NAKAI


 
9月9日(金)〜19日(月・敬老の日)
10:00〜19:00 / 会期中無休・入場無料

@陶・よかりよ  
那覇市壺屋1−4−4
098−867−6576   
http://www1.ocn.ne.jp/~yokariyo
 
参加作家:赤嶺 学/厚川 文子(岐阜)/金 憲鎬(愛知)/小泊 良
/中田 篤(三重)東恩納 美架/福島万希子(熊本)/増田 良平/他。
 
各作家のお薦めする 寛ぎの酒膳が勢揃い致します。
今展では、作家夫々の普段の酒の愉しみを 器を通して表して貰いました。
酒を愛する方々に、気軽に御覧戴きたいと思っております。
 
 

NAKAI

 
南桂子・著  リトルモア  2940円/OMAR BOOKS 
 
― 幸福のひとつのかたち ―
  
子どもの頃よく行っていた町の小さなケーキ店の名前が「ボヌール」だった。
ボヌール:フランス語で幸福、という意味だとつい最近この本で知った。
 
今回紹介するのはパリを拠点に、
世界を魅了した銅版画家・南桂子の作品集。
セピア色の背景に鳥、花、木々、街、教会、お城、少女などのモチーフが静かに見る人に無言の言葉を語りかけてくる。
「風景」「マロニエと少女」「花の籠」「子供と花束と犬」(表紙絵)などというタイトルが並ぶ中、大きな瞳の少女が一際目立つ。
 
帯には谷川俊太郎、mina perhonenの皆川明の詩的な言葉が添えられ、
ページを開くと、新しい古いを超えた彼女の世界が広がっている。
甘いだけのメルヘンではない。
全ての作品を通して流れる凛とした強さ。
ページをめくれば即座にその静けさに包まれる。
 
作品の後に続く、彼女の友人による略歴をぜひ見てほしい。
生まれてから17歳まで、その後から空白、
そして34歳から再び続く。
そう、彼女の銅版画家としての人生は
30代になってから始まっているのに驚いた。
 
若くしてまわりの言うがままに結婚し、
本人の不本意な、あまり幸福とは言えない
20代の過去を手放して30代で上京し、
生涯のパートナーと出会い、
40代に言葉も分からぬままフランスへ渡った。
 
それからは異国の地で作品作りに没頭し、
その後一度も日本へ戻らなかった彼女。
なんていう潔さ!
作品中によく「鳥」が描かれているのは、
ようやく自由に飛べるようになった
彼女の思いが込められているような気がする。
 
今年は彼女の生誕100年にあたる年。
あの時代にこんな女性がいたんだ!
とついついうれしくなる。
 
点と線を多用した美しい世界には
どこか心地のいい安心感があるのは
きっと彼女が自分がいるべき場所を見つけたから。
 
彼女の人生をみると、
時には立ち止まることも必要だと思う。
そして必要なら軌道修正だってしていいのだ。
 
黙々と作品に向かう彼女の姿が目に浮かぶ。
いろいろなことに行き詰ったとき、
この作品集をめくれば勇気づけられる。
いくつになっても始めることができる、やり直せると。
 
その作品の普遍性はユニセフのカードに採用されるなど
世界的な評価も高い。
本の表紙として新潮文庫のオスカーワイルドの「幸福な王子」にも使われているので目にしている人もきっと多いはず。
 
幸福は目に見えないけれど、
この本では幸福のひとつの形を目にすることが出来る。
彼女本人の人生込みの幸せがそこにはある。
ずっと長く大切にしたい本がまた一冊増えた。

OMAR BOOKS 川端明美



 

OMAR BOOKS(オマーブックス)
北中城村島袋309 1F tel.098-933-2585
open:14:00~20:00/close:月
駐車場有り
blog:http://omar.exblog.jp
 
 

NAKAI


 

浮島ガーデンではたくさんの有機無農薬の農家さんからお野菜を分けていただいています。そのお一人、うるま市の玉栄さんが先日、農業研修の中で「これから沖縄本島にも台風が頻繁に上陸するようになる。これは大きな浄化のはじまり」。他にも「お米が食べられない時代がくる」と、驚くべき話をされました。
実際、5月の台風2号では県産野菜がほとんどなくなってしまい、島米農家さんも大きな被害を受けましたよね。
内地では放射能汚染で作付できない地域も出てくるなど、玉栄さんの話がリアルに感じられる事態となっています。何が起こってもおかしくない、地球環境が大きく変化するサバイバル時代がいよいよはじまったのかもしれません。
 

台風2号では多くの葉野菜が塩で焼けて全滅状態になりましたが、それでも生き残った野菜がありました。それは海岸に生えているハマホウレンソウやンジャナ、サクナといった野草・薬草とハンダマやツルムラサキでした。
沖縄には海岸や農道、至るところに野草・薬草が自生していますよね。自生しているものは台風をもろともせず元気いっぱい。栽培されているものでも、これらの野菜はわりと生き残っていました。
 

いろんなことが起こるかもしれないこれからの時代、私たちの食卓を支えてくれるのは、昔からある薬草系野菜なのかもしれません。だけど、正直、食べやすい味とは言えないですよね。どれも個性派。でもその個性を上手にお料理できたら、もともと野草・薬草にはものすごいエネルギーが含まれているので、食べれば食べるほど元気になるのではないでしょうか。
というわけで、今回は沖縄を代表する薬草・ンジャナ(ニガナ)を使って『磯辺揚げ』を作ってみましょう☆
 

 


【ンジャナの磯辺揚げ】
・島豆腐 200g
・にがな 15g
・白ごまペースト 2g
・白みそ 10g
・白ごま 適量
・塩 適量
・海苔 適量
・小麦粉 適量
・揚げ油 適量


①豆腐をつぶしておく。

 ※つぶし方はお好みに合わせ、ざるで裏ごししても、すり鉢等でつぶすだけでもよい。
 

②にがなを千切りにする。



③豆腐、にがな、白ごまペースト、白みそを混ぜ合わせ、塩で味の調整をする。













(このまま白和えとしていただいてもグッド♪)


④海苔を短冊状にカットし、③を入れて巻き、小麦粉を水で溶いたもので両端をノリ付けする。






⑤180度くらいに熱した油でキツネ色になるまで揚げれば出来上がり~☆



醤油ともろみ酢(黒糖などが入っていないもの)を同量入れた「もろみ醤油」があるとよりおいしく、さっぱりといただけますよ。見た目もスナック風で苦みも押さえられているので子どものおやつや、ビールのおつまみにも最高の一品。とっても簡単なので、ぜひ作ってみて下さいね。




Text by 中曽根直子(浮島ガーデン フードデザイン)




浮島ガーデン
那覇市松尾2-12-3
098-943-2100
open:14:00~24:00
close:火
HP:http://ukishima-garden.com
ブログ:http://ukishima.ti-da.net

NAKAI


 

 
古典組踊『執心鐘入』 新作組踊『さかさま執心鐘入』


公演日:8/20(土)
開演時間:14:00
会場:大劇場 
入場無料 【整理券の配布はございません】


※予定しておりました「整理券」の配布は行わないことになりました。
当日満席の場合は入場制限がございます。 


お問合せは沖縄県教育庁文化財課まで。
098-866-2731(担当:島元)
HP:http://www.nt-okinawa.or.jp

NAKAI


 
ハワイに憧れていますが、一度も行ったことないです。
そんな私が、「ホノカアボーイ」というこの映画に心惹かれ、観てみました。
なんか癒されたいモードでこれを。
 
うん、正解。
 
まったり、ゆるい映画です。
 
原作は、吉田玲雄 の作品ですが、若干違うのかな?
あの、濃い吉田玲雄 とは、ちょっとイメージが違うような 岡田将生。
でも、彼、良かったよ。
なんか、爽やかで。
 

 

 

 
お尻をみせてくれるシーンもあり、「脚長っっ」と世代の違いを感じました。
笑顔が可愛いね。
 
これは、とにかく、食事がおいしそうなの。
ビーさんが作る食事が。
ロールキャベツとか、「ヤバい」ほんと。
 

 
あれ、作ってみようかな。
あと、なんとかバーガー。
そしてマラサダ!
 

