BACAR のピッツァのことを思うとき、最初に頭に浮かぶのは独特な生地のことだ。
ふちに高さのある皿のような形状で、底は薄い。
窯で焼かれ、ほどよい焦げ目のついた生地は、ナイフを入れると驚くほど弾力がある。もちっとした触感、香ばしい風味。
見た目や味わいから、使われている素材はシンプルなものだけだろうと想像はつく。それなのに、たまらなく美味しい。
「ピッツァというと具材を楽しむイメージが強いかもしれませんが、当店のピッツァは生地を美味しく食べていただけることを目指しています」
オーナー・仲村大輔さんの言葉に「やはり」と得心した。
「そのために、具材として使用する素材にはかなりこだわっています。
例えばマリナーラ。トマト、にんにく、オレガノに少しバジリコを入れるだけというシンプルなピッツァなのですが、先日スペイン産のにんにくを試しに使ってみたんです。にんにく自体はすごくおいしかったのですが、大きさや香りがうちのピッツァにはちょっと合わなかった。別の料理になら良いと思うのですが…。
チーズもそう。モッツァレラチーズとは本来水牛の乳が原料ですが、現在は乳牛の乳から作ったものもあります。水牛のものは少しさっぱりしていて、加熱しない方がその魅力を楽しめると思うので、加熱してもコク深い乳牛のものを使用しています。
シンプルな味だから、うちのピッツァからはこれ以上引き算できない。だからこそ、素材選びには慎重になります」
生地を楽しんでもらうために具材にこだわるという逆説的な発想がユニークだが、仲村さんの狙いはピタリと当たっている。
良質な具材を少しだけ用いることで、生地のおいしさも引き立つからだ。
ランチでは、メインのピッツァの前に前菜の盛り合わせかスープを楽しめるのだが、ここにもBACAR のこだわりがいかんなく発揮されている。
「できるだけ県産の素材を使用するよう心がけています。
本日の前菜は、県産豚の自家製ロースハム、春菊のサラダ、きのこのマリネ、長ネギのマリネ、プチトマトのコンポート、二十日大根のサラダ。
素材の味を生かすような調理を心がけていますが、ポーション(量)にも気をつけています。あくまでもピッツァがメインですから、その前にお腹にたまらないように工夫しています」
クセのないロースハム、上品に香る春菊、甘い長ネギ。
厳選された材料をシンプルな調理でという、ピッツァにも共通するコンセプトが貫かれている。
アンティパストとしてはスープもぜひ一度は味わってほしい。
コーンスープの甘さにきっと驚く。
「野菜のパワーを感じますよね」
と、仲村さん。
冷製トマトスープ「ガスパチョ」も人気だ。
「トマト、にんじん、玉ねぎ、セロリ、パプリカ、生姜、きゅうり、にんにく。全部で8種類の野菜が入っているんです。飲むサラダですね」
BACAR では、生地作りや窯でピッツァを焼く様子など、工程のすべてを間近に見ることができる。
生地をリズミカルに回しながら、形づくっていく。
手際良く具材を乗せていく。
窯の状態をよく確認したのち、ピッツァを中へ。
均一に焼けるよう、窯の中でピッツァを回転させる。「火だけで焼いているわけじゃないので、空気を動かす必要もあるんです」
BACAR のピッツァは、窯に入るとものの1分ほどで焼き上がる。
食べる側からしてみればあっと言う間だが、その間に窯の中では熟達した技によって様々な要素をあやつっている。作り手にとっては濃厚な1分間だ。
窯に入れて30秒ほど経ったころ、仲村さんが手前にあった薪を一本、奥の方へと移した。
その様子がとても印象的だった。
「一本の薪の位置を変えるだけで窯の温度が変わるんです。ピッツァの焼き具合にももちろん変化が生まれます」
ピッツァイオーロ(ピッツァ職人)である仲村さんの、まさに職人技である。
仲村さんの技を受け継ぐスタッフが、ランチのピッツァを担当している。
仲村さんが窯の扱いに細心の注意を払っているのは、そばで見ているとよくわかる。
BACAR のピッツァは、窯なくしては存在しえないのだ。
「窯が蓄熱しているので、たった1分間でも中までしっかり焼けるんです。
また、短い時間ではありますが燻したような効果も出ます。薪のほのかな香りがピッツァにもうつるんですね。
薪を使わずに焼くと、見た目ではほとんど違いが分からないのですが、味は明らかに変わるんですよ」
薪で焼くピッツァをより多くの人に届けるべく、仲村さんは新たなチャレンジを始めている。
「移動販売するために、トラックに積める窯を作る計画が進行中なんです」
きっかけは、イベントでの出店だった。
「アーティストである友人から『ライブで店を出さないか』と誘ってもらって。大変なのはわかっていましたが、『やる!』とその場で即決(笑)。翌朝からすぐに動き出しました」
専門家のアドバイスを仰ぎつつ、スタッフ総出で移動用の窯の製作にとりくんだ。
急ピッチで作業を進め、約2週間で窯が完成。
しかし、実際に外でピッツァを焼いてみると、様々な困難に直面した。
「まず火が思うようにつかない。そこからなんですよ。
車が少しでも傾いていると窯がまんべんなく温まらないし、風向きひとつで窯の状態が左右される。
苦労しましたが、店だと当たり前にできることが外ではできないんだと知れたことがすごく良かった。『ピッツァを美味しく焼くって大変だなー』ということが再認識できたから。
また、店と同じクオリティのピッツァを外でも出したいと、さらにやる気に火がつきました」
本格的な移動販売を視野に入れ、4トントラックに積む窯を作る計画が進行中だと言う。
メニューを試食し、意見を出し合う。「必ずスタッフ全員で食べて味を決めます」
エスプレッソをシャーベット状に凍らせ、ミルクで割ったカフェオレ。シャリシャリとした歯触りも楽しい。ランチの最後をしめくくる、ほのかに甘いデザート。
「行きたいところに行っていいんだ!と思ったんです」
移動販売を経験した仲村さんは、そう語る。
「店というのは一つのカタチ、動けるのが新しいカタチなのかもしれないなと。
今やっていることに満足するのではなく、どんどん発信していきたい。縮こまってしまうことに意味はないと思うから。
このトラックが完成したら、色んなところに行ける、行った土地の食材ともコラボできる。BACAR の可能性も広がると思うんです。
もちろん大変だと思います。でも、絶対楽しいでしょう?」
沖縄に暮らす人だけでなく、旅行に訪れる人にも BACAR のピッツァを勧めたい。
沖縄にまで来てピッツァ? と思われることは承知の上で、せっかく沖縄に来たのだから絶対食べて!と言いたくなる味。
そんなピッツァが、沖縄という地を飛び出す日もそう遠くなさそうだ。
写真・文 中井 雅代
BACAR(バカール)
那覇市久茂地3-16-15
098-863-5678
open 11:30〜13:30/18:00~22:30 頃
ランチは火〜金のみ。
close 月
※月曜が祝日の場合はディナーのみオープン。翌日火曜は代休。
ブログ http://bacar.ti-da.net