TANAKA

 

光が差し、手のひらに色彩の影が映る。揺らしてみると、キラキラと何層もの色が瞬いた。瑠璃色が少しずつアクアマリンやターコイズに滲む。ブルーの幾重ものグラデーションは、光り輝く沖縄のあの海のよう。

 

この色の塊の正体は、手作りの石鹸。作るのは、kasaneiro soapの増永かさねさんだ。かさねさんが石鹸作りで一番にこだわるのは、この豊かで美しい色彩。島が織りなす色の鮮やかさに、心を打たれた。

 

「沖縄に来てから、自然の色彩に目を向ける機会が増えたんですね。というか目を向けざるを得ないです。沖縄って生活に色が溶け込んでると思うんですよ。ちょっとドライブしたら青い海が見えて、それも日や時間によって色が全然違うじゃないですか。空が広くて、真っ赤な夕日もすごくきれいで、思わず空を見上げてしまいます。これまで住んでた大阪では、見上げたことあったかな」

 

南国らしい色に触発され、気づけば沖縄で出会った色の石鹸を作っていたそう。

 

「作り始める前に『こんな海の色の石鹸作ったらいいやろな』とか、頭にないんですよ。できあがって周りの人に見てもらったら、『これって、海の色とおんなじやん』って言われて、それで気づいたんです。私、海が好きで、シュノーケルによく行くんですけど、その時に見た海の中にある色、サンゴの色だったり、熱帯魚の色だったり。サンゴも、光にあたってる時と影になってる時と全然色の見え方が違うし、海の色も、太陽があたって水面がキラキラ反射してたり、陽の光が水の中でカーテンのベールみたいになってたり。日頃見ている自然の色が、知らない間に自分の中にインプットされてて、石鹸作る時にアウトプットされるんです。色のひらめきをもらっているのは、まさに沖縄の自然なんです」

 

 

かさねさんが最も時間をかけるのが、まさにその色作り。その石鹸には、ブルーひとつとっても何色と表現し難いいくつものブルーがある。そんな全ての色は、たった4色から作るというから驚く。

 

「その色をそのまま使うのは嫌なんですよ。混ぜたいんですね。これは私がそう思ってるだけかもしれないんですけど、混ぜることによって深みが出ると思ってるんです。混ぜながら、『これや!』っていう色を見つけるまでに時間がかかるんです」

 

色作りは、その日その時の直感で。できあがりの明確なイメージを決めずに作り始める。

 

「その日、その時の自分の感覚とか感情とかを閉じ込めたいんです。だからあえてレシピは作っていません。レシピを作ると効率があがると思うんですけど、なんかね、自分が手作りでやってる意味がそこにあるのかなって思っちゃうんです。それに最初にイメージを固定してしまうと、その時自分が作り出したいものとギャップが生まれたりするんです。思ってた次の色は青系なんですけど、流した層の感じで、『この感じやったら絶対黄色の方がいいと思うねんなあ』っていうのがあるんですよ。だったら私は、黄色を入れます。できあがってみると、思ってたのと全然違うものになってるんです」

 

その直感は迷わないといい、失敗することはほとんどないのだそう。

 

 

色とその組み合わせの妙に、見飽きることのないkasaneiro soap。だが、美しさの秘密はまだある。色と色の境目がない、滲むようなグラデーションだ。こんなグラデーション石鹸、他に見たことがあるだろうか? 滲むグラデーションにこだわったのにも、かさねさんならではの理由がある。

 

「自然の色を見てると、パキっと別れてないでしょう。海の色にしても夕焼けにしても、濃いところからたんだん薄くなって、それから微妙に色が変わっていって。それにすごく心を動かされるんです」

 

それを表現するには、色を注ぐタイミングが大事という。

 

「固まりすぎると、ボーダーみたいに境目の線がくっきりになっちゃうし、かといって全然固まっていない時に流すと、色が全部混ざってしまって層になってくれないんです。だから慎重にタイミングを見極めますよ。手で触って温度を確認したり、ちょっとつついてみたり。注ぐ方と注がれる方、両方がちょうどいいタイミングって、ほんと一瞬なんです。ちょっと目を離すとダメになったりするので、目が離せないです。ずっとそばにいてあげないと。そこに一番神経を使いますね」

 

宝石のようなきらめきを出すため、多面体にカット。また、中が泡立っているように見える部分は、ひと手間かけて作り出す。細部にまで、かさねさんのこだわりが詰まっている。

 

かさねさんは以前、ウエディングプランナーとして活躍していた。けれど、会社の方針と、花嫁の思いをどこまでも実現させてあげたいかさねさんの気持ちとに、徐々にギャップが生まれた。ある日、ストレス性の蕁麻疹が全身に出たのだそう。長期の休暇を取り、インドネシア、バリ島へ。ウブドの森の中で導かれるように出会ったサロンでヒーリングマッサージを受けたことが、大きな転機となった。

 

「触れられてないのに、温かい波みたいなのが体に伝わってきて、その時点で号泣したんです。それから心の中で『ゴメンね、許してね』ってひたすら謝ってました。その時は誰に謝ってるのかわからなかったんです。けれど終わってからちょっと落ち着いた時に、『もしかして謝ってたのって、自分にじゃないかな』と思ったんですよね。今までウエディングプランナーの仕事が好きだと思ってやってきたけど、ホントは自分の望む道じゃなくて、でもそれを偽りながら、ホントの自分に蓋をして見て見ぬふりをしてきた、この10年に対する『ゴメンね』だったのかなって気がついたんです。その瞬間に『もう私は、ブライダルじゃない』と答えが出ました」

 

帰国後、子供の頃から絵を描くのが好きだったこと、そして色が好きだったことも思い出した。インスピレーションが湧かず、長い間描けなかったという絵も、少しずつ描けるようになった。そして、会社を辞めた。退職後、ハローワークの職業訓練校に通い、その職業訓練校で知り合った友人に誘われて、石鹸作りのワークショップに参加した。

 

「私達以外に10人くらい参加者がいたのかな。材料が同じで、使っている色も同じなのに、出来上がりがそれぞれ全然違ったんです。どれもすごく個性豊かで、みんな自分を表現してる。自由なんだって思えて、楽しかったです。翌日には道具を取り寄せて、石鹸作りを始めました」

 

精油は、かさねさんオリジナルのブレンドで。色からインスピレーションを得て、香りを決めている。主にヨーロッパのメディカルグレードのものを。素材も、ココナツオイルやパームオイルなど、自然由来のものにこだわっている。

 
作れば作るほどのめり込み、自宅の一室が石鹸で埋め尽くされるまでに。できあがったものをインスタグラムに掲載したところ、「購入できますか?」との問い合わせが入るようになった。また、妹さんが周囲に宣伝すると、「買いたい、友人にプレゼントしたい」とオーダーも入った。そこでかさねさんは、「もし販売したら、もらってくれる人がいるのかなあ」と思い始め、細々と販売するように。そうこうしてるうち、かさねさんに再び大きな転機が訪れる。花嫁さんへの情報サイトでかさねさんの石鹸が、知らぬ間に紹介されたからだ。

 

「一晩のうちに私のインスタのアカウントがすごいことになって。フォロワー数が一気に1,000を超えたんです。それから、結婚式をする人たちが、プチギフトにしたい、引き出物にしたいって、100個、200個っていう数のオーダーが1日20件くらい来たんです」

 

kasaneiro soapの人気に火がついた。寝る時間を削って、ひたすら石鹸を作り続けた日々。これと前後して委託販売や、展示会の声がかかり、オンラインショップも立ち上げるなど、あっという間に軌道に乗った。「石鹸作りは副業で、ちょっとお小遣い程度になれば」と思っていたそうだが、これをきっかけに本格的に作っていくことに。今は無理のない範囲でオーダーを受けている。

 

「オーダーが多すぎてしまうと、もう頭が『やらなきゃやらなきゃ、次のオーダーはこれで』ってスケジュールのことでいっぱいになってしまうんです。そうすると、頭の中に余白がなくなって、色のインスピレーションが入ってこなくなっちゃうんですね。自分の休みもちゃんとあって、海に行きたいなって思う時には、ちゃんと海に行ける時間があるようにしています」

 

 

かさねさんが自分の望む道を見つけてから、ここまでわずか1年程度。まさにシンデレラストーリーだが、苦しんできた日々があったからこそ今があるのだと感じる。かさねさんは、kasaneiro soapは自分の分身のようだと微笑む。

 

「『こうじゃなきゃいけない』ってかんじがらめだったところから、色を混ぜることで、今まで閉じ込めてた自分がちょっとずつ開放されていったんです。もっと自由に表現していいって。それは自分の個性やし、優劣はなくて、いい悪いもない。石鹸のお陰で自分の存在を肯定できるようになってきたんです。なのでね、ホントに石鹸に育ててもらってるんです」

 

かさねさんの石鹸は今、まばゆいほどに自身の色を放つ。個性と自由を携えたkasaneiro soapは、2つとしてない、まさに光り輝く宝石だ。

 

写真・文 和氣えり(編集部)

 

kasaneiro soap
https://kasaneiro.theshop.jp/
https://www.instagram.com/kasaneirosoap/
恩納村と読谷村にもお取り扱い店舗がございます。
詳しくはkasaneiro soapまでお問い合わせください。

 

TANAKA

精進料理人 棚橋俊夫

精進料理人 棚橋俊夫

 

「背筋を伸ばして、目を瞑って。全身の力を抜いて、ゆっくり鼻で吸って鼻で吐くという呼吸に集中していてくださいね」

 

ジャッジャッジャッジャッ…

 

静まりかえった会場で聴こえてきたのは、丁寧に炒られた胡麻が擂鉢と擂粉木によって擂られる音。リズミカルで心地がいい。しばらくすると、胡麻の香ばしい匂いも漂ってきた。どこか懐かしく、心がすっと落ち着く香り。

 

そのワークショップは、音や香りを感じ取ることから始まった。日本を代表する精進料理の大家、棚橋俊夫さんの精進料理ワークショップだ。棚橋さんは、滋賀県大津の月心寺、村瀬明道尼の元で修行し、その唯一の弟子として精進料理を広める活動を30年以上続けている。雑誌やテレビで紹介されたことも多く、特に最近は海外からのオファーもひっきりなしだ。そんな棚橋さんのお料理を教わり、いただける上に、日本人として知っておきたいことも学べるとても有意義な講座。棚橋さんは冒頭で胡麻を擂る手本を見せた後、「ぜひやってみて」と参加者に擂粉木を手渡した。

 

「左手を擂粉木の上に乗せて、右手を擂粉木の真ん中あたりに添えて。力をかけなくても左手の重さで大丈夫。必ず左回しね。何故かというと、北半球の自然界の円運動、例えば台風とか排水口に流れる水の渦とか、全部左に渦を巻くから。エネルギーを封じ込められるんです」

 

精進料理人 棚橋俊夫

精進料理人 棚橋俊夫

 

胡麻が擂られていく感触が、擂粉木を通じて自身の手に伝わる。「楽しい、これ!」と、初めての経験に参加者は目を輝かせた。すると、これを習慣にするといいことがあると棚橋さん。

 

「皆さん毎朝ね、30分早く起きて、お父さんや子供達が起きてくる前にこんな事やっていたら、家庭はハッピーだと思いません? この素敵な香りがね、家じゅうに広がるんです。どんなに大きいお家でも。この香りで目が醒めた家族は、なんて幸せなんでしょう。お母さんは感謝されるし、こういう家で育った子はいい子になるに決まってると思うんですよ」

 

うんうんと頷く参加者たち。棚橋さんは自身のお母様のことを交えながら、続ける。

 

「僕はね、小さい頃、こうやって育ったんです。母が擂って、僕が擂鉢を押さえる。こういう姿を写真に撮ったら美しいじゃないですか。皆さん、自分の姿を写真に撮られたら、美しく見えていますか? ここ大事ですよ。子供から見て、お母さんの姿は常に美しくあって欲しいです。美しいって、何も着飾ることではないのですよ」

 

普段の生活を思い浮かべ、少しバツの悪そうな参加者たち。その様子を見てか、場を和ませるように「では、味見をどうぞ」と、擂り終えたばかりの練り胡麻を、それぞれの手の甲にちょこんと置いた。「美味しい!!」と感嘆の声が方々であがる。濃厚なのに優しく芳しいその味わいに、参加者の表情はパッと明るくなった。

 

精進料理人 棚橋俊夫
精進料理人 棚橋俊夫

 

「こういう状態になるまで、擂るのは1時間くらいでしょうか。既成品の瓶詰めのとは違うでしょ。違って当たり前です。あれは機械で作ってるから。精進とは?と聞かれた時、もちろん肉魚を使わないってこともありますけど、機械を使わないってことも重要なんです。人間の手と異なるものが機械ですから、機械で作ったものは人間の周波数に合わないんです。そうすると何が辛いかって、人間の細胞です。何千、何万年もの長い間なかった周波数が入っちゃうんですから」

 

このワークショップ中、棚橋さんから何度か「想像してみてください」との呼びかけがあった。そのひとつに、「胡麻の気持ちを想像してみて」というものも。擂鉢、擂粉木ではなくフードプロセッサーを使ったら? 「ウイーン、ガリガリーってね、あの耳を塞ぎたくなるような騒音の中で、胡麻ちゃん達が刀でめった切りですよ。そこになんの愛がありますか?」と、茶目っ気たっぷりに問いかけた。

 

できあがった練り胡麻は、豆腐とズッキーニ、ハンダマ、プラムを加えて白和えに。他には、焼き茄子のかけご飯、冬瓜とオクラとトマトの葛引きのお吸い物、水茄子と茗荷の香の物、南瓜の水羊羹という、夏らしくてなんとも豪華な一汁一菜のメニューに。それらを棚橋さんの私物である漆の器によそい、御膳に並べていただくのだから、その特別感はひとしおだ。揃って「いただきます」をすると、参加者に請われて棚橋さんからお作法のレクチャーが。

 

精進料理人 棚橋俊夫
精進料理人 棚橋俊夫

 

「まずは、お椀の蓋を取ります。左手をお椀に添えて、右手で蓋を取りましょう。取った蓋は向こう側に。お茶碗とお椀と、御膳の中で三角形になるところに置きます」

 

箸の持ち上げ方、汁のすすり方、その際の手や指の使い方など、知っておきたいことばかり。慣れない動作にぎこちないものの、教わった通りにしてみると、スッと背筋が伸び、自然と姿勢が正される。そして気持ちもシャンとなる。しかも美しい姿勢でいただくと、より舌の感覚が研ぎ澄まされ、味をよく感じられる。作法とは、決して堅苦しいものではなく、お料理をより美味しく、深く味わうための、食材や料理人に対する感謝や礼儀なのだと感じた。

 

味わっていくうち、「ああ、私ってこういう料理を食べたいんだ」と確信めいたものが湧く。丁寧に手間をかけられた料理の数々に、眠っていた細胞が呼び覚まされるよう。材料や調味料など、特別なものは何もない。どの家庭にもあるものばかりでシンプルなのに、そこには力がみなぎっていて、腹の底から元気が湧く。何も考えず、ゆっくりと時間をかけて咀嚼したい、お米の一粒、野菜のひとかけらを、隅々まで味わい尽くしたいと願った。

 

精進料理人 棚橋俊夫

ご飯は、棚橋さんが毎日自宅で使っている鉄釜で。鉄鍋でもいいそう。「電気炊飯器の電気は食材や人の氣を狂わせます。火を使って炊くことが料理の基本です」

 

精進料理人 棚橋俊夫

焼きなすの実の部分をすり鉢でペースト状にして、醤油とわさびで味付け。刻んだモロヘイヤ、茗荷、ゴーヤをトッピングした、焼きなすのかけご飯。焼きなすのペーストは、そうめんにかけたり、オリーブオイルを加えてパンや白身魚に乗せても美味しいそう。

 

お料理をいただいている間には、明日誰かに教えたくなるようなお話も。その一つに箸や御膳の意味がある。

 

「日本ではお箸を横に置くでしょう。中国韓国では縦に置くんです。縦に置くっていうのは、そのまま持てば武器になる。こう刺せるでしょ。日本は横に置くから武器にならない。ではなぜ横に置くかというと、“結界”という言葉があるんですが、お箸が結界の役割をしているんです。神社でも鳥居があるでしょ。あれは、ここから先は清らかな世界ですという結界、境界のような役割をしているんですね。もうひとつ、最近ではなかなか使われなくなりましたが、御膳にも結界の意味があるんです。御膳やお箸の結界の向こう側は、清らかな世界。だから御膳にのったお料理は清らかなんです。ここに神様を見たというのが、日本人の美しいところなんですよ」

 

食べ物は神様で、日本人は古来からその神様を体に取り入れて、命を育んできたんだ。日本人であることに嬉しさや誇りを感じられる。精進料理って、想像以上に奥が深い。

 

「精進料理とは、贅沢をし尽くした人が最後にいきつく料理だと思っています。これは私の母が言った言葉なんですけど、この料理は、日本の根っこだと思っています。日本人として生まれてきた以上、日本人らしく生き、振る舞いたい。ブレない人間って、こういう食事をできるところから来ているのではないでしょうか」

 

神様とのつながりを常に感じてきた日本人が素晴らしくないはずがない、と棚橋さんの言葉に納得する。そのことを忘れてしまった現代人は、食を見直す時なのかもしれない。

 

精進料理人 棚橋俊夫

精進料理人 棚橋俊夫

南瓜の水ようかんの中には、パッションフルーツとうっすらと甘く味付けされた冬瓜の角切りが。南瓜の皮とトマトの皮の素揚げがトッピングされている。吸い物の湯剥きトマトの皮をここで使い、無駄にしない。

 

「何より大切にしたいのは子どもたちですね。一緒に食事をすることはとても大事です。お母さんが家でご飯作ってくれたら、子どもたちは“おふくろの味”を自慢できるじゃない。ところが今はネットとか見て、同じものを作ろうとする。でもAさんとBさんの味は違っていいはずなんですよ。100人のおふくろがいたら、100通りのおふくろの味がある。だから違いのある子どもたちが出てくるの。みんな同じもの食べるから、みんな同じ細胞になっていくでしょ。今の学校教育なんかも、同じにすることが合理的で楽なんでしょう。でもね、違いを楽しんでほしいと思うんです」

 

棚橋さんが、おふくろの味を大切にしてほしいと言うのには、女性や母親に対するリスペクトがあるゆえのこと。

 

「今、お母さん達に家庭に戻ってきてほしいなと思うんですよ。お母さん、女性の代わりは男性はできないですよ。だからストレスだらけの男社会に交じって、男のマネして働いてほしくない。女性しかできない仕事があるんです。だって女性は体からお乳が出るんですよ。体から食べ物が出て、赤ちゃんは2年くらいそれだけで育つなんて奇跡じゃないですか。食べたものが全て自分を作ってる。手を抜けば抜いた分の応えが返ってきます。逆に手間を惜しまなければ、そうそう間違いは起こりません。世の中のお母さんに意識をほんのちょっとでも変えて欲しいなと思っています。僕は日本人として、伝統文化の継承者として、声を大にして申し上げたいことは、日本人にとって、答えは全て足元にあるんです。そこに気づいた人は幸せになれると思うんですよ」

 

今すぐに現状を変えるのは難しいかもしれない。けれど、棚橋さんから教わった精進料理と日本人の根っこの素晴らしさは、今後私たちを沢山励ましてくれるに違いない。

 

写真・文 和氣えり(編集部)

 

精進料理人 棚橋俊夫

 

琉球精進・一汁一菜
〜沖縄の野菜で精進料理を楽しむ会〜

 

第2回のお知らせ
日時  9月7日(土)18:00~20:00
場所  わが家のハルラボ商店(那覇市銘苅3-4-1)
参加費 7,000円
問合せ 098-943-9575(ハルラボ商店)
ハルラボ商店で扱っている県産無農薬の野菜だけを使用します。
なお当イベントは、今後も定期的に開催する予定です。
http://hallab.pecori.jp

 

TANAKA

 

ハム・ソーセージ専門店「テシオ」さんで、沖縄市のコザから、肉料理を通して世界をめぐる肉旅イベント「MEATRIP TO VIETNAM !!」が開催されます。

 

 

 MEATRIP TO VIETNAM !!

