベースは自分自身の記憶にしました」
オープンしてからすでに15年も経つ、カフェの草分け的存在であるモフモナ。こんなにも長く続いているのは、そこに“嘘がない”からかもしれない。店主 前嶋剛さんの原点となった場所の空気感を表現しているのだから、嘘になりようがない。
「実家は東京の郊外なんですが、都心のベッドタウンで住宅地の中に畑が残っていて、まだ牛を飼っている家があったりして、のどかな雰囲気もありました。同時に都心に通う人たちの戸建ての家や団地ができて、どんどん人口が増えていった、そんな場所でした。父は舞台俳優、母は保育士の共働きで、お金はないけどいろいろ工夫して家具や家の壁なんかを手作りしてましたね。東京は沖縄に比べると日が落ちるのが早くて。暗くなるまで遊んでました。夏はすごく蒸し暑い。冬は雪も降るしすごく寒い。庭先にできた氷を蹴とばしながら登校してました。早く暮れる夕方の光や、風に揺れる高い杉の木、道に落ちた銀杏の匂い。白熱灯の灯り、電車で都心から帰ってくる大人の雰囲気。そんな雑多な子供の頃の記憶を思い出しながら店を作りました」
「ただ、そういう曖昧な記憶全部をお店に出すと統一感がなくなってしまう気がしたので、キーワードを決めて、そのワードに一致する要素を抽出するように店づくりをしました。子供のころからなぜか好きだった“小屋”、“屋根裏部屋”、“古い図書館”がそのときに決めたキーワードでした」
店に入ってすぐ目につくのは、中央を陣取る、はしごのかかった木組みの場所。そこはほの暗くて、狭くて、まるで秘密基地みたい。その棚には、宝物にしたくなるような選りすぐりの雑貨や、誰かさんが大切に読んだであろう少し古びた本が並ぶ。なるほど屋根裏部屋のような図書館のような懐かしみを感じる場所。
そこに並べる器などの選び方も、”嘘のない”ことを大事にする前嶋さんらしさがある。
「あくまでも自分の好き嫌いだけで選ぶようにしています。誰かのためとか、おこがましいのですが沖縄の工芸、美術界のためにとか思い始めちゃうと、違ってきてしまう気がするので。まあこんな小さな店に誰もそれを求めてはいないと思いますが(笑)。自分がその作品が本当に好きという気持ちさえあれば、その選び方がどんなに拙かったり、的外れだったりしても、嘘にはならないだろうなと思って。オープンしてからずっと、この作家さんのこういうところが好きってことだけには、責任を持てますね(笑)。こちらがそういう気持ちでやっているからこそ、お客さんが選んでくれたときに、本当にうれしいし、やりがいが感じられるのだと思います」
モフモナは、前嶋さんの幼い頃からの記憶や、好きなものが詰まっているお店。店の中央に本を集めたのも、前嶋さんがカフェで過ごした経験に基づいてのこと。
「自分もカフェに読書や仕事なんかで長居するとき、身体的にも思考的にもちょっと立ち上がって気分転換したい時があるんです。そういう時に何もない店だと、少し緊張してしまいます。気が小さいもので。本棚があれば、それを理由に自然に立ち上がって過ごすことができますよね。それに本棚の良いところは、たまたま目についた本を適当にめくったら、その時の自分にフィットするような言葉や写真に出会えたりすることだとも思います」
よく通っていたのは、チェーン店ではなく個人が営む喫茶店だった。
「僕が高校生のときはまだ”カフェ”というのが無かったと思うのですが、個人の店主さんの素敵なお店はありました。今でもそうですが、自分が好きな店は、店主の思い込みみたいなものが感じられる店です。良いとか悪いではなく、ここの店主はこういうのが好きなんだなと感じさせてくれる店です。それを表現しているような店は、たとえ自分の趣味とは合わなくてもやはり好きでした。たいてい行くのは一人。高校生の頃は、学校さぼって、そこで本を読んだりしていました。進学校に通っていたので、自分以外のクラスのほぼ全員が大学へ 進学するという感じだったんですけど、その時は何を勉強しにどの大学に行けばいいのかわからなくて。通ってた高校と最寄り駅の間にあった小さな喫茶店に一番行ってたかもしれません。あとは、何かを探してただ歩き回って、疲れて気になった店に入る、ということをしてましたね。 きっと、休むだけでなく、考え事をする場が必要だったんだと思います」
クラスメイトと離れ一人になって、ああでもないこうでも ないと自身の将来について思いを巡らせていた日々。その頃の喫茶店での経験が、モフモナのコンセプトにもなっている。