 
食べたことないけど、なんか食べたい~。
豆腐とか入ってるんだよね?
 

 
どこか福岡で食べれるところないのかなあ。
 
ビーさんを 倍賞千恵子。
こんなひと、アメリカに絶対いる!って感じのいでたちでした。
声を聞くと、「ハウルの動く城」を思い出してしょうがなかったけど、ビーさんなかなか可愛い。
 
しかし、後半は意外な展開になってびっくりです。
 
ホノカアってかなり田舎なんだけど、こんなに日系人しかいないの?
と映画見て驚いた。
 
「ホノカアピープルズシアター」っていう映画館が登場しますが、今も実際あるみたいね。
私は、ここのオーナー役の 松坂慶子 がツボでした。
可愛い!
 

 

 
私もこんな映画館で働いてみたいなあ。

レオがハワイで知り合うロコガール、マライア を長谷川潤。
 

 
このひと、なんでこんなに可愛いのかしら。
一番好きなモデルさんです。
地元ということでノビノビ演じてた気が。
もっと水着シーンが観たかった!
 

 
しかし、、、、。
私もハワイに移住したい。
ゆっくり生きていきたいなあ。。。。。
 
疲れている人、まったりしたい人にお勧めの映画です。
別に特別ドラマがあるわけではないので、観る人によって感想が分かれると思います。
私は、好き。
 
小泉今日子のエンディングの曲も良かったよ。 

  

KEE


 



<ストーリー>
ハワイ島の北にある町、ホノカア。世間から忘れられたこの町では、月に虹がかかるとき、願いが叶うと言われていた。大学生のレオ(岡田将生)は失恋のショックから、逃げるように日本を離れてこの町を訪れる。そして、ひょんなことから映画館の映写技師として働くことに。彼が初めてこの町にやってきたのは半年前。見た者に最高の祝福をくれると言われる伝説の“月の虹=ムーンボー”を探して、恋人と一緒にハワイ島へ。だが、“ムーンボー”には出会えず、道に迷って辿り着いた町がホノカアだった。不思議な魅力に吸い寄せられるように再びやってきたこの町でレオが出会ったのは、風変わりだけど心優しい人たち。食いしん坊な映画館の女主人エデリ(松坂慶子)。87歳にしてエロ本を欲しがる日系老人のコイチ(喜味こいし)。いつも変な髪形に仕上げてくれるバーバーのみずえ(正司照枝)。オーガニックフード店の美しい看板娘マライア(長谷川潤)には、ちょっとした恋心を抱く。そして、毎晩レオにご飯を作ってくれる、いたずらと料理が大好きな日系のおばあちゃんビー(倍賞千恵子)。出会い、恋、ごはん、そして別れ。レオが大人になるために必要なものすべてが、ホノカアにはあった。

<キャスト>
岡田将生
倍賞千恵子
長谷川潤
喜味こいし
正司照枝
蒼井優
深津絵里
松坂慶子
チェズ・マン
トム・スズキ


NAKAI


 
– – – 間違っているのが正しい。結果を想像せず、しつこくやりなさい
 
版画の面白さはみんな体験できるからさ、
子どもたちにさせたわけ、伊是名の小学校で。
でも、僕が教えるのは彼らが学校で習うやりかたじゃないわけ。
先生たちにもそれは事前にことわって。
 
そしたらさ、みんな自分が作った作品に感動して、
それを額装してあげたらさらに感動して。
「自分で描いたとは思えない!」
ってみんな言うわけ(笑)。
そういうことなんだよな。
 
版画というと、間違わないようにとか、アウトライン通りに彫れと言われることが多いみたいだけど、僕はそういうの全部ふっとばした。
「間違っているのが正しいから」って。
間違ったらむしろ
「おっ、失敗して良かったね~」
って言うよ(笑)。
 
「アウトラインを描いてもかまわない、アウトライン通りに彫っても、はみ出してもかまわない。どんなでもいいんだよ。」
「え?どうでもいいんですか、先生?」
「うん、どうでもいいんだよ。ただ、しつこくやりなさい。思うようにしつこくやってたら、これが必ず勝手に絵になっていくから。しつこさだけが問題だからやめるなよ、あきらめるなよ」
って。
結果を想像してからやるんじゃなくてね。・・・でも、つい想像しちゃうけどね。
「想像よりも絶対良くなっていくから、気にしないでどんどんやりなさい」
って子どもたちをたきつけて。
 
そしたら、
「本当にこれ自分の絵か?」
って感動してるわけよ(笑)。
 
刷り上がったら着色して。
裏彩色でもかまわないし、表からでもかまわない。
 
それまで彼らはモノクロの版画ばかりやってるから。
「白い部分を空けとけば、後から色入れることができるからね」
と教えて。
 
コツをつかんだら面白くてたまらんわけさ。
大人子ども関係ないよ、誰でもできる。
 
– – -肩書きやキャリアは人に対するみせかけ
 
絵というのはラクなところから出てこなくちゃいけない。
賞をとろうとかしたら世の中との葛藤になっていく。
それは純粋に絵を描こうという動機とは違ってくる。
 
僕は公募展とか展覧会とかには一切出さないと昔決めた。
それまでは出していたんだけど。
計算しちゃうんだよ、この人たちはこうしたら賞をくれるとか、
こんなしたら人は感動するだろうなとか。
賞とるために絵をデザインしてしまう。
どうすれば賞がとれるかがわかると、
そのためにまた努力しちゃうから、
賞のために描くことになっちゃう。
 
「あはー。こうして絵を描くとがんじがらめになるな」
と思った。
 
公募展に入賞すればいわゆる箔がついたり、肩書きがついたりしてキャリアをつんでいく。
でもそれは人に対する見せかけでしょ?
自分の絵を描く動機の問題としてそういうことをやってしまうとそのことに必死になってしまうし、実際そうやれば賞がとれるなという予感があるから、
「これはやるべきではないな、自分の方法ではないな」
と、ある時にわかった。
 
それ以来一切応募していない。
それまで入っていた会なんかも全部やめた。
  
何かに入選して会員になって・・・と、
ヒエラルキーに入ることで保証が得られたような気持ちになるけど、
絵というのは本当はそんな保証なんて一つもないんだよ。
それはただの錯覚、約束事だけの話。
絵は約束事じゃないからさ。
 
見え方、視覚としては約束事もあるかもしらんけど、
絵の質に約束事は当てはまらない。
 
これは絵だけのことに限らない話だね。
 

 
– – -バイブルは、息子たちが子どもの時に描いた絵
 
学校で先生たちがこうじゃない、ああじゃないと生徒の絵を指導すると、多様にある価値観を一つにしぼってしまうことになる。
教育にはまさにそういう面がある。
 
本来は、情報さえ取得させたらあとは自分で考えてさせるべき。
ある一定の考えに統一させようというのは、
個を摩擦して均一的なものに持っていこうとするやり方。
 
日本社会はそういうやり方で社会的には成功をおさめたように見えているけど、それは一般的な通念の中に人の個を埋没させていく仕組みでもある。
 
常々言っていることだけど、
子どもの絵というのは芸術家の作品をもしのぐほどの素晴らしさがある。
 
僕のバイブルは実は子どもたちが昔描いた絵。
ある意味僕を導いてくれている。
ああいう心情で自分も絵が描けるようになりたいという憧れなんだよ。
それに気づいた時から、そこに向かって行くわけ。
それに気づくまではただひたすらデッサンして、本物そっくりに描いて人に認められて・・・
でもそうじゃないんだと気づいたところから
絵とは何なのか、自分で「スコーン!」と気づいたところからそれが始まる。
 
– – -小さい子どもの絵はどれも天才的、点数をつけるなどおこがましいほど
 
子どもの絵を審査する側になったことがある。
絵画コンクールや版画コンクールなんかでね。
小学校低学年の絵を選ばなきゃいかんとなった時に
みんな素晴らしい絵を描いているのにさ、
この子たちに優劣つけなきゃいかんわけだよ。
つけられないのにつけなきゃいけない。
 