 

 2019.7.31 水
 12:00 – 19:00 ※売切次第終了
 TESIO / 沖縄市中央1-10-3
 
 

 

 

参加メンバー :
 
bricolage bread & co
 
CAFUNE(入江葵)
 
LIQUID
 
TESIO
  
 

 

協力(LIQUID) :
 
金川製茶・紅茶・緑茶
 
Cookhal
 

 

 


もともとは「MEATRIP~」という形ではなく、東京・西麻布のレストラン「レフェルヴェソンス」のエグゼクティブシェフ・生江史伸さんの「ベトナムをテーマにイベントをやりましょう」という掛け声で動き出したこの企画。
 
当日のメニューの一部とともに、参加メンバーをご紹介します。
 

 

 


・ベトナムのサンドイッチ「バインミー」
 

テシオさんがバインミーのために仕上げる、沖縄県産豚のレバーペーストとハムを、生江シェフが指揮をとるブラーンジェリー「ブリコラージュ ブレッド&カンパニー」が、この日のために試作を重ねた、特製のバインミー用バゲットにはさんでご提供します。東京⇔沖縄間を結ぶ豪華コラボ「バインミー」は、100個の数量限定販売です。
 

 


・ベトナムのスイーツ「チェー」
 

スイーツは、パンを探求するプロジェクト「ブレッドラボ」のチーフディレクターの入江葵さんが、沖縄で新たに立ち上げるアイスクリーム専門店「カフネ(準備中)」が担当。沖縄のぜんざいにも似たスイーツ「チェー」と、練乳が特徴的な「ベトナムコーヒー」をアレンジしたスイーツをご用意します。


 

 
・ベトナムでも愛飲されている飲み物「ジャスミン茶」
 

そして飲み物は、「リキッド」が担当させていただくことなりました。今回は、沖縄・名護の茶農園「金川製茶さんにご協力いただき、ベトナムでも沖縄でも愛飲されている「ジャスミン茶」の高みを目指します。
 
金川製茶さんの庭に咲いているジャスミンの花が、いちばん香りを放つ時を狙って随時収穫。緑茶とともに花を箱に密閉して、ジャスミンの芳醇な香気を茶葉に吸わせます。これを何回も繰り返して仕上げる、とても商品化はできそうにない「生さんぴん茶」をご用意します。


 

 

 
また、国産紅茶グランプリで二年連続日本一に輝いた実績のある金川製茶さんの紅茶が、ちょうど仕上がってきたので、ベトナムで流行している甘みのある紅茶を参考に、天然の果実などの甘みを加えた「やんばる式 午後の紅茶」と。
 

 


ベトナムにはあまりゆかりはなさそうですが、香草をよく使うイメージがあるので、宮古島の自然農のサトウキビ農園が精製する糖蜜から蒸留、5年熟成させたホワイトラム「蒼の風」と、クックハルさんより、やんばるで収穫されたばかりの香草を使った「モヒート」もご用意。ベトナムと飲み物を通して、沖縄の生産・製造者のみなさんがつくる、沖縄のエネルギー溢れた土地の風味をお届けできればと考えています。
 


 

 
とっても長くなってしまいましたが、個性豊かなメンバーによるベトナム食をご堪能いただけましたら幸いです!みなさまのお越しをお待ちしておりまーす。


 

 


TANAKA

カレーコフタ スペシャルカレー

 

一口カレーをすすると、染み出た素材の味に目を見張る。メカジキのカレーには魚の凝縮した旨味が、ごぼうのカレーには力強い大地の香りが満ちている。カレーやおかず、そのどれにも、スパイスの華やかな香りや清々しい味わいがある。けれどそれらは主張しすぎず、素材の味を引き立てる。この店のスパイスは、出しゃばらず素材を支えてまとめあげる。

 

さっぱりとしていながら滋味深い味わいの南インドカレーの店、コフタ。その店主 佐野大さんは、味のこだわりをインドカレーとは結びつきにくい言葉で伝えてくれた。

 

「母ちゃんの味じゃないですけど、それくらい優しく作っていきたいと思っています」

 

スパイスや油の量は控えめに。そのせいか、人生初のインドカレーをここで食したオバアは、「想像していたより辛くないし、こんなに美味しいならもっと早く来たらよかった」と言ってくれたそう。他にも、「満腹だけど、罪悪感がない」などの声が集まる。

 

コフタ

この日のスペシャルプレート。左から、モーウイといんげんのサンバル小松菜のトッピング、メカジキのトマトフィッシュカレー、やんばる若鶏のココナッツカレー、アーサ入りダル(マイルドな豆のスープ)。

 

コフタ

左から、ナスのスパイスオイル漬け、新ジャが入りヨーグルトサラダ、ズッキーニとピーマンのスパイス炒め、エッグマサラ、豆のコロッケココナッツソース。他には、ラッサム(トマトベースのスパイシーな豆のスープ)、ミントとパクチーのペースト、ビーツとココナッツのペースト。

 

沖縄ではまだ珍しい南インドカレー。初めて口にするお客も多いことから佐野さんは必ず、おすすめの食べ方を口添える。

 

「ターメリックライスの上でいろいろ混ぜながら食べてくださいね。もちろん全部混ぜても大丈夫ですよ。それぞれが喧嘩しないので」

 

その言葉通り、カレーやスープ、スパイス炒め、ヨーグルトサラダ、ハーブや野菜のペースト、パパドという豆せんべいなど、各々辛味や酸味、甘味、旨味、塩味と様々な味わいなのに、いくつ混ぜても調和して、一体となって丸くなる。混ぜても味が濃くならないかわりに、深みが出るのが不思議なところ。それに自分好みの味を作っていけるのが楽しい。ヨーグルトサラダを混ぜてマイルドにしてみたり、テーブルに置かれている自家製ピクルスを加えてもっと辛味をきかせたり。様々に試しているうち、あっという間に皿が空に。

 

その混ざった際の立体的な味わいを出すため、佐野さんには工夫していることがある。

 

「カレーやその他のおかず全てにスパイスを使っていますが、2つとして同じ味にならないよう、その組み合わせは被らないようにしています。もちろん同じスパイスも使いますけど、これにはこのスパイスを際立たせようとか、テーマを決めて作っていますね。カジキのカレーだったら、フェンネルとフェネグリークをきかせようとか、今日のサンバルはクミンをきかせてみようとか。マスタードシードも、最初に投入するのか最後に加えるのかなど調理法を変えたりもします。食材も絶対被らないようにしていますね」

 

様々に混ぜてほしいとの思いから、1日限定5食のスペシャルプレートには12種ものおかずが。南インドの幾種もの料理を1度に味わえるのはもちろん、旬の食材を豊富に食べられるのも魅力のひとつ。

 

「スペシャルプレートに使われる食材は全部で15から20種類くらいでしょうか。野菜だけでも10種類は使っていますね。島らっきょうや春菊、モーウイやアーサなど、普通インド料理に入っていないものも使います。ここ読谷の旬のものを使いたいんです。修業していた宮古島で、地元でとれた人参とスーパーに置いてある人参の、味の違いに驚いた経験があるんで」

 

 

佐野さんがこの店をオープンさせたのは、混ぜるカレーの美味しさを伝えたかったから。

 

「創作カレーが合掛けになっているような、今流行りのスパイスカレーの店にしようか悩みました。でもやっぱりいろんな食材といろんなスパイスの味が混ざったカレーを知ってもらいたいなと思って。僕自身、混ぜるカレーを初めて食べた時、衝撃だったんです」

 

山梨県出身の佐野さんが混ぜるカレーを口にしたのは、カレー好きの友人に連れられて訪れた宮古島。惜しまれつつ閉店したインドカレーの大人気店、茶音間(チャノマ)でだった。

 

「『混ぜたら、なんでこんなに美味しくなるの?!』って。1種類だけより、混ぜたほうが相乗効果みたいに美味しくって。ヨーグルトってデザートの感覚なのに、カレーと混ぜてもこんなに美味しいんだって。カレーとヨーグルトが合うってことも知らなかったんで、それも驚きでした。それまでも茶音間を教えてくれた友人と一緒に本見ながらスパイスカレーを作ったりしていたんです。けどなかなか上手く作れなくて、茶音間で食べた時に『ここまでコクを出せるんだ』ってびっくりして。野菜の味の引き出し方というか、美味しさの種類が全然違いました」

 

山梨に帰った後も、茶音間のカレーがずっと心にひっかかっていたという。

 

「茶音間で食べた時、これを山梨に持ち帰りたいと思ったんです。それまでは、あんまり食に興味なかったです。好き嫌いが沢山あって、食べられないものばっかだったし。山梨には友達がいっぱいいるし、今でも地元は大好きです。でもこのまま地元、しかも実家にいたら、ふと気づいた時に、自分には何も残っていないんじゃないかって。自立したいし、手に職をつけたいというのもあって、山梨を離れた方がいいと思ったんですよね。で決心してオーナーに電話しました。『修業させてほしいです、宮古島に行きたいです』って」

 

季節のフルーツ(苺)のラッシー

 

自家製スパイスコーラ

 

濃厚チャイ

 

当時23歳だった佐野さん。茶音間では当初、何もできなかったという。

 

「ご飯は炊けないし、接客の仕方も全然わからなくて。オーナーに常にダメ出しされながら、サービス業の基本を教えてもらいました。最初の頃はずっと顔がこわばってましたね。2、3年目くらいですかね、のびのびやり出せたのは」

 

3年目になると、冬場は1人で店を任され、4年目にもなると、夏の繁忙期もリーダーとして厨房を取り仕切るまでに。丸5年宮古島で過ごし、茶音間が閉店するタイミングで山梨へ戻った。けれどいざ山梨で開店準備に取り掛かろうとするも、うまくいかなかったそう。

 

「知り合いが多い分、いろんな人のいろんな意見に惑わされちゃって。物件一つとっても、誰かに『ここはないでしょう』とか言われると、決めきれなかったんです。人の目、周りの目をすごく気にしちゃってましたね。自信がなかったのもあるんでしょうけど。僕、宮古島へ行く前は、みんなの中心にいたいって思ってたんですよ。宮古島からこんなカレーを持って帰ってお店をやったら、友人たちが集まってくれて、また自分が中心になれるって(笑)。甘かったです」

 

 

結局山梨ではなく、知っている人のいない沖縄本島で店を出すことに。宮古島と雰囲気の似た、のんびりとして自然豊かな読谷村を選んだ。

 

「来てみたらすごいいいところ。近くの農家さんが玄関先に黙って野菜を置いていってくれたり、別のときには食べにきてくれたり」

 

2018年5月にオープンしたコフタだが、最近になってその料理に佐野さんらしい色がついてきた。

 

「オープン当初は『これが自分の強みです』っていうのが良くわからなかったんです。でも今は、地元の農家さんの野菜を使って、近所のオジイオバアも食べられるような優しい味、毎日食べても飽きないような母ちゃんの味っていうのが、自分の持ち味だと思うようになりました」

 

新たなメニューを試作する際にはいつも、近所のオジイオバアを思い浮かべ、「普通に美味しく食べてもらえるかな」と考えるという。佐野さんにはもう、自分が中心にいたいという気持ちはない。佐野さんにとって“地元”になりつつある読谷の、この地の人に喜んでもらえることを一番に考えている。

 

写真・文/和氣えり(編集部)

 

 

スパイスカレーコフタ
読谷村大木375番地A-23
080-9990-4479
open 8:00~16:00
close 水
https://mimomie.wixsite.com/kofta
https://www.instagram.com/explore/locations/2097991156883578/
https://www.facebook.com/スパイスカレー-コフタ-2097991156883578/

 

TANAKA

TESIO

 

真っ白なソーセージは、なめらかでふわふわ、舌に馴染む初めての味わい。皮はむやみに弾けず、その分まろやかさが際立つ。シンプルなのに深みがあって、さっぱりしているのに旨味も十分。あとから白胡椒やカルダモンの香りがほのかにやってきて、その味を控えめに引き締めた。これまでは、パキッと弾ける音とともにブシャっと飛び出す肉汁が、ソーセージの美味しさだと思い込んでいた。けれどこんなに優しい味わいもあるのかと驚く。勢いよく弾けるのが“動”のソーセージとすれば、これは微笑みをたたえたような“静”のそれ。肉ダネの美味しさをしみじみと味わえるのは、むしろこちらだと改めた。

 

「うん、美味しい」。自身のソーセージの出来にうなずくのは、肉の加工・製造をするTESIO(テシオ)店主 嶺井大地さん。続けて、「こうやって食べても美味しいから」と、自家製ケチャップと少々のカレー粉を、飾りつけるようにふりかけた。そのオリジナルケチャップは、カレー風味。香辛料がよく効いていて、スパイシーで大人の味。ソーセージにとてもよく合う。TESIOのソーセージは肉の味を引き出したシンプルなものだから、そのまま食べてもあるいは味を加えても、いくらでも進み飽きがこない。

 

鍋にお湯を沸騰させ、火を止めてからソーセージを入れて、6分。その後、フライパンで焼いて焼き目をつけるのが、美味しい食べ方だそう。

 

もちろん、この真っ白いソーセージはTESIOの一品にすぎない。大きなショーケースには、他にも太さや長さの異なるソーセージ、色とりどりの具材のハム、宝石を集めたようなゼリー寄せ、はたまた自家製コーンドビーフや、アイスバイン(塩漬けした豚の骨付きすね肉を茹でたドイツ料理)なんかもあり、眺めているだけで楽しくなる。

 

ここまで種類豊富な店は、県内はもちろん県外でも珍しいほど。常に20種以上を揃え、嶺井さんはその一つひとつに”自分らしさ”を詰めたいという。そこには、どんな嶺井さんらしさがあるのだろう?

 

 

ーそもそもソーセージって、どうやって作るのですか?

 

嶺井さん(以下略):まずお肉の塊を目の前にドンって置いたら、ナイフ1本で捌くんですね。主に使っているのは豚のウデ肉で、沖縄ではグーヤヌージーって言われる部分です。お肉って赤身があって上に脂身があって、その上に皮が1枚あって、それをナイフで外していくんです。人間もそうだけど、赤身は細かい筋肉が寄せ集まってるでしょ。筋肉って“すじにく”と書くくらいだから、筋がいっぱいあるんですよ。その筋肉の構造を学んで、筋とか膜をナイフ1本で外していくっていう作業がすごい大事で。切り分けた赤身と脂身を、チョッパーという機械でそれぞれ挽き分けて、赤い挽肉と白い挽肉をつくるんです。その後に、その赤と白の挽肉、塩やスパイスや氷を、でっかいフードプロセッサーに入れて撹拌すると、乳化してお肉のクリームみたいのができるんです。それがソーセージの土台になる生地ですね。それにジューシーな粗挽きのお肉を加えたら、粗挽きソーセージになります。その肉ダネを腸に詰めて燻製にかけるんです。

 

ーチョッパーやフードプロセッサーを使うとはいえ、その他は全部手作業なんですね。ソーセージがこんなに手作りされるものとは知りませんでした。そんな職人技を、どこで学んだのですか?

 

最初は、京都にあるシャルキュトリーのお店に入りました。シャルキュトリーというのはフランス語で、精肉店がソーセージやハム、サラミ、生ハムなんかを作って売ってるような、そういう業態のことを言うんです。その後、静岡のデリカテッセンで3年半学びました。ドイツでは、シャルキュトリーのことをデリカテッセンって言うんです。

 

 

ーどういう経緯でそのお店で修業したのですか? 