「男性が一人で来ても長居できる店です。どれだけ長居しても、コーヒー1杯でオープンからクローズまで別にいてもいいよっていうスタンスです。自分が好きだったお店が そうだったように、その人の何かがひとつ先に進むような、何か。本だったり、料理だったり、音楽だったり、器だったり。そういうので何かに気づいて、次に行くことができるきっかけ、少しの刺激になったらうれしいなと思っています。まあ、性別や年齢に関係なく、ちょっと前に進みたいときに、こういう場所が必要なんじゃないかと思っています」
前嶋さんの言う通り、モフモナはいつまでも居たくなるお店。隣の席が気にならないほど十分なスペースがあるし、電球のぼうっとした光が優しく明るすぎることはない。耳に届くのは、重厚感のある心地よい音楽。他人の目を気にせずに、ぼーっと考えごとをしたり、集中して仕事をしたり、心ゆくまで好きな本を楽しんだり。各々が思いのままに過ごすことができる。
気ままに過ごせるモフモナは、前嶋さんが大学院生の時に誕生した。大学の同級生3人で始めたのだという。
「僕の今の奥さんで当時彼女だった桃恵(ももえ)と、友人のフナちゃんという女の子とでmofgmonaを作りました。大学1年生の時から3人で外人住宅をシェアしていました。一緒に住み始めたのは3人なんですが、多い時は6人くらい一緒に住んでいて。独立した個室と共有の大きなキッチンとリビングあって、人が沢山来る家でした。友人がよく遊びに来るから、料理を作ったりお茶を出したりするのが日常でした。もちろんお金はあまりないんですが材料代をみんなで出して、パスタだったり、ちょっと手の込んだカレーだったり、チャンプルーだったり、ラフテー煮たりとか。料理好きの友人たちと工夫して作ってました。料理を作ってもてなすのは好きでしたね。『美味しい』って食べてもらえるのは嬉しいことで、それは今とあまり変わらないです」
卒業後3人はそれぞれ、研究の道に進み、または社会に出た。皆が少し行き詰まりを感じていた頃、ある夜その家で飲みながら話しが盛り上がりカフェオープンの道へ邁進することに。
「いつもうちに来てご飯食べてる友人達から、お金取ったら暮らしていけるんじゃないかって(笑)。“カフェ”というものにこだわってはいませんでしたが、やりたいものの形を具体的に相談していくと“カフェ”になっていったという感じですね。コーヒーもお酒も飲めて、食事もできる。自分たちがあったら嬉しいという店をしよう、と。なぜか、自分たちがやれば、どこにもない素晴らしいものができるという根拠のない自信がありましたね。完全に若気の至りなんですけど(笑)」
長方形と三角形をくっつけたような変な形のこの場所を気に入り、その上大家さんが「好きに改装していい」 と言ってくれた。「ここだったら好きなことができそうだ」とこの場所に決めた。店名は、3人の名前から作ることに。英字表記した時の“g”は、前嶋さんの名前、剛(ごう)から。柔らかい響きが壊れてしまわないように、音に出さないことにした。
15年経った今でも、店のコンセプトや、好きなものだけを 集めることは変わっていない。変わったことといえば、スタッフへの接し方。
「最初は、スタッフに対して相当細かいところまで口出ししていました。料理の味付け一つとっても細かく、『この味じゃないよ』って言い続けて、それに近づけるようにやってもらってましたね。料理だけじゃなく、接客から掃除から何から全部言ってました。その時はそうするのがいいと思っていたというより、そうすることしかできなかったのかもしれません。僕にとっては個人的な思いを表現する場所としての店なので。でも10年経った頃、このやり方は『もう十分やった』と思っていいんじゃないかと思ったんです。自分自身に満足できたというか、店をさらに良くするために、もっと違うスタイルを試してみよう、と思い始めて。初期の頃からずっと良いスタッフに恵まれて、彼らから刺激をもらっていた10年の経験があったので、今のスタッフにもっと自由にやってもらいたいっていう気持ちになったんですね」
今は、スタッフを信頼して自由度の高い店づくりを模索している。
「何でも決めすぎないで伸び伸びとした気持ちでやってもらった方がいいんだなって、気づいたんですよね。これは料理をしていれば当たり前のことなんですが、野菜とか食材って、その時その時で全然違うもので、そういうことは、自分の感性で柔軟にやっていかないと伸びていかない部分だと思います。目の前の食材を一番おいしく料理するにはどうすべきかを自分で悩めるスタッフでいてほしいんです。ある程度経験を積んだら、早い段階でそうさせるように考えています」