「これは優劣なんてつけられませんよ」
と言ったらさ、数多いる先生方が
「つけなきゃいけないんだから」
と。
「そうだよな、これは社会の仕組みで賞をあげなきゃいけないんだ。
コンクールというのはそういうことなんだ」
と思ったね。
 
小学校の高学年から大人にかけては、
100点くらいの作品があっても10分くらいあれば決められる感じなんだよ。
でも、子どもの絵にはつけられないんだよ、
みんな素晴らしいんだよ。
それに点をつけるなんておこがましいくらいの気分になってくるんだよ。
それほど素晴らしいんだよね。
 
本当にどんな子でも小さい時は天才的な絵を描いている。
だけどさ、自分もそうだけど成長すると描けなくなってくるんだよ。
教育とか様々な人間社会の中で、絵を描く最初の動機が流されていってしまうんだね。
社会の中に染まってしまう。
そして「デッサンがうまい人が絵の上手い人」となってしまう。
 
俺なんかはずっと絵が上手いほうで通ってきたから描く側でいられたけど、
すごく良い絵を描くのに、先生から一言「あんたヘタだね」と言われただけで、もう一生絵は描かんという人だっているわけだから。
でもそういう人だって小さいとき素晴らしい絵を描いているんだよ。
 
– – -世俗にまみれた中から、本当の芸術が生まれる
 
だけど芸術というのは、子どもの絵を芸術として売り買いするかというとしないでしょう?
売り買いしないし、社会の中では芸術とはみなさない。
でも、芸術という物を深く突き詰めて考えた人たちは、これが芸術そのものであるということがわかっている。
なのに流通はしない。
なおかつ社会では「子どもが描いた絵」というカテゴリーの中に収めてしまう。
それは人間が描いた絵というカテゴリーの中でとても素晴らしい、という風にはならない。
 
これが人間が作り出した構造的な社会。
教育することによって人間になっていくんだという仕組み。
 
それに気づいた時に、逆行しようとするのがピカソがやったこと。
 
彼は92歳の時に
「2歳の子が描く絵が描けた、おれはついに達成できた」
と言ったという。
言わんとする気持ちがよくわかるな。
 
20世紀最大の芸術家といわれ賞賛され、60億で絵が売買される。
そんなピカソが子どもに憧れていた。
 
一旦世俗にまみれるというか、
人間として成長した後に人間の、生き物の初源に戻っていくことが
ある意味芸術なんだよというのはわかる気がする。
だから世俗にまみれることは無駄ではない、
そうしないと芸術とは言えない。
 
子どもの作品が芸術とみなされないのは、
我々にとって暗黙の了解。
成長していく間に生まれるさまざまな欲望にまみれるだけまみれ、
そこから生まれたものこそを芸術と呼ぶのだからね。
 
仏教でいうところの「蓮華」の思想と同じ。
人は本来蓮の花のようなもの、
花を咲かせるために努力するし、
もっとも汚いと称される泥の中から、最も美しい花を咲かせる。
 
だからそう思うとね、世俗にまみれることは必要。
成長して人間になってから、
その人間の元であるところに行き着けるかどうか、
そういうことだと思うんだよね。
 
ピカソだって早いうちからそれに気づいていたのに、
色んなことをたくさんやってから死ぬ間際になって
「やっと描けたかな」
とホッとしたというぐらいだから。
でももうそこで時間切れだよね。
できない人だっているしさ。
気づかない人もいるし。
 
とは言え、自分の中の少年性がなくなったわけじゃないからな。
色んな見え方にするという部分は上手くなってきてると思うけど、
根っこは大して変わらないよね。
 
しかし価値観が多様にあることを認めるならば、
何を芸術というか、
僕が今しゃべっていることも多くの説の中の一つにすぎない。
解釈の仕方はたくさんあるから。
これだけが正しいということではないよね。
 

 
– – 僕はあまり絵に責任をとろうとしていない
 
3.11の地震が発生した時は、
絵を描こうとまったく思わなかった、描ききれない。
あの場にいたらどうなるかわからんけど、
自分の経験してないことを想像して絵を描くということは
できはすると思うけど、自分はしない。
 
9.11のときも画家はみんな描いたらしい、大方。
「え~、なんで描くのかな?」
と思ってしまう、僕は。
 
僕が描きたくなるのは、例えば展覧会をするとき遠くへ出かけるから、その先で感動したとき、風土の中で。
それはその場では出てこなくても後々出てくるからね。
あとを追っかけて出てくるわけ。
 
愛媛で展覧会したんだけど、主催者側から
「愛媛の絵を描いてくれ」
とテーマを投げられた。
やっぱりその場所を実際に見ないことにはと、行って見ましたけどね。
感動することがいくつかあって。
それで5点くらい描いた。
その場じゃなくて帰って来てからアトリエで描く。
何かの拍子に、その時感じた感動が頭をもたげてくるんだよな。
 
僕の描き方はあまり絵に責任をとろうとしてない。
展覧会する場所の絵を描いてくれと言われても、
「描けたら描くさ」。
必ずしもそのものを描くとは限らないわけ。
でも実際行ったら感動があるから、それを思い出したら描けるわけよ。
「こうでなきゃいかん」という義務感から描くことはしない。
 
– – 僕の絵は、文字で言えば散文のようなもの
 
僕はさ、テーマというのはないんだよね(笑)。
よく、「今取り組んでるテーマはなんですか?」と聞かれるんだけど、
答えに詰まってしまうんだよね。
「そういえばこれ、何テーマにしてるんだろう?」って(笑)。
 
例えば、今は展覧会のために絵を描いてる、とは言えるけど、
何かのテーマに向かって描いてることはなくて、
何日か続けて絵を描いているうちに、結果として一定の方向性がテーマになってることはある。
だから前提じゃないんだよ、結果なんだよ。
出てみないことには「どういうテーマです」って言えない。
文字で言えば散文を書いているようなもんだよな。
 
– – 迷わないようにすること自体が迷い
 
(壁に飾られた自身の作品を指して)
これくらいのサイズだと彫るのに2時間くらいかな。
それで刷るのに10分くらい、着色で10分くらいかかるかな。
僕はばーっとやってばーっと塗っちゃってるから。
 
着色するときは迷わないようにしてる。
人間みんな迷いを自分で作ってる。
悩みを自分で作ってる。
絵なんてさ、迷わないようにすればできるのに、
迷うようにしようとしてる。それがどんなによくわかるか。
 
こんなに長い間やっても、毎回初めてみたいにさ、迷う自分にあきれてるよ(笑)。
ある種のクセがあるから、そのクセを上手く利用して、迷わない自分のほうにシフトしていくわけ。
気を抜くと迷っちゃうから「おいおいまたかよ」って感じで、
「可愛いねぇ~、また迷っちゃってるんだねぇ~」って自分で思うんだけど、そう言いながらできないという(笑)。
 
人間だからそういう生き物なんだよ。
わかってることがやれない。
だから、迷わないようにはならないだろうね。ならんと思うね。
そうなろうとすること自体が迷いだよ。
迷わないようになろうということ自体が無駄なこと。
大いに迷おう!というぐらいでやったらいい。
「人間だなぁ~」って。
みつをじゃないけど「にんげんだもん」というぐらいの感じで(笑)。
 

 
– – -彫っているときは、魚を突くウミンチュの心境
 
絵はすでにあるものと僕は思ってる。
 
例えば川が流れていて、魚が泳いでいる。
俺が岸辺に立ってもりでその魚を突くことを仕事になぞらえると、
川には常に魚がいて、しかも川は流れているから、
流れに逆らって上に行きたいという魚がいたとしても、
川は上から下にしか流れないという法則がある。
川は経過や時間という流れと同じで、
その中に獲物がいるという感じなんだよな。
  
いざ突こうとしたときにタイミングが悪くて突けなかったり、
ふと人に声かけられて「え?」と振り向いてる間に逃げちゃったり。
でも、魚はまたくるわけよ。
「ちっくしょー!逃げた、赤い魚がほしかったのに!」
でも次の魚が来たときには
「わ~~、魚きた!」
という気持ちにもうなってるわけさ。
あの赤い魚は忘却の彼方に・・・(笑)。
 