 

最初の京都のお店は、ほんとたまたまなんです。そのお店の前を通りかかったときに、びっくりしちゃって。こういうソーセージ屋さんというか肉の加工品屋さんを、初めて目の当たりにしたんですよ。シャルキュトリーの店に出会って、ショーケースに色とりどりの加工肉が満載されてて、それがすごくカッコイイなって。ソーセージっていったら、僕はもうウインナー、フランク、チョリソーくらいしか知らなかったから。沢山種類があって、それを全部職人が自家製してるってことで、これは学んで沖縄に持って帰るといいんじゃないかと。沖縄は豚肉文化だし、豚肉を使って作るってなると、僕みたいに「わーっ」って驚く人とか「楽しい!」と思ってくれる人が、もしかしたら多くいるんじゃないかって。それで「学ばせて欲しい」ってその店の門を叩くんです。京都でしばらく学んでいたんですけど、その店の方のお師匠さんというか、お世話になっている方が静岡にいて、そこのお弟子さんが卒業して手薄になってるから弟子入りしてみないかとお話をいただいて。即「行きます」って、翌日には荷物をまとめて静岡へ行きました。

 

ーデリカテッセンとの出会いは意外にも、行き当たりばったりだったのですね。

 

僕は専門的なことがしたかったんです。いろんなお店がある中で、「今日はここ。明日はあそこ」ってやる中で、「ここでなきゃ」っていうものを何か提案できないかなって。沖縄で食べ物にまつわる商売をするって決めてたんですけど、沖縄で新しいものを探すのはどうなのかなって短絡的に。外で学んで沖縄に帰った方がいいかもしらんって、闇雲にそういったものを求めて飛び出していった結果が、これだったんです。

 

 

ーすぐに、デリカテッセンに行き着いたのですか?

 

いや。僕は、大学卒業の時からやりたいことをずっと見つけきれなくて、悶々としていた時期がかなり長かったんです。普通に就職することも考えたんですけど、社会に出ていくことに恐怖があったし、なんかこう頭がぐちゃぐちゃしちゃって。就職活動とかやりたくなかったし、やりたくないものにエネルギーも燃やせなかった。なんかテストみたいなの受けるでしょ。時事問題の一次試験があるからって、今から何の役に立つかもわからないものを勉強する気にもなれないし。友達と就職活動の話になって、「やってない」って言うと、「お前、冗談だろ。どうすんだよ」「うん、わかってる」って。で、やばいやばい、明日やろう。でもできない、できない。もう毎晩眠れなくて、怖かったです。誰々がどこどこに決まった、すごい。でもそれ、ほんとにやりたいの?って。そうこうしているうちに、卒業です(笑)。何も決まらないまま、沖縄に戻ってきました。もう自己嫌悪だし、劣等感はあるし、悔しいし、なんか呆れるし。沖縄に帰ってきても恥ずかしい恥ずかしいっていう時期が、1年2年と続いて。周りから気を使われるし、親戚に「お前、何やってんだ?」って言われるから盆にも行けないし。

 

 

ーそんな状態からどうやってこのTESIOを立ち上げるまでに? とっかかりは何だったのですか?

 

とにかく自分で身を立てないと。親のスネをかじることはしたくないし、バイトでもなんでもいいから何かしようってやるんだけど、その中でも模索してるわけ。自分はどういう風に身を立てていけばいいのか、ずーっとずーっと考えてて。でも、わかんない。じゃあ自分の好きなことはなんだろ?って。音楽だよな、映画だよな。そこにしか興味がないけど、そんなんじゃ身を立てられないよなと。

 

で、ある日、あるお店へ行ってみたら、すごい素敵でなんか楽しくて、居心地いいなって。そこには僕の好きな音楽的な感じもあるし、映画的な感じもある。とりあえずここで働いてみようと。働いてみたら、なんか素晴らしい。オーナーさんと話したら刺激的だ。よし、僕もこんなお店がしたいって。結構成り行きというか、自然発生的に出てきたんです。“mogfmona(モフモナ)”というお店です。

 

ーカフェの先駆けで人気のあるお店ですね。モフモナのどんなところが、嶺井さんを駆り立てたのですか?

 

飲食店をするって、ほんとになんだろうな、ただ料理を通してのコミュニケーションじゃなくて、色んな情報を求めて色んなお客さんが集まっていて、ほんとに刺激的な営みだなってことを、モフモナに関わってる時間の中で感じました。空間だけじゃなく、音楽の選曲だったり、料理の味わいだったり、選ぶ器だったり、スタッフの佇まいであったり。そこに関わる全てがモフモナにチューニングされるというか。店の佇まいや醸しているものに、モフモナっていう存在感がしっかりあるというか。そういうものが、ふとした時の「ああ、あそこがある。あそこがあるからやりきれる、充電できる」っていう場所になるのかなと。だから僕も、誰かの、求められるような世界を作りたいと。

 

モフモナにいなかったら、今の僕はいなかったです。ものすごい影響を受けました。モフモナで数年働いた後、沖縄にはないものを探して内地へ飛び出したんです。

 

 

ーTESIOのホームページには、「ボクなりの表現」という言葉がありますね。モフモナにいたから、ご自身の表現というものを突き詰めているのかもしれませんね。

 

そうかといって、このお店を作る時にテーマが確固としてあるわけではなく、好きなものをより集めていったらいつの間にかこうなったくらいで。ここの商品は、ドイツ製法と言われるものなんですけど、僕はドイツへ行ったことはないんです。学んだのも日本の方からだし、やってる自分も沖縄の人間で、塩とか沖縄のものを使っていて、それでドイツを謳おうなんて、どだい無理な話で。「自分は何を提案したいんだろう、表現したいんだろう」ってことなんだけど、結局自分が学んできた製法をベースにしながら、沖縄で手に入る素材を利用して、どういうフレーバーのものを作っていけるのかって、やっぱりそこに感性を乗っけていかなくちゃいけないから。先人達が作ったレシピをそのままやったって、ドイツ人と同じやり方を沖縄でやったって、絶対同じ味には作れない。だからそこは割り切って、自分自身が「美味しい」と思える味わいをやっていこうと。そう消化できたらすごい楽しくなりました。

 

 

ーだから試食の際にも「美味しい」という言葉が。自分の味に仕上がっているという確認だったのですね。

 

僕たちはショーケースの中のものしか販売してないけど、お客さんに持って帰ってもらえるものって、形じゃないものもあると思うし。「ここをやってる人たちってこういうのが好きなんだ」って感じてもらえるもの、それがすごくビビットにお客さんに響くものであってほしいなっていうのがあって。それがどこかで見たようなものではなくて、独特なものであってほしいと思うんです。けど、かといって奇をてらおうとしたってできないんですけど。だから絶えず、自分は何が好きなのかっていうことって、ちゃんと捕まえとく必要があるし、やっぱり自分の感性が発揮できていないとなかなか伝わらないよなって。

 

 

ーお店のインテリアや小物からも独特の世界観が伝わってきて、嶺井さんの感性を感じます。イベントもユニークですね。今回はおでんイベントということですが、なぜおでんを? デリカテッセンが作るおでんってどんなの? 色々気になります。

 

僕は、修業していた時に師匠のまかないを毎日つくってたんですけど、忙しくて手が回らない時ってソーセージの余ったものと野菜をスープで炊いて、そのままワーッて出しちゃう。そうすると「またこれ?」って言いながらすごい美味しそうに食べてくれるんです。なんかね、肉の加工品がスープに浮いてて、それが野菜と一緒に煮込まれたものって美味しいんです。で「これ、おでんじゃん」って思うんですよ。日本だけかっていえば、フランスでもポトフって食べるし、肉の加工品をスープに浮かべて食べるのって全世界的に美味しいもの。なんかおでんスタイルでやれないかなと思って。でその話を酒屋さんのLIQUID(リキッド)の村上さんになんとなくしたら、あの人すごいおでん好きで、一緒にやろうと。僕だったら単純にソーセージとかベーコンとかをただ浮かべてってことだけだったと思うけど、村上さんが「肉ではんぺんつくろうぜ」みたいなことを突っ込んでくれて。およそ魚のすり身で作るものを肉で作ろうって。肉はんぺんとか肉がんもとかをドイツ製法で作るんですけど、素晴らしく美味しいものができたんですよ。

 

僕たちの肉の加工品だけじゃ食卓って成立しないから、やっぱりよいパン屋さんだったり酒屋さんと付き合うって、すっごい心強いんです。僕おしゃべりだから、スタッフだったり、あちこちでみんなに話すんですよ、こういうことがしたい、ああいうことがしたいって。そしたら、どうだこうだって、その中で生まれてくるものがあるんです。コラボすると、他のお店さんとの兼ね合いがあるから、ナアナアにできないぞってことでわりと集中していいもの作りができる。そこは大事なポイントだと思っていて。だからあやかりながらやってます。これまでを振り返ってみると、僕たちがこれだってものを作り出せるのは、必ず誰かしら素晴らしい方々との共同の絡みがあった時なんです。振り返ってみると絶対そうなんですよ。

 

厚揚げやはんぺん、がんもなどを肉だねで。宗像堂のパンやおでんソーセージなどの変わり種も。

 

ー大根や卵などおでんの具を細かくしてソーセージに詰めた“おでんソーセージ”なんて、思わずクスリとしてしまいました。お店でのレギュラー商品とはまた違って、イベントではそのユニークさが際立っていますね。例えばコーヒーフェスティバルではエスプレッソ入りソーセージ、バレンタインにはチョコレートのソーセージを作られていました。見たことのない上に遊び心もあって、TESIOならではだと思います。

 

ちゃんと自分たちが楽しむってことをベースにするのが、表現の一つかなって感じています。なんかね、リベンジなんですよ。僕の自己表現っていうのは、ネガティブなところからエネルギーを燃やしてやってきたって感覚が自分の中にあります。社会に出る時に、僕はすごい不安に陥ったでしょ。「自分はだめだ、他の人たちが当たり前にやってることができなかった。人生棒に振ったんじゃないか」って、恐れがすごく強かったんです。その中で、真面目にかじりついて長い時間かけて学んできたことが、今ようやく日の目を見てる。これをちゃんと誰かにハッピーな形で届けたい。それで「ほら、できたじゃん」って、当時の自分に言いたいんですよね。

 

写真・インタビュー 和氣えり(編集部)

 

 

TESIO(テシオ)
沖縄市中央1-10-3
098-993-7316
11:00~19:00
close 月
http://tesio.okinawa
https://www.facebook.com/TESIO-213133245859616/
https://www.instagram.com/tesio_sausage/

 

TANAKA

岸本ファーム

 

レモングラスとミントの葉に湯を注ぎ、3分ほど待つ。深呼吸したくなるような爽やかな香りが広がった。浮かべた紫のエディブルフラワーがなんとも愛らしくて、自然と笑みがこぼれる。うっすらと色づいたレモンイエローのお茶は、スッキリと爽やかで雑味がまるでない。フレッシュで優しいハーブそのものの味。何の引っ掛かりもなく喉元をスルスルと通り抜ける。

 

体にすっと馴染むこのハーブたち、育てているのは、岸本洋子さん率いる小さな農園、岸本ファームだ。洋子さんのハーブは、県内のレストランやホテルで引っ張りだこ。卸先の一つ、イタリアンの名店TRATTORIA Lamp 上江田シェフは、「ペーストにすると他のバジルとの違いがわかる」と評価する。洋子さんのそれは、変な苦味やエグミが一切出ない貴重なものだという。

 

その栽培方法は、農薬や化学肥料、除草剤の類を一切使わないもの。不要な草は手で一つひとつ摘み、虫も割り箸で1匹1匹除き取る。けれど、徹底しすぎないのがコツと、洋子さんはおおらかな笑顔を見せる。

 

「草は全て悪いってものでもないんです。逆に草が作物を助けることがあるんですよ。だからキレイにしすぎないんです。虫にやられることは最初から見越してますよ。100%収穫しようと思わないで、50から70パーとれればオッケーよ。100パーとろうと思うと苦しくなるから」

 

ただし、それは頭を使って工夫の限りを尽くした上でのこと。

 

「病害虫対策はしてますよ。ハーブのそばにネギ植えたりね。あと色々な作物を少しずつ。1つの作物だけにすると連作障害といって、みんな全滅することもあるから。イタリアンパセリのそばにサニーレタスを植えたりね。一方がだめになっても、もう一方が助けてくれるんです。あと女性3人でやってますから、力のない分、道具は軽いものや手軽なものにしています。クリーニング屋さんでもらう針金のハンガーを切って杭にしたり、プラスティックの鉢を逆さに並べて苗ハウスの台の脚にしたりね」

 

 

ハーブ農家になっておよそ30年。順風満帆に見える洋子さんだが、ここまでくるのには紆余曲折があった。

 

洋子さんが農家に転身したのは、40代後半。それまでは琉球政府(当時)で農業指導をする役人だった。現場を知らなければという思いから生産者の道へ入ったそう。

 

「22歳のときの最初の赴任地が八重山だったんですよ。当時八重山はまだまだ発展していないところで、自分達が学んできたこととギャップがあったんです。私達は勉強してきてかっこいいことを言うんだけど、土地柄や人柄、そこで必要とされているもの、色々と問題が出てきてしまって。現場を知らなかったし、転勤転勤のたびに『自分で実際に農業をやらないといけない』って思うようになったんです」

 

同僚だったご主人も、農業への思いがあった。

 

「主人は、『これからは農業がブームになる』って言ってたんですよ。『温暖化で作物ができにくい環境になるからこそ、農業はもっと大事になるよ』って」

 

ご主人も早期退職し、ともに農業を始めることに。関東のハーブ農家を視察して研究を重ね、手広く始めた。

 

「当時は主にバジルをやっていて。6人も人を雇って、ハウスは9棟あったかな。1日に100ケースくらい、築地や新宿など県外へ出荷していました」

 

岸本ファーム

 

バジル栽培は軌道に乗ったものの数年後、洋子さんに転機が訪れる。ご主人が倒れ、洋子さんの生活に介護も加わったため、これまでのやり方を変えることに。

 

「いっそのこと農業をやめようかとも考えました。でも主人の『農業は命の基本』という思いを引き継ぎたくて、踏みとどまったんです。そんなときにちょうど、沖縄の飲食店の方が畑を訪ねてきたんですよ。『いいハーブを作ってるって聞いてきた』と」

 

最初に訪ねてきたというその人が、前出のTRATTOLIA Lampの上江田さん。洋子さんのハーブを気に入り、取引が始まる。県外で先に評判を得ていた洋子さんのそれらは、これをきっかけに口コミで徐々に県内へも広まったそう。

 

「それまでは、ハーブをやっていても県内、特に沖縄の家庭に入っていかないのが気がかりでした。介護が始まって規模を小さくせざるを得なかったし、県内へ目を向けることにしたんです」

 

岸本ファーム

 

畑は小さくしたが、栽培するハーブの種類は増えていった。タイ料理店に請われれば、タイバジルなど新しい品種にも積極的に挑戦。今では料理人だけでなく、ハーブやエディブルフラワーを使うパティシエやエステティシャンまでもが畑を訪ねてくる。一方、洋子さん自ら、営業に出向くこともあるとか。

 

「ホテルや飲食店とかに行きますね。こういうハーブはどうですか、ハーブを料理に入れると入れないのでは全然違うんですよって、料理して持って行くこともありますよ。こだわりのあるお店は、取ってくれるんです」

 

取引先が増えても、洋子さんの実直な姿勢は農家になった当初から変わらない。

 

「ちゃんといいものを作って、いいものを提供する。ただ正直に、お客さんを裏切らないってことです」

 

岸本ファーム

岸本ファーム

 

洋子さんは今、家庭にもハーブを広めようと奮闘している。その一つが、“岸本商店 畑ママ(はるまま)くらぶ”だ。普段はレストランなどへの卸しが主だが、毎週水曜に開催されるこのイベントでは一般客も岸本ファームのハーブや島野菜を購入できるとあって、畑の横の小さなテントはお客で賑わう。ハーブキャンディやエディブルフラワークッキーの詰め合わせ、バジルやトマトを練り込んだ沖縄そばなど、オリジナルの加工品も並ぶ。加えてハーブや野菜を使ったワークショップまでも。この日のメニューは、島野菜やエディブルフラワーを使った野菜ふりかけ作り。スタッフが作り方を説明してくれる。

 

「今日のふりかけは、サクナ(長命草)と人参葉をメインにします。レンジにかけたら、こんな風にパリパリになるんですよ。サクナも人参葉も、どうやって食べたらいいかわからないっていう方が多いので、こんな風に使えますよって。ウコンやハイビスカス、エディブルフラワーを乾燥させたものもありますので、彩りよく好きなだけ入れてくださいね。あとは、鰹節や桜えび、じゃこに胡麻も用意していますので、お好きな味に仕上げてください」

 

用意された小さなすり鉢で、各々が選んだ食材をスリスリ。最後に塩を加え、実際にご飯にかけて味の調整を。自分で手作りしたことがさぞや嬉しいのだろう、参加していた子どもたちは自身のふりかけをたいそう気に入り、ご飯をおかわりしていた。野菜を無駄なく使い切る知恵を教われるだけでなく、子どもの野菜嫌いを直すきっかけにも。しかも誰もが真似できる手軽さとあって、魅力の詰まった内容だった。

 

岸本ファーム

 

このワークショプ、なんと毎週メニューが変わるのだからすごい。別の日は、ハーブドレッシング作りだった。調合するハーブの種類や分量だけでなく、洋子さんが経験を重ねて掴んだコツをも教えてくれる。

 

「沖縄のこの気候だとね、ハーブをオイルに漬けると、カビるんですよ。だからオイルじゃなくて、ビネガーの方にハーブを入れて。このハーブビネガーにオイルを足せば、ハーブドレッシングになりますからね」

 

このワークショップに参加するため、足繁く毎週通うお客がいるというのも頷ける。それだけ洋子さんがハーブの素晴らしさや、活用の仕方を知り尽くしているから。

 

「ハーブってね、一石五鳥にも六鳥にもなるんですよ。お料理に使えて、ハーブビネガーやハーブソルトのように調味料にもなる。お茶にもなるし、お菓子に入れたっていい。石鹸とか、ハーブバスソルトとか、食だけじゃなく住にだって役立つしね。食べなくても匂いを嗅ぐだけで、認知症予防や安眠効果のあるハーブもあるんですから」

 

岸本ファーム

岸本ファーム

洋子さんは、畑の野菜でササッとランチを作る。野菜の味を確かめ、珍しい野菜やハーブの調理法をスタッフに教える意味も。この日は、ビーツやトマト、ブラックキャベツなどを煮込んだ“ボルシチ”。野菜の甘みが際立っていた。

 

 