「また、スタッフには個性があって、例えば仕事はそれほど早くないけど、伸び伸びとした気持ちでお客さんに接すると、とても気持ちの良い接客をしてくれるなとか、この人がコーヒーを配膳するととても美しく見える位置に置くな、とか。自分でも気づいてないであろう小さな個性、才能がたくさんあるように思います。お客さんに『来てよかった』と喜んでもらえるのであれば、どういう風にそうさせるかは、自分で考えてもらえればいいんだと。そうするとスタッフは『自分がお客さんを喜ばせることができた』と実感するんですよね。その経験を糧にして、そういう経験を積み重ねることで、どんどんよくなっていくのではと思います。まずはmofgmonaとしての基本的なことを伝えていって、あとはそれをベースにそれぞれが考える。僕は『お客さんが喜んでくれたんだから、それで大丈夫だよ』って言ってあげるくらいが理想です。とは言え、やはりこの店は今でも僕にとっては自己表現で、年月とともに目指す形が変わってきたということなのかもしれません」
その言葉通りモフモナの料理メニューは、それぞれのスタッフによって自身の感性を大事に調理されている。人気の“ごはんプレート”は、野菜たっぷりでヘルシーな上、メインのお肉料理も十分に食べごたえがあり、男性でも満足できる内容。幾種のおかずのどの味付けにも珍しさや工夫があり、楽しくて食べ飽きることがない。調理担当スタッフ 岸田ちひろさんに説明してもらう。
「沢山お野菜を入れるということと、お家ではなかなかできない、お店でしか食べられないようなハーブづかいをしようと思っています。今日のメインは県産豚のコンフィで、豚をフーチバーと一緒に低温の油で煮ています。ソースは、ヨーグルトソースで、コリアンダーをきかせてますね。それからごぼうは、すりおろしたうっちんで炒めているんですよ。フーチバーやうっちんは、ちょっと苦手な人も多いと思うんです。けど沖縄の身近な食材ですし、こうやったら美味しく食べられますよとか、そういう楽しさを表現できたらいいなと思っています」
また、パウンドケーキの“県産タンカンのカトルカール”は、タンカンの香りがぶわっと鼻に抜け、その爽やかさを存分に味わうことができる。香り高い秘密は、スイーツ担当スタッフ 名嘉絵理さんの、手の込んだ下準備があってこそ。
「タンカンは身の部分と皮の部分を分けて調理しています。身は取り出して、きび砂糖と一緒に軽く煮てジャムにしてから生地に混ぜています。皮は、細切りにして何回か茹でて、アクやエグミ、苦味を取り除いた後、砂糖と軽く煮詰めてますね。生地が焼きあがったら、タンカンのシロップを生地に染み込ませているんですよ。カトルカールは、小麦粉、バター、卵、砂糖を、全分量の4分の1ずつ入れたパウンドケーキのことなんですけど、私なりに量を調整したり、季節ごとに中に入れる果物の使い方などアレンジをしています」
印象に残ったのは、2人のスタッフがそれぞれ、自身の調理に自信を持っているということ。「こうしたい」や、 「自分でこんなアレンジをしています」ということを、はっきりと伝えてくれる。前嶋さんはそんなスタッフを信頼しており、今では料理やケーキの新しいレシピ作りも任せている。
変わったことがあれば、15年前から変わっていないこともある。未だに課題も多いという。全てひっくるめて、前嶋さんは今にとても満足しているようだ。
「今後、特にどうしたいってことはないですかね。何か課題があるのは常にそうなので。その時その時で、僕ら夫婦だけでなく、スタッフとお客さんが作っていってくれるのがmofgmonaだと思っていますので。その時に店にいるお客さんやスタッフが、できるだけ心地よくいてくれたらいいですね。まだまだ15年という気持ちでもあるので、僕はモフモナをやりながらもいろいろな冒険をして、それをモフモナという場に還元しながら成長していきたいです。あとは、今までのmofgmonaのスタッフ経験者が多くの素晴らしい店を作っていますので、今いるスタッフ達の背中も押せるような存在でいたいな思います」
前嶋さんがモフモナで一番気に入っているのは、“流れている時間”という。15年の間に色んなことがあって、そんなことが全部詰まっての今ここでの時間。嘘のない空間でお客が心からくつろげるのは、歴史の詰まった味わい深い時間がゆったりと流れているからに違いない。
mofgmona(モフモナ)
宜野湾市宜野湾2-1-29 1F
098-893-7303
close 火
http://www.mofgmona.com