はたまた、ある日その赤い魚がまた泳いできて
「わ~~、あの赤いのが来たよ!」
と言ったりしてさ。
 
その魚を突いてるウミンチュの心境なんだよね。
 
絵は心の中にあるものを写すから。
例えば目の前のコップを描くとき、
こんなふうに描きたいという気持ちがどうしてもはたらくよね。
だから、それを絵に写すというのではなく、
絵としてのコップを描くことになるんだよね。
つまり、一回自分を通る。
 
– – -表現は、人と共感して初めて生を得る
 
ということは自分の中にあるわけでしょ。
自分の中にはたくさんあるさ、
それに気づかないものも含めると膨大な量があるわけさ。
でも、みんな筋肉の分しか時間とれないんだよ(笑)。
筋肉は衰えていくさ?
生きている時間はリミット来るさ?
その途方もない「描く対象」と人生の時間が釣り合うかというと、全然釣り合わない。追いつかないわけ。
 
我々の心というのはそういう風にできてるんだよ。
あなただってそうなんだよ。
もっと自分で自信を持たなきゃいかんのに、
何かと比べるから、誰かに何か言われるから、
いつも自分の自信をそいでしまう現象がたくさんあるからさ。
その中で、なかなか自分を信じきれないというか。
あなただけじゃない、僕だってそうだからわかるんだよ。
生きているというのはそういうことだとわかっているから、
おんなじだと思っているわけよ。
 
だから同志だよ、そういう意味では。
だって表現しようとしてるわけだから。
それは文字だろうと絵だろうと歌だろうとね、同じ。
表現するということは結局自分に帰すること。
そこから始発していって、そこに戻っていくわけだから。

ただその表現というのは人と共感しないと生を得ない、
人と共感することで初めて成り立つんだよね。
だから、一人だけの世界では人は表現しようとは思わないんだよ、
なぜならそれはすでに自分自身の中にあることだから。
人と身体が違っていて、自分と人の身体がはなれてるから、共感したいからやるわけ。
 
でもそういう意味での「表現」が、社会の中で拡大していくにあたって「経済」という約束事が絡んできて、複雑になってわからなくなっていっちゃうんだよな。
 
– – 彫ろうとするものに対してまっすぐに向かっている感じ。取り憑かれているんだはず。
 
絵を描いてるときは楽しいね~。
生みの苦しみみたいなのは殆どないな。
例えば、仕上がらないうちに何らかの用事があって引きずり出されてさ、次やろうとする時にその気持ちをうまくまとめることができない。
そういうときは
「これもういいんじゃないかな・・・」
とか、人間的におろおろすることはあるよ。
あれはちょっと苦しいかなという気はするね。
引きずり出されなければ何も問題はない、
始めたら終わらせるだけだから。
 
僕は結構多作だからね。
「眠らんで描いてんじゃないの?」
とよく言われるけど、
色んなことしてるとまとまった時間をとるのは結構難しいさ?
だから、限られた時間に集中する力というのは自分で言うのもなんだけど結構ある方だね。
自分の記憶が吹っ飛ぶくらいだからね。
2~3時間の記憶がなくなるんだよな。
漠然とはあるんだけど、記憶らしい記憶じゃなくて、
彫ろうとするものに対してまっすぐに向かっている感じ。
それに取り憑かれているんだはず。
ふと気づくともう夜なっているとか、誰もいないとか(笑)。
 
アトリエで創っているんだけど、もうそろそろ自宅でやりたいね。
そしたらそれこそ眠る時間削って・・・というのでもないけど、女房がそばにいるからね、結構わがまま言えるし、疲れたら眠ってまたぱっと起きて仕事できるでしょ。
 
そこまでしてやりたいんだよ(笑)本当に描きたいわけよ(笑)。
飽きてきたってことはまったくないね。
「たくさん描いたね」
とよく言われるけど、ちっとも描いてない。本当に。
世の中ってこんなにすごいさ?
すごいっていくら言っても足りないくらいだよね。
枝のようにどんどんはりだしてきて、世界って途方もないわけでしょう?
でーじだよ(笑)。

 

写真・インタビュー 中井雅代

 

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*読者プレゼント*

 
BOKUNEN ART MUSEUM(ボクネン美術館)の無料入場券を20名の方にプレゼント!
<応募方法>
コチラまでメールにてご応募ください。
名嘉睦稔さんのインタビューを読んでのご感想や、
カレンド沖縄へのご感想、ご要望もお書き添え頂けると嬉しいです。
応募締め切りは8/21(日)です。
 
*当選した方にメールを差し上げます。
その際にプレゼントの発送先をお伺い致します。
 

BOKUNEN ART MUSEUM(ボクネン美術館)
【美術館説明】
北谷サンセットビーチ隣のAKARA内にある、名嘉ボクネンの美術館です。(一般入場料¥500)漆喰塗りの館内は曲線の壁で一続きになっていて、まるで映画フェルムを見ている様な場面展開が人気です。夜8時までの営業は、仕事が終わってからもご利用いただけるので、アートファンの地元のお客さんに喜ばれています。ボクネンの造形であるAKARA(アカラ)のうねる赤瓦屋根が鑑賞出来て触れらる展望台は必見です。

【営業情報】
総面積100坪
お問い合わせ、はアカラギャラリーへお願いします。
904-0115
沖縄県中頭郡北谷町字美浜9-20 AKARA2F
TEL098-926-2764
FAX098-989-4764
akara-g2@pcore.co.jp

ボクネンオフィシャルサイト http://www.bokunen.com
ボクネングッズ販売 http://akaragallery.shop-pro.jp

営業時間:午前10:00~午後9:00 不定休
(最終入場は午後8:30まで、季節により営業時間の変動あり) 
入館料:一般¥500 高校生以下¥300 未就学児無料 
20名以上団体20%割引(要予約)

 

NAKAI

 
穂村 弘・著  NHK出版  1,470円/OMAR BOOKS 
 
― 脱力系「食べ物」エッセイ集 ―
  
暑い毎日が続いて、冷えた麦茶が特においしく感じるこの季節。
「砂糖入り麦茶」って飲んだことありますか? 
 
著者・穂村さんが子どもの頃は、
どの家庭でも二種類の麦茶を作り置きしていて、
冷蔵庫を開けると一つは大人用、
もう一つは砂糖入りの子ども用があったそう。
甘い麦茶って・・・、試してみたいような、試したくないような今ならちょっと考えてしまう飲み物が当時は普通に飲まれていたという驚き。
 
また著者いわく食べ物には男フード、女フードがあって女フードの良さがいまいちよくわからない、と書く。
 
例えばメニューに生春巻きがあると女性は当然のように注文する、とあって確かにそうだなあ、と読みながら思う。
またベーグルも女フードだと言い、ベーグルのどこがおいしいのですか、と問いかける。これも確かにベーグル好きは女子に多い。
 
こういう「食べ物」に関して著者が抱いた違和感を綴った本書。
人気歌人である著者のちょっと変わった視点で切り取ったエッセイ集。
  
面白いのはこれを書いている本人が、自分は食べ物や飲み物についてセンスがない、と言い切ってしまうところ。
好きな食べ物を聞かれてまず「菓子パン」と答える穂村さん。
自分の味覚に自信がない、という。
そういう人の食のエッセイ本にどうして共感できるかというと、
穂村さんのだめさ加減がどこか人をほっとさせるのです。
人は全て何でも出来てしまう有能な人にはなかなか共感しないもの。
ちょっとだめなところがあった方が好きになれる。
カウンターだけのお店や常連さんのいるお店は行けないという著者の、ふと頭の中に浮かんだ普段見過ごしがちな食についての素朴な疑問が並んでいる。
 
「曖昧体重計」というのも笑ってしまった。
著者は一日何度も体重計にのる習慣があって、
でも必ずすっぽんぽんではのらない。
必ず服を着ていたり、手に文庫本を持ったままで体重を計るようにしている。
なぜそうするかというと、あとでその体重から服や文庫分を差し引くことに喜びを感じるため。
気持ち多めに引くことで実際の数値を見て傷つくことが少ない。
分厚い服を着れば着るほど、京極夏彦の文庫本(厚いもんね)であればその分誤差は広がる。
その曖昧さがいい!とする著者のその一喜一憂ぶりがおかしい。
 