洋子さんは、作物を生産するだけの農家にとどまらない。ワークショップ開催や商品開発だけでなく、オリジナル麺を引っさげて“ハーブたっぷりサラダそば”などでイベント出店したり、新聞でハーブ料理の連載をしたかと思えば、その内容と連動させた料理教室を開催したり。ハーブのある生活を精力的に広めていく。

 

「農業は、汚い、苦しい、危険の3Kってよく言われますけど、私は3Bだと思っているんです。農業は、命の基本という“ベーシック”。農業は工夫次第でちゃんと食べていけるという“ビジネス”。最後のひとつは、素晴らしい、美しいという“ビューティフル”ね」

 

自分一人でではなく、気の合うスタッフや仲間とともに、農業のこれまでのイメージを鮮やかに塗り替えて行く。洋子さんは、農業を起点に香り豊かな生活をどこまでも広げていく。洋子さんの手にかかれば、暮らしにハーブが欠かせない未来はすぐそこだ。

 

写真・文 和氣えり(編集部)

 

岸本ファーム
糸満市武富573
070-4094-3477
http://kishimoto-farm.com
https://www.facebook.com/kishimotoherb/
※毎週水曜に開催している岸本商店は、お休みの場合もございます。ご来店の際は、開店情報やWS情報をfacebookページでご確認ください。

 

TANAKA

 

安全安心な野菜や食料品、日用雑貨など、生活必需品が揃う“わが家のハルラボ商店”。この度、那覇の泊から銘苅へお引越し。より楽しくお買い物ができるようになりました。

 

1つめの楽しみは、思わずニヤリとする珍しい商品を発見できること。新店舗は、古民家の一軒家。靴を脱いであがるので、まるで友人宅にお邪魔するよう。約2倍になった広さと、立派な梁がめぐる高い天井、そして木の優しいぬくもり。ゆったりとした雰囲気の中、じっくりと棚を物色できます。

 

 

そもそもハルラボ商店のラインナップは、店主の穐葉武人(あきば たけひと)さんと陽子さん夫妻が、安心で安全なものをと、こだわって選び抜いたものばかり。新鮮な野菜はもちろん、例えばオーガニックの日本酒や、石油を使っていない紙の生理用品…。普段他では見かけない商品を発見できます。これらの商品は、前の店舗でも扱っていたとか。「前は小さい店で、重ねて並べたりしていたから。『こんなのあったのね』と驚かれるお客さんも多いですよ」と陽子さん。以前の店舗より欲しいもの、必要なものが目に入るようになりました。

 

もちろん、新しくラインナップに加わったものも。この日発見したのは、“ベアーズネーチャーファーム”のオリーブオイルやオリーブの実のオイル漬け。美しい黄金色がなんとも目を奪われます。これらのオリーブ、なんとやんばるで栽培されたものだそう! 県内でオリーブが栽培されているなんて、知りませんでした。これも、1軒1軒農家さんを訪ねて探した、ハルラボ商店ならではの取扱です。「お客さんと話すのはいつも世間話」という朗らかな陽子さんですが、何気ないおしゃべりの中からこんなお得情報を聞き出せるのも、楽しみの一つです。

 

 

2つめの楽しみは、“福豆”のお弁当やお惣菜、ドリンクを購入できるようになったこと! イベントに出店するとまたたく間に売り切れてしまう、ベジ料理の福豆。店舗を持たない福豆でしたが、平日は毎日、こちらで購入できるようになりました。

 

そもそもハルラボ商店が移転したのは、キッチンが欲しかったという理由から。武人さんが、その思いを伝えてくれます。

 

「せっかく農家さんが丹精込めて作った野菜を無駄にしたくなくて。その野菜を使ったお惣菜などを販売したいと、前から思っていたんです」

 

ハルラボ商店の野菜は、自然栽培や有機栽培など栽培方法にこだわったものばかり。そのこだわり野菜を野菜料理の達人が調理するのですから、美味しくないわけがありません。ランチボックスや丼ものなど3種のお弁当に、温かいスープや量り売りのデリ、手作りのドリンクも数種並びます。

 

 

その他、“自然いぬ。”や“マテパン”、“天食米果”、“八重岳ベーカリー”など、県内の人気店の商品が曜日交代で並びます。また今後は、ワークショップや展示会を企画するかもしれません。

 

この住宅街に移転してからは、以前からのお客に加え、お子様の手を引いて徒歩で来られるお客も増えたとか。わが家のハルラボ商店は、ますます使い勝手のよい楽しいお買い物スポットになりました。

 

 

わが家のハルラボ商店
那覇市銘苅3-4-1(駐車場4台有)
098-943-9575
open 11:00~18:00
close 日曜・祝祭日
http://hallab.pecori.jp

 

TANAKA

 

そのクッキーを目にしたら、誰もがきっと息を飲む。その可愛らしさに、はっとせずにいられない。赤、青、黄、オレンジ、ピンク、パープル…。色彩豊かな花びらが描くのは、まるで美しい風景画のよう。

 

「花びらというより、色とりどりの絵の具を乗せている感覚なんです。モネの“睡蓮”とか、ああいう色合いが好きで。昔のヨーロッパの絵画の色彩が頭にある感じです」

 

そう話すのは、エディブルフラワーのクッキーなど花をモチーフにした焼き菓子店 L’tete(ル・テテ)店主 上地みゆきさん。みゆきさんは、“睡蓮”の世界を花びらの絵の具で描く。もはやお菓子の域を超えていて、彼女のアート作品といっても過言ではない。

 

リース

みゆきさんは、見た目だけでなく味にもしっかりこだわる。クッキーは、バニラ、シトラス、ココア、シナモン味などの数種。アイシングの有無でクッキーの甘さが調整されていて、全体のバランスが計算されている。

 

というのも、クッキーでありながら2つとして同じものはないのだ。たとえば、花のリースをイメージしたという一番人気の“リース”。エディブルフラワーの花びらの他に、ドライフルーツやナッツなどが並ぶが、どれも色や組み合わせが異なる。みゆきさんが、その時の直感を頼りに並べるという。同じ“リース”クッキーでありながら、別の日には全体のテイストが異なることもしばしばだ。

 

「最初に完成図があるわけではなくて、感覚だけです。あらかじめ色と素材の組み合わせを決めてしまえば、スタッフにも作ってもらえるなと思うんです。けど、“こう”って決めてしまうと、そこから広がらない気がして。この花とこの素材を一緒に並べたらまた違う表情が出るんじゃないかとか、もっといいマリアージュがあるんじゃないかとか、毎回実験的にやっている感じです」

 

初めてのお客はその美しさに感嘆し、常連客は新しい表情のそれに心を踊らせる。そしてどのお客も、どれにしようかと頭を悩ませるに違いない。

 

ブーケ

 

みゆきさんは、店の営業日を“オープンアトリエ”と名付ける。そのオープンアトリエは毎週金曜日で、週に1度だけ。1枚のクッキーを完成させるのに多くの時間を費やすからだ。

 

「自分で『かわいい〜』と思ったら、生産性あるなし考えないで、手をかけちゃうんです。この“ブーケ”というクッキーだと、実際に花束を作るような気持ちで、1つひとつの花びらをピンセットで置いていきます。そしたら1枚つくるのに10分くらいかかってしまって。1時間に6枚しかできない(笑)。今は半分くらいの時間でできるようになりましたけど。週1のオープンでも結構ギリギリなんです。最初は、2,3日は開けたいって思っていたんですけどね」

 

時間を要するのは飾り付けだけではない、エディブルフラワーの下処理にも。生花の花びらを丁寧に広げ、色が飛ばない低い温度のオーブンで乾燥させる。もしくは、厚い本に挟みしばらく重しをした後、やはりオーブンで乾燥させるそう。

 

オープンアトリエでは、いくつかケーキが並ぶことも。この日は、読谷産イチゴのロールケーキとジンジャーパウンドケーキ。

 

みゆきさんがここまで手間をかけるのは、お客の喜ぶ顔が見たいという思いがあるから。

 

「1個1個すごく心を込めて丁寧につくって、顔が見える相手に届けたいというのが、一番の理想なんです。幼い頃から、喜んでくれる相手の顔を思いながらお菓子をつくるのが、大好きだったので」

 

みゆきさんのお菓子づくりの原点は、自身のお母様が手づくりしたバースデーケーキやクリスマスケーキ。

 

「母は家族の誕生日に毎回ケーキを焼いてくれて。どんなケーキ屋さんのより、母のケーキが一番美味しかった。お店のみたいにふんわりときめ細かいスポンジじゃなかったけど、すごく特別感があってぬくもりを感じるというか。クリスマスのときには、ツリーの形をしたケーキを抹茶でつくってくれたりしていましたね」

 

お母様の手伝いをしたくてしょうがなかったみゆきさん。小学生の頃から一緒につくり、中学にあがったくらいからは、みゆきさんが家族のケーキをつくっていた。

 

「お父さんの誕生日に一生懸命ショートケーキをつくったり。当然すごく下手なんですけど、『美味しい美味しい、ありがとう』ってすごく褒めて喜んでくれました。私もとても嬉しくて。だからずっとつくってきているんですよね。その時ダメ出しとかされていたら、『ケーキは買ってきたほうがいいよ』ってなってたかも(笑)」

 

現在家庭を持つみゆきさんは自身のお母様と同じように、家族の誕生日にはケーキを焼く。お子さんが幼い頃には、好きなキャラクターのケーキなどをつくっていたそう。

 

 

子育てが落ち着いた頃からは、家庭のお母さんにも作れるシンプルなケーキを教えるお菓子教室“Labours(ラブール)”を主宰していた。手づくりの“手”の意味を込めた“L’tete”という屋号でお花のお菓子をつくるようになったのは、辛い時期を乗り越えた最近のこと。

 

「3人の子供が成長してクラブチームの活動やら部活やら習い事やらで、ものすごく忙しくなってしまって。どれもこれもと頑張り過ぎて、心と体のバランスを崩してしまったんです。家からも出られない状況になって、やむなくお菓子教室を閉めました」

 

数ヶ月が経ち、引きこもりから脱しようとしていた時、たまたま新しくできた花屋の前を通りかかった。

 

「cottaba(コッタバ)さんという小さなお花屋さんで。そのお店に入った時に、すごく癒やされたんです。美術学科出身だからか、色に惹かれるんです。飾られている花の色や、そのグラデーションから、インスピレーションをもらえるような気がしました。それで思い切って『お手伝いさせてください』って、お店に無理やり入れてもらって(笑)。毎日お花を見たり触ったりしているうちに、少しずつ元気になって。するとある日オーナーさんが『ここでお菓子を販売してもいいよ』って言ってくださったんです」

 

フラワーショップcottabaとコラボレーションしたギフトボックス

 

お菓子をつくる機会をもらうと、みゆきさんにあるアイディアが湧いた。

 

「お花屋さんで販売するんだったら、お花のお菓子がいいなって思ったんですね。じゃあどんなのがいいかなと考えた時に、はっと『私、いいの持ってる』って思い出して。以前、花模様のローラーを一目惚れして買っていたんです。でも使っていなくて眠ってました。この模様のクッキーを並べたらかわいいなって。久しぶりに頑張ってみようって思いました」

 

一番最初につくったお花のお菓子は、花模様のバニラサブレ。そこから徐々にメニューが増えていき、エディブルフラワーを使うアイディアも生まれた。

 

「お花と一緒にクッキーを買ってくださったり、そのうちクッキーを目当てに来てくださるお客様もいらして。『食べるのがもったいなくて、しばらく飾ってから食べたよ』とか。この1枚をすごく愛でて大切にしてもらってる。喜んでもらえたんだと、嬉しかったです」

 

お客のその言葉や、「絶対できるから、やってごらん」というオーナーの言葉に背中を押され、2018年11月、お菓子教室だった場所でL’teteをオープンさせた。

 

花模様のバニラサブレと、シトラスサブレ

 

レモンの花クグロフ

 

店主の上地みゆきさん(左)と、スタッフの米須望さん

 

「お花屋さんで働いていなければ、このお菓子はできなかった」とみゆきさん。ケーキからクッキーへとメインのお菓子が変わっても、“贈った人の笑顔がみたい”という思いはなんら変わっていない。

 

「お菓子って、なくても生きていけるけど、あったらものすごく人を幸せにしてくれますよね」

 

花が咲いたような明るい笑顔で、お菓子の魅力をこう話す。L’teteのクッキーを贈られたら、誰もが顔をほころばせる。それは絵画のように美しいからだけでなく、みゆきさんの贈られる人への思いもこもっているからに違いない。

 

写真・文/和氣えり

 

 

L’tete(ル・テテ)
読谷村波平205
090-6867-8659
open 金(但し、第5金曜、祝日にあたる金曜はお休みします)
10:00~18:00(売り切れ次第終了)
https://ltete.okinawa
https://www.instagram.com/l_tete_/

 

TANAKA

 

小ぶりでころんとした可愛らしい豆大福。その餡は、引き立て役。塩気がしっかりときいていて、歯ごたえある赤えんどう豆の自然な甘さを際立たせる。

 

こんがりとした焼き色が食欲をそそるどら焼き。その餡は、ダブル主演の片方。小豆の粒感が舌に心地のいい餡は、他方の主役のふんわりヌチっとした皮と、よく調和する。

 

鮮やかなピンク色が春を感じさせる桜餅。その餡は、控えめな脇役。桜の華やかな味や香りのじゃまをせず、そっと味覚の下地をつくる。

 

「あんこ」と一口にいっても、その菓子によって味や表情は様々。あんこの役割って、和菓子ごとに異なるのだなと思わず唸る。餅や皮との組み合わせや歯ごたえのバランスが、どれをとってもすこぶるいい。職人のそんな細やかな仕事を感じさせるのが、羊羊の和菓子たち。

 

 

この和菓子、つくっているのは意外にもスタイリッシュな男性二人。店主でもある、屋部龍馬さんと、武山忠司さんだ。レシピを考える際には気をつけていることがあると、屋部さんが教えてくれる。

 

「甘すぎないことですね。いわゆる和菓子って、甘すぎるのが敬遠される理由なのかなと。うちのは1つ食べても満足するんだけど、なんだったらもう1個イケるよみたいな」

 

たしかに、ここのお菓子は甘党やあんこ好きを十分に満足させるが、甘いものが少し苦手な男性にも食べやすいに違いない。そんな絶妙な加減だが驚いたことに、二人とも和菓子店での修業を一切していない。そのせいだろうか、和菓子といえば、伝統や暖簾を守るという堅いイメージがあるけれど、羊羊の場合はそれらに縛られていない分、自由な伸びやかさを感じる。

 

例えば、アレンジしたどら焼き“もちどら”には、皮と餡の間に生餅と、なんと砕いたカシューナッツが挟まれているし、そもそも和菓子屋といっても和のお菓子にとらわれていない。琉球菓子である冬瓜漬や、台湾のちまきがあったりする。

 

和の趣の落ちついた店内でありながら、そのラインナップが不自然でないどころか、思わずニヤリとし、ワクっとする。台湾からの観光客には不思議がられるというが、台湾ちまきをメニューに加えたのは「ただ単に好きだから」。こんな遊び心が、胸を踊らされる理由だろう。

 

 

そもそも、羊羊が誕生した経緯が面白い。

 

“机”という屋号でデザイナーとして活動する武山さんが、「お客さんと直に接する仕事もしてみたい」と物件を探していたのが始まり。友人でそのことを知っていた屋部さんが、この場所を見つけてきた。また屋部さんも、広さが十分にあり、駐車場のスペースもあるこの物件を気に入った。折しもオーナーを務めるカフェ、プラウマンズランチベーカリー(関連記事)をスタッフに任せられるようになっていたというタイミングもよかった。

 

「じゃ、借りる? 一緒にやる? 何やる?」

 

そんな軽やかな様子で、二人の相談が始まる。当初は家具屋や器屋、ゲストハウスなどが候補としてあがっていたそう。けれど、武山さんの一言で、方向がすんなりと決まった。

 

「『あ、和菓子屋やりたい。きっと楽しい』って。僕の実家は、岐阜で和菓子屋をやっていたんです」

 

ああ、いいかもね、と屋部さんもあっさり同意。和菓子屋というのが一番しっくりきたそうだ。

 

 

武山さんのご実家は、曾祖父様が昭和元年に和菓子屋を始めた。2代続いたが、お祖父様の代で店を閉めたそう。

 

「家にこんな道具がまだ残っているなんて知らなくて。和菓子屋やろうと決めて実家に帰ったら、物置に当時の道具が色々と残っていたんです」

 

菓子を並べる木箱である番重、あんこを炊く銅製の大きな鍋、それを混ぜる木製のヘラ。曾祖父様、お祖父様が使っていた約100年前の道具を持ち帰り、この店で使っている。銅製の鍋で炊くあんこは、他の鍋で炊いたそれとは全く味が異なるとは、屋部さん。

 

「小豆の芯までほっこりと柔らかく火が入るんだけど、煮崩れないんですよね」

 

調理道具だけではない。大小様々な落雁の木型は、店の大切なインテリアになっている。

 

 

さて、和菓子屋をやると決まったけれど、もちろん二人とも和菓子を作った経験はない。けれど、レシピ開発に臆することはなかった。

 

「はい! 僕、大福つくりたい!」「じゃあ、俺、どら焼き」

 

こんな調子でそれぞれ、つくりたいお菓子を試作をすることに。もちろんすぐに美味しいものができたわけではない。屋部さんが、思い出し笑いをする。

 

「最初は、ものすごーく塩っぱい大福が出来上がったり(笑)。ちょうどお店の内装工事が遅れたので、半年くらいかけてゆっくり試作できました」

 

完成するまでさぞや大変だったのでは?と聞いてみても、「いや、そんなに」と、二人とも苦労を感じさせない。そもそも羊羊という店名は、二人が同い年で未年生まれだから。羊のように、二人はとても穏やか。ただただ、今の新しいチャレンジを楽しんでいる。

 

 

武山さんは、自身のルーツを感じるのが楽しいそう。

 