最初から最後までこんな感じなので、
この本を普通のグルメエッセイ本と期待して読まれると
ちょっと違うのでご注意を。
 
脱力気味の語り口も著者の持ち味。
ぷっと吹き出すことも多くて読みながら困った。
 
一度はまると他の本にも手を伸ばしたくなる確率の高い穂村本。
まずはこの一冊から。

OMAR BOOKS 川端明美



 

OMAR BOOKS(オマーブックス)
北中城村島袋309 1F tel.098-933-2585
open:14:00~20:00/close:月
駐車場有り
blog:http://omar.exblog.jp
 

NAKAI

 
女性ですもの。
そりゃキラっと光るものに目がいきます。
学生の頃アルバイト代で初めて自分で購入したアクセサリーはネックレス。
王冠のトップの中にキュービックジルコニアが入った
ピンクゴールドのネックレスでした。
こちらは今も愛用しています。
 
ということは、
すでに10年以上手元に居ながら、且つ活躍中のアクセサリーってわけです。
時とともにチェーンがくたびれ交換したりを繰り返しつつも、今も現役です。
こちら以外にもふと気がつけば、愛用品の中には10年選手があちらこちら。
好きなものは軸さえぶれない限り、
いつまでも手にしたいものなのでしょうね、きっと。
今年からお店でお取り扱いを始めたアクセサリー「Centennial」。
こちらもきっと何年もお手元で楽しめるのでは?
そんな匂いがぷんぷんしてくるブランドからリングをご紹介します。
 
「Centennial(センテニアル)」

・向かって左ビーズパーツを使用したシルバーのリング、中央4連リング、右角リング
 
Centennialは、全て地金から「曲げる」「叩く」「焼く」「削る」「磨く」といった
原始的な技法にこだわり1点1点ハンドメイドで製作しているアクセサリーです。
神戸発のアクセサリーブランドです。SILVER950,SILVER925,Brass(真鍮),14GFを
使用しております。
 
どれもシンプルながらも主張あるリングです。
お好みで組み変えてつけて楽しんで頂けます。
たとえば右の中指には、
4連リングからシンプルなシルバーとネジネジのシルバーを一本ずつチョイスして、

 
左手には角リングを一本。

 
角リングは付けてみると指と指の間に違和感がなく、とても収まりがいいです。
一緒につけても○。

 
気分次第で、
左手に4連リングをバーンとつけてみる。

 
時々メガネ拭きのような柔らかい布でふいてあげましょう。
ちょっとのお手入れで輝きは戻り、また改めて愛着もわきます。
 
私自身、しばらく新調していなかったアクセサリー類。
久しぶりのニューカマー、これからどのくらいの月日をご一緒できますでしょうか。
腰をすえてじっくりお付き合いを望みたいと思います。
よろしく。
 
写真・文 占部 由佳理(tous les jours店主)

 
tous les jours(トレジュール)
那覇市首里儀保町2-19
098-882-3850
open:水~土
10時~13時 16時〜19時
(変更あり。毎月の営業日をブログでお知らせしております。)
blog:http://touslesjours.ti-da.net




関連記事:ひとつ先のくらしを提案する
tous les jours(トレジュール)




NAKAI

 

待ち合わせ場所は公設市場。

 

「料理を通じて、沖縄の文化を伝えたい」という先生の想いから始まったレッスンだ。

 

一緒に買った食材を手に、教室へ移動して料理する。

 

メニューは生徒の相談にも応じてくれる。今回は、本土から沖縄の長男に嫁いだ生徒の希望で「重箱料理」。

 

「一から全部作るのは大変と思うかもしれないけれど、冷凍保存やだしの使い方を工夫すればそうでもないの。とにかく一度は自分で作ってみた方が良いわよ。」

 

かずみ先生の力強い言葉に励まされながら調理開始。

 


洗った三枚肉は塊のまま茹でる

 


「圧力鍋で煮るとどうしても味が落ちる。一度は普通の鍋で煮てみて、違いがわかるはず。」

 

– – – 「琉球料理を2000年に残せる?」と言われたのがきっかけ 

 

ある時、「2000年に残す琉球料理」という本を作るために、安次富 順子先生(沖縄調理師専門学校 校長)のお手伝いをすることになったの。
その時はまだ、琉球料理の作り方には全く興味がなくて。
でも、先生が色んなエピソードを話しながら料理を作るのを見ているのがすごく楽しくて「へーそうなんだ、そういえばうちのおばあちゃんもそうしてたな。そういう意味があったんですね~」って。
料理の材料や工程など、一つ一つ全てに意味があるということをその時に知ったのね。

 

 
そしたらふと、先生が「あなたこの料理2000年に残せる~?」と言ったんですよ。
その言葉が今でも忘れられない。
即答で「私、残せられません。すみません。」って言ったの。
そしたら先生がくすっとわらって「そうよね、あなた達の年代はもう残せないわよね。」ってあきらめた感じで。
それが私、すごく悔しかったのね。
私は作り方を見て実際食べてもいるのに残せないなんて・・・って。
「残す人になりたい!」と、その時初めて思った。
先生にそう言ったらひひひ~と笑って「あなたはそう言うと思ったわよ、だからああ言ったのよ」って(笑)。
それがきっかけ。

 


茹で具合は手で触って確認。「もう少しかな。」

 


「前回豚肉を茹でた時に出ただし。冷凍保存しておけばすぐ使えて便利よ。」

 

– – – エピソードをたくさん持っている琉球料理で自分を活かしたい 

 

琉球料理の教室を開く前はフードコーディネーターをしていたんだけど、行き詰まった時期があったの。
料理をきちんと勉強していなかったことが原因。コーディネートはできるんだけど、「この料理にこれはありえないよね」っていうプロならわかる常識を知らなかったのね。

 

だから勉強し直そうと思って、東京に行った時にフードコーディネートの先生に相談したの。「沖縄での仕事を1年間休んで東京に住みます。その間勉強し直したいんです。」
って。そしたら、「何バカな事言ってるの!」ってすごい剣幕で怒られて。
「なんで今さらみんなと同じような事をしようとするの?」「仕事の幅を広げたいんです。」「それなら琉球料理を勉強しなさい、そしたら東京でも通用するし、沖縄にいても呼んでもらえるわよ。
他の人と同じこと学んだってわざわざあなたを呼んだりしないわよ。だって東京にもフードコーディネーターはいるんだから。」

 

その意見も目からウロコで(笑)。

 

「あなたには幼い頃から培ったものがあるのに、どうしてそれを活かさないの?それはあなたにしかできないことなのよ」

 

とも言われたのですが、それが自分の武器になるとは当時はわからなかったのね。
でも今では、琉球料理じゃないと自分の言葉で語れないと思ってる。
うちのおばあさんはこうだった、昔はこうだったっていう生の声をみんなに伝えられるでしょう。
他の料理だと私にはエピソードも背景もない。

 

それで、松本嘉代子先生(松本料理学院 学院長)のところで勉強を始めたの。

 



「ごぼうは変色しやすいから切ったらすぐ米のとぎ汁に漬けて。煮物は家庭の味がでやすい、買うより断然美味しくできるのよ。」

 


揚げ豆腐を作る。重箱サイズに合わせてカットし、水切りする。

 

– – – 実母と姑も先生のようなもの。二人からのエピソードを吸収した。

 

それまではお料理は食べる側、行事も見る側っていう関わり方だったの。
琉球料理は姑が作るもの、私たちは盛りつけやお客様への配膳が仕事と思っていて、習おうという気はなかった。
美味しいし素晴らしいとは思うけれど、「こんな美味しいのを作れるのはお義母さんしかいないよね」
としか思ってなかったの。

 

でも、教室で習い始めるとやっぱり作りたくなるのよね。
それで姑に「どうしたらこういう味付けになるんですか?」なんて真剣にきくようになって。
そうすると、習いたいという人には気持ちよく教えてくれる。