「両親が共働きだったんで、小学校が終わったら毎日、おじいちゃんおばあちゃんのいるお店へ帰っていたんです。そこで遊んだり、お店を手伝ったり。もちろんその記憶はあるけれど、和菓子屋始めるなんて少しも思ったことなかった。でもこの店をやってみたらすっごい楽しくて。自分のルーツに触れられているからですかね。幼い時は、なんにも感じていなかったけど、おじいちゃんは、ちっちゃい僕とか姉とかが遊んでる店で、毎朝あんこ炊いて、まんじゅう包んでたんだな。そういう当たり前の日常の中で、何を考えながらあんこ玉丸めてたのかなとか、考えるのが楽しいんです」

 

一方屋部さんは、プラウマンズランチベーカリーとの違いが新鮮なよう。

 

「あっちの店では、僕が全部決めなきゃいけないけど、こっちでは、僕が全部を決めなくていいっていうね。責任者だけど、自分だけが主導するんじゃない。自分と同じテンションで、同じくらいやってくれる人がいるっていうのがすごい強みで。例えば僕が全部『こうでなきゃ』と言ってしまうと、結局プラウマンズと同じような店になってしまうでしょ。あえて武山君にまかせたら、このお店はどうなっていくのかなという、楽しい実験をしている感じ。僕は、武山君のセンスを信用してるんで」

 

現に冬瓜漬、台湾ちまきは、武山さんのアイディアから商品化されたもの。日持ちのする冬瓜漬はお土産として喜ばれ、台湾ちまきは小腹の空いたお客に重宝されている。

 

店主の武山忠司さん(左)と、屋部龍馬さん(右)。

 

こんな風に二人の発言にそこはかとない余裕を感じるのは、二人が40という成熟した年齢で、既に核となる別の仕事を持っているからだと気づく。何が何でも、という気負いがないし、2つの仕事に違いがあるからこその刺激を純粋に楽しんでいるのだろう。

 

今後は1年を通して、季節を感じる和菓子を発表していくそう。桜の季節には桜餅、端午の節句には柏餅というように。今後について屋部さんは、「目標なんてないけれど」と前置きして教えてくれた。

 

「これまでと変わらず、シンプルなんだけど、家庭でできないものをつくっていきたいですね」

 

一方、武山さんも目を輝かせる。

 

「沖縄のお土産として使ってもらえるようなお菓子をつくりたいです。何か新しいお菓子がここで生まれたら嬉しいですね」

 

この店には、広い広い土間がある。何もなくただ広がる静かな空間。この空間のように羊羊のこれからは、予想できない余白があって伸びしろがある。

 

写真・文 和氣えり

 

 

羊羊 YOYO AN FACTORY
北中城村喜舎場366
098-979-5661
open 10:00~17:00
close なし
https://yoyo.okinawa
https://www.instagram.com/yoyo.okinawa/

 

TANAKA

ほうじ茶屋のほうじゼリー

 

「スターバックスの日本茶版みたいな(笑)。もっと手軽に、格好良く、日本茶を提案したいんです。カフェに行く人たちが、『今日は、コーヒーじゃなくて、お茶にする?』っていう感じで、選択肢の一つにもっていきたいですね」

 

沖縄そばの店 “EIBUN”(関連記事)を手がける中村栄文さんが2店目にオープンさせたのは、そばとは畑違いの日本茶のお店。「気軽に格好良く日本茶を」。なるほど、街角にあるコーヒースタンドならぬ日本茶スタンドをイメージしたという小さなキッチンは、親しみの湧く愛らしさだし、シャーベットブルーを差し色にした客席は、ほどよくカジュアル。老舗のお茶屋が営むような敷居の高さはなく、背伸びをせずとも気軽に足を運べる雰囲気。

 

それだけでなく、客席は使い勝手がよいように工夫されていて、日本茶が生活に馴染むものであることも教えてくれる。

 

「ここをコワーキングスペースのように勉強や仕事、ちょっとしたミーティングもできる場所にしたいと思って。3,4名の個室や、10人くらいでミーティングできる大きなテーブルも作りました。ワークショップをしてもらったり、貸し切りも大丈夫ですよ。もちろん一人で黄昏にいらしても。ちょうど2年前くらいですかね、僕自身、那覇で打ち合わせをするのに、ちょうどいいお店を探せなかったんです。飲み屋ばかりだし、カフェだとコンパクトな店で長居できない。一人で仕事ができるような場所も欲しかったんです」

 

 

そういえばミーティングやパソコン仕事のお供といえば、当たり前のようにコーヒー。けれど、日本茶がスタンダートになってもいい。この店にいると、“おばあちゃんのもの”というお茶のイメージが覆され、コーヒーみたく格好のいい、オシャレなものと思えてくる。

 

何が格好いいかといえば、この店に漂う香り。カフェにコーヒーの香りが充満しているように、ここにはほうじ茶の香りが。そもそも店名にもなっている“roasted green tea”とは、ほうじ茶のこと。一度蒸した荒茶という状態の茶葉を、お店で自家焙煎している。店のドアを開けた途端、香ばしさに包まれる。

 

「コーヒー専門店だと、店に焙煎機があっていい香りがするでしょ。あれをお茶でできないかなって。焙煎したかったんです。他ではあまりやってないし、焙煎の時間とか温度とかで全く違う仕上がりになるのが面白くて、そういう研究もしたかったんです。でもお店に置けるような日本茶専用の焙煎機ってないんですよ。工場で使う大きなものしかなくて。だからコーヒー用の焙煎機を使っています。焙煎したら冷蔵庫で半年くらいはもつんです。でも香りや味わいの質が落ちるんで、うちでは少量ずつ焙煎して、なくなったら焙煎します。常に香りの高い状態のほうじ茶を使うようにしています」

 

全てのテーブルに電源が備えられている。

 

日本茶の産地といえば京都や静岡が有名だが、栄文さんが焙じている茶葉は、なんと沖縄県産というのだから驚く。

 

「名護の金川製茶さん(関連記事)。紅茶が有名だけど、日本茶も栽培しているんです。畑を見に行ったんですけど、なんだろ、面白い違和感がありました。亜熱帯の沖縄なのに、ちゃんと茶畑が広がってる。すごく嬉しくなって。金川製茶さんが言うには、『静岡や京都の一流のものに比べれば、正直質は下がります。気候も違うので』って。でもとても美味しいんですよ。一生懸命作っていらっしゃるし、せっかく沖縄でやるんだったら沖縄のものを使いたいと思いました。焙煎の仕方で、その茶葉のポテンシャルをできる限り引き出せたらいいなと思って、模索してる最中です」

 

ほうじ茶ラテ

 

主力のほうじ茶メニューは、急須で出てくる温かいものはもちろん、ほうじ茶ラテや、ほうじ茶ソーダ、ほうじ茶クランブルモカなど、沖縄では珍しいドリンクやスイーツが並ぶ。

 

そのどれもに際立っているのが、ほうじ茶自体の味。チョコレートのようなコクのある香ばしさがありながら、スッキリと後味爽やか。味わいが濃いけれど、渋みが出ているわけではない。ほうじ茶ゼリーにしても、ほうじ茶ジェラートにしても、ツルンとした舌触りやまろやかさがプラスされていて、ほうじ茶そのものを口にしているよう。新鮮で懐かしい。思わず頬が緩み、ホッとする。日本人でよかったとしみじみ思う。

 

期間限定メニュー ほうじ茶クランブルモカ

 

どのメニューもほうじ茶の美味しさを十二分に引き出せているのは、自身を「日本茶オタク」と呼ぶほど、栄文さんが研究を重ねてきたから。

 

「いや〜、ヤバイのに足突っ込んじゃったなと思って。極めようと思ったら、10年20年じゃ足りないですよ。ほんと日本茶って奥が深いんです」

 

その言葉とは裏腹に、嬉しそうな笑みを浮かべる。「ヤバイ」は、「すごい」や「素晴らしい」の意味だろう。その奥深さこそが、栄文さんを虜にした。

 

「日本茶を調べていくうちに、これは面白いって。まだ世に出てないんじゃないかって。これは広めたい!と思いました」

 

あんバタートーストと、ほうじ茶ソーダ

 

抹茶ラテ

 

ほうじ茶の何がそんなに栄文さんを惹きつけたのだろう? 栄文さんは、地方による違いをあげる。

 

「ほうじ茶って、地方によっては呼び方が違って、“番茶”っていうところもあるんです。それは、最後に摘むお茶だから、晩年の晩茶っていう意味。新茶の茶葉はそのまま飲んでも美味しいけど、10月くらいの最後の方に摘むお茶は、どんどん味が劣化して。その劣化をカバーするのに炒ったのが、番茶、ほうじ茶のそもそもの始まりです。焙じ方も地方によって違うんですよ。京都の煎り番茶は鉄板で、宮崎の釜炒り番茶は窯で炊いたり。しかも産地が全国にあって、気候が違うから味わいも違う。日本独自の文化が成り立っていて、それがこの小さい島国で独自の進化をしてるんですよね。コーヒー豆よりちょっと面白いんじゃないかと思って。コーヒーは世界中にあるけど、日本茶は日本にしかないですから」

 

茶器や陶器の販売も。COCOCOのおうち型キャンドルホルダー

 

日本茶の産地を尋ねるうち、栄文さんは静岡で“ほうじ茶博士”なる人物とも出会った。そこで出会ったほうじ茶がさらに栄文さんの好奇心をくすぐった。

 

「『これ、さっき焙煎したやつ』って見せてもらったのが、知ってる焦げ茶の茶葉じゃなくて、黄金色してたんです。『香りを嗅いでみ』って言われて嗅いでみたら、すごいフルーティな香りがしたんですよ。コーヒー豆でいったら浅煎りの豆みたいな。次に『噛んでみ』って言われて、噛んでみたらすごい美味しいんですよ。『これ、なんなんですか?』って聞いたら、『新茶を焙じたやつ』って。その新茶の時期しかできないんですよね。新茶って高級だからなかなか焙じないけど、新茶自体を焙じたらすごい香りがして、料理にもめっちゃ使えそうなんですよ。来年は新茶の時期のを焙じてみようかなと思っているんです」

 

もう楽しくてしょうがないというような満面の笑み。誰もしていないことに面白さを感じるという栄文さんは、食事メニューにもアイディアが尽きない。

 

「新作は、日本茶の茶葉でスモークした、お茶の香りのするソーセージです。ホットドッグにしました。日本茶と合わせるのに、定番のものじゃつまらない。『えっ』って言われるようなものを出して、もっと面白くしたいです」

 

スタンダードホットドッグ

 

 

ちなみに栄文さんは、岩手県出身。お茶の産地出身ではなく、日本茶と縁深かったわけでもない。「日本が好き過ぎ」るから、出身地に関わりなく日本の素晴らしいものを海外へ広めたいという夢がある。

 

「10代の頃は、田舎が嫌でとりあえず東京出たいって。でも東京住んでる時も、日本嫌だなって思ってたんですよね。そういうタイミングで仕事で海外に住んで。外に出たら、日本ってこんなにいいところだったんだって。なりたいものになれる自由があるし、食のバラエティさもある。安全さとか衛生面とかもすごいけど、海外の人がハッとするようなモノや技術がまだまだ沢山あるんじゃないかと。そういう宝物を見つけちゃうと、ワクワクするんですよね。それが僕にとっては、沖縄そばだったし、日本茶だったんです」

 

みんな沖縄そばも日本茶も知ってはいるし、好き。けれど、それが“面白いもの”とは気づけていない。日本茶をもっと気軽に格好良く。そして面白く。栄文さんが、沖縄から、海外から、これからも気づかせてくれるに違いない。私たちの日本茶の、底知れない“面白さ”を。

 

写真・文/和氣えり

 

 

2019年1月から、ROASTED GREEN TEA APARTMENTは、完全予約制の貸スペースになります。現在、カフェの営業は一時お休みしておりますので、ご注意ください。

 

また茶葉の卸売業として、焙煎や、お茶と県産ハーブとのブレンド茶葉、ほうじ茶で作るスパイス焙じchaiなど、日本茶をより楽しめる様々な商品開発もしていきます。

 

 


ROASTED GREEN TEA APARTMENT(ローステッド グリンティー アパートメント)
那覇市松尾2-6-12 3F

https://www.facebook.com/roastedgreenteaapartment/
https://www.instagram.com/roasted_green_tea_apartment/

 

TANAKA

Arts&Crafts

Arts&Crafts

Arts&Crafts

 

「一番の希望は、この景色を眺めながら過ごしたいってことでした。このマンション、窓からのリバービューが気持ちよくて。天井からハンモックを吊るした窓際は、特等席になっています」

 

これ、既存建物のリノベーションを得意とする“Arts & Crafts(以下、アートアンドクラフト)”が手がけた部屋の主の言葉。もともと賃貸でここに住んでいたカップルが、「ずっと狙っていた」と売りに出たタイミングで購入。これまでに感じていた“こうだったらいいのに”を、同社のリノベーションでとことん実現させた。説明してくれたのは、アートアンドクラフトコーディネーター梅山知里さんと、アドバイザー土中萌さん。快適に過ごすため、間取りだって変更したそう。

 

「ガラスの窓で囲われたベッドスペースをリビングの隣に作りました。もとは共用廊下側に寝室があったのですが、廊下の明かりが眩しかったようで。しっかり熟睡できる場所に移動させて、寝室だった場所は、洋服好きのお二人のために、広々としたウォークインクローゼットにしました」

 

加えて、二人のライフスタイルも反映させ、その雰囲気も自分たちの好みへと。

 

「グラフィックデザイナーという職業柄、家で仕事をすることも。そこで、デスクの置く位置を整え、ワークスペースを作りました。美術館を訪れた時のような、非日常で整然と落ち着いた雰囲気をつくりたいとのご要望から、モルタル仕上げをベースにグレートーンの部屋に仕上げました」

 

Arts&Crafts

Arts&Crafts

 

いいなあ、と思わずため息。羨ましく思う理由は、「こうだったらいいのに」を実現させたことだけでなく、とても粋に仕上がっているから。アートアンドクラフトの施工例を見渡すと、テイストは異なるのにどの部屋にも心地のよい雰囲気がある。人肌のような温度を感じるのだ。

 

その理由は1つに、古い素材の良さを活かしているから。誰も住んだことのない新築物件って、冷たさを感じるもの。リノベーションにしても、全て新しいものに変えて新築と変わらないように施工する場合だってある。それもいいけれど、アートアンドクラフトの場合は、古いものの持つ味わいをとても大切にしている。そこはお客にも褒められるポイントだと、土中さんは言う。

 

「建物のいい部分はできる限りそのまま活かしてあげるのが、リノベーションの醍醐味だと思っています。例えばここの扉はかわいいからそのまま使いましょうとか、このガラスがいい味を出しているから、他のところで使いましょうとか。そういう新旧の混ぜ方が上手だとお客様から言っていただきます」

 

2つに、フェイクではなく本物の建材を使っているから。使っていて気持ちの良いものを選んでいるとは、梅山さん。

 

「例えば新築のマンションには、ビニール素材に木目調のプリントがされたフローリングが敷かれていることが多いと思うんですけど、私たちは無垢材のフローリングを施工することが多いです。裸足で歩いた時に足ざわりがいいですよ。木やモルタル、タイルといった自然素材は、キズも味になるような素材なので、経年変化を楽しみながら長く使っていただけます。“〜風”というフェイクでは、そうはいきませんよね」

 

 

 

水栓、ドアノブに至るまで、ありがちなものは1つとしてない。細かなパーツ一つひとつにも選び抜いた意思を感じる。ただ全てを自身で選択することに不安なお客だっているだろう。その場合には、セレクト型のリノベーション“TOLA(トラ)”が用意されていると梅山さんが説明してくれた。

 

「人気の間取りや素材をキュッとまとめたプラン集とパーツ建材集を、ご用意しています。その中から好みのものを選ぶだけで、理想の住まいをつくることができちゃうんです。私たちはリノベーション事業を始めて20年の間、数々のリノベーションを手がけてきました。その実績から、国内外のメーカー問わず、根強く人気がある素材を厳選しています。どれも自信を持っておすすめできるものばかりです。ゼロから全部決めたい!という方には、フルオーダーシステムの“custom(カスタム)”をご用意しています」

 

アートアンドクラフトの創業時はまだ、“リノベーション”なんて言葉すら定着していなかった。そんな時代からまずは、自分たちでリノベーションしたマンションを販売。いちユーザーとして暮らしたいと思える住まいを提案してきた。その後は、ユーザーの希望に合わせたカスタムリノベーションも。マンションをはじめ、一戸建て、はたまたビルや倉庫などをコンバージョンして住居として使うことまで、新しくて自由な発想で暮らしをデザインしてきた。

 

 

さらにアートアンドクラフトは、不動産屋、一級建築士事務所、工務店等、リノベーションにまつわる全ての業務を兼ねた会社であり、ワンストップで面倒を見てくれることもありがたい。

 

「物件探しから、設計、施工、アフターメンテナンスまで、別々の業者に頼む必要がないんです。不動産業でいえば、私たちがご紹介する中古物件は、メンテナンスがしっかりされているものだけです。事前に厳しくチェックしていますから。マンションだったら、共用部分もよく見て、剥げた部分をそのままにしていないかとかですね。そうでないと長く住んでいただけません。それに、デザインの打合せに入る設計者が、現場にも入って監理もしますので、最初のイメージと全然違うってことも防げますよ」

 

それだけでなく、梅山さんのようなコーディネーターが付き、最初から最後まで担当してくれるそう。梅山さん、土中さんともに宅地取引士であり、加えて梅山さんは住宅ローンアドバイザー、土中さんは1級建築士の資格も持つ。その道のプロが揃い、資金計画についても親身に相談に乗ってくれるというから心強い。

 

 

また個人宅だけでなく、ビルオーナーへ向け、コンセプトの提案から借り主の募集までもを担うそうで、その守備範囲の広さに驚く。土中さんが、本社のある大阪での事例を紹介してくれる。

 

「ビルの目の前を高速道路が走っていて、前の一般道も交通量の多い立地なんです。窓を開けるとちょっとうるさくて、それが原因で賃貸区画の空きが目立っていたんですね。けれど、建物自体は、1950年代築の円柱の形をしたビルで、とっても面白いんです。原形はなるべくそのままに、騒音を逆手に取って、“音を出してもいい住宅”というコンセプトで貸し出しました。そしたら、アクセサリー作りをされている方がすぐ入居されて。金属を叩く音がうるさいと、どこへ行っても入居を断られていたそうなんです」