 

だから、教室でも教えて頂いたけれど姑も先生。
姑は新島 正子先生(沖縄調理師専門学校 設立者・初代校長)のところで習ったそうで、宮廷料理が得意、とっても綺麗に作るのよ。
ラフテー、ミヌダル、クファジューシー、ミミガー、ジーマーミ豆腐・・・手間ひまかけて作るのが宮廷料理。
何しろおもてなしが多いうちだったから、よく作ってたみたい。
逆にうちの母は家庭料理が得意。
イリチー、チャンプルー、シンジムン、そういうのが。
だから私は両方からエピソードを吸収したのね。
琉球料理の話になったら止まらない!ってくらいいくらでも出てくる。

 

県外で教室を開くこともあるんだけど、琉球料理はすでに一つのカテゴリーになってると思うんです。
中華、イタリアン、フレンチ、琉球料理、みたいな感じで。
県外には沖縄料理店というのが実際にあるわけでしょう?
だから、新たなカテゴリーとして十分通用するんじゃないかと思うの。  

 



水でもどした昆布を手に巻き付けて平らに伸ばす。折って返すことをふまえてしっかり定規でサイズを測る。

 



「返し昆布(ケーシ昆布)は本島では法事、八重山では祝事料理に使うみたい。全く逆なの、不思議よね。」

 

 



「もう一つは簡単。折って、切り目を入れて、こんにゃくみたいに穴に片方の端をくぐらせるだけ。」

 

 

– – – 本来の琉球料理は薄味なのに、今の人が崩しちゃってる

 

琉球料理は実はすごく奥が深いの。
沖縄の人は「え~、琉球料理?何を習うの~?」ってよく言うんだけど、習ってみると知らなかった料理もいっぱいあったし、調味法もかなりあっさりしているとか、目からうろこなことがたくさんある。
だから、勉強して私が感じたことを、きっとみんなも同じように感じるんじゃないかなって。
せっかく素晴らしい食文化で生まれ育ったのだからそれを伝えたいなって。
それで教室を開くことにしたの。

 

今日見てわかったと思うけど、どの料理にもだしをよく使うでしょ?
お重箱はある程度もたさないといけないから濃いめに味を付けるけど、普段のチャンプルーやイリチーはほんとに薄味。
だしを使えばあとは小さじ1くらいの塩だけで、素材の味をしっかり引き出す。
こういうことを意外とみんな知らないのね。

 

塩・醤油どばっと入れて、化学調味料も入れて・・・今はそういう味に舌が慣れちゃってるけど、本来の作り方をお年寄りにきくとだしを上手に使っているのね。茹で汁も捨てずに。

 

最近の料理の味が濃いのは今の人たちが崩しちゃってるの。
アメリカ文化で育って舌がそれに慣れてるから。
でも、だしの素やトゥーナー(ツナ)が特売されるのは、きっとだし文化で育ってるからじゃないかな。

 


「せっかくだからジューシーも作りましょう。茹でて冷凍しておいた豚肉があるからすぐできるよ。」

 



「茹ですぎると返す時にこんにゃくが切れちゃうのよ。」

 

 


天ぷらに使う魚に塩をふって水を抜く。出てきた水が下へ流れるように高さをつけておく。ここにも細やかな気配りが。

 


豚肉にすーっと箸が通ったら火がしっかり入った証拠。「少しでも箸がひっかかるようなら茹で方が足りないということ。」

 


長さを7cmに合わせ・・・

 



「こっち向きに切るのよ。
繊維を短く切るとお肉はやわらかくなるの。」

 


 

– – – ひと手間抜くことじゃなく、ひと手間加えることを教えたい

 

琉球料理を本来のかたちに戻していくためにも教室で味を伝えたいと思っているので、私は伝統を崩さないやり方で教えています。
崩したくないのね、それに意味があると思っているから。

 

崩す事は簡単。続けていく方がエネルギーが必要。
だから私も心動くわよ、「そうよね、崩しちゃえば簡単なのよね」って。
でも、一回はしっかり作ってみることが大事だと思うの。
味をしっかり覚えてからアレンジするのは良いけれど、知らないのに最初から「いいよいいよ、てーげーてーげー」って教えたら、それがその人の味になっちゃうじゃない?

だから最初だけは私は頑固に「面倒くさいけれどやってみて」って。
お肉を茹でる時もそう。
時間がないときは私も圧力鍋使うこともあるけれど、一度は普通のお鍋で時間をかけたお肉を味わってみてほしい。
それから省くか否かは個人の自由だから。

 

お料理教室というのは、ひと手間抜くことじゃなくひと手間加えることを教えるところだと思うから、必ずそうやって教えるようにしてるんです。

 


揚げ物はまず豆腐から。水切りした豆腐に塩を振って味をつけ、再度水気を拭き取ってから素揚げに。

 


「このままだと見た目がぼこぼこだから、お湯にくぐらせて・・・」

「ほら、しっとり綺麗な揚げ豆腐になったでしょう?」

 



次はふかしたターンム(田芋)を素揚げし、砂糖醤油のたれで煮詰める。

 

 


最後に魚の天ぷらを揚げる。
天ぷらの衣を作る。

 


衣を付ける前に小麦粉を振るひと手間。
「こうすると、揚げた時に衣がしっかりとつくのよ。」

 


「先を入れたら3秒くらい静止、それからゆっくり流し入れて。
まっすぐな天ぷらを揚げるコツよ。」

 

 

– – – 長男嫁が多くて、話が盛り上がるのよ(笑)

 

生徒さんの平均年齢は50歳くらいかもしれない。割と高いの。
ここに来た理由をきくと、「そろそろお嫁さんを迎えるから。」とか、伝えていく側になった人が多いみたい。

 

あとは、内地から嫁いできたお嫁さんで「自分の親は琉球料理わからないから」っていう人。
親が知っていれば親から習えばいいわけだもんね。

 

いずれにせよ、行事をしきる年代になった人が多くて、長男嫁率も高い(笑)。仏壇を持ってる人ね。
だから、行事の話になるとみんなかなり盛り上がるわよ(笑)。
苦労も分かち合えるしね。

 

最初、電話で問い合わせしてくださる時に、「私みたいな年代の生徒さんいます?」っておっしゃるから「ほとんど同年代ですよ~」
って(笑)。
30代だと若いほうね。
それぐらいの年齢の方は、もっとおしゃれなお料理に目がいくと思う。
自分もそうだったもの。

 


「こうして並べると頑張った〜!って感じがするわね(笑)」

 


見た目の美しさも重要。「上下左右どこにも隙間ができないように並べるの。全ての料理が同じ高さになるよう上げ底して。」

 


「昆布は左右互い違いに入れると綺麗。返し目もそろえてね。」

 


「ごぼうがちょっと長かったわね。少し切りましょう。この手間を惜しんでは駄目なのよ。」

 


「小さい切れ端は下に入れて、切り口が綺麗でサイズが揃っているものを上に。」重箱に入れる数は奇数。見た目も奇数になるよう、上のターンムは3つ。

 


「真ん中の列が上から昆布、かまぼこ、お肉と決まってるの。あとはは自分で彩りを考えて詰めてね。」

 

 


「私のジューシーを食べた70歳の生徒さんから『こんな美味しいジューシーは初めて』って褒められたのよ。さあ、試食しましょう。」

 


重箱の中身をおつゆにした「ヌンクー小(グヮー)」も添えて。

 

 

今の夢は、「はやく、立派な沖縄のおばあになりたい」。
それが目標(笑)。
ただのおばあじゃなくて、カッコイイおばあになりたいな。

 

講習会に呼んで頂くと、教室に入った時に「えー、先生若いんだね」って生徒さんに言われちゃうの。
まだ説得力に欠ける年代なのよね、見た目も童顔みたいで。
お料理の先生って息が長いでしょう?
元気なら80〜90歳になってもできる。
その年代からすると私はまだまだぺーぺー。

 

伝統食を語るには、経験積まないとダメっていう感じがあるから。

 

だから、「琉球料理のことは誰がわかるかね?」って話になったとき「かずみおばあっているわけよ、あのおばあに聞いたらなんでもこたえるよ」みたいな(笑)。
その年代になったら本当になんでもわかるようになってると思うのね、やり続けてさえいれば。
だからそういうおばあになりたいな。
それが私の夢。

 

 

後編では、市場での買物の様子もお届けします。

 

写真・文 中井 雅代

 

yonner food(よんなーフード)嘉陽かずみ料理教室303
*市場での買物を含むレッスンだけでなく、
教室での毎月の定期レッスンもあり、
重箱料理に限らず様々な琉球料理を教えています。
詳しくはホームページ(http://www.yonnerfood.jp)をご覧下さい。

 

ブログ:http://www.yonnerfood.jp/blog.html

 

NAKAI

 
 
8月23日(火)~8月28日(日)
@グローバルギャラリー(プラザハウス3F)
☆8/27(土)限定イベント
【蓄音機コンサート】開催 17:00~19:00 会場内にて

 
骨董を愛する店主たちが織りなす展示即売会です。
今年は「Louis Icart(ルイ・イカール)のロマンスに魅せられて」というサブタイトルで絵画を中心にアールデコの時代を意識して展示します。
 
フテンマアンティークモールブログ:http://happycargo55.ti-da.net/e3464415.html
時代屋かなすけブログ:http://jidaiyakanasuke.ti-da.net
 
~協賛店舗~
・ピッコロモンド
・時代屋かなすけ
・アンティーク シルバードール
・メイ アンティーク
・オリジナルアイデア工房S.EEE.D
 
今回のARTはアールデコの華麗な画家として評されるイカール。パリの女性をもっとも美しく描いた人-としてもその名が記されています。
イカールは1888年、フランスに生まれ、1950年に62歳の若さで亡くなっています。第1次世界大戦と第2次世界大戦のつかの間の平和の時代に活躍した画家でもあります。
イカールは、フランスのみならず、ニューヨークでも名声を得ていますが、パリの雰囲気がそっくり、そのままキャンバスの中に凝縮したかのように表現されているところが最大の魅力。
ぜひこの機会にイカールの魅力を堪能してください。
沢山のご来場お待ちしております
 
 

NAKAI



面白かった!!!

けど、長いのよ~。最後のほうの戦闘シーンが毎回だけど長すぎてお尻が痛くてしょうがない。

3Dはやっぱり楽しめました。
迫力ありなので、この映画は3Dおススメです。



今回のヒロインはロージー・ハンティントン=ホワイトリー。





ミーガン・フォックスの降板があり、今回の彼女ですが、こちらもまた実にゴージャス。

しかも品がある(笑)

大体、無職のサムが何故、こんなゴージャス美女を手に入れることができるのかも、不思議なんだけど、このシリーズには美女が欠かせない。

ミーガン・フォックスはスピルバーグの怒りをかって降板となったらしいが、新ヒロインもさらにゴージャスで良い。

ミステリアスさではミーガン・フォックスのほうが上だけど、ロージー・ハンティントン=ホワイトリー、それはそれは美しいです。

前作からのおなじみの面々もでてますが、ジョン・マルコヴィッチやフランシス・マクドーマンドなど演技派も脇を固めてます。







またまたオプティマスプライムは素敵。





で、バンブルビーとサムとの友情も今回も素敵。
なんだけど、あの戦闘シーンの長さはなんとかならないものか。

圧巻なんだけど、途中でうんざり(笑)

驚きは我らが“McDreamy”!!(注:『グレイズ・アナトミー』でのニックネーム)
パトリック・デンプシーの登場。



知らなかった。
やっぱり“McDreamy”ぶりは健在。

でも、この人は実は。。。。って感じなんだけど、最後は、一体なんなんだ?と中途半端なキャラクターでした。

シャイア・ラブーフは、抜群に上手いんだけど、なんかこのシリーズやっぱり主役はオートロボだし、目玉は戦闘シーンと、ゴージャスヒロインだし、どうもスルーしてしまう。
あんなに活躍してるのに(笑)



いずれにせよ、夏休みにぴったりの映画です。3Dで是非。

  

KEE


 



<ストーリー>
1969年7月20日、アポロ11号は月面着陸に成功。アームストロング船長とオルドリン操縦士は人類で初めて月に降り立った。全世界が固唾を呑んで見守ったこの歴史的偉業の陰で、NASAと米国政府がひた隠しにした事実があった。月の裏側に隠されていたのは、遥か宇宙の彼方よりやってきたトランスフォーマーたちの地球侵略の足掛かりとなる宇宙船が不時着していたのだった。そして、そこには・・・。
現代、アメリカ、シカゴ。社会人となったサムの周囲で悪夢は再び始まった。オフィス機器に姿を変えていた、あの未知の金属生命体<トランスフォーマー>の侵略者が再び人間に襲いかかる。それは世界を闇で包み込む前兆に過ぎなかった。40年前の事実を政府が隠し続けたことが原因で街は壊滅的な状況となり、破壊は世界の都市へと広がっていく。地球に味方していた一部のトランスフォーマーたちの応戦もむなしく、人類は地球上に潜んでいたトランスフォーマーたち、そして、次々と宇宙からやってくる新たな侵略者の圧倒的な破壊力に対し、なす術もなく追い詰められていく。果たして、人類は世界を、地球を守ることができるのだろうか。そして残された希望の鍵とは・・・!?

<キャスト>
シャイア・ラブーフ
ロージー・ハンティントン=ホワイトレイ
ジョシュ・デュアメル
タイリース・ギブソン
ジョン・タトゥーロ
ジョン・マルコヴィッチ
パトリック・デンプシー

<沖縄での上映劇場>
シネマQ
098-951-0011
那覇市おもろまち4-4-9 那覇メインプレイス2F

サザンプレックス
098-835-6600
島尻郡南風原町字宮城371-1

NAKAI

Day1

スカーフ:メインプレイス
ズボン:natural couture
サンダル:PAGE BOY
メガネ:ユニクロ
 
Day2

トップス:不明
ストール:Green Parks
ズボン:お父さんからもらった
靴:USED
メガネ:雑誌の付録
 
Day3

ぼうし:ムラサキスポーツ
ブラウス:平和通りのお店(店名不明)
 
Day4

 

メガネ:ユニクロ
トップス:お父さんからもらった
ズボン:経塚シティ(店名不明)
 
Day5

ワンピース:平和通りのお店(店名不明)
ベルト:お母さんからもらった
バッグ:おばあちゃんからもらった
パンプス:不明
 
Day6

ワンピース:THE EMPORIUM
バッグ:おばあちゃんからもらった
ブーツ:Jeffrey Campbell
撮影/Pour Vous(プール・ヴー)

 
Day7

ぼうし:peyton place
ワンピース:古着
サンダル:LOWRYS FARM
 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 
 
お父さんからもらったタオル地のトップスは、
 「肌触りがめっちゃ気持ちよくてお気に入り。」
 
ぶかぶかデニムもお父さんの。
 「ベルト通しの模様とか、細かいところが可愛いくてツボ。」
 
他にも、
おばあちゃんからもらったバッグ、
お母さんが使っていたベルトなど貰い物に、
 
「平和通りのお店が結構好きで。
昔買ったのをいまだに愛用してます。」
 
「このメガネですか?雑誌の付録です(笑)。」
 
アイテムのゲットの仕方がとにかくウマい。
平和通りのお店が行きつけなんてカッコイイ!
大金をつぎ込まずともオシャレを楽しむ技が随所に光る、
大学生ならではのコーデ。
 
でも、全身古着や貰いものではなく、
新しいアイテムを必ず入れて、コーデのバランスを取る。
すると、パッと目をひく魅力的なスタイルに仕上がる。
 
洋服が好き。気に入って買うからなかなか捨てられない。
 
「だからどんどんたまっちゃって。
私の部屋、とんでもないことになってます(笑)。」
 
買ったもの、貰ったもの、古着。
どの洋服にも彼女の愛着感がしみついているのがわかる。
私が大学生の頃はブランド物にばかり目がいっていたけれど、
こんなに気軽にファッションで遊べたらもっと楽しかったかも・・・
今からでも遅くない、
大人でも実践できるチープアイテムの取り入れ術、真似しちゃおう。
 