 

 

低層階は店舗や事務所にして、このビルに集う人からその使われ方までが、ガラリと刷新された。アートアンドクラフトのこの斬新なアイディアで、借り主やビルオーナーだけでなく、築60年のこの建物までもが喜んでいるに違いない。

 

アートアンドクラフトが初めての支店を沖縄に置いたのは、本土とは違う建築様式に新たな魅力を感じたから。アートアンドクラフトのリノベーションなら、外人住宅や古民家、築年数のたったビルも、それを活かした新しい使い方、住まい方を提案してくれる。リノベーションでぬくもりを宿した部屋は、そこに住まう人の暮らしを末永く見守ってくれるだろう。まずはどんな家に住み、どんな暮らしがしたいのか、ワクワクする夢を膨らませることから始めたい。

 

コーディネーターの梅山知里さん(左)と、アドバイザーの土中萌さん

 

施工写真提供/Arts & Crafts 文/和氣えり

 

Arts & Crafts(アートアンドクラフト)
沖縄事務所
北中城村喜舎場1066
SPICE MOTEL OKINAWA内
098-975-8090
https://www.a-crafts.co.jp

 

TANAKA

伊江島 食の家 しまぶくろ

 

「ミヌダルといえば、〇〇さん。これだけを食べに来るの。たまたま切らしてる時があって、その時は怒られた〜(笑)。予約が入ったら、じゃあちょっと多めに用意しておこうかって」

 

“伊江島 食の家 しまぶくろ”店長 アーキーさんこと島袋徳明(のりあき)さんは、少年のように顔をほころばせる。

 

ミヌダルとは、豚のロース肉に、泡盛や醤油、みりんなどで味付けした黒ゴマのタレを塗って蒸した沖縄の伝統宮廷料理。しまぶくろのそれは、フクフクとした湯気を伴ってテーブルに運ばれる。温かいまま出てくるミヌダルは珍しい。けれど、それ以上に驚いたのは、その容貌。なんとなんと、わらじのように大きくて、文庫本ほどの厚みがある。お肉よりも黒ゴマの部分が厚くて、インパクトある姿に思わず声をあげてしまった。

 

「ゴマが多すぎるって言うお客さんもいるくらい(笑)。でも他のお店で食べた時に、薄いのが嫌だった。それに温かいから美味しいと思うんですよ」

 

蒸し上げるのは、注文が入ってから。ホンワカと温かいからこそ、黒ゴマの香ばしい匂いが漂う。そしてかすかな月桃の香りまで。聞けばその葉を敷いて蒸すのだとか。ミヌダルって、香りを楽しむ料理なんだと気がついた。それに黒ゴマの美味しさを味わう料理なんだとも。香ばしく優しい甘さの黒ゴマが主役で、そこに豚肉のコクが加わる。香り高さと食べごたえで、これを求めてお客がやってくるのもうなずけた。

 

伊江島 食の家 しまぶくろ

ミヌダル

 

ファンがついているのはミヌダルだけではない。接客を受け持つ奥様の真紀子さんも、はつらつとした笑顔で言葉を添える。

 

「この料理だったら誰々さんという風に、料理ごとにファンの方がいらっしゃるんです。メニューを通してお客様の顔が浮かびます」

 

そういえば、メニュー選びに迷って真紀子さんにおすすめを聞いたことがある。すると真紀子さん自身がちょっと困っていた。しまぶくろには、看板料理がない。それは裏を返せば、どの料理も自信を持って勧められるということ。食べた人を夢中にさせるのは1つに、どれも丁寧に手作りされているから。加工品は一切使わず、例えば島野菜チャンプルーのツナも、缶詰を使わずアーキーさんが作っている。

 

「マグロのハラゴーのところを使ってます。ゼラチンが多い部分だから、いい出汁になるんです」

 

そのツナは、塩気が控えめで、でしゃばりすぎていない。ツナと野菜の出汁が、ふんわりとした島豆腐に染みていて、とても優しい。主役は、よもぎやハンダマ、長命草など少しクセのある島野菜。たっぷりだけど、なぜかそのクセが気にならず、その独特の香りが活きている。野菜の味がしっかりとしていながら、どうしてこんなに食べやすいのだろう? そう思っていると、アーキーさんが秘密を明かしてくれた。

 

「仕上げに自家製のよもぎオイルを入れているんです。よもぎの葉は料理に使うけど、茎の部分は残るでしょ。その残ったところを油に入れて低温で抽出してる。これはよもぎが嫌いな小学生でも舐めるよ。よもぎの香りだけで、苦味がないの」

 

伊江島 食の家 しまぶくろ

島野菜チャンプルー。「世界一美味しい」オバアのチャンプルーに感激して生まれたメニュー。

 

伊江島 食の家 しまぶくろ

しまぶくろソムタム

 

他の調味料、例えば“しまぶくろソムタム”というパパイヤサラダに使うシークワーサーポン酢も、アーキーさんの手作り。旨味は昆布出汁だけというが、さっぱりとして、かといって物足りなさを感じさせない。また塩だって、昆布やカツオの出汁の旨味を含ませてから使うというのだから、その手の込みように驚く。

 

調味料1つとっても美味しさをとことん追求するが、料理はシンプルに引き算もする。アーキーさんのお料理にファンが多いのは2つに、素材の味を活かしてその美味しさを引き出すから。

 

例えばどぅる天。どぅる天とは、潰したターンムに豚肉やかまぼこ、しいたけなどを加え、衣をつけて揚げたお料理。伝統的には濃厚な豚出汁やしいたけの出汁の旨味を味わうお料理だが、しまぶくろのそれは違う。

 

「お肉は入れずに、出汁は昆布だけです。ターンム自体が美味しいから、余計なものは入れない方がかえっていいでしょ」

 

揚げたてホクホクのどぅる天は、ターンムの味が前面に出ていた。淡白で優しい美味しさが口いっぱいに広がって滋味深く、それで充分だと思えた。

 

伊江島 食の家 しまぶくろ
伊江島 食の家 しまぶくろ

どぅる天

 

3つに、アーキーさんのお料理にはオリジナリティが光っていて、食べ慣れた沖縄料理とはひと味違うから。

 

例えば、ミミガーチリビラーイリチー(豚の耳とニラの炒めもの)。普通ミミガーといえば酢の物や和え物にすることが多いだろう。しまぶくろにもさっぱりとした”ミミガーのシークワーサー和え”というメニューがある。けれどミミガー料理で人気を二分するのが、このイリチー。そもそもミミガーを炒めものにするという発想自体が新鮮だし、お酒のつまみはもちろん、ご飯の進むおかずにもなっていて面白い。ピリリと豆板醤の辛味が効いていて、ごま油とニラが香る。コリコリとした歯ごたえはそのままに、食欲をそそる味付けに箸が止まらなかった。このメニューにも顔の浮かぶお客がいる。

 

「これをわざわざ食べに来る東京のお客さんがいますよ」

 

とアーキーさんが言えば、真紀子さんは、お客であり同業者でもある友人を思い浮かべる。

 

「『美味しいから、うちの店でも出していい?』って。お料理のプロが真似したいって言ってくれて嬉しかったです」

 

伊江島 食の家 しまぶくろ

ミミガーチリビラーイリチー

 

伊江島 食の家 しまぶくろ

イベント出店時の1メニュー、“ラフテーマン”。お店で出している柔らかなラフテーに、よもぎをしのばせて。伊江島小麦を使った皮は、天然酵母で発酵させた。

 

どの料理にも個性があって、似たり寄ったりの味付けではない。けれどどの料理にも共通していえるのは、味がしっかりしていて味くーたーなのに、とても優しいということ。

 

「添加物は一切使っていないからね。最初は塩気とかを感じると思うんだけど、その次に野菜の持つ甘さだったりを感じられると思うのよ。それは無添加ならでは。だしの素とか使うと最初から最後まで同じ味になっちゃう」

 

健康志向の強いベジタリアンのメニューにも柔軟に対応するアーキーさんだが、最初から無添加の料理をしていたわけではない。かつては東京の渋谷で店を出していたが、沖縄に帰ってくるタイミングで旨味調味料などを一切使わない料理に切り替えた。その理由は、アーキーさんの生まれ故郷、伊江島に住むオバアの料理を思い出したから。

 

「オバアの料理って、どこの家にもあるようなものしか使ってなかった。調味料は、塩とコショウ、醤油くらい。それを思い返すことがあって、それに近いことをしたいなって。せっかく島野菜は健康にいいものなんだから」

 

伊江島 食の家 しまぶくろ

 

そのオバアの料理は、とても美味しかったそう。

 

「多分世界で一番美味しいと思う。少なくとも僕が今まで食べたチャンプルーの中で一番美味しい。普段そんなに食べないのに、ご飯3杯おかわりしました(笑)。僕は幼い時に那覇に出てきたんで、大人になってから食べたあのチャンプルーが忘れられないんです。入ってる具材が大豆、シラス、その辺の畑に生えてる青菜、それからもやしに人参、ひじきに厚揚げ。これが全部混ざってて、もうなんでもいいんだって。肉は入ってなくて大豆なの。で、出汁にシラスなんですよ。それに塩と醤油くらいしか入ってない。え、調味料こんだけなの?って。なのにめっちゃ美味しい! なんでなんですかね。もう目からウロコ状態でした」

 

アーキーさんは伊江島に帰る度、オバアの家に泊まったそう。

 

「前日に電話して。『明日帰るよ。おばあちゃん家に泊まっていい?』って。で着いたら、『ご飯は?』『食べてない』って。そしたら作ってくれるんです」

 

 

伊江島 食の家 しまぶくろ

 

アーキーさんが言うには、伊江島料理というジャンルは特にないのだそう。それでも店名に“伊江島 食の家”とつけたのは、伊江島が好き過ぎるからだという。

 

「僕が今思うのは、小学校1年までしか島にいなかったから、もっと島を満喫したかったんじゃないかなあ。両親と一緒に那覇に出てきて、言葉がおかしいもんだから、同級生にちょっとからかわれたりしてね。おふくろにはしょっちゅう『島に帰りたい』って言ってたみたい」

 

アーキーさんにとって伊江島はそれほど特別な場所。

 

「しょっちゅう道を一人で歩いていたのを覚えています。今でもその景色が出てくるし、その道を思い出す。砂利道で、夏はその砂利が輝いててね。その道が大好きだったんです。その道の先にじいちゃんばあちゃんの家があって。今はその道、なくなってるんだけど、そこに行けばその道が見える。今でも道があったように歩けるんです」

 

オジイオバアが亡くなった今でも、アーキーさんは伊江島へよく出向き、小麦や農産物などを沢山仕入れて、店で出す。アーキーさんは店で料理をしながら、伊江島を、その砂利道を、オバアのチャンプルーを思い出しているのだろう。

 

アーキーさんの料理を口にすると、なぜかホッとする。メニューに島の地図が挟まれていてそれを眺めるからか、島の食材やラムを口にするからか、ホッと安心してなぜか伊江島に足を運びたくなる。それは、その料理にアーキーさんの伊江島やオバアに対する思いがこもっているから。アーキーさんのお料理にファンが多いのは一番に、懐かしさやオバアの優しさを感じるからに違いない。

 

写真・文/和氣えり(編集部)

 

伊江島 食の家 しまぶくろ

 

伊江島 食の家 しまぶくろ
那覇市牧志3-10-5 アドビル2F
0989175222
17:00〜23:30(22:30L.O)
close 火・不定休
https://www.facebook.com/iishimabukuro/

 

※2018年11月17日、12月8日開催のまーさんマルシェに出店予定
https://www.facebook.com/masan.marche/

 

TANAKA

トラットリア ランプ

 

「イタリアンをやってるっていう認識は結構ないんですよ。どちらかというと沖縄料理をやってるっていう感覚です」

 

店名には、“気軽なレストラン”を意味するイタリア語“TRATTORIA”を掲げているし、当然のようにイタリア料理店だと思っていた。店主 上江田崇さんの「イタリアンをやっているという認識はない」との言葉を聞いても腑に落ちなかったのは、その料理の見た目が沖縄料理とはかけ離れているから。鮮やかなブルーの皿に美しく並んだ前菜1つとってみても、丁寧な仕事が施されていることは明らか。おおらかな沖縄料理とは別物だと思ってしまう。

 

そんな思いを見透かしたのか、上江田さんは、国別の料理などのいわゆるジャンル分けされている料理について言いおよぶ。

 

「フランス料理とか中華とかも、ずっと変わってない料理ってないと思うんですよ。なぜ変わっていくかというと、料理人が外に出ることで新しい調理法を取り入れたり、時代の流れがあったり。今は『これは沖縄料理です』って言っても『え?』って思われると思うんです。けれどいずれは『これは沖縄の料理だよね』って言われることを狙っています(笑)」

 

上江田さんは、イタリア料理を知ってもらいたいという気持ちはないのだという。思うのは、ただただ沖縄の食材をもっと美味しく食べてもらいたいということだけ。

 

トラットリア ランプ

上の写真の右から順番に、糸満産じゃがいもの冷製スープ 昆布のジュレ・島オクラのソテーメカジキの燻製巻き・ナーベラーソテーと自家製ベーコン・白身魚のペースト バジルソースのパン粉焼き・スーチカー 玉ねぎ イタリアンパセリのナスの詰め物 ビーツサラダを乗せて・島豚肩ロースのペースト・しっとり加熱した県産鶏胸肉 卵黄のソース。

 

前菜は、島オクラやナーベーラー(ヘチマ)、スーチカー(豚の塩漬け)など沖縄では馴染みのあるものばかり。どれも、この島の食材の美味しさを引き出す調理法で細やかに料理されている。たとえばナーベーラーはじっくりとソテーし、メカジキは軽く燻製にする。島豚の肩ロースは、低温で時間をかけて煮込んでペーストに。かたや島オクラはオリーブオイルと塩でさっと炒めただけ。これらを絶妙に組み合わせて素材の味の重なりを楽しませてくれる。どの素材も持ち味が際立ち、そのものの味の濃さ、美味しさを再認識させてくれた。

 

上江田さんの料理を食べ進めるうち、“沖縄料理”っていったい何を指すのだろう?と思う。”この土地で長く食べ続けられている料理”という条件が入るとすれば、上江田さんの料理はまだ沖縄料理とは言えない。けれど戦後に食べられるようになったタコライスは、もはや沖縄料理の部類に入りつつある。そうだとすれば、上江田さんの料理だって長く愛され食べ続けられれば、それは沖縄料理だといえる日が来るのかもしれない。上江田さんの冒頭の言葉がだんだんと腑に落ちてくる。この土地で育まれたこの土地ならではの食材を、こんなにも美味しく料理しているのだから。

 

 

「イタリアンの要素、ほぼないでしょ(笑)。オリーブオイルを使うことと、パスタをお出しすることくらいでしょうか。でもパスタは締めの位置づけです。炭水化物は最後っていうのが、僕たちの体には馴染んでますよね。だからお出しする順番を変えたんです。普通イタリアンでは2番めなんですけどね」

 

上江田さんの言う通り、その料理はイタリアの料理と言わないのかもと納得していく。テーブルには、ナイフとフォークとともにお箸も用意されているし、お皿はやちむんで、コップは琉球ガラス。調味料だって、沖縄のものを積極的に使う。驚いたことに、“今帰仁アグーのロースト”のソースには赤ワインではないお酒が。

 

「泡盛です。ワインより泡盛のほうが、アグーの脂との相性がいいと思うんですよ」

 

アグーのジュワッと広がる旨味を引き立てるソース。赤ワインほど主張せず、さらりと肉の旨さを支える。洋風の料理に泡盛はミスマッチのように勝手に思っていたけれど、違和感を感じさせないのは、アグーに合う証拠といえるのかもしれない。上江田さんは泡盛だけでなくコーレーグースーも使うというから、また驚いてしまった。

 

トラットリア ランプ

今帰仁アグーのロースト

 

上江田さんがこんなにも沖縄の素材にこだわるのは、イタリアを旅した経験からだ。那覇のいくつかの店で修業を積み、ある有名店のシェフに昇格するタイミングで、上江田さんはイタリアの食を味わい尽くす1ヶ月半の旅に出た。ローマやナポリ、ジェノバやパルマなど行きたいと思っていた都市を巡ったそう。

 

「最初は、イタリア料理を完コピしようと思っていたんですよ(笑)。味を一生懸命記憶しようとしたし、料理の写真も撮って、盛り付けも真似しようと思っていました。なるべく現地に近づけたいから、美味しいと思ったハムを沖縄へ輸入できないかなと考えたり」

 

様々な都市を巡るうち、地方ごとの料理の違いに驚いたそう。

 

「イタリアでは街ごとに料理が全然違うんですよ。隣の街でも全然違う。一つ山を越えたら、ここは雨が降るけど、そこは降らない。気候が違うから採れる素材も違うし、料理も違うんです。そもそもイタリア料理っていうジャンルはないんですよ。サルディーニャ料理ですとかローマ料理ですとかがあるけど、それらをくくったイタリア料理っていうのは、イタリアの人はわからないんじゃないかな。それに、みんな自分の生まれ故郷やその料理に、とても誇りを持っていて。ある街でパスタを食べたときのことが、いまだに忘れられないんですよ。『このパスタ、もうちょっと材料を加えたら美味しいのに』と思って、そのお店の人に言ったんです。『これに生ハム入れたらもっと美味しくなるんじゃないの』って。そしたら『自分達の土地では、生ハムは作ってないよ』って言われて」

 

トラットリア ランプ

 

このことがきっかけで、上江田さんの考えに変化が訪れる。

 

「イタリアでは、他の土地で採れたものを取り寄せてまで料理をするってあまりしないんです。スローフードの考え方が自然に馴染んでいるんですよね。スローフードっていうのは、自分達の土地で採れたものを自分達の体に入れていこう、生産者を守ろうって。細かいことは色々あるんですけど、大枠はそんな感じです。僕が沖縄でやろうとしていたこと、イタリアから食材を仕入れてそのままを作ろうってことは、イタリア人が一番やらないことなんじゃないかって気がついたんです」

 