写真・文 中井 雅代

 

NAKAI


 
土産選びに妥協はしたくない。
でも、観光だって楽しみたいから
本当に良いものだけを集めた店で
スムーズに買物したい。 
 
そんな方は是非こちらに。
店内に一歩入ると、
オーナーが厳選して仕入れた商品が広い店内に所狭しと並び、
その品数の多さにまず圧倒される。
 

 
次に目を見張るのはセンスの良さ。
大量の商品ひとつひとつが
どれをとっても魅力的で、
やちむん、紅型、琉球ガラスなどジャンルは違えど
シックで落ち着いた共通の雰囲気をまとっている。
 
「当店のカラーに合うものを揃えています。
ものの良さをわかっていらっしゃる年齢層のお客様が多いので、
そういう年代の方にも合うようなものを選んでいます。」
 
また、作家や工房の名前が明記され、
安心して買物ができる点も嬉しい。 
 

 

 
「今でこそ国際通りには土産品店が軒を連ねていますが、
当店がオープンした当初は、同業の店は多くなかったそうです。」
 
民芸一筋、創業40年以上の老舗だ。
 
商品の中には、伝統的な民芸品に少しアレンジを加えた現代風のものも。
 
「昔の優れた民芸品の良さを残しつつ
今の生活に合う商品を揃えています。
昔とはやはりライフスタイルが違っていますから。

若い作家さんの作品もありますよ。
当店の雰囲気に合うものをオーナーの久高がセレクトしています。」
 
民芸品であっても、「沖縄の物」と判別しづらいデザインが魅力の商品も。
 

 

 

  
「引き出物や内祝いといった贈答用に購入される県内の方も多いです。
工房さんに必要な数を発注するのですが、
お早めにご連絡頂けたらまとまった数もご用意できます。」
 
沖縄だけでなく、
インド、ベトナム、アフリカなど海外の民芸品も多種そろっており、
土産品店、民芸品店というカテゴリーに加え、
雑貨屋さんのような一面も。
旅行者のみならず、沖縄県民でもちょくちょくのぞきたくなる品揃えなのだ。
 

 

漆器も人気。「旅行の記念にと購入なさる方も」。 
 
土産品店を一軒一軒まわる楽しさももちろんある。
 
でも、私のように物の良さを見極める自信がなかったり、
選び抜かれた良いものだけを効率よく見たいひともいるだろう。
 
世界各国どこに行っても、土産品は玉石混淆。
 
何を買っても間違いがないという安心感は、
特に旅行者にとってはありがたい。

しかし、その存在に助けられているのは買手だけではない。
 
工房や作家と買手をつなぐ架け橋でもあるこの店は、
民芸品やその作り手も支えているのだ。
 

久高民藝品店
那覇市牧志2-3-1 K2ビル1階 MAP
TEL/FAX:098-861-6690
open 10時~22時
年中無休

 


 

NAKAI

 

小川洋子・著 集英社 1,365円/OMAR BOOKS
 
― 他人の生活、見てみたい 一風変わった日記 ―
  
日記ものが好きで最近よく読むようになった。
 
ひと括りに日記といっても様々なタイプのものがある。
その日食べたものを記したり(武田百合子の『富士日記』などは傑作!)、
ブログを一冊の本にまとめたもの(最近特に増えましたね)や、
旅の記録など何でもよくて、
どうして好きかというと他人の知らない生活が垣間見えるから。
日記を読むことで、抱いていたイメージとは違うその人の意外な一面を知ることが出来たり、また誰しも皆他人の生活を覗いてみたい願望はあるもの。(名作映画「裏窓」もおすすめ!)
 
で、今回紹介するのは、表紙の絵が、こちら側にいる私たちが部屋の中を覗き込んでいるような『原稿零枚日記』小川洋子・著。
 
この本、とにかく変な話のオンパレード。
 
日記を書いているのは作家のある女性という設定。
「○月のある日」という感じで短編が続いていく。
淡々とその日の様子が綴られていくうちに、
気付くとあれれ、という感じで話は意外な方向へ転がっていってしまう。
 
本当なのか、嘘なのか。ただのこの女性の妄想なのか。
ひんやりとした空気をまとったエピソードの数々。
読めば読むほど異世界へ引き込まれ、一つ読み終わるごとにずいぶん遠くの場所から旅して戻ってきた感覚に陥る。
起きながらにして夢を見ているよう。
心もとない感じがあやういバランスで成り立っている物語。
 
それにしても何が何だかよく分からない話をよくもこう思いつくなあと感心することしきり。
「運動会巡り」の話を始め、まるで箱の中から何でも出してしまう手品師のようだ。
著者の小川さんの頭の中を覗いてみたい。
 
ただ変な話で終わらないのが彼女ならではで、一つ一つの短編の余韻が何とも切ない。
同じことの繰り返しのようで実は同じ日なんて一日たりともない、と日記を読むとつくづくそう思う。
 
また他人の生活ほど面白いものはない。
その人にとっては当たり前のことでも、他人にとっては考えられないことだったりするから。
 
それだけ人って不思議な存在。日記を通して読むことで書いた人の輪郭が浮かび上がってくるのも魅力。
何より書いた本人がいなくなっても日記は残り、
どんなに月日が経っても古びない、
なんてことを思いながらこの本を読んだ。
 
普通の日記ものとは一風変わったこの一冊、現実から遠く離れたいときに読むのをおすすめします。


OMAR BOOKS 川端明美



 

OMAR BOOKS(オマーブックス)
北中城村島袋309 1F tel.098-933-2585
open:14:00~20:00/close:月
駐車場有り
blog:http://omar.exblog.jp
 

NAKAI


 
すっごい美人さんなのに
写真に写るとオーラが消えちゃうタイプと、
本人はもちろん可愛いくて
写真に写るとその生き生きとした表情や魅力が全面に出て来るタイプがいる。
そんな気がするカレンドスタッフ中井です。
 
ハッピートーンコーデ7DAYSに登場してくれたKちゃんは
完全に後者。
「写真に撮られるのはちょっと苦手・・・」
と、照れ隠しに動く動く!
 
公園では
 
「私、木登り得意なんですよ、のぼっちゃおうかな。」 
 

 
カフェ「水sui」では
 
「へ〜こんな本あるんだ、おもしろ〜い。」
 

 
メインプレイスでは手すりから身を乗り出して下を覗きこむし、
 

 
外人住宅街では、たまたま見かけた猫の親子を捜して右往左往。
 

 
自由奔放、無邪気で気まま
そんなKちゃんもまるで猫みたい!
 
私もカレンドスタッフ・吉田も、
そんなKちゃんの写真一枚一枚に
「可愛すぎる〜!」「やばい〜!」
と大興奮。
 
泣く泣くボツにした写真が惜しいので、こちらで一挙公開とあいなりました。
 
 
一方こちらは、同じボツ写真でもボツ理由は「コーデがイマイチだから」。
 

 
ラブリーなワンピに
お気に入りのペンギン雨靴。
快晴なのに雨靴。。
天気に関係なくヘビロテしてるお気に入りアイテム。
いつだって履きたくなっちゃうのです。
 

 
デニム地のジャンバースカートのインナーが、
まさかの赤い丸襟ブラウス。
さらにスカートかさねばきし、保育園の帽子をかぶるという
全てがミスマッチなコーデ。
しかも猛暑日。
 
「汗かいた〜」
 
当たり前じゃ。
 
 
コーデって、結局は着てる自分がオッケーで、TPOに反してなければ何でも良いんじゃないかな〜と思う今日この頃。
逆に、どんなに評判がよくても着てる本人が楽しくなかったらハッピーコーデとは言えない。
 
その点、上の二人のコーデはいつでもハッピーオーラ全開!
 
どんなことだって楽しいのが一番。
シンプルに、好きか嫌いかでコーデを決めちゃっても良い。
周りがどう思うかなんて関係ないない、
楽しんだもん勝ち!
 
大人も子どもも、もっと着こなしで遊んじゃお〜〜☆
 

写真・文 中井 雅代