それに気づいた旅の後半は、イタリアを純粋に楽しんできたそう。

 

「僕は、沖縄の食材を使うべきなんだと思いました。土地のものを使うっていうのがイタリアの大前提。それが一番イタリアらしいんだと思って、帰国しましたね」

 

修業時代から「自分の料理を出したい、自分の料理ってなんだろう」と追求してきた上江田さんは、旅先で1つの答えに行き当たった。「東京でも食べられるものをここで出してもしょうがない」と、帰国して数年後にオープンしたTRATTORIA Lampでは、徐々に沖縄色を強くしていった。

 

トラットリア ランプ

イラブーの詰め物をしたパスタ シンジを加えたスープ。パスタの中には、イラブーと豚のひき肉など。スープは豚の出汁とイラブー汁を合わせ、仕上げにオリーブオイルとコーレーグースを数滴。イラブーのクセはなく、滋味深さが染み渡る。

 

イタリアで影響を受けたことは、単に地産地消だけではない。スローフードのもう一つの柱、生産者を守ることもそう。上江田さんはそのことにも注力していて、それは食材選びにも現れている。その一つがイラブー(ウミヘビ)だ。上江田さんは今年、店の8周年の記念メニューに、イラブー料理を取り入れるチャレンジをした。評判がよかったことから、その後普段のおまかせコースにもイラブーが登場することがある。その理由は、美味しいからという理由だけではない。

 

「沖縄の伝統食でもあるイラブーをなくしたくないからです(関連記事:香祭)。イラブーってシンジ汁として昔から元気のない時に食べられてきた歴史がありますよね。これは久高島のイラブーなんですが、燻製にして使えるようになるまでとても大変な手間なんです。使う人が少なくなったら、いずれなくなってしまうんじゃないでしょうか」

 

その思いは今帰仁アグーにも。

 

「今帰仁アグーは、沖縄の在来種といえるアグーなんですよ。そもそも在来種というのは、歴史上一定期間この地にいるものっていう定義があるんです。多く出回っているいわゆる“あぐー”は、西洋種とアグーの掛け合わせで、その歴史はまだ浅いんです。今帰仁アグーの生産者の高田勝さんは、在来種と呼べるアグーにこだわっていて。高田さんのアグーは、アグー同士の掛け合わせで、純血のアグーに限りなく近いと思います。アグーは古い貝塚の遺跡からもその骨が発見されるほど歴史があるものですが、その反面、生まれてくる頭数も少ないし、成長にも時間と手間がかかる。アグーの養豚を続けてもらうためには、その大変さを理解して、料理する、あるいは食べる人の存在が不可欠です。頑張っている生産者さんを皆で応援していきたいですね」

 

トラットリア ランプ

オープン当初から変わらないデザート、プリン。食べごたえのあるしっかりタイプで、男性にも人気。

 

こんな生産者のストーリーを、上江田さんはお客にも伝えるそう。

 

「『“あぐー”って居酒屋とかにもよくあるやつでしょ?』っておっしゃるお客様もいらっしゃるんです。『よくある“あぐー”はこうこうで、このアグーとは違うんですよ』っていうこととか、生産者さんのお話をすることで、その価値が上がっていくのではないかと思っています。だからカウンターだけの、しかも10席だけのお店にしたんです」

 

上江田さんは実はかつて、アグーは洋食の調理法には合わないのではと思っていたそう。なぜならアグーの美味しさはその脂にあり、ロースト等高温で焼き切ると融点の低い脂部分は、大半が溶けて液状になってしまうから。

 

「脂の旨味とか香りとかっていうアグーの特徴が消えてしまうのは、アグーの持っている良さを出し切れていない気がして。だったらうちで使わなくてもいいというか、逆に使うともったいないなと思っていたんです。アグーは、しゃぶしゃぶでサッと火を通して食べるのが一番美味しいんだろうなと。でも今は、低温調理で長時間グリルすればいいというのに行き着きました。そしたら脂を落とさず、アグーの良さを活かしきれるんです」

 

“今帰仁アグーのロースト”は、アグーらしく脂がしっかりついているが、さらっとしつこくなくて口に残らない。残るのは、その甘みと旨味。弾力のあるしっかりとした肉質で、噛めば噛むほど溢れ出る肉汁、旨味の濃い味わいもあって、アグーの力強い生命力も感じた。

 

上江田さんは生産者さんを応援したいがために、その素材を活かす新しい調理法を考えた。この一口の向こう側には、このアグーを懸命に育てた生産者がいて、美味しく料理してくれた料理人がいる。上江田さんの話を聞いたからこそ、その味わいは一層深いものとなった。上江田さんは、「食と職の尊厳を守りたい」と言う。“職”とは、食に携わる生産者や料理人などの職人のこと。その一つとして上江田さんは、お客との会話も大切にしている。

 

トラットリア ランプ

 

上江田さんは18歳でこの世界に入ってからこれまで、ずっと実直に食に取り組んできた。最初は料理人になるつもりはなく、大学生のアルバイトでホテルのホールスタッフとしてのスタートだった。人手が足りなくてたまたま入った厨房で、料理の楽しさに目覚めていったとか。それまでは家でも料理をしたことがなく、マヨネーズやドレッシングを自分で作れることも知らなかったそう。

 

そんな上江田さんは今や、見たこともないイラブー料理を作り出すなど、沖縄の料理界を引っ張る存在。ただ美味しい料理を出すにとどまらず、食というものを常に高い視点から見て未来を創っていこうとしている。このTRATTORIA Lampを通じて、沖縄の食とその文化、そして職について、明るい変化がもたらされるに違いない。

 

写真・文 和氣えり(編集部)

 

トラットリア ランプ

 

TRATTORIA Lamp(トラットリア ランプ)
那覇市松山1-7-3 呉マンション1-A
098-927-8675
18:00~23:00
close 日曜・第三月曜
http://lamp.okinawa
https://www.facebook.com/trattorialamp/

 

TANAKA

大東寿司レシピ

 

「私の出身地、南大東島の大東寿司、この前みんなが『美味しい美味しい、作り方習いたい』って言ってくれたもんだから、今日は材料持ってきたよ。一緒に作りましょう。え、記事にするの? そんなの知らないから寿司飯作ってきちゃったよ。あ、顔は撮らんでよ、恥ずかしいから(笑)」

 

「難しいこと何もない。ああ、お米は上等選んでよ。コツらしいコツはそれくらい(笑)。前に店で大東寿司買ったら、美味しくなくてショック受けた。安いお米だったんでしょうね。私はコシヒカリ買う。寿司飯にするお酢も普通よ。マルコメのお酢って決めてるけどね」

 

大東寿司レシピ

 

「今日の魚はサワラ。前に鯛で作ったことあるけど、ダメだったね。高級だから良いだろうと思ったんだけど。サワラが一番。マグロでもいいかな」

 

「これは、南大東の。いとこが南大東に帰る時に、一緒に買ってきてもらうの。それか島に住んでる友人に頼んで、送ってもらう。市場行って、そこで捌いて薄切りにしてもらって。家で真空パックにして冷凍。使う分だけ解凍してね。そうしておけば1年くらい平気平気。真空パックにする機械は、息子が買ってくれたよ」

 

「南大東のお魚は美味しいよ。本島に来たばっかりの時は大変だった。スーパーで買ってみたら、ショック受けて。それ以来買ってない(笑)」

 

大東寿司レシピ

 

「サワラ、醤油に漬けて。醤油はいつもキッコーマンので普通の。だし醤油とかじゃなくていいよ。テリを出すのにみりん入れる人いるけど、私は醤油だけ。それで充分美味しいから、他に要らないの」

 

大東寿司レシピ

大東寿司レシピ

 

「2,3分浸けたら、ザルに取り出して、軽く醤油を切る感じね。マグロだったら、漬ける時間を短くしてね。すぐ色が黒くなるから。いい匂いする? サワラと醤油だけなのにね」

 

「じゃ、ご飯を握ろう。酢を水で割って、手に付けてから。水だけだったらベトってなるから。酢を入れると、殺菌にもなるしね」

 

「大東寿司って、長くもつのよ。祭りの朝は早く起きて、その日のお昼と夕飯分を作ってから祭りに行きよったから。お母さんと一緒に、これと海苔巻き作ってね。朝に家を出て、昼間は相撲の応援。子供の相撲やって、大人の江戸相撲やって。それからお芝居。すごかったよ、子供の頃の祭りは。帰るのは、夜中の1時とか2時。帰ってからまた食べる。9月で暑いのに、全然いたんでなかったよ」

 

大東寿司レシピ

 

「手にご飯粒がいっぱいついちゃう? 手に酢水を付ける加減があるのかしら」

 

大東寿司レシピ

 

「自分たちはテーゲーにするから、こうやって両手にご飯持って2つ同時に(笑)。型もあるんだけどね。手で握った方が美味しそうに見えるわよね。大丈夫よ。刺し身で隠せばみんな同じに見えるから(笑)」

 

大東寿司レシピ

 

「わさびは平気? チューブから直接ご飯に乗せちゃう(笑)。八丈では、わさびじゃなくて和辛子を使うところもあるって聞いたことあるよ。八丈島から伝わったお寿司だって、知ってるでしょ?」

 

大東寿司レシピ

 

「その上に刺し身を乗せて。ちょっと上から軽く押さえたらいいよ。そしたらクルッとまるまるから。はい、できあがり」

 

「味していいのよ。味するのが作る人の特権。食事の時にはもうお腹いっぱいですってこともあったあった。白い筋の入ってるのがハラゴー。お腹の脂身の多いところね。これは人によって好みが分かれるね。私は子供の頃から、ハラゴーじゃないところ。ハラゴーは食べきれん。いとこはハラゴーばっかり食べよったよね」

 

大東寿司レシピ

大東寿司レシピ

大東寿司レシピ

 

「誰かが亡くなった時とか、島の人で集まってよく作りよったよ。こっちに出てきてからは、息子の誕生日とかお正月とか、人が集まるっていったら作ってたね。今でも息子からリクエストされて、息子のお店の従業員の子たちに持たせたりしてる。みんな大好きだって、喜んでくれるよ」

 

写真・文 和氣えり

 

TANAKA

香祭2018香祭2018

 

「西洋野菜など新しい野菜栽培に日々悪戦苦闘。趣味は料理。カレーなどインド料理のfacebookの投稿は必見!」

 

これ、“やんばる畑人プロジェクト”という、やんばるを食を通して盛り上げていく団体が書いた、ハルサー(農家)さんの紹介文。農業のことだけでなく人柄を感じさせることまで書かれていておもしろい。他にも、ユニークな農家さんがたくさん。

 

「出荷場ではいつも昭和の歌謡曲を流していて、大のカラオケ好き!」

 

「脱サラ後、沖縄へ移住し、奥さんと二人三脚で畑人生活。夏場は島オクラ、冬場はカボチャ、そして自分が食べたいために始めたカブが主力作物」

 

「各地域のファーマーズマーケットの特色を熟知し、今どこで何の野菜が求められているかなど売れ行き情報の宝庫」

 

ハルサーさんの大きな顔写真の横には、提供できる野菜のリスト。この資料は、同プロジェクトが主催するフードフェス、“香祭(かばーさい)”開催に向け、出店する飲食店へ送られた。飲食店は、それを見て香祭用のメニューを作り上げた。

 

香祭2018

香祭2018

香祭2018

やんばる畑人プロジェクトの野菜たち。大きなテントの下に数十種の野菜が所狭しと並んだ。

 

香祭2018

大宜味村“嘉数農園”は、プロジェクトメンバーではないものの、普段から情報交換しているハルサーさん。種類豊富なトマトとともに、その甘さを活かしたトマトジャムも人気商品。

 

今年で10回を数えるこのお祭り、「やんばるは美味しい」をスローガンに、その豊かな食をたっぷりと楽しめる。当日はスタートの11時前から、すでに沢山の人が行列をなしていた。普段は静かな公園が人、人、人で埋め尽くされたのだから、このイベントの人気ぶりが伺える。公園の隣には穏やかな海が広がり、芝の広場の中央には大きなシンボルツリーが佇む。そのツリーの下でハルサーたちが新鮮で色とりどりのやんばる野菜を販売。「わ! 安い!!」「これ、どう料理したら美味しいの?」など、お客はハルサーと賑やかに言葉を交わす。そのハルサーたちを取り囲むように、25もの飲食店のテントが連なった。

 

“香る祭り”というだけあって、会場はずっと美味しそうな匂いに包まれていた。それもそのはず、お弁当などすでに出来上がったものを並べる飲食店はほとんどない。どの店もお客の目の前で調理し、料理を仕上げる。そのライブ感がたまらない。

 

香祭2018

第10回を記念して、関西からゲスト出店。兵庫から“METZGEREI KUSUDA(メツゲライクスダ)”。ヨーロッパの伝統製法を踏襲した、食べごたえあるソーセージ。

 

香祭2018

香祭2018

名護の行列の絶えないハンバーガー店、“Captain kangaroo”。店舗と同じく、迫力ある肉の量!

 

例えば、恩納村にある“カフェGOZZA”。名物カツサンドを作るその様子に、否応なく食欲を掻き立てられた。厚さ3センチはあろうかというトンカツは、パン粉をまとわすところから。それをじっくり揚げると、ソースの入った鍋にザブンとくぐらせたっぷりと絡ませる。パンに挟んでザクっとカット、切り口からは美味しそうな湯気が立ち昇った。柔らかな豚肉の旨味とソースの酸味と甘味がベストマッチの揚げたてアツアツのカツサンド。見た目同様に美味しかった。

 

香祭2018

香祭2018

香祭2018

ソースには、やんばる野菜をたっぷりと使っているそう。豚肉の甘みを引き立てていた。

 

また名護のハイクラスホテル、“オキナワマリオットリゾート&スパ”は、“やんばる野菜とやんばる茸とクリームパスタ”の調理の連携プレイに見応えが。パスタは茹で加減が難しく美味しい時間が限られる。イベントには不向きと思っていたけれど、そこは流石のホテルシェフ、息の合った早技であっという間に完成させた。一人が、パスタを茹でた鍋からサッとソースの入ったフライパンへ投入。と同時にもう一人が、鮮やかな鍋ふりで絡ませてパッと器に盛り付ける。仕上げにやんばる野菜をトッピング。野外でありながら、ホテルの厨房さながらの活気。レストランの気品ある味を気軽に楽しめた。

 

香祭2018

香祭2018

真っ白なコックコートに身を包んだ各レストラン料理長がズラリ。“オキナワマリオットリゾート&スパ”は地産地消に力を入れるホテルで、プロジェクトの活動に共感して加盟。

 

さらに、バーテンダーのいる沖縄料理店、“松の古民家”。フレッシュフルーツのスカッシュを、オーダーが入ってから丁寧に、かつ無駄のない動きで仕上げていた。しかもとても人懐っこい満面の笑みで。やんばる産タンカン等数種の柑橘系フルーツをその場で絞り、自家製シロップを加え、炭酸水で割る。抜けた炭酸にならないよう炭酸水は1人分用の小さな缶のものを使うこだわりようで、キリッと爽やか鮮度の活きるスカッシュは、喉を勢いよく潤してくれた。

 

香祭2018

香祭2018

バーテンダーでオーナーの松下豊さんは、名護市の観光王子の肩書きも持つ!

 

他にも、スパイスの効いたカレーの香りや、鉄板でジュウジュウと肉を焼く音、シュウマイを蒸し上げる湯気。思わずキュウッと食欲を刺激され、どの店で胃袋を満たそうか目移りする。お腹に入る量に比べ、食べたい料理の数が多すぎて、食べ尽くせないことがうらめしかった。

 

香祭2018

香祭2018

芳野さんらハルサーが営むカフェ“cookhal(クックハル)”は、沢山のエディブルフラワーがお出迎え。ポルケッタプレートの最後の仕上げに一輪の花を添える。そのおもてなしの気持ちと可愛らしさに、心がときめいた。

 

香祭2018

那覇は首里からの“CONTE_”は、2回めの出店。この祭りに参加できる喜びを込めた、やんばる野菜たっぷりの、“やんばるは美味しい”カレー。

 

香祭2018

“みやんちStudio&coffee”は、やんばるスパイス等沢山のスパイスで味付けされたビーフソテーがのる、“OKINAWA ビーフライス”を。

 

香祭2018

ゲスト出店の大阪の人気ベーカリー、“Le Sucré-Coeur”。圧倒的な存在感あるパンを求めて、スタート前から大行列!

 

香祭2018

瀬底島の“fuu cafe”は、やんばる産のはちみつやタンカンなどを使ったスイーツを。特別に自家焙煎した“香祭ブレンド”を、1杯ずつハンドドリップで丁寧に。

 

香祭の魅力は、調理のライブ感だけではない。地元やんばるに根ざした祭りだからこそ、出店者の地元愛をそこかしこに感じられるのもその一つ。

 

例えば、那覇の名店“Trattoria Lamp”店主の上江田崇さん。イタリアンのお店ながら、この日のメニューはなんと”イラブー(海ヘビ)汁のプレート”。上江田さんがこのメニューを選んだのは、イラブー料理を失くしたくないとの思いから。沖縄で昔から食べられていた郷土食への愛を、上江田さんは静かに話してくれた。

 

「イラブーってね、すごい食材なんですよ。カツオに似た、いやそれに勝るいい出汁が出るんです。これだけ旨味の出る食材だから、世界中のシェフが注目してもおかしくないと思うんですよ。それに沖縄では昔からイラブーシンジといって、シンジというのは煎じ汁のことですけど、元気がない時に食べてきた文化がある。見かけがちょっとグロテスクだから、敬遠する人も多いでしょう。けれど百聞は一見にしかずで、ぜひチャレンジして欲しいと思うんですよ。先日うちの店にたまたまイラブーがあったので、常連のお客様にイラブー料理をお出ししたんです。病み上がりでちょっと元気のないご様子だったので、イラブーと言わずにその出汁でリゾットをお作りして。そしたら、『なんなの、この出汁? 美味しい! なんだか元気になった!』ととても喜んで下さったんです」

 

香祭2018

豚やカツオ、昆布の出汁も相まって、上江田さんのイラブー汁はとても滋味深い味。モウイ豆腐やじゅーしいにも出汁の旨味が感じられ、随所に上江田さんの技が光っていた。

 

イラブーを使う店が減っていく中、使わないとイラブーが廃れてしまうという危機感が上江田さんにはある。今後は事前の予約があれば、店でもイラブー料理を出すことを考えているそうだ。

 

もう一人例を挙げると、食品加工を手がける“有限会社渡具知”代表、渡具知豊さん。シークワーサーの被り物をかぶって、“シークワーサー果実まるごとパウダー”を面白おかしく、懸命にアピールしていた。見た目からすでにシークワーサー愛に溢れているが、そこまでするのは、名護の特産シークワーサーをとても大切に思っているから。彼自身、シークワーサー農家でもないのに、大量に廃棄されている現実にとても心を痛めている。

 

香祭2018

 

「今ね、シークワーサーって年間4,000トンもの量が使われることなく廃棄されているんですよ。昔、テレビでその効能やらを取り上げられたことがあって、空前のシークワーサーブームがやってきて。その際に農家たちはシークワーサーの木を沢山植えた。でも今はブームが去って供給ばっかりで需要が追いついてない。数年前、農家さんがうちに飛び込みでやってきて『なんとかしてもらえないか』と。話を聞いて、そこで僕もその現実を知ったんです。それで、同じ名護で加工業を営む会社に声をかけて、普段はライバルで仲が悪いんだけどね(笑)、4社共同でパウダーを開発したの。少しでも廃棄をなくすために、シークワーサーをもっと使いやすいものにしようって」

 

香祭2018
香祭2018

香祭2018

野菜の切り口をスタンプに、オリジナルトートバッグを作る。野菜を利用したアイディア光るワークショップ。

 

シークワーサーの消費を高めようと、その商品に巻かれた帯には、被り物をかぶった渡具知さんらのイラストがあり、その横に“シークワーサー笑費隊”の文字。このパウダーの利用方法や、名護の地域ごとの農産物や生息する生き物などもイラスト入りで紹介されていた。渡具知さんらの、地元名護に対する深い愛情も感じられた。

 

香祭2018

ワンコインで帆かけサバニを体験できた。心地よい風に吹かれて、先人の知恵に思いを馳せる。

 

香祭2018

木組みが温かさを醸すテント。中では、“小さな絵本屋Polaris”による絵本の読み聞かせなど。常時子供たちで賑わっていた。

 

“香祭”の魅力はまだある。やんばる畑人プロジェクトに加盟する農家と飲食店は、お互いを尊重し引き立てようとしていて、その協力関係が気持ちいい。

 

そう感じられたのは、名護の人気ベーカリー“Pain de Kaito”のフォカッチャを口にして。少し変わった生地で、キャベツや玉ねぎ、スナップエンドウ、キャッサバ芋などの野菜がたっぷりと練り込んである。キャベツの入ったフォカッチャは、その葉脈部分のコリッとした歯ごたえが小気味よく、優しい甘みがが広がった。野菜の美味しさを十分に感じることができる。店主の河本雅一さんはすかさず、「キャベツの甘みがいいでしょ」と自身のパンのことではなく、野菜のことを褒めた。

 

香祭2018

香祭2018

 

後で気がついたのだが、河本さんが野菜たっぷりのフォカッチャを作ったのは、ハルサーさんの野菜リストを元にしたから。自身が作りたいパンを考えてその材料を集めたのではなく、ハルサーさんが今提供できる野菜をどう活かすかを考えて出来上がったパンだったからだ。

 

香祭2018

やんばるスパイスの生みの親、カレー&スパイス伝道師の渡辺玲さん(左)も、オリジナルカレーを携え東京から出店。

 

香祭2018

 

香祭2018

北谷アメリカンビレッジの人気店“TIMELESS CHOCOLATE”は、自家焙煎したカカオ豆や、カカオから手作りしたチョコレート、カカオの果肉ドリンクなど、もちろんカカオ尽くしのラインナップ。

 

香祭2018

“金月そば”店主、金城太生郎さんは、今日も爽やかな笑顔。県産小麦の自家製麺沖縄そばは、カレーまぜそばと、塩野菜そばを用意。

 

香祭2018

子供たちにも大人気の“しまドーナッツ”は、レギュラーメニュー10種に加え、特別メニューの“やんばるじゃがいも&カレードーナッツ”も。

 

それは、“やんばる畑人プロジェクト”のメンバー間でいつも口にしていることを実践してのことなのだろう。代表の芳野幸雄さんは、その姿勢について教えてくれた。

 

「自分たちが光るよりも相手を照らし光らせて、お互いが光った方がより輝くよねって、よく話すんです」

 

確かにそう。河本さんがその野菜を使ったのは、そのハルサーさんの顔はもちろん、人柄まで知ってのこと。そうであれば、感謝や敬意とともに、美味しく調理しようという気持ちが芽生えるに違いない。そんな河本さんがパンを作れば、必ず美味しくなるはずだし、食べる人にも間違いなく伝わる。食べた人はまた河本さんのパンを購入するだろうし、もしかしたら、そのハルサーさんの野菜を直接買うことにも繋がるのかもしれない。そしてハルサーさんは河本さんのため、そのパンを食べる人のために、もっと美味しい野菜を作ろうと奮闘するのだろう。飲食店とハルサー、お互いがお互いを引き立てることによって、消費者をも巻き込んで、もっと輝く宝物が自分のところへ返ってくる。芳野さんは続けて、生産者と飲食店に信頼関係があることが自慢だと胸を張った。

 

「こんなに飲食店と生産者がいい関係を築けているフードフェスは、他にないんじゃないかな。料理人さん達は皆、こんなイベントやりたいはずだと思うんですよ(笑)。だって、都会とかだと青果店から『どの野菜を何キロ』って取り寄せて、どこの誰が作っているかわからない野菜で料理するのが普通でしょう」

 

香祭2018

香祭2018

香祭2018

 

プロジェクトのメンバーは、これまで何十回も議論を交わし同じ目標を目指してきた。だからこそ、お互いを光らせようとする信頼関係がある。その根本にある目的は1つで、名護、やんばるを元気にしたいといういたってシンプルなこと。芳野さんは希望に満ちた表情できっぱりと言う。

 

「名護ややんばるには、海があって、山がある。その恵みが沢山あって、美味しい野菜を作るハルサーがいて、それを美味しく調理する料理人もいる。『名護って田舎で何もない』と思っている人に、こんなに素晴らしい地域なんだよとわかってもらいたい。そしてそれがここに住む人たちのプライドにつながれば。みんながプライドを持って豊かに暮らしている地域、そういう元気な街に観光客も集まってくると思うんですよ」

 

香祭2018

地元のフラチーム、”Hula halau o ka Pana”による華やかなダンスで、会場が和む。

 

香祭2018

ウクレレ奏者Atsukoさんのユニットは、楽しく愉快。場を大いに盛り上げた。

 

香祭2018

味のある堀内加奈子さんの三線と歌声に、思わず踊りだす観客も。

 

香祭2018

“絵本スタジオアコークロー”の、オリジナル絵本の読み聞かせ。絵本に質問が組み込まれていて、子供たちに答えてもらう場面も。

 

ああ、ここにも、やんばる愛に溢れている人がいた。やんばるにはもちろん豊かな資源が沢山ある。けれど、もっと素晴らしい宝があるとすれば、この地元に愛情を持つ人が大勢いるということ。この地域を盛り上げようと挑戦し続ける大の大人がうんといるということ。

 

祭りが終わりその成功を祝してスタッフ全員が輪になり、まるで子供のように大声でバンザイ三唱でしめた。そんな実直な大人たちの姿を見て、とてもすがすがしい気分で会場を後にした。

 

香祭2018

香祭2018

 

写真・文/和氣えり(編集部)

 

香祭 実行委員会
やんばる畑人プロジェクト

http://haruser.jp
https://www.facebook.com/YanbaruHaruserPJ/

 

TANAKA

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自分の好きなように作る、お花のワークショップがある。そんな噂を聞きつけて参加したのが、Soukaの屋号で活動するフラワーアーティスト磯﨑由香さんのワークショップ。この日は、リース作りだ。

 

まずは、ユーカリの枝を手の熱で柔らかくしながら、丸い輪っかになるよう曲げて、芯作り。普通リースは、針金や蔓などで作られた土台を芯にして、その芯を隠すように植物などを巻きつける。けれど由香さんの場合は、植物の茎自体を土台にし、その土台も装飾の一部にしてしまう、なんとも大胆な方法。これ、なんと由香さんが思いついた。

 

そうこうしているうちに、由香さんは次の手順のデモンストレーションへ。

 

「土台ができたら、お花や松ぼっくり、南天の実に余ったユーカリなんかを、全体のバランスを見ながら、固定していくだけです」

 

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由香さんは、作り方を説明しながら手際よく手を動かす。けれど、その説明は最小限。参加者の作品を見て、「もっと小さく作った方がいいですよ」「これを加えた方がバランスがいいですよ」なんてことは言わない。もちろん、わからないことは質問すれば丁寧に教えてくれる。けれど、基本的には口も手も出さない。由香さんの見本は、作り方を実際に見せるためだけのもの。参加者は、その見本と同じように作らなくたっていい。

 

そんな感じだから、どの参加者も、人を真似るというより自身の作品作りに集中する。手に持ち腕を伸ばして全体を眺めては、形を整え、どこにどんな植物をいれようか、松ぼっくりはどこに何個、どんな向きでつけようかと、ああでもないこうでもないと自分の感性と相談する。

 

出来上がった作品は、どれも2つとして同じものはなかった。参加者の数だけの個性豊かな作品が誕生した。そもそも輪っかの大きさがまるで違うし、太さだって、ふんわりとした太めのものから、シュッとした細めのものまで。同じ材料を使っているにも関わらず、賑やかでゴージャスなものから、シックで大人っぽいものまで、纏う雰囲気も様々。「ちょっと不格好かもしれない。けれど、すごく可愛らしいし、何より愛おしい」。参加者の誰もが「自分のが一番!」と、お気に入りになる。

 

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由香さんがワークショップでの説明を最小限にするのは、それぞれの個性を大切にしたいから。

 

「最初からすぐに手を出してしまったり、最後に直しちゃったりしたら、結局その人が作ったのを全部直しちゃうことになるじゃない。それって、その生徒さんの個性を全否定することになるし、先生の作品になっちゃうんだよね。それが嫌で。その人がその日作ったものは、その人のその日のベストなわけだから、別にみんなが同じように作らなくていいわけでさ。型通りに教えるっていうことも絶対イヤ。講師になりたての頃は、作り方の手順みたいなプリントをペラで作ってたこともあったんだけど、それもいらないやって。『こうしたいのに、どうすればいいのかわからない』って時は、そういう希望を言ってもらって、『こうすればいいんじゃないですか』っていうアドバイスはするし、1箇所2箇所とか手直しすることもありますよ。でもやっぱり一番大事にしているのは、その生徒さんの個性と、こうしたいっていう希望を、潰さないってことかな」

 

由香さん自身も、自分が見本で作ったものが一番いい出来とは思っていないそう。参加者が個性を存分に発揮した結果、はっとするような作品が生まれることも。

 

「沖縄は自分で物作りをされている方が多いし、センスのいい生徒さんが多いんだよね。素直に『すごいな』と思うし、『ヤバイ』と思う時もありますよ。そういう時は、『だいたい私より、皆さんの方が上手に作れるんですよ』とか言っちゃう(笑)」

 

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リースだけでなく、由香さんは随時、季節に応じた植物のワークショップを開催している。そのどれもがアイディアに富んだもの。例えば、ランプシェードに月桃を使って、灯ると月桃の香りが漂う“香るランプシェード”を提案したり、人気カフェとコラボして、月桃やバナナやクバで葉皿を編み、ランチのテーブルを植物でコーディネートしたり…。また由香さんへの注文もひっきりなしで、ブライダルブーケはもちろん、雑誌の表紙を飾るブーケ作りや、店舗や商業施設の装花、または県産品を扱うセレクトショップとコラボしての商品開発など、その内容は実に様々。人気の理由は、やはり由香さんの感性に期待してのこと。

 

由香さんの作品作りは、ちょっと風変わり。どの作品を作る時も、自身のインスピレーションに従っているだけだという。

 

「自分の体を使って、誰かが作ってくれている感じなんだよね(笑)。私自身は、何も考えてなくて、手が勝手に動いている感じ。リースとか作ってる時も、『あ、ここは巻くんだね』とか(笑)」

 

商業施設の装花など大きな作品を作る時でも、イラストなどの完成図を描かない。

 

「どんな風にしようかなって、だいたいのイメージは前もって頭の中で考えます。でも、いざ会場で作る時は、“無”というか何も考えてない。頭の中のイメージを、ただ出してるだけ。困るのはさ、事前の打ち合わせで、『どういう風にできるんですか、イラストを描いてください』って言われること。イラスト描けないからさ。自分のイメージに近い画像を探して、『こういうイメージです。でもこれと同じにはならないですけど』って送ってる(笑)。あと当日も、『ここをこうしてって指示してくれたら、手伝いますよ』って言ってくださるんだけど、私自身、そこをどうするか具体的には決めてないわけよ。そこを作る時にしか決まらない。だからなかなかお願いできなくて」

 

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なんとも大物の風格が漂うが、由香さんがお花の仕事を始めたのは、たったの4年前。まだ新人といってもいいほどの短かい期間にもかかわらず、昨年(2017年)末には店舗も構えた。がむしゃらに努力してきたのかと思いきや、由香さんには一切の気負いがない。

 

「こうしようとか、自分の意志で決めているようで決めてないし、考えているようで考えてない。絶対こうするとか、いついつまでにこうしようとか、何一つ決めてないんだよね。気負わなくても、時期が来たら自動的にそうなるんだなって。出会った人の『やってみたらいいんじゃない』みたいな何気ない一言が耳に残っていて、『あ、そうか。やればいいんだ』って。日常のふとした瞬間の声を拾って、私の体がやってるみたいな感じ。動かされている感じがするんだよね」

 

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店舗は、リスニングボディセラピストの城間亮さんとの共同経営。スペースの時間貸しもしている。

 

由香さんはかつて東京で、事務の仕事をしながら日本フラワーデザイナー協会の1級資格を取得した。仲の良かった同僚からの「サイトを立ち上げて発信しちゃえば?」の一言で、「扉がパーンと開いた感覚」を得て、「今考えると、ありえないくらい未熟なレベル」の自分の作品を、ネット上で発表し始めた。

 

思い切った滑り出し。だが、思い通りにいかないことも。ほぼ同時に、ブライダル専門の生花を扱う会社へ転職しようと就職活動も開始したが、どの会社からも断られた。その頃東日本大震災が発生し、沖縄へ移住。その沖縄でも花屋を中心に就職を試みたが、やはり全滅したのだそう。

 

「東京でも沖縄でも、『どこの花屋で修業したか』って毎回おんなじこと聞かれて。どこの花屋での経験もないし、『私、東京でも沖縄でも、生花店で勤められないんだな』と思って。そうなんだ、じゃあもういいかと思って。全然落ち込まないよ。ショックっていうんじゃなくて、そうなんだって気づいたって感じかな(笑)」

 

沖縄で花屋に就けなかった期間も、その間に経験したことは、今の由香さんに生きている。由香さんは移住してすぐ、島野菜レストラン“浮島ガーデン”主催の援農に参加した。そこで心に残ったのは、バナナの葉に並べられた手作りのおむすび。都会から来た由香さんにとって、バナナの葉をお皿代わりにすることが「なんともたまらんかった」そうで、植物でテーブルをコーディネートすることに繋がった。また、南城市ハーブフェスティバル開催の仕事に就いたのだが、そこでもかけがいのない出会いが。Soukaの代名詞ともいえるオーガニックハーブを使った作品は、この出会いがあってこそ。

 

「農薬を使わずにハーブを栽培してる“岸本ハーブ”の岸本洋子さんと知り合ったんだよね。岸本さんのハーブ、触っているととても気持ちいいし、もちろん香りもすごくいい。ハーブのお花とか小さくて、束ねたら絶対かわいいと思って。『ちょっといいですか、こんなの作れます』って、作らせてもらったの。岸本さんも、『いいよ、どんどん作りなさい』って言ってくださって。それがきっかけで、ウエディングのブーケとか花かんむりに、レモングラスやゼラニウム、ローズマリーとかのハーブを使う作品ができたんだよね」

 

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由香さんは、自身のアイディアをすぐに形にして、その作品を積極的に提案をしてきた。すぐに行動に移すのは、ある日の事故がきっかけだった。

 

「ハーブフェスティバルの仕事の出張先で、夜、真っ暗い中、畑のあぜ道から数メートル落下して、尾てい骨と腰椎を複雑骨折、圧迫骨折したんだよね。お医者さんから『もうちょっとずれていたら、死んでたかもしれないよ』って言われたの。あの知らない土地のあぜ道で死んでたかもしれないって言われたらさ、それはもう、またもらった命というか、生き直してるというか。これからは本当にやりたいことをやろうと思うよね。お花屋さんに雇ってもらえないんだったら、自分でやればいいじゃないっていう気持ちになったんだよね。それまではそんな勇気なかったんだけど、今やらなかったらいつやるのって。あの骨折がなかったら、今の私はないよね」

 

この大怪我が、由香さんのターニングポイントになった。約半年間の療養後、由香さんはすぐにSoukaとして活動を始め、フラワーアーティストへの道を歩み始めた。由香さんが“アーティスト”と名乗るのは、自身の経歴からの意味もある。

 

「私は花屋で働いた経験がないから、“フローリスト”っていうのはちょっとおこがましいかなと思って。今まで修業せずに直感だけでやってきたから、“アーティスト”の方が、まだ(笑)」

 

本人はそう思っていないだろうが、花屋で修業できなかったことはかえってよかったと思える。なぜなら、出会いの機会を逸していたかもしれないし、何より、なんの囚われのない由香さんの、自由で真っさらな感性の作品は、生まれていなかったのかもしれないのだから。

 

写真・文/和氣えり(編集部)

 

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Flower artist Soukaは、2018年10月31日をもちまして、閉店いたしました。
今後は、個別にご注文を承ります。

 

Flower artist Souka

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